ねぇ、覚えてる?

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「ねぇ、覚えてる?私の事。あっ覚えてないわよね」 中年のおばはんに突然声を掛けられたこの言葉。 はい、全くもって俺の記憶にございません。 あんた誰?ていうのが今の俺の感想です。 このやり取りの前、俺はやさぐれていた。 「ち、世の中つまんねーな」 俺は足元の小石を軽く蹴とばした。 学生時代なんてあっという間に過ぎてゆく。 気づけば高校三年生。 うつむきながら、いつも通っている橋の上の欄干に 腕を置き、川面を眺める。 「ねぇ、あなたもしかして洋一君?」 突然名前を呼ばれて俺は驚いて振り向く。 するとそこにはニコニコした中年のおばはんがいた。 「そうよね、ねぇ覚えてる?私の事。あっ覚えてないわよね」 あたふたと顔を真っ赤にして慌てる中年のおばはん。 これで最初に戻る訳なのだが、 おばはんは 「私、幼稚園の先生をしているの。 君、小道坂幼稚園を卒園した洋一君でしょ。 目元を見てすぐ分かったわ」 「は、はぁ。確かに小道坂幼稚園を卒園していますが」 「ええ、ええ。 懐かしいわぁ。ほら、洋一君は 箱を作ってその中に砂のケーキを 葉っぱで飾ってくれて、 みんなには内緒だよと言ってくれたのよね。 覚えているかな?」 「ああ、確か俺、その後ケーキ屋になるって 言ったようなって、もしかしてゆりこせんせいですか」 「そうよ、山田百合子です。洋一君の年長担当だった。 あれからどうしていたの? ケーキ屋さんになるのかな?」 俺は顔を真っ赤にして、 「いや、それは子供の頃の夢っていうか。 でも今でもお菓子作りは好きですよ」 「まぁ、そうなの。 そうしたら今だったらパティシエなんて道もあるわね。 あらいけない。私、用事の途中だったの。 それじゃ、またね。 たまには小道坂幼稚園にも寄ってね」 「あ、はい。ありがとうございます」 こうしてあたふたとゆりこせんせいは行ってしまった。 ケーキ屋にパティシエか。 ・・・好きな道を進むのもいいよな。 大変かもしれないけれど挑戦してみようか。 俺は前を見据えて歩き始めた。 ・・・・・・・・ 「もしもし、山田百合子です。 洋一君のお母様ですか?その後洋一君はいかがですか。 え?何か調理学校について調べてるのですか。 それは良かったです。 ふふ、こうして幼稚園と親のネットワークが 未だに生きているなんて子供たちは知らないでしょうね。 え?次は白野 広子ちゃんをはげますんですか。 わかりました、では広子ちゃんのご両親と話してみますね。 それでは失礼します」 END
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