『第10話』

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『第10話』

   マムル医師と彼女は、王室のタイポ、教団のママムヤムと共に『秘密の洞窟』の前に集合していた。  さらに、専門の捜索隊員が五人集まっていた。彼らはこうした危険な場所の『プロ』達だ。  他に、入口の警護員が四人配置されていた。  『彼』がこじ開けたと言う、分厚い鉄の扉が、あわれ、斜めになって横たわっているが、それはとても人間が一人で動かせそうな物ではなかった。  「ここには、正直言って、誰も入った事がありません。なので、いったい内部がどうなっているのか、見取り図もなく、非常に危険かもしれない。ただ、歴代の第一王女様や王子様には、過去この中にお入りになった方があるという話は聞いておりますものの、詳しい記録はありません。侍従長様から教母様にお尋ねしたところ、まあストレートな方なので『中は存じておらぬ。今は第一王女のみが知っておるはずじゃ。ただ、”死を恐れずに前に進もうとする者のみが、進むことができるが、帰り道はない”と言われております。』とのことでしたが、肝心の第1王女様には、ご多忙とのことで、ご連絡が取れません。」  捜索隊のリーダーが言った。彼は王宮警護のリーダーでもある。  やたらに、気まずい雰囲気が流れた。   「まず、副長が入り安全を確認します。その後彼女が入り、あと私があなた方を補助しながら進みます。最後が彼ら二人。後ろを確保して行きます。いいですか?」  「オーケー。」  「しかし、どうか離れないで、単独行動しないでください。あまりに危険と見たら中止します。いいですね?」  「了解」  「では、行きましょう。ゆっくりとね。」  マムル医師が、彼女に言葉を通訳してくれていた。  「大丈夫? あなた、ケイビングとか、山登りとかした事ある?」  「いえ、ありません。でも、運動は好きです。」  「そう。じゃ、一緒に動きましょう。」  一行は行動を開始した。  ここは地獄ではない。  あの巨大な赤ちゃんが、助けてくれたりするようなことは無いだろう。  物理法則を無視するような存在は、ここでは無いはずなのだった。  ただし、『鬼』はすでに出ていたが。      議員と電話で話をした後、『取調官長』は再び考え込んだ。  「いずれにせよ、味方にできれば役に立つかも知れないな。コンピューターに今まで見た事がない負荷がかかっている。しかし、その内容は不明だ。ある種の『未知能力者』かもしれないが、まあ、使ってみるか。二~三日続けて洗脳して見よう。第一王女に対して敵意を持っている事だけは確かなようだし。王女の作った機械を使うのは皮肉な事だが。 」  アリムはベッドの上で目を閉じていた。  彼女の頭の中では、小さな装置が脳の点検をしていた。  「このまま続けよう。上手く洗脳されて、あいつを利用してやる。当面この建物だけを女王の能力から除外する程度の事くらいは、なんとかできるだろう。期限は皇帝の即位式だ。それまでに第三王女を消す。第一王女を歴史通りに即位させなくては。幸いこちらには、相手の動きがわかっている。」 08b95317-1385-4f8c-87a2-26095d4711d1  「昔の洞窟探検は、実際に、はだしで行われていた事もあるようですし、古代人も履物を使わないで洞窟内で生活していたのではないでしょうか。我々は宗教上の理由で普段履物は使いませんが、さすがに今回は教母様の許可を頂いています。靴を履くとむずむずして嫌なのですが、仕方ありません。洞窟内の状況が分からないのでベストかどうか不明ですが、PVCのつなぎ服にしています。ヘルメットは必須です。もし下降する際は、十分注意を。地底湖のようなものあったら、ボートの用意はありますが判断は任せてください。隊員が出口までの目印を付けてゆきます。でも迷子にならないように。」  リーダーがいくつか注意を行って、いよいよ洞窟の中に入って行った。  