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作業中だった仁科が、レジ側に来た。笑顔を見せる。
「東山、おめでとう」
彼は真面目なので、職場に私情を持ち込まない。ふたりきりのときは『栞』と呼んでくれるが、みんなといるときは『東山』と名字で呼ぶ。
「……ありがとうございます。仁科さん」
栞は卒業証書のファイルを抱えなおした。つき合って一年経つが、いまだに仁科の優しい笑顔を見ると、片思いのころのようにときめく。
楽しく話していると、仁科の背後で、パステルカラーのものが揺れた。
「東山さん、卒業おめでとう」
この店の店長である安藤が、丸い花束を抱えてきた。ひらりとした花びらを持つ、スイートピーの花束で、淡い水彩画のような色合い。
「僕からのお祝い」
安藤は栞の右手側に花が来るよう、花束の向きを持ちかえてから、花束を手渡した。ラウンド型になるまで本数が集められた花束は、なかなかのボリュームだ。
「その晴れ着、春らしくていいね。似合っているよ」
「店長……。嬉しいです。ありがとうございます!」
栞は両手で卒業祝いを受け取った。鼻先を花びらがかする。栞は感激のあまり、しばらく無言でスイートピーを見つめた。
「年の功ですね」
「失礼な。東山さんとは、二十とちょっとしか離れてないよ」
川島がふたりの間で吹きだした。
「……栞さん、私も今日、店長から花束もらったんですよ。同じやつ」
川島はいそいそと休憩室に行き、自分がもらった花束を取ってきた。栞と同じスイートピーの花束だが、色違いとなっている。
栞は白とピンク色のスイートピーで、川島は紫とクリーム色のスイートピー。花の本数は変わらない。
川島は高校卒業祝いで、安藤から花束をもらったそうだ。
「もらっていいのかなぁって思いましたけど。おかげで、元気が出ました」
フリルのような花は、甘い香りを放っていた。
「あと、仁科さんがケーキ用意してくれたんですよ」
「わ、本当?」
「可愛いケーキですよ。ね、仁科さん」
川島が話を振ると、仁科が曖昧にうなずいた。
「東山さんの分も用意してあるよ。休憩室で食べていったら?」
栞はお言葉に甘えて、ケーキを食べることにした。川島に一緒に食べるよう誘ったが、彼女はもう食べ終えていた。
◇◇◇
栞は袴にしわが入らないよう、気をつけて休憩室の椅子に座った。それから自分の膝上に、広げたハンカチを置く。ケーキのかけらや紅茶をこぼしても、レンタルの袴が汚れないよう。
仁科が運んできたケーキは、店のショートケーキをアレンジしたものだった。
正方形にカットされた、苺のショートケーキ。ミルクたっぷりのクリームと、国産の甘い苺が重なりあっている様が、どこからでも見える。表面には艶のある苺と、フレンチパセリとも呼ばれるセルフィーユが飾られている。赤い果実と黄緑のハーブの組み合わせが、目にも美味しい一品だ。
商品として出しているものより苺の量が多い。販売員であり製造員でもある栞には、ひと目でわかる。
そしてカットされたケーキの横には、ハリネズミのマジパン細工が、ビスケットの上に鎮座していた。無垢な瞳でこちらを見あげてくる、薄茶色のハリネズミは、栞が飼っているハリネズミによく似ている。
「シナモン」
栞の口から、ペットの名前がこぼれた。
「シナモン。どうしてここに?」
目をきらきらさせながら立ちあがり、携帯電話を取り出す。
「……すまん。東山」
カメラモードのシャッター音が響く中、仁科が謝った。
「卒業祝いのこと、俺、頭になかった」
連続のシャッター音。
「急ごしらえでごめん」
「なに言ってるんですか。私のシナモンを、お菓子で再現してくれるなんて! 食べづらいけど、今すっごく幸せです!」
「……そうか。じゃ、ごゆっくり」
「待ってください。もう終わります」
穏やかな光が入った、上からの角度の写真。栞は「渾身の一枚」と呼べるショットを保存すると、仁科と向かいあった。
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