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一 暑い夏に氷を落として
「なぁなぁ、知ってるか?」
「ん?」
「あの学校の裏の森の中に廃墟があって、そこに行くと幽霊が出るんだって!」
「そんなの嘘だ!」
「それがマジなんだよ!何たってそこは何年か前に火事があって人が死んでるらしいぜ、そしてその死んだ人が夜な夜なうろついてるんだって!」
「そんな話嘘だ、絶対」
すれ違った小学生の噂話ごと追い抜くように、コンクリートにヒールの音を弾かせて私は進んだ。コツコツと小気味の良い音と一緒に肩にかけたビジネスバッグの中のペットボトルが揺れる。
こんな子供の噂話を昔の私なら馬鹿馬鹿しいな、と鼻で笑っていたかもしれない。
お化けなんていない。幽霊だっているなら科学的に証明してよなんて、絶対に強い口調で言ったものだ。
だけど、今の私は、あの小学生達の話が本当だったらどれだけ幸せか分からないほど、何かに縋りたい気持ちでいっぱいだった。
もし、アニメや漫画のように時が戻せたら。
もし、もう一度あの人に会って、くだらない話ができたら。
そう考えるだけでほろほろと膝から崩れ落ちそうになる。
私の時間は、六年前から止まったままだ。
だけど、こうして生きている限り、誰も私を待ってはくれないし、死ぬことも私にはできなかった。
私はそんな私が大嫌いだった。
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