『第9話』

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『第9話』

「少し相談します。」  彼はアリムに言った。 「ええ、それは勿論かまいません。どうぞ。」 『日本に帰されたら大変よ。』 『そうだけど、他の世界に飛ばされたら、それこそ取り返しがつかないよ。』 『日本なら、取り返せると言うの? 何か策はあるの。』 『ないよ。でも、日本からあの王国の人に連絡取って、事情を話すしか方法ないよ。』 『それで、どうなるの?お迎えに来てくれる? まさかでしょう?』 『さあ。なるようになる。』 『何が何でも、元の場所よ、ホテルじゃなくていいわよ、野宿でも、寒くないし。要は捕まらなきゃいいんでしょう? 』 『うん。まあ、そうだけど。・・・・・あの、アリムさん」 「はい、お決まりになりましたか?」 「やはり元の場所に帰してください。 あなたが連れ出さなかったら、朝まであそこにいたんです。あなたに強制される理由はないと思いますが。」 「強制する理由は、わたくしにあるのですから、駄目です。先程の二つ以外にはありません。もし、お二人が決められなければ、やむおえないので、わたくしが決めさせていただきます。 明日の日本にお帰りいただいて、人類の未来の為にレジスタンス活動をしていただきます。」 「そんな・・・もっとひどくなってます。」 「いえいえ、では良い条件をお出しいたしましょう。就職が決まるまで、毎月、お一人三十万円援助いたします。 また就職については、地元のスローワークの方を、お一人協力者としてすでに依頼済みなので、その方に相談してもらえます。今、少し休職してもらって、別世界に遊びに行ってもらっていますが、まもなく復帰します。 情報は漏れません。プロですから。」 「もしかして、『もじゃなんとか』、の人じゃないですか?」 「ああ、確かに髪の毛がもじゃですね。ご存じなんですか?」 「地獄の人事係長が言っていました。僕の前に一人声をかけたのが、その『もじゃなんとか』だったけども、女王様との約束があるという事で、断られたと。その人、女王様のスパイなんじゃないですか? 女王様の伝記を書く約束になっているとかでしたよ。」 「ああ、彼は『三重スパイ』ですから心配ありません」 「三重?」 「はい、タルレジャ王宮とも、女王様とも、我々とも個別に取引が有ります。さらに火星人のリリカや、もう一人のボスの『ダレル将軍』とも密かに連絡があるらしいので、『四重』、『五重』、もっと、かもしれませんが。」 「それで、どこがメインなの?」  彼女が話しに首を挟んだ。 「あの方は『中立三重』、『四重』、『五重』・・・・スパイなのです。」 「さっぱりわかりません。」 「まあ、すべての取引相手と中立公正に対応するのです。だから、どこからみても、安心です。」 「それって、スパイですか?」 「勿論。相手から見ればスパイです。」 「はあ、まあいずれにしても、ふうん、一人三十万ですか。」 「でも、いいですか、王宮や教会と手を結んでも、それはつまり女王様の手におちると言う意味ですよ。洗脳されて、彼女の奴隷となるのです。」 「さっき『それもいい』とか、言ってませんでした?」 「いえいえ、意味が違います。あれは一種のアイロニーです。 奴隷になってしまえば、その先はわかりませんよ。火星に行かされる可能性が大きいです。大量の労働者が必要だし。あなた、そのまま鬼になれば、肉体労働に向いていますし。」 「それは、差別でしょう。鬼に対する。」 「そうですか? まあ、これは可能性のお話ですよ。でも、もう決める時間です。 お二人には決められそうにないので、やはり日本にお送りいたします。お召物は用意がございます。さあ、お乗りください。それとも、この放棄されてしまった場所に、ずっといますか?」 「放棄?」 「ええ、女王に消される可能性が高くなってきたので、全員、他の宇宙か、火星支配後の地球か、どちらかを選択して、当面避難しましたから。」 「ここに置いていかれては困る。」 「あの、ええ、困りますわね。」 「そうでしょう。食料も飲み物も、何にもないですよ。処分しましたから。 と、いう訳なので、では日本に帰りましょう。さあ、どうぞ。」 「アリムさんって、怖い人だったのですね。」  彼女が少しあざけるように言った。  アリムは、片方の眉を、くいっと上げて応じた。 「くそ、どうする・・・・・。しかし、この女、いい香りがする。なんだか、ふらふらっと吸い込まれそうだ。おいおい、しっかりしろ、元副署長。 でも、確かに嫁さんに振られて以来、こういうことなはかった・・・・。ここは幸せなところだ。」  元副署長は、無意識に幸子さんの胸の間に、吸い込まれそうになっていた。 「いいですわ。効いてまいりましたね。」  アヤ姫様が言った。 少し鬼の顔になりかけている。  他の女神様たちは、引き続き、二人の周りで手をつないで、ダンスをしているのだった。  そうして、その輪が、少しずつ狭くなってきていた。  色んな歌が飛び出していた。  タルレジャ王国に古くから伝わる遊び歌、『鬼さんどうぞ』  日本の『かごめかごめ』『とおりゃんせ』  『マイムマイム』も当然歌われたし、今は『ポーリュシカ・ポーレ』になっている。  この歌が、元々交響曲の一節だった、ということは、女神様たちは知らないし、歌詞も後から王国で書き直されたものだ。  そうして・・・・・・  女神様たちの輪が、二人のすぐそばまで来た時、ついにアヤ姫様が強力な魔法を、元副署長にかけようとしていた。  そうすると、元副署長の眼にも、女神様たちが見えるようになってきたのだ。 『なんだ、これは? 女神様たちだ・・・・・俺は、鬼になるんだ。そうして、この女と夫婦になるのだ・・・・・。最高の幸福だ・・・・そう、完全な女王様の僕にもなって行くのだ・・・・。』  ぼうっと、元副署長が考えて、その思考の渦に取り込まれようとしていたその時、『アヤ姫宮』、本当は、『アヤ姫教会』なのだが、のある小さな島の地下から、何かが物凄い勢いで急速に上がって来た。 「きゅゃあーー、助けてくださーい !!」  彼女の声がした。 「コントロール不能。コントロール不能・・・・』  機械のような女性の音声が、響き渡ってきていた。  そうして、先程まで、女神様たちがいた隣の部屋に、≪ずどん!≫という大きな音がして、あのゴンドラが浮き上がって来たのだ。その衝撃が、元副署長や幸子さん、女神様たちを吹き飛ばした。  同時に、教会の壁も屋根も飛んでしまった。  元副署長は、幸子さんを抱きかかえたまま、壊れた壁からアヤ湖の中に転落した。 「いやー、塩水嫌いー!!」  幸子さんが叫んだ。 「こら、暴れるな。 池の女神様がそんなこと言ってどうする。」  元副署長は、幸子さんの体を保持しながら、小さな島に這い上がろうとしていた。  ふと、上を見ると、少しぼうっと霞んだような、沢山の女たちが中空を漂っているではないか。 「幸子さん、ほら、慌てないで上がっていらっしゃーい。その方も一緒に。」  アヤ姫様が微笑みながらおっしゃった。 「お前たち何だ!!」 「幸子様と同じ、池の女神たちです。さあ、わたくしたちのお家に参りましょう。あなたも、もう、これからは鬼の仲間になるのですよ。」 「アヤ姫様、他の三人は見当たりませぬぞ。確かに、ここまでは、あの乗り物に乗っていたはずなのじゃが。」  ユーリーシャ様が、壊れた建物の上にのし上がっている、ゴンドラを指差しながら報告した。 「そうですか。仕方ありませんね。他に介入している方がいらっしゃるのでしょう。」 「まさか!」 「まあ、ひとまず帰りましょう。さあ、幸子様、いらっしゃい。」  幸子さんと元副署長が、ふわっと空中に浮かんだ。 「こら、やめなさい。逮捕するぞ。 いや、応援を呼ぼう。くそ、携帯がない。」 「ああ、お饅頭が!」  と幸子さんは恨めしそうに言いながらも・・・・ 「ま、いいか、まだたくさんあったし。」  と、気を取り直して、逆に元副署長を抱きかかえながら、女神様たちと共に奥アヤ湖の北島側の海岸に消えて行った。  