1章:友人くらいなら

2/13
前へ
/228ページ
次へ
「そらさん、またお目にかかれて光栄です」  会場に入るとすぐ、見慣れた男が、やたら『いい声』を携えてやってきた。  艶のある黒髪の短髪、多くの人に嫌われることのない人のよさそうな笑顔、身長は無駄に高くて見上げるしかできない。旧財閥家の生まれで大きな食品グループ会社『白鳥ホールディングス』の御曹司なので、世間的にはハイスペックイケメンと言うやつらしいけど、あの兄弟たちに囲まれている私にはそんな風には思えない。この人は一般的な顔面であり、ごく普通のスペックだ。  ただ、声だけはやたらいいバリトンボイスを持っている。そこは認めざるを得ない。  それは世の中でもすでに認められており、そのせいか、この男の講演などは、違法なものも含め、ネットで出回っていることは知っていた。耳に優しく、非常に心地よい声なのだ。  この声の逸話として聞いたことがあるのは『犬がこの声を聞くと吠えるのを辞める』のだそうだが、試したことはない。  まぁ、確かに、私も音声を入手しようか悩むくらいにはいい声ではある。 ―――誰しも『一つくらいは』いいところがあるものらしい。
/228ページ

最初のコメントを投稿しよう!

274人が本棚に入れています
本棚に追加