入口からしばらくは、明らかに人工的に加工されていて、幅も広く、両側には蜀台のような物が設置されていた。火は付いていない。  「ここは、割とよく使われていたようですね。多分、今もね。」  十メートル位進むと、道が二つに分かれた。しかし、蜀台は片方にだけ連なっているようだ。 「まあ、こいつに従いましょう。」  間もなく通路がぐっと狭くなった。足元もガタガタしてきた。 「さて、この辺りから気を付けた方がよさそうです。ゆっくりと行きましょう。」  頭の方もぐっと低いところがある。  気は付けている積りだが、彼女は何回か頭を天井にぶつけた。 「大丈夫?」  医師が気を使って尋ねてくれる。 「まあ、ここはずっと人の気配がありますよね。」  多少の上がり下りはあるが、あまり無理なく進んでゆく。  分岐から三十メートル位のところで、突然広い場所に出た。 「やあ、これは礼拝所ですか。少し違うかな。何だろう?」  リーダーがやや不興気に言った。      正面には巨大な祭壇のようなものがあるが、相当高いところにあるので、中は良く判らない。  両側には長方形の箱型をした、蓋のない棺桶のようなものが、縦方向に立てられているが、これも暗くて良くは見えない。しかし中が空洞になっているらしい事はわかる。  「これは。まあ、大変。」  医師が言葉とは違って穏やかに呟いた。 「何ですか? 普通の礼拝所ではないですよね。」 「はい。ここは、宗教的には巫女様以外は来てはいけないところですね。祈祷所です。神の言葉を聞く神聖なところです。北島にはこういう場所がいくつかあると言われていますが、詳細は巫女様、つまり王女様以外には秘密です。私は職務上もあって、少し知っていましたが見るのは初めてですね。」 「少し不気味ですね。あの、見たらどうなるのですか?」  彼女が尋ねた。 「見ない事が前提なので、知りません。でも、見ちゃったものは仕方ないでしょ。あの祭壇の奥には、鬼が祭られていると言われています。」 「鬼、ですか?」 「ま、日本で言えば鬼です。」 「はあ・・・・。」 「帰りましょう、分岐点まで。この先は行けそうにないですから。もう一方の道を、探ってみましょう。」  リーダーが言った。  全員が反転して、先程の分岐点まで戻り、もう一方の道を進んだ。  今度は、ニ十メートルほど行ったところで、先導が止まった。 「行き止まりですね。」  確かに洞窟の奥は壁になっていて、もう進めない。 「横道はなかったですよね。ちょっと壁を調べてみよう。」  隊員達が周囲も含めて洞窟内を確認した。 「いやあ、何もないですなあ。ちょっと相談します。」  彼女も周囲を見回したが、特に目につくものはなかった。 「これは、もう一度、さっきの祈祷所に帰るべきよね。」  マムル医師が言った。  リーダーが振り向きながら相談の結果を伝えた。 「先生もおっしゃるように、先程の祈祷所に何かあるかもしれません。しかし、我々としては、あの祈祷所を捜索すると言うのは、あまりに畏れ多いのです。一旦入口に戻って再協議と言うのが妥当かと。」 「神の怒りに触れると?」  医師が問いかけた。 「ええ、そうです。」 「でも、教母様は許可なさったのでしょう?」 「確かにそうです。しかし、祈祷所を暴いてよいと言うご指示はありませんし、帰り道はないと言うお言葉もありますし。民間の方もいらっしゃいますし。」 「でもそれなら、行きましょうよ。彼を捜索してよいという、それが教母様のご意思であるならば、問題ないでしょう。むしろこのまま帰るのは、そのご意思にそむきますよ。まずもう一度さきほどの場所に戻って、何か出来ないか確かめましょう。」  マムル医師が、そうきっぱりと言った。 「わたしも、その方がいいです。とにかく彼を探さないと。何するかも心配ですし。」  彼女もまた、そう言った。  リーダーたちは、再度話しあっていたが、こう答えた。 「わかりました。では、とにかくもう一度、祈祷所に帰りましょう。