そこには、『アヤ姫教会本宮』があった。  そうして、その地下には、アヤ姫様の広大な本拠があった。 「いやあ、どうなったのかしら? ここ、どこ?」  彼女が頭を抱えながら言った。  廻りを見回すと、なんだか見覚えがあるような場所だ。  彼も、彼女の隣で頭を振りながら、まだうつ伏せになっている。  そうして、アリムもいたが、どうやら、まだ気を失っているようだ。 「大丈夫ですか? 皆さん。」 「ああー! あなたは!」  それは、タルレジャ・スカイ・ハイ・ホテルの支配人と、昨日二人に面会に来たタルレジャ王宮のタイポとタルレジャ教団のママムヤムだった。  それに、医師と看護師らしい人が立っていた。 「外部からの通報がございまして、あなたがたをホテルの部屋に移送したから、介護してほしいとのことでございました。それが誰なのかは、今のところわかっておりません。」  支配人が言った。 「先程、アヤ湖の中にある『アヤ姫教会』の奥の院で、爆発のような事故が起こりました。不思議な事に、移動用と見られるケーブルカーのゴンドラのような物が突っ込んでいました。しかも、上からではなくて、どうも地下から突っ込んだようなのです。あなたがた、その事と、ご関係が有るのでしょうか? まあ、まだ詳細は不明で、王宮警護団が調査に当たっておりますが、今、火星からの侵略者の問題で、王宮も教会も混乱中ですから、ちょっと時間がかかりそうです。まあ、大事はなさそうなので良かったですが。」  タイポが説明した。 「いずれにいたしましても、お三人様は、これからタルレジャ王宮病院にお運びいたしまして、念のため、精密検査を行います。その後、事情を聴かせていただきたいとは思っております。」 「立派な病院ですからご安心を。政府が興味を示していますが、あなた方の事は伏せてあります。火星人の攻撃ではないかと、警戒しているのです。幸い場所が王宮の管轄地域なので、政府関係者の立ち入りはお断りしております。」  ママムヤムが付け加えた。  アリムが、ゴソゴソと動きはじめていた。どうやら気は付いていたらしい。両手で体を支えて、腕立て伏せ姿勢のまま、じっと黙っている。 「君については、私も少し疑問を持っていました。あとで、私も事情を聞きたいが、ここは、まず王宮と教会にお任せするしかない。なにしろ、このホテルは王宮の所有だから。」 「では、これから地下玄関までお運びいたします。大丈夫動かないでください、ストレッチャーが来ますから。」                        🌊 「まあ、よくいらっしゃいました。わたくしは、この湖を管理しております、アヤと申します。池の女神様会の会長もいたしております。いえ、おりました。ここで転勤ですの。」  アヤ姫様がご挨拶をした。  その隣では、幸子さんが、かしこまっている。  元副署長は、かなりぶぜんとした表情で言った。 「ここが何だかは、いくらかは想像もつく。しかし、今は地球が一大事になっている時だ、悪いが帰してほしい。」  アヤ姫様は、微笑みながら言った。 「お帰りになって、どうなさるのですか?」  元副署長は、少し戸惑いながら答えた。 「どうって、まずは状況を分析し、それから、対応を考える。」 「では、わたくしが、状況をご説明申し上げます。で、ここで対応を決めましょう。手間が省けますでしょう?」 「ううん、それは、いささか魅力があるが、ここにはテレビとかないのか?」 「まあ、もう警察はお辞めになったのでしょう? いまさら世間と関わる必要がございまして?」  元副署長は、きりっとした表情で言った。 「おれは、あの女王が許せない。火星人と手を組んで、地球侵略だと? 何が何でも止めなくてはならないんだ。」  アヤ姫様は、少し気の毒そうにではあったが、きっぱりと言った。 「あなたには、無理です。女王様に楯ついても、それは意味がございません。それよりも、どうか幸子様のお気持ちを酌んであげてください。このように、あなた様をお慕い申し上げております。」  幸子さんは、また涙目になって、うつむいてしまっている。 「あのなあ、おれは人間だ。君たちは、まあ、どういうか、つまり以前、こいつ、いや、この人というか、が説明してくれたところでは、大昔には人間だったが、女王によって蘇らされた、まあ、日本では鬼と言うか、あちらではキョンシーとか、その、ゾンビとか、だな。だから、人間とは無理だろう。」  幸子さんが、もう泣きだしそうになっている。 「まあ、ご器量の狭い事を、あなたほどの方が、申されてはなりません。よろしいですか、日本でも、人間の妻になった、鶴や、蛇の言い伝えがございますでしょう?  問題はないのです。」 「いや、それはあるだろう。 おとぎ話とは同じにならないぞ。」 「大丈夫なのです。 わたくしが保証いたします。アヤが問題の無いようにして差し上げます。さきほど、その初めのところをお確かめになりましたでしょう。 あの後、あなたはまだ人間でもありながら、鬼の力をお持ちになるようになります。そうして、女王様と第一王女様の警護と言う、尊いお仕事をなさりながら、末長く幸子様とお幸せになるのでございます。お伺いしておりますところ、あなた様は、日本における第一王女様の警護部門の統括責任者となるのです。地方の警察も、あなたの支配下に入ります。もちろん、今まであなたの上司であった方も、あなたの単なる末端の部下の一人になりますの・・・ですよ。」 「おれは、そんなこと気にしてない。それより、人間の敵になんか、なってたまるか。」 「まあまあ、人間の敵ではございませんの。ほとんどの人間は、あなたのお味方になっております。ごく少数の方だけが敵方なのでございます。このままでいらっしゃる方が、人間の敵となってしまうのですよ。まあ、あなた様は、他の皆さまより一足早く、女王様の新しいお味方となりますのよ。それは正義の味方、なのですわ。」 「アヤ姫様、女王様のような言い方になっていますね。」  幸子さんがうれしそうに、余計な小言を加えた。 「こほん。では早速始めましょう。何も怖くございませんわ。」           🏝️  「ここが 、北島かあ。病院の中にいると、何も違わないわね。」 「でも、すごく静かだ。外の明かりも少ないし、物音一つしない感じだ。」 「まあ、明け方近くだし、繁華街じゃないから・・・少し寝た方がいいかも。」 「確かに、地獄生活では、この位からは寝ている時間だな。でも、心配だろう。」 「まあ、心配だけれども、でも、こうしてあなたと二人にしてくれるなんて、まあ、うれしいけれど、よかったわ。」 「どうなるか分からないが、テレビもないし、寝ようか。」 「ええ・・・・」          👹  元副署長の改造自体は、簡単な事だった。   彼に新しい心と、鬼の体と、特殊な能力を与える。それだけだから。  ただし、アヤ姫様ご自身には、ここまでできる力があるわけではない。  今は、女王様の一部が乗り移っているから、こんなことも可能なのだ。 「さあ、終わりました。もうこの方は、わたくしの僕の一人です。 では、あとは幸子さん、頑張ってね。」 「は?」 「は、じゃないわよ。この方、もうあなたにぞっこんよ。わたくしは、おいとましますから、二人で仲良くしてね。」 「あ、あ、あの・・・・・」  アヤ姫様=女王様はその部屋から、さっさと出て行ってしまった。  部屋から出たアヤ姫様からは、すぐに女王様が抜け出て行った。 「まあ、女王様ったら、わたくしを使って適当に事をお運びになるのですから、何時までたっても、同じですね。困った方です。」  そうつぶやくと、アヤ姫様は、他の女神様たちが、今か今かと待ちかまえている事を思い出した。  そこで、会議室に向かおうとしていた・・・・・。  何かわからない、黒いような影が、ふっと目の前に現れたのだ。  なんとも不思議な香りがした。  ふらふらっとしたアヤ姫様は、そのまま影の中に抱き取られてしまった。  3時間位は眠れただろうか。 「スミマセン。サイケツします。ケツアツト、オネツミマス。オッケー?」  と、明るい看護師さんの声が聞こえてきた。 「ああ、はい。どうぞ。」  彼女が半分夢うつつで答えた。 