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涙で、なにも見えない。
私は、肩を震わせて泣いた。
「俺から逃げようなんざ、百万年早いんだよ」
軽口を叩きながらも、温かいおしぼりをくれる。
それでも涙は止まらない。
「泣き止め。俺が泣かせてるように思われるだろ」
「だって…そうじゃない」
「なんだ、そうなのか?」
私の髪を撫でながら、遼が言った。
「結構、伸びたな」
「…うん」
「俺が切っていいか?」
「うん」
私は頷いた。
「お任せでいいか?綺麗にしてやるから」
「うん」
言葉が少ないのは、泣かないよう。
私の髪に、遼のはさみが触れる。
遼が私に触れている。
それだけで。
私の心は満たされた。
色んな話をした。
これまでのことを。
私の記事を読み、出版社周辺の美容院を訪ね歩き、私のことを探し当てたこと。
私は私の夢を歩き、遼はさらに上を目指していること。
髪に切るごとに、離れた距離が近くなる。
また新しい私が、誕生するんだ。
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