そこで考えましょう。」 「ええ、それでいいのではないでしょうか。」  一行は再び分岐点まで戻って来た。  しかし、もうそこで驚かされる事になってしまった。  参道の壁の両側に配置されていた蜀台に、明かりが灯っていたのだった。 「誰か、照明を入れたか」 「いいえ、まさか。そんなこと・・・」  先導の副長が言った。  副長は、特に非常に信心深い人間だった。 「お前声が震えてるぞ。神様が一本一本ランプを点けて行ったのか? まさか。これはハロゲンランプだな。わざわざこれを点けて回ったとしたら、我々の他に誰かがいる事になる。有力候補は、明らかに彼女の鬼化した彼氏だ。出口に帰ったらそこは固めてある。しかし、連絡はない。よおし、行こう。」  リーダーは俄然元気になった。  明かりが灯って、足元が歩きやすくなった通路を進んでゆく。  しかし、前方に人がいる雰囲気はない。音もしていない。  やがて無事に、再びあのやや不気味な祭壇が見えてきた。 「気をつけて。ゆっくり行こう。」  副長が、壁に手を当てて、それから壁面によりかかった。  その瞬間、壁の中から手が・・手の骨が、伸び出したのだ。  「きゃー。」  彼女が叫んだ。  壁の手はやがてこちら側にぐんぐん伸びて、副長の体を締め付ける。間もなく大きな角、そうして巨大な口元の牙が生えた、鬼の骸骨が洞窟の壁を抜けて現れた。  「これは、化け物か。神か。離せ、こいつを離してくれ。」  リーダーは、その骸骨の骨を隊員から解きほぐそうとした。  しかし、物凄い力で反対側に突き飛ばされてしまった、タイポもママムヤムも他の隊員も同じように仲間を助けに入ったが、全員放り飛ばされてしまう。  マムル医師は、持っていた医療バッグから注射器を取り出して、骸骨の手のひらにぶすっと突き刺した。  「ぐぎょわー!」  骸骨が叫び、副長を抱きしめたまま、壁の中に消えてゆく。  「こら、消えるな。物理法則違反だ。まて!!」  リーダーが恫喝した。  しかし、相手は待つことはなく、副長もろとも、壁の中に吸い込まれていった。  「なんなんだ。」  「帰りましょう。リーダー。神のお怒りです。全員殺されます。」  後方支援の一人が言った。  「ばか、あいつをほってはおけない。」  「でも、相手は神です。逆らえない。帰ります。」  その隊員は、かなり動揺していた。  「あなた、落ち付きなさい。男でしょ。しっかりしなさい。」  マムル医師が励まそうとしたが、その隊員は、もう出口に向かって走り出した。  ところが、彼の真上から、文字通りの壁が落ちてきて、あっという間に隊員を踏みつぶし、同時に出口を塞いでしまった。あたりは、砂埃で真っ暗になった。  「うあわ、ひどいな。これは。」  リーダーがうめいた。  あたりが見えるようになるまでは、実際少し時間がかかった。  砂埃が収まってみると、あの隊員は壁の底に挟まれてしまっていた。  マムル医師が駆け寄って様子を確認したが、首を横に振った。 「私の責任ですね。この場所に戻る事を主張したのだから。」 「先生は、私の事を気にして下さったのです。先生のせいじゃありません。」  彼女がとっさに言った。 「確かに、あの場合の判断として、先生は間違ってはいなかった。といっても、閉じ込められてしまいましたね。外に連絡を取ろうとしてるんだが、無線は通じない。」  リーダーがゆっくり言った。  そこで、女性の隊員が発言した。 「とにかく、前に行くしかありません。」                   洞窟に入った九人のうち、二人が、もういなくなってしまった。  目の前の頭上に、巨大な祭壇がある。両側に棺桶を立てたような箱がある。  洞窟は、高いところから祭壇に向かってぐっと下降していっている。   「なにか仕掛けがあるに違いないですよ。あなたの彼がここを通過したはずですからね。調べましょう。ただ、気をつけて。壁には触らない方がよさそうです。」  