いつか結婚式を!

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「ねえ、あの夏休みの一日を覚えてる?」 そう、彼に心の中で問いかける。あれは思春期特有の倒錯による単なる過ちだったのだろうか。あんなこと無かった方が良かったのだろうか?会場の中心付近にいる彼とは、当然目は合わない。僕が一方的に遠くから見つめているだけだ。今日は結婚式で、あの日からもう10年近くが経とうとしている事を改めて思った。  高校2年生の夏休み、彼の家に泊まりに行った。彼がハマっているFPSのゲームを一緒にしようという理由で誘われた気がする。互いの兄が同級生だった事もあり、僕の家と彼の家は家族ぐるみで仲が良かった。繁華街にある百貨店の近くに建つマンションの高層階にある彼の家に初めて足を踏み入れた時、普段教室で感じていた彼の匂いを凝縮したような濃い空気に包まれて一瞬立ちくらみがしたのを覚えている。それはミルクと柔軟剤が入り混じったような匂いで、不快では無かった。彼は自分の部屋に入るとすぐにPCを立ち上げ、不在中に来ていた、恐らくゲーム仲間からであろうチャットのメッセージに返信をしていて、家でパソコンを使う事が殆どない僕からはそれがとても大人っぽくて高尚な仕草に見えた。  彼の好きなゲームを一緒にやってみたけど僕には難し過ぎて、後半は彼がやっているのをただ眺めているだけになった。彼はキャラクターの特性やストーリーを僕に逐一説明しながらプレイしていたので大変そうだったが、僕の頭には殆ど説明は入って来なかった。ただ彼が何かに夢中になっている瞬間を近くで見つめているのが新鮮で目が離せなかった。夜ご飯を彼の家族と一緒に食べた時は、彼の兄が彼にとてもよく似ていることに驚いた。彼の家族との会話は少し緊張したけれど、家族の前での彼の立ち振る舞いを見るのが新鮮で、また目が離せなくなった。 「お風呂はどっちから入る?」 そう彼の母親から聞かれて、咄嗟に 「僕から入ります」 と答えたのは、熱いお湯を浴びてこの気持ちを少しでも早く鎮めたかったからだった。だけどそこには、シャンプーもボディーソープもバスタオルも彼の匂いを想起させるものが多過ぎてどうしようもなくなっただけだった。
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