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そういうわけで、同じ学部なだけの知り合い未満の男と、二人で週末にホテルに行くことになった。
佐々木は謎のイケメンだ。顔とスタイルが良すぎるので長めで癖のある髪とか基本黒の服とかがファッションなんだか無精なんだかわからんな、と見かけるたびにちらっと思っていた。でもそれだけだ。成績もよくて目立つのでこっちは一方的に知ってるし家が金持ちらしいという話も誰かから聞いた気がする。でもしゃべったこともなかった、と思う。誰かと雑談しているのも見たことがない。それが二人でホテル。なんなんだ。服に迷ったけど結局いつもと同じ感じになった。佐々木はというといつもの黒ずくめじゃなく白い高そうなシャツにグレイの高そうなジャケットと黒い高そうなパンツをぴしっと着こなして、髪形も普段とどう違うのかよくわからんけどなんか普段より気合が入ってることは感じるセットになってて、俺はうわっとなって逃げだしたくなった。どうしようか迷う間ににこっと笑いかけられてさっとホテルに連行されたから逃げなかったけど。まじでなんなんだよ。
「何? 斉藤君」
じっと見てると、照れ臭そうに小さく首をかしげてきた。なんなんだこの感じ。
「や、別に……」
「ここ、斉藤君とこれてよかったよ」
俺の微妙な感じを一切気に留めずににこにこしている。こいつしゃべるとこんな感じなんだ。発表以外で話しているところ見たことないけど、なんかもっと、不愛想なんだと思ってた。他人に興味がなさそうっていうか。興味津々じゃねえか。近くで見てると彫りの深い整った顔とかでかくて案外しっかりした体格に、こっちもわけもなく焦ってくる。別に俺、話すの苦手とかじゃないんだけど。にこにこじろじろ見てくる視線を避けるように気まずく俯いていると、俺たちのテーブルにワゴンがやってきた。
「お待たせしました」
「うわぁ……」
それまでの緊張とか忘れて、うっとりと見とれてしまう。アフタヌーンティーセット。三段になったケーキスタンドに、色とりどりの美味しそうなものがたくさん載っている。ぽかんと素直に口を開けている俺に、サーブしてくれたスタッフのおじさんはほほえましそうに紅茶を注いでくれ、ついでに佐々木もにこにこ俺を眺めている。なんなんだよ。
一段目には栗のエクレアにシャインマスカットのムースなんかの生菓子、二段目は栗といちじくのスコーンなどの焼き菓子、三段目はオープンサンドやキッシュのしょっぱいもの。一つ一つを説明される。どこを見てもうまそう。
綺麗に一礼して、おじさんは去っていく。なんか丁重に扱われると、ゆったりした気持ちになる。いいもんだな。
「アフタヌーンティーって、いいよね」
「うん!」
佐々木の言葉に、うっとりしたまま元気に返事をしてしまい、それから気まずくなる。佐々木はにこにこしている。
「一人じゃ来られないから、斉藤君誘えてよかった」
「あー。そっか。二人からなのか」
ようやく納得がいく。いきなりホテルのティーラウンジ? 行こうって言われて「あーなるほど一人じゃアフタヌーンティー行けないもんね」ってなんねーだろ。なるのか? 金持ちなら……。
立派なケーキスタンドには、お菓子がそれぞれ二つずつきちんと並んでいる。スマホを手に取って、それから相手がいることに気づいて尋ねる。
「撮っていい?」
「どうぞ」
俺は佐々木の顔が映らないようにスタンドを撮った。スマホの画面に、うっとりするような美味しそうで可愛い世界が広がっている。佐々木の腕がちらっと映り込んでいて、俺が女の子なら「匂わせ」だなって思ってちょっと笑ってしまった。
「投稿するの?」
「いいなら」
「いいよ。顔は映り込んでない?」
「あー……大丈夫」
「俺のじゃなくて君のだけど」
「それも大丈夫」
俺はSNSに画像を投稿した。ホテルの名前とかアフタヌーンティーとかのタグもいっぱいつけた。SNSは大学に入ってから始めた。食べに行ったケーキとか、自分で作るお菓子とかの画像をあげている。顔どころか性別も大学生なことも書いてなかったのに、佐々木は行く店が全部大学近郊なのと服や小物、そして後ろのガラスへのぼんやりした顔の映り込みから俺だとわかったらしい。よく気づくよな。変なやつだ。でも悪いやつじゃなさそう。美味しそうな菓子を前にすると、俺の判断はゆるゆるのがばがばになってしまう。
「よし。いただきます」
スマホを置いて手を合わせると、佐々木が自分のスマホを手に取った。
「俺も撮っていい?」
「あ、うん。いーよ」
ちょっと下がると、カシャ、と音がした。え。佐々木のスマホは俺のほうを向いている。
「撮れた」
「は?」
「可愛い」
こっちを向いているスマホの画面には、きょとん、と目を見開いた俺が映っていた。
「へ?」
「可愛い。俺はSNSにあげたりしないから」
「え?」
「いただきます」
爽やかな、自分の顔面の威力を全開にした笑顔で言うと、長い指でエクレアをつまんで、口を大きく開いてぱくんと食べた。口がでかいことに気づく。しぐさが優雅なのか顔がいいから全部いい感じになってしまうのか、俺だと行儀悪いガキみたいになりそうだけど佐々木だと貴族があえての無作法みたいに見える。一つ一つの動作に説得力がすごい。
「美味しいよ」
口元についたクリームを拭って言う。俺も慌てて手を合わせていただきますとつぶやくと、上から下まで全部見て、結局エクレアをそうっとつまんで口にした。
美味しい。
栗の味がめちゃくちゃするのに、栗が前面に出てるってわけでもなくて、上品だった。角切りの栗も滑らかなクリームもさくさくの生地もどの部分もそれぞれの食感があって、全部がすごくきちんとしてる。どういうふうにしたら一番美味しくて食べやすいか考え抜かれて作られてるような。菓子って構造物なんだな、と、思い知らされる。それぞれの部分にはそれぞれの機能がある。やっぱり高い金出すとうまいものが食えるんだな。
カシャ、と、音がした。
「美味しい?」
スマホを構えた佐々木がにっこり笑っていた。聞かれたので頷いた。え、何?
佐々木はスコーンにクリームを塗っていた。
「スコーンまだあったかいから早く食べたほうがいいよ」
あ、それは早くしなきゃ。
俺は慌てて紅茶を一口飲んだ。これもいい匂いで美味しい。一瞬迷って、二つあるうちのプレーンの方のスコーンに手を伸ばした。
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