「今日はケンサでイソガシイですね。ガンバッテクラサイ。」 「はい、どうもありがとう。あの、ニュース見たいんです。日本の北海道がどうなったか。」 「ああ、ホカイドウは、まだキエタママノヨウ、ですよ。そう、アナタは、ちょと検査項目オオイデスネ。」  看護師さんは、彼に向って楽しそうに言った。 「はあ、まあ、そうでしょうね・・・・。」 「アトデ、先生キマスからね。コノ人、オウジョサマノ、オウマレニなってからの、ズットノ先生デス。女の先生デス。」 「え? 王女様の主治医の先生ですか?」 「はい、デモ、とってもキラクナ方ですね。」 「キラク? ですか。」 「はい、もう、メチャ、オキラクナ人だから、心配ないデス。」 「ははは、それは、ありがとうございます。」 看護師さんは出て行った。 「心配だね。」 「ええ・・・・・あの、どんな方かしらねえ。」 「先生の事? まさか鬼ではないと思うよ。」 「まあそうでしょうけれども、ちょっとすごいわね。」 「どうして?」 「だって、王女様の主治医でしょう。 そんな人に診てもらえるなんて、普通ないじゃない?」 「まあ、けど、このところ普通の事は起こらない。」 「確かに・・・」  すると、意外にも、すぐにその先生がやって来たのだ。  決して若くはないのだろう。  しかし、と言って、よく年齢がわからない。  細からず太からずで、眼鏡をかけているが、それはあまり目立たない感じがする。 「お待たせいたしました。私が診ないと、先に進みませんから。アンナ・佳代・マムルです、よろしく。」  と言って先生は握手を求めてきた。  確かに、とても気さくな感じだ。お気楽な感じではないけれど。 「詳しい事は、検査してからです。今朝は絶食ですから。ここの医療機械は進んでいますよ。 たぶん世界でここだけと言う位です。」 「はあ、そうですか。それって王女様の開発とかですか?」  彼女が尋ねた。 「ずばり。そうです。さすが色々良くお分かりのようですね。」 「はあ、もう何でもかんでも、すべて王女様の発明ですから。」 「ええ、そうなのです。ただし、今、世界はごった返しています。ご存じでしょう? なので、途中で何もない事を願っていますが、とにかくきちんとやるべきをやりましょう。あなた方、どうしてもすぐしなければならない事がありますか?」 「ああ、いえ、実は、わたし、北海道に実家があって。どうなっているのかが、心配で。」 「それはまた、御心配でしょう。私が得ている情報では、確かに日本の北海道は消滅していると確認はされたというのですが、詳しい事がわからないとニュースでは言っていました。新しい情報があったら、お知らせいたしましょう。」   彼は、彼女の方をじっと見ていたが、何も言わなかった。  医師が付け加えた。 「実は王室の方が事情聴取したいと言って来ていますが、一定の検査が済むまでは駄目、とお断りしております。それで、いいですか? そうだ、王室に情報の提供を頼んでみましょう。可能かどうかは、わかりませんが」 「あの、ありがとうございます。・・・・・」  二人はお互いを見合った。 「まあ、検査については私の指示でやってください。医学的にも大変興味がありますしね。 半日あれば大方済みますから。お食事はその後お出しします。問題なければ、昼からは王室の方の面会も許可しなければならないでしょうが、その際、先程の事はお願いしてみましょう。」 「はい・・・・。」 「じゃあ、もうすぐ開始します。また後で・・・」 「あの、アリムさんは、どうなったのですか?」  彼女が尋ねた。 「ああ、もう一人の方ね。彼女は王宮警護団が身柄を押さえてしまいました。警護団の中の医療室にいるのでしょう。本当は、一緒に診たかったのですが、なぜか警護団長が珍しく強硬で。まあ、あなた方にしてもですが、第一王女様が、また、『おいた』をなさっていなければ良いのですが・・・・。ああ、ごめんなさいね。あの子達は、生まれた時からずっと、私が診てきていましてね。なにしろあまりに、とんじゃってるものですから。お二人は、王女様方に御目にかかったのですか?」 「はあ、いえ、まったく・・・・・。」  彼が答えた。 「そうですか。ではまた後で・・・。」  先生は、頭を下げて、早足で出て行った。 「検査って、何するんだろう?」 「心配? 意外と男の人って心配性だから。」 「まあ、普通の体じゃないからね。診てもらった方がいいと思うけれど。ここって王女様の本拠地だろう? 何だか良く判らないけれど、複雑だな。問診とかで、地獄の話なんてしていいのかな?」 「そうね。まあ、好きなようにしたらいいのよ。今の先生、感じ良かったし。どうやら王女様に対しても一定の力もありそうだし、信用して診てもらうしかないわね。こうなったら度胸よ。度胸。あんな事、実際現実だと思うの?」 「現実じゃないと? あれだけ僕はあそこにいたんだよ。妄想だと言うの?君も見ただろう?」 「妄想とは言わないけれど、何か仕掛けがあるのでしょう。と、思わない?」 「まあ、現実にはあり得ない事だ、と思うが、この体が証拠だろう?」 「そうね。だからこの際、しっかり診てもらいましょう。お昼に終わったら、地球はどうなっているのかしらね。」 「ふうん・・・・・。」  そうこうしていると、先程の看護師さんがやって来た。 「では、お二人トモ、ソレゾレに、検査室に、入ってクダサイマセ。車いすでごアンナイします。」  それから、二人は、別々に運ばれていった。 「この部屋の中デ、ハイ、ココニ寝てクラサイ。 マイクカラ、担当者がご指示をシマス。それに従って、クラサイ。いいですカ?」  看護師はそう言うと、割と、いい感じのベッドを指差した。 「わかりました。」  彼は応じた。  すると看護師はさっさと出て行ってしまった。  すぐにどこからか声がした。スムースな日本語だった。ただ、少し関西弁ぽかった。 「はい、では検査を始めます。 大部分は一定の姿勢で寝たり、起きたり、歩いたりしていただくだけです。御手洗いなど、ありましたら、その際は、言ってください。そちらの声はそのまま聞こえますので、そこのところお願いします。ちょっと何か言ってください・・・・」 「はい、おなか減った。」 「オーケーです。 検査後のお食事は病院としてはかなり高級ですよ。 では、そのまま、上向きでベッドに横になってください・・・・・  はい、それでいいですよ。 じゃあそのまま5分位がまんしてください。」 「え? もうこれで検査ですか?何もないような。」 「はい、検査器具は見えないようになってます。ご安心を。」 「はあ・・・・・。」  五分後・・・ 「ごくろうさまです。じゃあ、うつむいて・・・・・、こんどは横になってください。また五分ほどそのまま。少々動いても大丈夫ですから。」  また五分後・・・ 「オーケー。ではいいですか、今度は部屋の中を少し、グルグル歩いてください。普通にリラックスして、はいはい、良いですよう・・・そうです、そうです。完璧ですよ。オーケー、じゃあ今度は全部服脱いでください。で、立ったまま・・・それでいいです。素晴らしい。では、こんどはもう一度歩いて・・・・はいはい。 結構です。 ではこれから、部屋の中が真っ暗になりますが、そのまま立っていてください。・・・・・」   こんな感じで、最後の方は、ベッドの上で少し寝てしまったようだった。  何だか夢を見ていた・・・・地獄の中で、道路から左側に大きな山が見える。すぐ下から見上げると、物凄い高さだ。その頂上付近は雲がかかっているのだが、今、そこから噴火が始まった。音は聞こえない。 噴煙が立ち上る。 あたりは青い色の地面と、灰色の地面がまだらになっているが、彼は、裸足のまま歩いている。決して気持ちは悪くないが、足の裏を見ると、青い地面を歩いた後は、真っ青になっている・・・しかし、灰色の地面を歩いた後では、また灰色になっている。緑色の足の裏にしたいな、そう思って、また緑色のペーストのような地面を歩いてみる。 それから山を右手に見ながら歩いてゆくと、工事現場がある。木材を敷いた、仮の通路を歩いてゆく。だんだんあたりには、建設機械やら廃材が積み上がって、歩くところもなくなってゆく。