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誘ったのは私なのに。こんなはずではなかったと、思う。「あなたの身体は、時計よりもやさしい」と囁かれたことが、頭のどこかに引っかかった。時計よりもやさしいよ、ほら、こんなにも。やさしいってどういう意味。さあね、想像して。
一度入ってきたのだから、出ていってはだめ。濡れそぼつ生き物を逃さないために、ぐっとその首を締めつける。中にいて。ここに。もう、夫はいないのだから。私の身体をオーバーホールする人はいない。
愛でも恋でもない。ただ自分勝手に。
ねじれた視線が絡みあって、ねじれた身体が絡みあう。時計の針が、ぐにゃりと曲がっていく。まるで、二匹の蛇のように。
時の止まった時計の館に、毒が注ぎ込まれる。密やかに、ゆっくりと。誰も、気づかない。誰も、見ていない。虚しい充実感が、身体の中に溢れる。
私の裸体にひとつだけ残された小さな腕時計が、月光に照らされて銀色に光っていた。
<完>
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