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俺が九条の家に引き取られたのは、六歳の頃。
物心ついたときには、母は既になく。
幼い頃は粗末な小さなアパートで、父と二人で暮らしていた。
食事はいつも質素なもので。
服だってボロボロになるまで着潰すことばかり。
俺たち親子を訪ねてくる人など誰もいなくて。
唯一あった
場違いなほどに立派なピアノを二人で弾くだけの日々。
だから、想像すらしていなかった。
父が、日本でも有数の資産家である、九条家の当主の弟だったなんて。
あの始まりの日。
父は俺を九条の父に預け。
その足で命を絶った。
らしい。
らしいというのは、俺は父の死に顔を見ていないから。
だから。
今の父である伯父にそう告げられ。
従兄弟だった蓮くんに抱き締められても。
それが現実のことだという実感は、当時はなかった気がする。
ほどなくして、九条の父が俺を正式に養子に迎え入れ、俺は蓮くんと龍の兄弟になった。
長男である蓮くんは、俺と同い年で。
頭脳明晰で運動神経抜群、いつでもどんなときでも沈着冷静という、絵に書いたような完璧な人間だった。
傘下グループ数十社という、日本でも屈指の大企業の跡取りとして幼い頃から英才教育を施されただけあって、とても同い年とは思えないくらいしっかりしてて。
九条家に出入りする大人たちの誰もが、彼に一目置いていた。
ひとつ年下の龍は、蓮くんほどではないものの、やっぱり全てにおいて誰よりも高い能力を持っていて。
でも、末っ子らしい快活で人懐っこい部分も持ち合わせていたから、子どもなのに誰からも恐れられる蓮くんとは対照的に、自然と人が集まってくるタイプで。
龍の周りはいつも、たくさんの人が溢れていて。
血が繋がっているのが不思議なほど、二人は俺とはかけ離れた人間で。
どうしてこんなに不出来な自分とこんな人たちとが、血が繋がっているんだろうと。
引き取られてしばらくは、あまりの居心地の悪さに部屋から一歩も出れなかった。
でも、その謎はすぐに解けた。
二人は、αだった。
βである俺とは、そもそも種類が違う人間なんだ。
九条の家は、元々αが生まれやすい家系だとは聞いたけど、それでもみんながαで生まれるわけじゃなくて。
だから、俺がダメなんじゃなくて、二人が特別な人間なんだ。
そう思うと、二人のそばにいても、どうしてこんなにも自分はダメな人間なのかなんて思わずにすんだから、ずいぶん気が楽になって。
少しずつ九条の新しい家族にも慣れていって。
蓮くんに、守ってもらって。
龍に、笑顔にしてもらって。
今ではもう、父さんのことを思い出すことも少なくなっていた。
これで…いいんだよね…?
父さんも
きっと喜んでくれるよね…?
「楓?どうした?」
「ううん、なんでも、ないっ…」
思わずぼんやりと見つめてしまった蓮くんの眉が、心配そうに下がって。
慌てて笑顔を張り付けると、俺は弁当の蓋を開けた。
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