そうして遂に、もうどうしても先に進めない、崖っぷちのような場所になってしまった。 前に進めない。崖を登ろうとするが、真っすぐに立ち上がった崖で、思うように登れない・・・・。  彼女の方も、同じような事をやっていたが、結局彼よりも早く終わってしまった。  部屋に帰ると、時間は午前十時。  彼はまだ済んでいないようだ。 「もうすることはないので、ゆっくりしていてください。」  別の看護師が言った。 「あの、テレビないですか?」 「ああ、わかりました。普段テレビは置いていないのですが、聞いてみます。」  彼女はしばらく、窓から外を眺めていた。  ここは何階なのだろう。一階や二階ではなさそうだ。もっと高そうなのだ。  木々のてっぺんが下に見える。しかし、向こう側を見渡しても、ただ森が続くだけ。  彼女は仕事柄・・・地図を作ったり、分析したり・・・、タルレジャ王国の北島も、衛星からの画像でよく覗いて見る事がある。  現代はそんなこと、できて当り前だ。  しかし、深い森が多くて、実際は上からでは良く見えないところが多い。  こうして見ても、確かに森は多そうだ。でも、彼女は思った。 「ここにこの建物。少し広場がある。あそこに何かの変わった塔が建っている。で、建物がある。右手の向こうの奥に少し海が見えているわね。そうして、多分ちょっと見にくいけど、あれって王宮の建物の端っこよね。海岸からそう遠くはないようで、王宮もそばにある。でも、あんな形の塔があったかな。ピラミッドみたいだけれど。あれなら空から見えるでしょう。見落としかな。でも、こういう事は結構自信ありなんだけどなあ。この病院の建物は、確かに見覚えがあるけれど・・・。」  さっきの看護師さんが小さなテレビを抱えて帰って来た。 「ちょっと古いタイプですが、持ってきました。北島には放送局がないので、電波が獲りにくいんですよ。でも、ここは五階なので、たぶん見えます。私、南島から住み込みでここに来ていて、昔、日本に留学もしていました。横浜に住んでたんですよ。で、ここは、テレビは本当に不便なんです。北島の人って、集会場にしかテレビが無いらしいんです。しかも、教会提供のケーブルテレビだけらしいし。もっとも、私は、ここ以外に、外に出かける事はありませんけれどね。見学の許可もらうのって、結構大ごとになるので、めんどくさいので。でも、すごく綺麗な場所はあるらしいの。辞めるまでに一度は行こうかとは思っています。 よいしょ。 アンテナです。デジタルになって以来、どうも余計見にくくなっているらしくて。 まあ、現役で日本からおいでの方が、ここに入院するなんて、滅多にないですから。テレビないと退屈ですよね。 ええと、これで、自動選局、と。映るかなあ。 あ、ほら、映ってます。TBCです。日本のNHKですね。なんか、宇宙人のことで、夜中に南島は大騒ぎになったらしいですねえ。聞きましたか? 街中に、宇宙人の声が響き渡ったと。」 「はい、聞きました。」 「それは、すごいですね。でも、北島では、何もなかったのですよ。」 「え? そうなんですか?」 「そうなんです。ここでは、いつものように静まり返っておりましたのです。」 「はあ、そうなんですか。」 「はい。あ、じゃあ、あとリモコン置いておきます。」 「ああ、自分でやってみます。テレビ見ても、叱られないですよね?」 「ああ、日本の方は問題ないと思いますよ。ここでは。」  看護師さんは、手を振って出て行った。  ようやく彼女は情報源を入手できた。  しかし、困った事があった。  このテレビは、音声多重の受信ができないようなのだ。  単に、使い方が良くないのかもしれない。  そう思っていろいろいじってみたが上手くゆかない。  どうやっても、タルレジャ語の音声しか受信が出来ない。  基本的な挨拶くらいなら彼女もできる。  でも、このスピードでは、ほとんど理解が出来ない。  とにかく画面だけでなんとか情報を得るしかない。  一時間、そうやってテレビにかじりついていた。  すると、ふっと北海道の地図が表示された。  アメリカ国の宇宙関係の人が出てきた。  よかった、英語だ。これならわかる。 「日本の北海道は、まったくあるべき場所には存在しません。しかし、日本政府が『火星連合のリリカ』と連絡を図っていて、いくつかの点がわかって来ています。北海道は、どこかで今も存在していて、住民は無事らしいと言う情報が入っています。しかし、『火星連合のリリカ』はこのままでは、北海道も住民も解放できないと主張していて、無条件降伏を迫って来ているいようです。」 「ああ、それなら良かった、かな・・・・でもどこかって、どこ?」 「あれ、寝てしまったんだ・・・」  彼は、夢の余韻に少し引きずられながら気が付いた。 「お目覚めですか? 検査はもう終了ですよ。」  声が言った。 「お部屋まで、また車いすで移動します。ご苦労様でした。」    部屋に帰ると、彼女が先に戻っていた。 「お帰りなさい・・・・・」 「あれ、テレビ?」 「うん。看護師さんに持ってきてもらったの。副音声が出なくて、タルレジャ語のところは良く判らないけれども。でも、何だか「火星人」とタルレジャ王国が一騎打ちをするみたい。もし、王国が勝ったら北海道を返すって、言ってるみたい。」 「なんだ、それ?」  突然、テレビの画面が変わった。    海。美しい海。タルレジャ王国の海。  と、空から巨大な船が降りてきた。どのくらいと言われたら、はっきりしないが、とてつもなく大きい事はわかる。遠景のカメラでは、海の上にある小さな島がご飯粒くらいなのに、その船は画面に入りきらない。 「なんだ、あれは?」 「宇宙船?」  二人が画面にくぎ付けになっているところに、マムル医師が入って来た。 「おじゃまします。まあ、それ何ですか?」 「火星人の宇宙船らしいですが、タルレジャ語は良く判らなくて。」 「ああ・・・・、『これからここで火星連合とタルレジャ王国との対戦が行われる』と。 確かに…『王国からは、王国が誇る軍艦3隻が戦闘に臨む。間もなく姿を現すだろう。火星連合からは、司令船の護衛艦3隻が対戦する事になる・・・』・・と。」 「はあ・・・・」 「『タルレジャ王国が勝つか、引き分けになれば、日本の北海道とその住民は返還されるが、火星連合側が勝てば、北海道も住民も戻らない。また、王国の王女様3人は、火星連合がすぐに捕獲すると言っている…』だそうですよ。まあ、大変だ。でも、北海道の方はご無事のようですね。よかったですね。」 「はあ、とりあえずですが・・・・」  彼女がうつろに答えた。 「あの、こんなときに恐縮ですが、検査の事についてお伝えしても、よろしいですか?」  マムル医師が申し訳なさそうに言った。 「あ、はい。」 「では、まだ詳細はこれから確認しますが、今のところ、お二人とも基本的な健康状態に問題はありません。」 「ああ、よかった・・・です。」 「そうですね。ただ、あなたに関してですが、そのお体の変異については、どうも遺伝子レベルからの変異が認められます。」 「遺伝子って?」 「そうですね、つまり正常な状態の人間ではなくなってきている。健康が損なわれているのではありませんが、普通の人間ではなくなってきています。しかも、なぜか急速に。」 「急速にって、じゃあ彼はどうなるのですか?」 「はっきり言って、どこまで変異するのか、正確にはわかりません。どうやったのかも、わかりません。放射性物質などは、まったく検出されないので、それとは違う原因のようです。」 「人間じゃなくなってきていると・・・・・」 「そうですね。はっきり言えば、そうです。」 「やっぱり・・・・・。」 「やっぱり、ですか? 今朝お話しましたが、午後2時から、王宮と教会の方が事情聴取に来ます。私も同席させていただくことの了承を取りました。お二人がよろしければ、ですが。」  二人は顔を見合わせて確認してから、彼女が言った。 「はい、ぜひお願いします。」  テレビには、王国の誇る軍艦3隻が、姿を現していた・・・・。                👹     幸子さんは、元副署長と再び二人きりになった。 