祭壇に上がるためには、梯子くらいないと、猫ならともかく人間には這い上がるのに高すぎる。  けれども、その梯子も、階段も見当たらない。 「祭壇が高い処になっているのは、理解できるようにも思います。巫女様は、実際に宮殿や教会でも、やはり、かなり高い場所でお祈りしますし、儀式を行いますから。おそらく、その床は土で敷き詰められています。日本の土俵のようにね。土が神と人間を繋ぐのはタルレジャ教の基本的な考えですから。巫女様、つまり王女様たちは、この祭壇の上に昇られて神の声を聞く儀式を行うのでしょう。」  マムル医師が解説した。 「でも先生、この上にあがるのは無理でしょう。忍者なら出来るかもしれませんが。三メーターくらいありそうです。走り高跳びは天井があるので無理でしょうし。」  そう、彼女が反論した。 「まあ、あの三人は、ニンジャ並みの運動能力がありますよ。猫は、上手い猫なら2メーター位飛び上がるようですが、人間は普通1メーター10とか20とか。 走り高跳びの世界最高記録が、ニメーター四五くらいだったかな。いくらなんでも無理そうな気はしますよね。でも、王女様が下から、祭壇の上まで飛んでいらっしゃる姿が目に浮かぶわね。」 「いえいえ、想像外です。それはもう、魔女です。」 「魔女よ、あの三人は。それにさっきの怪物も、ちゃんと見たでしょう。」 「はあ・・確かに見ました・・・・」 「でもね、これは言ってはならないのですが、きっと仕掛けはあります。なにかの合図で階段が出てきたり、上から梯子が降りてきたり、なんて言うのを作るのは、あの子たちの得意分野ですから。壁抜け骸骨は、仕組みは分からないけど、でも必ずトリックです。」  リーダーが口をはさんだ。 「この棺桶ですが、奥は文字通り底があって、行き止まりです。押してみましたが、動きません。」 「思いっきり押したの?」  マムル医師が指摘した。 「いやあ、適度に。」 「まあ、リーダー様ともあろう方が、ここはひとつ、目いっぱい押しましょう。ほら皆で。」 「ああ、神様、王女様御許しを。」 「いい、遠慮なく行きましょう。目いっぱいね。そうれ!」  医師が合図した。   ぐぐぐ・・・グゥ・・・   ズドン!!  大きな、大砲が撃ち放される位の音がした。  『棺桶』がぐるぐるっと縦に一回転し、タイミングの悪かったタイポと隊員の女性が向こう側に弾き飛ばされた。  『ばちゃあーーン』  という水音が響き渡ったが、他の者にはどうしようもなかった。  そうして、その棺桶はまた元の状態に戻って、ぴったりと止まってしまった。  「あ、あ、あ、大変。」  彼女が叫ぶ。 「わあ、もう一度押しましょう。助けに行かなくては。池があるみたいね。」  マムル医師が棺桶を押してみる。 「おーい、聞こえるかあ!」  リーダーが大声を出した。  続いて残りの全員が向こう側に呼び掛けた。  しかし、反応は帰ってこない。  マムル医師が、また必死に棺桶を押す。  他の人も、再度さっきと同じように、一緒に全力で押した。 「動かないわね。もう一度、それ。」  しかし、棺桶は今度はピクリともしない。 「またやってしまいましたね。ものすごく責任を感じます。」  マムル医師がぐったりして言った。 「先生、反対側のを押してみませんか?」 「しかし、また同じようになるかもしれない。危険では・・・・・。」  リーダーがきっぱりと言った。 「やりましょう。他に方法はなさそうです。きっと一回だけは回るのではないでしょうか。」  四人がいなくなり、残りは五人だった。 「なんとか応援を呼べないでしょうか。リーダー。」  残された隊員が言った。 「非常電話でもあればいいが、そういう場所じゃあないな。やはり右側のを押してみよう、こんどは慎重に。」  五人は棺桶の様子を見ながら押してみた。  しかし、まったく動く気配はない。 「くそ、駄目か。」  リーダーは、棺桶の底を、どん!どん!と二度叩いた。  ギギギー! 「あああ、動きます。」 