シロツメクサの花かんむり

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「ねえお母さん覚えてる昨日のこと? 同じことしたよね、これでもう何度目よ!?」 「え?……そうだったかねぇ」  私は今日もまた、認知症が出はじめた母に、朝食の支度ができたと朝4時に起こされた。私の起床時間は7時だと、それに朝食は外でとるから不要だと、何度も言っているのに。もちろん病気のせいだとわかってはいる。でも仕事で疲れている中、ほぼ毎日のようにおかしな時間にたたき起こされる身にもなってほしい。理性よりも感情が、どうしても(まさ)ってくる。  現役時代は高校の国語教師だった母。学校では冗談ひとつ言わない真面目で厳格な先生だったらしいが、家庭内でも弟の直人と私に、とても厳しい母だった。それこそ箸の上げ下ろしから成績に至るまで、母から怒られなかった日はないぐらい。反面、郵便局員だった父はほぼ空気。いつも黙って新聞を読んでいるようなおとなしい人だった。  しかし4年前に父が他界してから、母の様子が少しずつおかしくなってきた。人より記憶力がよかったはずの母が、物忘れをするようになってきたのだ。同時に、身なりについても構わなくなった。休日に家でくつろいでいる時でさえきちんとお化粧をして身だしなみを整え、パリッとアイロンのかかった清潔なブラウスを着ている母だったのに、いまでは朝パジャマから部屋着に着替えることすらおっくうがる始末。 「お母さん、いつまでパジャマでいるつもり? 顔洗ったの、歯は磨いた?」  ……現在の母はまるで子どものように、いちいち手がかかるのだった。  役所勤めの私はいわゆる「出戻り」で、離婚して母と2人実家で暮らしている。元夫とはまあうまくいっていたのだが、元姑の過干渉に耐えかね、子どもができなかったこともあり結婚生活7年目にしてついに別れてしまった。その時は一人暮らしをしようと思っていたのだが、同じころ父がガンで入院することになったため、ひとりになってしまう母のことを思い実家に戻ったというわけだ。弟は妻と3人の子どもと共に飛行機の距離に住んでおり、なかなか帰ってこれないという事情もあった。
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