「あの、あ あ・・・・」  しかし、元副署長は元のままではなかった。  その、目の輝き方が違う。なにかぎらぎらしていて、それは、間違いなく鬼の目だった。 「あの、お饅頭、いかがですか。」  幸子さんは後ろのテーブルから、お饅頭が詰まった菓子箱を取り出した。 「もらおう。俺はお前の饅頭が好きだ。」 「あ、はい。お茶もいかがですか。」 「ああ、もらおう。お前のお茶は好きだ。」 「ああ、はい。どぞ。」  元副署長は、お饅頭を豪快に口に放り込み、お茶を一気に飲み干した。  そうして言った。 「俺は、お前のお饅頭も、お茶も好きだが。、しかし・・・」 「しかし、ですか?」 「しかし・・・」  元副署長は、幸子さんの目の前にぐっと近寄って、いきなり幸子さんを抱きしめた。 「俺は、しかし、お前がもっと好きだ。たまらない位に好きだ。俺と結婚してくれ。」 「は、えー!」 「いやか?」 「いや、いえ、そうじゃなくて、はい、あの、断然、はい、です、はい。」  元副署長は、さらに力を込めて幸子さんを抱きしめた。  そうして彼女のまとっていた薄いドレスを、はぎ取るように脱がせた。 「あの、あ、そんなに、あわてなくていいです。はい・・・・」  元副署長の体は、次第に豪快な鬼の姿に変わってゆく。  着ていた服が、ばりばりと破れた。  幸子さんも、それに合わせて、鬼女に変わってゆくのだった。            💺         「私をどうするお積り?」  アリムは、殺風景な部屋の中で答えていた。 「何も話しませんから。拷問でもしますか?」  彼女の前に座っていたのは、王宮警護団の『取調官長』。  ここの責任者だ。  後ろの椅子に、女性の取り調べ官が座っていた。 「そうですな。かつては、そのような事もあったが、現在は第三王女様のご命令で、拷問や強制に当たるような事は禁止されておりまして。この取り調べも、すべて音声と映像が記録されております。あとで、第三王女様が確認なさいます。ただし、今回は相当先になりそうですな。もしかしたら、第三王女様には、そのお仕事ができなくなるやも、しれませんな。」 「ほう、それはなぜですか?」 「ははは、あなたの方が、良くご存じなのでは?」 「まあ、何故ですか?」 「あなたは、誰の指示で動いている?」 「指示? 私はホテルの従業員です。指示があるなら、それは支配人さんです。」  取り調べ官は、例にならって、机を”バン”と叩いた。 「言い逃れは、いけませんな。あなたが属している組織は何か? 首謀者は誰か?」 「組織? 知りません。あと証言しません。黙秘権は無いのですか?」 「それは、ありますよ。ここでもね。しかし、あなたにとって有利には働かんでしょうな。ここでは、王国の裁判は行われない。」 「私は、北島の住民ではない。王国とも、教会とも契約をしていません。南島への返還を要請します。」 「あなたは、北島の主権を危険にさらす恐れがあると判断されている。返還はできない。」 「誰が判断したのですか?」 「教母様だ。君はタルレジャ教徒だろう。」 「まあ、確かにそうです。」 「ならば、話す事が信徒の務めだ。違うかな?」 「タルレジャ教では、今日そうした責務はありません。」 「ここでは、ある。北島の住民ではなくても、教徒であれば、北島に入ればその責務が生じる、と解釈されている。」 「反論も強くあります。南島の法廷も、そのように結論を出しました。まだ、大法院では、審議中ですが。」 「我々は、主張を通したい。」 「では、やはり黙秘します。」  取り調べ官は、立ち上がった。 「そうか。仕方がないな。当面、あなたを『主賓室』で拘留する。」 『しめた!』  彼女は思ったが、口には出さなかった。      『主賓室』はその名の通り、拘留所としては破格な部屋だ。  高級ホテルのシングルルームよりも良いと言われている。  食事も、なかなか素晴らしいと。  しかし、そこは不思議な場所だとも言われている。  その実態は、よく解っていない。  ただその部屋に滞在した人は、異教徒ならば、みな非常に敬虔なタルレジャ教徒に変身してしまうらしい。 膨大な経典も、すべて暗記してしまうという。  タルレジャ教徒ならば、教団と王宮に対する忠誠心と豊かな宗教的知識で、心が満たされてしまうと。  そこから出てくる人は、例外なく、幸福に満ち足りた思いになってしまっているのだと言う。 『こちらが調べてやる番ね。見ていなさい、歴史が変わってゆくから。』 二人の部屋には、ホテルで会った タイポとママムヤム、さらにいかにも、『取り調べ人』、という感じの、いかつい男がやって来ていた。  マムル医師も同席していたが、少し後ろ側に離れて座っている。 「タレレジャ王宮警護団のシン・シンです。パンダではないので、お見知りおきを。」  見事な日本語ではあったが、まさかこの顔から出てくるセリフではなかったので、二人はやや茫然とした。  しかし、男は平然と続けた。 「さて、お疲れでしょうが暫くお付き合いください。まず、お二人は、どうやってこの王国においでになったのか、教えてください。」  二人は顔を見合わせてから、決意したように男が話し始めた。 「僕たちは、恋愛関係にあったのですが、僕が仕事に上手く就職できなかったため、彼女は親の意見に従って、別の男と婚約しました。ぼくは少しやけになっていましたが、その時、夢の中に地獄の使者が現れ、『地獄』での就職を誘われました。それで、その勧誘に乗って、日本の『不思議が池』から『地獄』に行きました。」 「ほう、それは、どこにあるのですか?」 「さあ、『地獄は地獄』、です。場所は知りません。」 「なるほど。で?」  彼はその後のいきさつを話したが、冷汗でびっしょりになった。 「ふうむ。では、正式な入国手続きはしていない、と。」 「はい、出国手続きもしていません。」 「ふうん・・・・・・。」 「我が、第一王女様との面識はなかったのですか?」 「はい、ありません。今でも。でも、王女様はなぜか僕達の事をご存じだったようです。」  タイポが口をはさんだ。 「それは、事実です。王宮も教会も、間違いなく第一王女様からお二人の保護を指示されました。」 「直接口頭で、ですか?」 「いえ、指示用の特別通信です。他の人間は介入できません。」 「ま、そうでしょうな。ふーん。なるほど。で、なぜ、あの立ち入り禁止の教会に現れたのですかな?」 「それが・・・・。」  ここからは、彼女がアリムの事を話した。 「五千五百年後のタイタン、ですか。」 「そう言ってはいましたが、事実かどうかを確かめる方法はありませんでした。でも、日本の明日に行く途中で、なぜかコースを外れてしまったようなのです。アリムさんはかなり慌てていらっしゃいましたが、あそこの地下に突っ込んでしまって。もう駄目だと思いました。目の前が行きどまりになってしまって。本当です。」 「いや、信じ難いですが、それは事実なのです。明らかにあの乗り物は地下から飛び込んできている。しかし、地下には何の穴も開いていませんでした。上空からならば、王宮警護団に気づかれないなんていう事態は、まずあり得ない。いずれにしろ、不可解です。まあ、これからあの女の事情聴取が進むでしょう。で、あなた方は、この先どうしたいのですか?」 「あの、こちらのお二人のご提案に従うしかないと思います。」 「なるほど、賢明です。」 「あの、日本の北海道の事について、何か情報はありませんか?」 「ああ、先生からお伺いしました。しかし、私は担当外なので、詳しい事は何も知らないのです。」 「ほら、テレビ!」  彼が叫んだ。  画面の中で、戦闘が始まっていた。  画面には、『火星連合』の巨大な旗艦が映し出されていた。そうして、攻撃機らしきものが姿を現していた。  一方で、海上には、タルレジャ王国の誇る軍艦三隻が待ちかまえていたのだ。 「うわ、本当に始まったのね。」  彼女が言った。 「むむ、これは一大事ですな。 では、わたくしは帰らなければ。」 「あの、わたしたちは、どうなるのですか?」 「そうですな、私から正式に申し上げる事はできないが、あなた方は、おそらく北島で暮らしていただくことになりましょうな。 