こういう何気ない時が一番幸せなんだよね

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「信寿さまー、小次郎さまー。どちらに行かれましたか」  照井太郎高春は広大な平泉館の中で他の者の仕事を妨げぬように気をつけながら、彼の幼い二人の主を探してまわっていた。まだ若いながら藤原家の家老を務める高春であったが、三代目御館(みたち)・秀衡の長男信寿と次男の小次郎にすっかり懐かれてしまい、最近はもっぱら二人のお守役と化してしまっている。  今日も乳母を振り切って信寿と小次郎は平泉館に出仕する高春の後をついてきたのだが、目を放した隙にどこかへ行ってしまった。平泉館内で二人が危ない目にあうとは思えないが、やはりどこに行ってしまったか確かめなければ。 「あと探していないのは……まさかあそこに行かれてしまったのだろうか……」 「御館、高春にございます。失礼いたします」 「おお、高春。やはり来たか」  まさかここへ来てしまっていたとは。平泉館内で秀衡が政務を執る室。そこに探していた幼い主二人は入り込んでいた。しかも信寿と小次郎は二人して秀衡の膝に頭をのせて眠ってしまっている。これでは秀衡は仕事が出来なかったに違いない。 「申し訳ありません。私の不手際でこのようなことに……今すぐお二人を連れ帰りますので」  平泉館についてくる時、お父様にお会いしたいと言う二人に、御館はとてもお忙しい方だからお邪魔をしてはいけません、と諭したのだが。 「良い、しばしこのままにさせてやれ」 「し、しかし……」 「たまには良かろうて。最近はそなたに父親の座を奪われ気味でもあるしのう」  秀衡はニヤリとわざと意地の悪い笑顔で言う。秀衡の気持ちを察した高春はそれ以上は言わず、しばらく自分の仕事に戻らせてもらうことにした。 「こういう何気ない時が一番幸せかもしれぬじゃろうて」  秀衡の室を辞す高春の耳にそんな声が聞こえたような気がした。秀衡が本当にそう言ったのか言わなかったのか、振り返って確かめようとは思わなかった。
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