追悼するもの

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『《葵》が結婚すると電話があった。めでたい。なんとしても結婚式に行く。腰が痛くてやめていた散歩を再開しよう。体力をつける。』 貴方が、久しぶりに長文を書いた日。 孫が結婚すると聞いて、貴方の日記は一瞬だけ昔のきらめきを取り戻しました。 一瞬だけ。 『いいお酒をもらった。《豊》が帰ってくるまで飲むのは我慢。コロナで会えない。』 『春子誕生日。』 日記の間隔が更に開くようになったあくる日。 貴方は、お風呂場で倒れて突然亡くなりました。 心筋梗塞でした。 残された私はどうしたらいいのでしょうか。 この手帳は、まだまだ続きを書かないといけないのに。 突然、終わりを迎えた日記。 年始めには『今年も元気に過ごす』と書いていたのに、貴方は亡くなりました。 貴方は、死ぬ予定などなかったのです。 孫の結婚式にいく予定だったのです。 息子と酒を飲む予定だったのです。 この日記は、まだまだ続くはずだったのです。 それなのに貴方が死んでしまって、その日を境に日記は毎日真っ白。 私は、これからも貴方の日常や貴方の思いを綴りたかったのに。 私は、 貴方の父親が就職祝として貴方に買い与えた万年筆です。 私は常に貴方と共にありました。 貴方は、私をずっと大切に使ってくれました。私は、貴方の嘘偽りの無い気持ちを、貴方と一緒に毎日書いてきました。 貴方があれほど大切にしていた家族が、あんなにも泣いています。 大切にしていたものを残して旅立つ貴方も、さぞお辛いのでしょう。 でも、 貴方のその気持ちを書くことは、もう私にはかなわない。
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