とにかく、それが第一王女様のご意向なので。」 「はあ、なぜ、会ったこともないのに、そこまで細かくされるのでしょうか?」 「まあ、あの方は、常に細かい事まで気を配る事が出来る方ですからなあ。では、これで失礼します。」  シン・シンはそれで出て行ってしまった。 「あの人、何しに来たのでしょうか?」  彼女は、見送った後、ぼそっと言った。 「あなた方のお姿を見ておきたかったのだと思いますよ。」  ママムヤムが言った。 「結論は、出ていますから。」 「はあ・・・。」 「ああ、何だろうあれは?」  彼がテレビを見ながら呟いた。  テレビの中の画面には、なんだかよく判らないが、気持ちの悪い虫のようなものが、大量に火星人の軍艦に取りついてうごめいているようだった。 「まあ、なんかすごく、異様。気持ち悪いー。」  ところが、その画面に喰いついて見ていた彼に、異変が起こってしまった。  体が、急激に変化し始めたのだ。  日本かアメリカ国のアニメを見ているようだった。 「うがー!」  もだえるように、彼は叫び声を上げた。 「危ない、離れなさい。体が暴走し始めた。」  先生が叫んだ。 「きゃあ、なに、なに?」  彼は、見る間に人間の二倍はある鬼に変わって行ってしまったのだ。 「うまく、精神と体がバランスを取れていないんだわ。早く、あなたも離れて。」  先生は、他の三人を連れて部屋の片隅にまとまって、しゃがみこんだ。  鬼化した彼は、頭を抱えたまま、ドアを引きちぎって、外に駆け出して行った。 「緊急事態です。鬼が院内で暴れています。保安チームは出動して確保。殺しちゃだめよ。B棟の5階から逃走中。」  マムル医師は、連絡を取ると、王国の二人と共に、部屋から飛び出した。 「あなたは、駄目、ここにいなさい。」 「いやです。わたしがいた方がいいです。」  彼女は、三人の後を追った。          👹 😈 「うー。」  鬼になった元副署長が唸り声を上げた。 「あらら、どうしたのですか?」  幸子さんが、下から見上げながら言った。 「うー、呼ばれている。」 「え?」 「鬼たちを集めて、日本で警護隊を作る。おれが隊長になる。ゆくぞ。不思議が池に連れて行け!」 「え、え? 私は何も・・・」 「お前は良い。 帰って池を守っていろ。さあ、行くぞ! 妻よ!」 「あ、はい! はい! 少しお饅頭持って行きます。あ、待ってください。」  『鬼になった元副署長』は、さっさと外に出て行く。   幸子さんが、両手にいっぱいお饅頭を抱えて、慌てて追いかけた。        🍪 🍫 🍭  アリムは、部屋に閉じ込められた。 『まあ、仕方ないわね。 さて、どうするのかな。 データでは、横になって眠ると頭の中に介入が始まるような事だった。じゃ、寝てみるか。』   そう考えて、彼女はりっぱなベッドに上向きで寝っ転がった。 『よし、プログラム開始。後はおまかせ。上手くゆきますように。私がどうなるのかは、わからない。』  何かが、アリムの頭に入り込んでくる。  アリムの脳に接続された小さな装置が、そのデータを確実に記録している。  彼女は基本的には人間なのだけれど、随所に改造が施されている。  脳には、いくつかの装置が配置されているのだが、それぞれが役目を担っている。  今のところ、彼女自身の脳に体の制御が任されているが、必要が生じたら、いつでも主導権を握る事が出来るようになっている。  体中の装置は、脊椎の中に埋め込まれた微小なコンピューターが管理している。  この時代の技術でも、何かがある事はわかるのだが、それが何かは解らないだろうし、取り出す事は、危険すぎてまず出来ないだろう。  外部からの『介入者』は、彼女の意識の、タルレジャ教への信仰を確認しているようだ。  アリムはタルレジャ教徒だが、育った状況は複雑だ。  しかし、彼女の『装置』は、『介入者』に誤った情報を上手く伝えながら、逆に相手の正体や意図を確認して行く。  この時代に、この部屋や、こうした機器が作られていた正式な記録はない。  アリムの中の装置は、『介入者』と駆け引きしながら、記録・分析を続けている。  『介入者』は、何かいつもとは違う、妖しいモノを感じている。  しかし、こちらも、それが何かを見極めることは出来ないでいる。  『介入者』は、とりあえず彼女の意識に、絶対的な信仰を植え込もうとしているようだ。  そうして、彼女の意識や記憶、その周辺についても、色々と探っている。  組織の事が伝わらないように、『装置』は作られた意識や記憶を巧みに提供してゆく。  『介入者』は、あまりにつじつまが合いすぎるので、いささか戸惑っていた。  人間しては、良く出来過ぎだった。  しかしながら、自分の役割から判断して、とにかくプログラムを進める事にした。    事は意外にすんなり運んでゆく。大きな抵抗は、もう生じなかった。   「ここの柵を無理やり引き裂いて、森の中に逃げ込んだようです。」  保安担当者が言った。 「まあ、これを破るなんて、人間業ではありませんね。」  マムル医師が感心したように言った。 「森の中を捜索します。」 「ええお願い。でも、くれぐれも大事に捕まえてください。麻酔銃は、必要なら使って。・・・大丈夫よ。きっと。」  彼女の肩を抱きながら医師は慰めた。 「あのまま、ずっと鬼になってしまったりしませんか?」 「さあ、そのあたりは、はっきり解らないわね。でも、ここに来るのは初めてでしょう?」 「そのはずです。」 「まったく迷いもしないで、こんな処から逃げてる。誰かが指示しているのかもしれないわね。」 「誰が? ですか。」 「それも、解らない。あのね、大変でしょうけれど、地獄の話、もっと聞かせてくれない?」 「はい、いいですが・・・・。」 「じゃあ、森の中は立ち入り禁止でもあるし、捜索は、専門家に任せましょう。素人が手を出せる場所じゃないから。」  医師は、彼女を病室に連れて帰った。  そうして、不思議な幻想の地獄物語を聞く事になった。  深い森の中だった。  彼は、元々自分が誰で、どうしてここに来たのか、そこのところはもう分からなくなっていた。  しかし、何をこれからしたらいいのかは、解っていた。  自分は、鬼だ。  『火星の女王様』に仕える鬼なのだ。  これからは、この王国の鬼の一人として、女王様の為にだけ働くのだ、と。  それだけ解れば十分だ。  間もなく、洞窟の入口に到着した。  彼は、奥の方に進んで行った。             👹  幸子さんと、鬼となった元副署長は、アヤ湖の底にあるアヤ姫様の住居に入った。 「まあ、まあ、幸子さん、お饅頭をそんなに抱えて、どうなさいますの?」  アヤ姫様が言った。 「あそこに置いといたら、もったないですから。」 「ほほほ、ほら、袋に入れて差し上げますから、不思議が池にお持ち帰りになって、ゆっくりお召し上がりなさいませ。ほほほ・・・・。」 「はあ・・・・・『あれ、なんかアヤ姫様、変・・・・』」  幸子さんはそう感じた。  どうもいつものアヤ姫様の雰囲気と違うのだ。  女王様が乗り移ったアヤ姫様でもない。  もっと、なんだかお化粧をべたべたした様な感じの、見たこともない不気味なアヤ姫様だった。   「わたくしは、火星のリリカ様が地球を征服なさったら、地獄に降ります。これまでとは違う、新しい地獄を作るの。だから当分幸子さんとも、お別れね。不思議が池で、がんばってくださいね。」 「はい・・・あの、アヤ姫様も、がんばってください。」 「ほほほ、まかせてください。落ち着いたらあなたも見にいらっしゃい。 そちらの、鬼さん、幸子様を大事にしてね。」 「おう。」  鬼になった元副署長が答えた。 「じゃあ、幸子さんと、あなたは、もう先にお帰りなさいませ。日本で大事なお仕事がおありでしょうから。」  幸子さんは考えた。 『さて、これはこのまま帰っていいものかしら? アヤ姫様は絶対おかしい。お饅頭が合わなかったかな。お腹、壊しちゃったとか。心配いー。』  気にはなるが、大事な彼をほっておくわけにもゆかない。  