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小さな娘を抱えて、不安な夜。
付き纏うのは狂しいほどの 寂寥感。
どこまでも美しく、清らかな君は、決して弱音を吐くことはしない。
「大丈夫」「大丈夫」それは呪文のように紡がれる。
しかしながら――
僕には、彼女を失う心の準備など出来ていなかった。
彼女は僕と出会わなければ、もう少し永らく生きられたんじゃないだろうか?
結婚して苦労をかけなければ、健康に生きられたんじゃないだろか?
僕なんかと家族にならなければ―――
『だめよ。変なこと考えちゃ』
前よりも小さく骨の浮き出た手が、頬に触れて思考を遮る。
入院生活が三ヶ月目なった頃、僕はまともな思考を持ち合わせていなかった。
『私はあなたにとても感謝している。だから――そんなあなたを侮辱したら、いくらあなたでも許さないわ。一郎さん、愛してる』
『⋯⋯っ⋯⋯ありがとう、結』
茶目っ気たっぷりに笑ったその顔は、最期だった。
彼女はその日が最期であることを、予知していたのかもしれない。
麗しい容姿をもちながら、平凡をのぞみ、派手なことを好まず。
花で言うなればカスミソウのような結。
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