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「おめでとうって言ってもらえるだけで、十分だったのに。このマジパン、わざわざ今日用意してくれたんですよね?」
「ああ。材料は店から借りた」
川島宛のケーキにはハリネズミのマジパンではなく、クリーム色のリボンのマジパンを足したらしい。
「店長に『彼女の卒業式なのに、なんの用意ないの?』って言われて、そこから焦って」
「……店長は、いつもぬかりがないから」
だいたい今月はホワイトデーに、四号サイズのケーキをもらっている。それから栞は、来月の四月に、誕生日を控えている。
連続で記念日があるので、卒業祝いまで仁科になにかをもらおうとは、栞は思っていなかった。
「でも彼女の卒業に立ち会うなんて、この先ないだろうし……。プレゼントくらい、用意しとくんだった」
「もう、十分ですってば」
やや落胆している仁科とは対照的に、ショートケーキの苺は光っていて、マジパンのハリネズミは愛らしい。
栞は旬のショートケーキを前に、ふと思いついた。
「ならプレゼント代わりに、私のお願い、ひとつ聞いてもらえます?」
「なんだ」
「このケーキ、一緒に食べて」
仁科は腑に落ちないといった表情で、栞とケーキを見た。栞はフォークを使って、生クリームとスポンジをすくった。バニラの香りが近くなる。
「私、記念日のケーキは、誰かと一緒に味わいたいんです。……特に苺のショートケーキは、食べ過ぎたことがあるので、なおさら」
栞はまだ中学生のころ、苺のショートケーキをホール丸ごと食べようとしたことがある。八等分に切り分けてから食べていたが、残りワンカットで気分が悪くなった。
余ったカットケーキは弟に食べてもらった。ばかな真似をしたと、今でも後悔している。
栞ははじめのひと口目を、仁科に差し出した。
「はい、あーん」
「……いや」
「誰も見てないですよ。ほら早く」
ためらいのあと、仁科は栞のフォークからケーキを食べた。
栞はフォークをおろし、仁科がケーキを飲み込むのを、笑顔で待った。
「仁科さん、美味しい?」
「うん。いつもどおりに」
「じゃ、私も」
栞は桜文の振袖を汚さないよう気をつけながら、ショートケーキを口にした。苺の甘味と酸味、まろやかな生クリームの味が、口の中でほどけていく。何度食べても好きな味。
「ああ、今日、可愛いな」
仁科が振袖の桜や、髪の花飾りを見ながら言った。
「……あ、ありがとうございます」
栞はショートケーキを飲み込むと、喉の辺りをさすった。
「できれば、会ったときに言ってください」
「やだよ」
「急に言うから、びっくりして、むせそうになりました」
「そうか。仕事に戻る前に、飲み物を淹れてきてやるよ」
栞は遅れてきた温かい紅茶と共に、卒業祝いのケーキを味わった。スイートピーの花束と、上手に撮れたケーキの写真を、横に置きながら。
家に帰れば、今日は卒業祝いとして、栞の好物が食卓に並ぶだろう。
後日に大学の謝恩会もあるので、お祝い気分はまだ続く。
楽しい未来を思い描きながら食べる苺のショートケーキは、一段と美味しく感じられた。
(終)
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