ここは一度『不思議が池』に帰って、それから考えるか・・・。  実は、これが正しい判断だったのだが、何事も結果オンリー、終わり良ければ・・・の幸子さんだった。 「まあ、幸子を逃したのは残念だが、あの鬼が一緒では面倒だから仕方ない。いずれにせよ、地獄は間もなくわたしのものになる。ヘレナ、待っていろ。その後でゆっくりお前を迎えに行くぞ。」  アヤ姫様は、そう呟いた後、自分の体を、髪、顔、首、胸の様子、腰、足・・・と細かく確かめながら付け加えた。 「それにしても、この体は悪くないな。当分活用しましょう。 まあ、こっちも化け物だが、いえ、ですが・・・さて、女神様達を集めましょうね。」  アリムは、ゆっくり『主賓室』から外に出された。  さっきの『取調官長』が待っていて、こう尋ねた。 「気分はどうかね。」 「とてもさわやかです。」  アリムは答えた。 「それはよい。で、君の最高指導者は誰かね。」 「偉大な第一王女様です。」 「うん。そうだろうが、直接君を使っていたのは誰かね?」 「第二王女様です。」 「は?・・・・なるほど。君が属していたのはどういう組織かね?」 「タルレジャ王国宮廷情報機構の第三分会。内部調査班、です。あなたを調べていました。」 「え? そ、それは、事実かね。」 「はい、第二王女様は、あなたの王室に対する忠誠心に問題があると考えておいででした。そこで、密かに私を送り込まれたのです。」 「いやそれは、誤解だ。」 「あなたの今回の対応は、第二王女様の元に報告いたしますが、あなたは、この機関を独占しようとしています。あの部屋の使用は、第二王女様の許可が必要なはずです。」 「ばかな。いや、ありえない。わたしはすべて任されている。すべて王室の安全のためだ。おまえは嘘を言っている。 」 「いいえ、今、私は、なんだかとても、あなたに従いたく思っております。だから本当の事をお話しています。地下から侵入するあんなシステムを、お二人の王女様以外誰に作れるでしょうか? 私が操縦を誤って、あそこに突っ込んでしまいました。本当は、まず王宮に寄って、第一王女様のお客様を降ろして、その後、密かにここに忍び込むはずでした。あなたのデータを直接得るために。嘘だとお思いならば、タイポ様か、ママムヤム様にご確認ください。」 「他の二人は何だ。」 「あのお二人は、本当に第一王女様直々のお客さまでした。ですから、その内容は私も知りません。」 「いや、嘘に違いない。 おい、入れ!」  『取調官長』は衛士を呼んだ。 「この女を監禁しろ。」 「わかりました。」 「あす、また尋ねるからな。」  衛士は、彼女を再び監禁室に入れたのだった。  それから『取調官長』は、コンピュータールームに急いだ。  『火星連合』とタルレジャ王国の一騎打ちは、ある意味、世界各国の予想をまったく裏切って、僅差でタルレジャ王国が勝利した。  『王国』が世界と『宇宙人』に始めて見せた、隠されていた武器は、(すべて第一王女様が開発したものだったが)大国の指導者たちに『火星人』ではない別の脅威を感じさせてしまった事も事実だった。  おかげで王国内はお祭り騒ぎになっているようだったが、この北島の病院では、まったくそういう雰囲気のかけらもない。  しかし直後の『火星のリリカ』の声明は、これが地球側に対する無条件降伏期限までの、ほんのお遊びであったことを、地球人に再確認させた。  一方で、彼女にとっては、約束通り北海道が戻って来た、住民も無事のようだ、というニュースがあっただけで、もう十分だ、と思えたし、王国と第一王女様には、本当に感謝したいという気持ちにしてくれていた。  また、早く自宅に連絡したい、とは思うものの、この状況をどう説明するのか考えると、少し行動に移りにくかった。 「無事な事だけは、知らせてあげなさい。」  親切なマムル医師は、そう言って、外部に電話をかける許可を取って来てくれた。  北島からは、王宮と教会当局の許可がないと、外部には連絡が出来なかったのだ。  「ありがとうございます。」  彼女は、この医師にますます好感を持つようになっていた。  彼女が電話機のボタンを押そうとしたとき、『緊急警報』が病院内に鳴り響いた。 「何かしら、これは非常時の緊急警報ね。でも、訓練ならそう言うはずだから、これは本物かしら。」 『王宮から非常警報、王国が攻撃を受けています。職員は非常時体制。』 「ごめなさい。あなたはここにいて。静かにね。」  医師がそう言うのと同時に、窓の外側に『バタン』とシャッターのような覆いが降りてきて、外の風景は遮断されてしまった。  それからすぐに、室内の照明が落ち、テレビも消えた。   電話の『ツー』という音も消えてしまった。 「何だろう?」  彼女は不安の中で、彼の事が猛烈に心配になって来た。  何の音もしなかった。  しかし、首都タルレジャの、民間の電子機器は、多くが突然作動しなくなっていた。  王国南島の海上で、多数の核弾頭が爆発していた。  地球上の大国が、王国と対戦していた『火星連合』の巨大宇宙船を核で攻撃したのだった。   「さあ、女神さま方、今回お集まりいただいた、最大の目的について、これからご説明いたしましょう。よくお聞きなさいませ。」  アヤ姫様が、先に帰してしまった幸子さん以外の、池の女神様達に言い渡した。 「おお、やはり、まだそのようなことがありましたのか。」  ユーリーシャ様が言った。 「なんだか、アヤ姫様ぐっと色っぽくなったような・・・」  アナ様が隣のジュウリ様にささやいた。 「うむ、怪しい・・・。」 「え?」 「玉を見るべきであったが、遅かったか。」 「女王様がおっしゃったように、間もなく地球は『火星のリリカ様とダレル将軍』の支配下に入ります。私たちは、女王様のご意思のもとにあります。これからはみなさんも、新しい心を持たなくてはなりませぬ。それを差し上げましょう。」 「新しい心、とはなんじゃ?」  ユ-リーシャ様が尋ねた。 「新しい心、それはこのようなものよ!」  アヤ姫様が両手を上げた。  すると、その体から真っ黒な多数の≪つぶて≫が打ち出されたのだ。  それらは、次々と女神様たちを襲い、その体の中に入り込んでいった。  女神様たちは、一瞬意識が無くなり、次の瞬間に目覚めたときには、もうこれまでの女神様たちではなくなってしまっていた。  目の輝きは、鬼化している時とも違う、見たこともないような妖しい光に満ちていた。 「さあ、これであなた方は、ブリューリ自身となった。我らはやがて、この星を手中に収める。よいな。」 「おう、地球人を食べ尽くしてやるのじゃ。」  怪物になった(元々怪物ではあるが)ユーリーシャ様が叫んだ。  他の女神様も、次々と同じように叫び出した。  優しいアナ様も、いまや人食い宇宙生物に変貌してしまっていた。 「どっこいしょ。やれやれ、やっと帰ってきました。まるで百年位留守したみたいー。」  幸子さんは故郷の『不思議が池』に帰って来た。  お饅頭のたくさん入った袋を床に置いた。 「みなさんに持って行ったのに、持って帰っちゃったあー。ま、いいか。賞味期限ぎりぎりよねー、あなた、食べますか。お饅頭どうぞ。お茶入れましょうね。」  幸子さんは、いっしょに帰って来た、『鬼になった元副署長』に言った。  すっかり奥様気分だ。 「おれは、行かねばならぬ。呼ばれている。」 「まあ、お饅頭くらいいいではありませんか。これからは、ここがあなたのお家ですよ。」 「時間がない、ゆくぞ。」 「あらら、まあ、じゃあ気を付けて行って来て下さいね。いつも待っています。」 「うむ。しかし仕事が先だ。」  『鬼になった元副署長』は、幸子さんをすごい力で抱きしめて、強烈な『口付け』をした。  それから、それが当り前のように玄関から池の中に出て行った。  そうして間もなく彼は、明け方の暗闇の池の上に現れ、崖下まで水面を歩いた。  それからすーっと崖の上に浮かび上がったが、その姿はもう鬼ではなくて、人間の姿に変化していた。 「なんだか、もう最高に幸せー。」  幸子さんは家の中で、スケートの選手のようにぐるぐると回っていた。 「さて、お仕事道具を確認しましょうね。 でも、まずはお饅頭から。」  