いつか結婚式を!

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 彼の腕が僕の背中にゆっくりと回ってきた。一瞬何が起きたかわからなかった。だけどその瞬間、表面張力で耐えていたものが一気に溢れ出て、自分の衝動を抑えることはできなくなった。僕も彼の背中に腕を回し、強く強く抱きしめた。顔は彼の首筋に埋めた。呼吸は荒くなり、彼の生温い吐息をつむじに感じた。もっと近くに彼を感じたい。距離を縮めたい。だけど下半身を密着させてしまえば、僕のその部分が彼に触れてしまう。そうなったら、僕の想いはバレてしまう。そうなったらもう元には戻れない。ここまででやめておけば、ただのじゃれ合いで済むかもしれない。  それでもどうしても我慢できなくて、どうにでもなれと足を絡めた。その時、僕は彼の思いをお腹の辺りに感じた。それはとても熱かった。そして彼も僕の想いを太ももに感じているだろう。  そのままどれくらいの時間が経っただろうか。一瞬だったような気もするし永遠のように感じたその時間は、彼が吹き出す声で唐突に終わりを告げた。 「やめよっか」 彼が笑いながら言ったので、僕も 「そうだね」 と答えて、身体を離した。彼はすぐに反対側を向いたので、僕も急いで反対側を向いた。何故彼が笑ったのか、照れ隠しだったのか、その表情や顔色は、暗い部屋の中では見る事ができなかった。僕はその後、緊張していた糸がプツンと途切れたように眠りについた。  翌朝は、2人とも敢えて昨夜の事に触れる事もなく、何事も無かったように彼の家族と朝ご飯を食べ、お別れを言って家に帰った。その後しばらく、学校でもお互いよそよそしい態度になってしまい、次第に超えてはいけない一線を超えてしまったのかもしれないと思うようになった。あるいは、思春期にはよくある単なる気の迷いでしか無かったのかもしれない。彼は、自分以外の人の体温に興奮しただけで、相手は僕である必要はなかった。ただ慣れていなかっただけだ。重大な事として受け止めている方がおかしいのかもしれない。その程度の事だから、落ち着いたらまた今まで通り友達に戻ればいいだけなのだ。  だけど、あの夜のどうしようもない幸福感は僕の中から消しようがなくて、たとえまたあの夜に戻れたとしても、僕はまた同じ事をしていただろうと強く思った。それがたとえ嘘だったとしても、それがたとえ花火のように一度咲いたらもう2度と花開くことはなかったとしても。友達になんて、もう戻れるはずもないのは、自分自身が1番よくわかっていた。  取るに足りないものかもしれないが、これがあの夏休みの1日の出来事の、全てだった。
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