どかっとソファに座った幸子さんの両手には、お気楽饅頭が握られていた。  次期地獄長に指名された地獄の人事課長は、大忙しで復興指導に走り回っていた。  ただ、昔からそうなのだが、特に大工職人や鳶職人が必要ということはなく、天に向かって、ここをこうしてくれ、と頼めばそのようになることになっていた。  とはいえ、成立以来、光速で広がって来た地獄世界のことだから、すべて見て回ることなどできはしない。ある程度以上は天にお任せであった。  その天をつかさどっているのが、実は女王様のコンピューター『アニー』であることは、彼の知るところではなかったが。  ところで地上は、もう間もなく火星人の支配下に入るというが、地獄はもともと女王様がお作りになった処である。女王様は『火星の女王様』と呼ばれる方だ。  さらにその昔には『金星の女王様』でもあったと聞く。(昔すぎて人事課長さえよくわからない、伝説の彼方だ。)  だから言ってみれば、それは(つまり地上が火星人に征服される事は)、とてもめでたいことなのだ。  けれど、人事課長には、どこかすっきりしないところもあった。  というのも、彼がこれまで関わって来たのは地球上の人間達と、鬼たちだ。  自分も含めて、皆地球にお世話になって来た。  前獄長や副獄長のように、独立を目指すつもりはないけれど、『火星人』とお付き合いした事はないのだ。  しかし、明日には新しい副地獄長が赴任してくる予定だ。  新しい地獄長(つまり自分)と副地獄長の就任を祝って、セレモニーも予定されている。  もしかしたら、初日に女王様が、おいでになるかもしれないが、はっきりとはしていない。      女王様本人が現れるのかどうかは、アヤ姫様に取りついている、『宇宙怪物ブリューリ』にとっても、非常に気にはなるところだった。  というのも、女王だけは、彼が取りついていることをすぐに見抜いてしまう力があるからだった。  しかも、火星での長い長い幽閉生活の間に、どうも自分を確実に駆除する(嫌な言い方だが)確かな方法が開発されているらしい。  こうして上手い具合に、湖の鬼姫も、その取り巻きの女神たちをも、一人を除いて全員ブリューリ化させてやることができた。  これで、あの女神たちは次々にブリューリ人間を作ってゆくだろう。  このあとすぐに、地獄長を仲間にしてしまうつもりだ。  地獄は間もなく、自分の奴隷たちで一杯になるだろう。  次は地上だ。  問題は、今、自分をすぐに発見されると困るということだ。   しかし、あの男は良いものを作ってくれた。  どうも、ブリューリは細胞からある種の微弱な信号を出しているらしい。  それは地球人には探知して解析するのはまだ難しいが、火星の技術なら可能だ。  それでも、非常に微かな信号なので、遠くからは検知しにくい。  女王は、そうした信号を肌で直接感じる事が出来る。  ただし女王自身は、分身を多数配置しておかない限り、あまり遠くまでは感知できないだろう。    さらに、あの女王は基本的に、理論的に経済的じゃない事はやらない事は良く判っている。 (例外はある。たとえば音楽に関する事や絵画など、自分が好きな事には、浪費も厭わないが・・・)   問題は、女王の太鼓持ちコンピューターのアニーだ。  あいつは惑星上全体に目が届く。  ところが、『あの男』が作ってくれた機械は、ブリューリの出す微弱な信号を攪乱して、事実上消してしまう。  事実こうして地球上に来たが、まだ発見されている様子もない。  これなら多分大丈夫だろう。  しかし、さすがに女王が隣に来たりしたら、隠し通せるものではなかろう。  それはもう、信号がどうのこうのという問題ではない。  なにしろ女王は、火星においては、ブリューリの言いなりになる彼の女、だったのだから。  だから、よけいに今は用心に用心する必要がある。  なにしろ、火星文明を崩壊させた大きな要因はブリューリなのだ。  相当、恨まれているに違いない。ま、もっともあの女には元々は感情なんかないけれど。  それでも、今回は突発事態に備えて、必ず何か仕組んでいるに違いない。  ブリューリが仕掛ける前に、退治されては元も子もなくなる。   悪知恵の働くこの怪物は、様々に考えを巡らせていた。  まずは、ヘレナを困らせるだけ困らせてやる。  彼女たちが先に地球を平定してくれたら、余計な手間は省けるというものだ。  仕上げは、まだ少し先の事にしよう・・・。  まずは、『地獄』からだ。 「先生。わたし、やっぱり彼を探しに行きたい。なんとか、許可してください。」  様子を見に来たマムル医師に彼女は頼みこんでいた。 「そうねえ。気持ちはよく判ります。でも、今は外には出ないでください。王国の南島の沖でロロシアなどが、火星人の宇宙船を核ミサイルで攻撃したの。でも、相手は全然平気だったみたい。おかげで、王国の方が被害を受けているようなのです。不思議な事に核物質の飛散が計算よりずっと少なくて、電子機器の異常も、意外と軽かったみたい。でも、まだ安心できません。外は危険ですよ。」 「確かにこのテレビ壊れちゃったみたいですが・・・でも、先生、彼に私は絶対必要です。お願いします。」 「困りましたねえ。実は彼はね、王女様以外は立ち入り禁止の洞窟に入り込んだらしいの。普通の人間には開けられないはずの、頑丈な扉を素手でこじ開けたみたいなのです。王宮事務所が中に踏み込むべきかどうか、悩んでいます。王女様に連絡をして、許可を得られるかどうか、いま試みています。ところが・・・・。」 「ところが、ですか?」 「そうなの。第一王女様と第二王女様は、火星人に拉致されてしまったようなのです。そうなると、第三王女様の許可が求められますが、こちらも禁断の場所に籠ってしまわれたようで、連絡できないとか。」 「はあ、じゃあ、誰がモノ事を決めるのですか? 政府は? 王様は?」 「北島内部の事に、政府は勝手に口出しできないわ。王様は、王女様しか接触できません。だから事実上役に立ちません。 まあ、本当に事例がない事だけれど、全ての王女様が決められないのなら、次は教母様しかありません。教母様に奏上するかどうかは、侍従長様がお決めになる事です。教母様が政府に助言を求めて、始めて政府の出番となります。」 「ややこしいのですね。」 「まあ、こういう時なので、時間はかけないと思いますが。」  その時、医師の電話が鳴った。 「はい・・・・、は? あ・・・え?・・・そうなのですか。また何だかすごく恣意的と言うか、ご都合主義と言いますか。 は、いえまあ、失礼しましたが・・・・そうですか。いいでしょう。この際です、仕方ありません。ふうん。」  マムル医師がため息をついた。 「あの・・・・」 「わかりました。あなた、一緒に来てください。洞窟の中を探検しましょう。」 「え? いいのですか?」 「はい。侍従長様が教母様とご相談なさいまして、時局が混乱しているので、そちらは私に、まかせるとのことです。すぐに行きましょう。防護服や安全靴、ヘルメットなど用意します。来てください。待ったなしよ。」 「はい!!」     🔎 『取調官長』は、机の上に手をついてじっと考えていた。 「こいつは、何だ? 化け物か? それとも、ただのスパイか? 敵なのか、そうでもないのか? いずれにせよ、この女は危険人物だ。まずは、議員に確認しなければ・・・・・」  幸子さんは、『鬼になった元副署長』で、今は幸子さんの愛する『夫である鬼』を送り出した後、久しぶりにお客様を待ちかまえる体制となった。  『金の斧』も用意した。(もちろん、イミテーションだ。)  お饅頭もある。   決められた、セリフの確認もしました。 「お酒がないかあ・・・・・。ま、仕方ない。また仕入れましょう。」  こんなに気分のいい事は、今までなかった事だった。 「幸せー!」  幸子さんは思いっきり叫んだ。                                            第九話・・・・・終わり  
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