「下がって、危ない!」  右側の棺桶は、今度はしかしゆっくりと、左側からドア開きに開いた。  すると、暗闇の中から、小型のグランドピアノがのっそりと現れたのだった。 「なんだ、これは?」  棺桶を叩いて扉を開けてしまったリーダーが呻いた。 「ピアノですね。」  彼女がぽつんと答えた。 「ピアノなのは分かるが、なんでなんだ?」 「さあ? もう、おかしなことばかりです。」  すると、中空から女性の声が聞こえてきたのだった。 「みなさま、よくいらっしゃいました。」 「ヘレナの声よ。ルイーザかも。」  マムル医師が言った。 「ここは、あなたがたが来るべき場所ではありません。しかし、来てしまったものは、仕方がありませんね。」 「ヘレナ? ルイーザ? 私よ、マムルです。返事しなさい。」 「したがって、これからテストを行います。」  王女の声は、医師を無視して、話を続けた。 「テストだって?」 「これから指定する曲を、一人ずつピアノで弾きなさい。弾き方は、お任せします。指一本であっても、上手く弾けたら、合格といたしましょう。 ただし、曲はアトランダムに難しかったり簡単だったりしますよ。そこは運です。間違い5回までは許しましょう。制限時間は8分以内。 調性は、まあご自由にどうぞ。でも、私が素晴らしいと思ったら、途中でも合格を出します。合格したら先に行かせてあげますが、不合格の方は地獄に落ちます。また、他の方の順番でも、弾けると思った人は、前の方を押しのけて弾いてもいいですよ。ただし、不合格だったら、二人とも地獄落ちです。上手く弾けたら、その弾いた方は先に進めますよ。でも、追い越された方は地獄落ちです。まったく弾けなかったり、拒否しても地獄落ちですよ。 じゃ、がんばりましょう。順番はこちらで指定します。体が光った方が順番ですよ、では一番目の方~。」  ママムヤムの体が金色に輝いた。 「え、え、うそでしょう。」 「はい、では曲は、シューベルトの有名な『セレナード』。歌曲集『白鳥の歌』からです。ではどうぞ。拍手~!」  洞窟中に、盛大な拍手の音が鳴り響いた。  一同は回りを見回したが、そんな聴衆の姿は当然見えない。深夜テレビの通販番組のようだった。  ママムヤムは、意を決してピアノに座った。  そうして、右手でゆっくりとメロディーだけを弾きはじめたのだった。  途中で、一音間違えた。緊張が高まってしまい、次は隣のキーを同時に弾いてしまったが、止まらないで進む。リズムが合わないが、おかまいなしに進む。難しい転調の個所もなんとか弾きこなした。  どうやら、多少はピアノを弾いた事があるらしい感じがする。 「合格~~~! 素晴らしい!  拍手~~!」  再び、一層盛大な拍手が沸き起こった。  すると、ママムヤムの座っていた椅子がすーと持ち上がったのだ。 「え、え~」  椅子は、祭壇の高さまで上がり、彼女を乗せたまま、祭壇の向こうに消えて行った。  しばらくすると、椅子は再び頭上に現れて、ゆっくりとピアノの前に戻って来た。  一行は息をのんで、空になった椅子を見つめた。  マムル医師は、椅子の周りを調べていたが、首を横に振って、両手を『はてな』の形に持ち上げた。    「はい、次は貴方です。」  隊のしんがりを務めていた青年だった。  「では、はい曲は、ベートヴェンのピアノソナタ第八番。『悲愴』ソナタです。勿論途中まででいいですよ。どの楽章でもOKです。ではどうぞ。拍手~~~!」  青年は、動かなかった。いや、動けなかったのだろう。  そこで、彼女は思った。思ってしまった。  『弾ける。第二楽章なら確実に。』  「おやおやあ? 動きませんかあ。困ったなあ。地獄に落ちますよお。 あら、あなた弾けそうね。顔に書いてるわ。行きましょう。」  「え?」  彼女の体が光りはじめた。 「だめです。他の方を出し抜くなんて、絶対いやです。」  彼女は叫んだ。 「甘い、甘い。駄目よお。それでは世の中渡ってゆけないわ。はい、行きまあす。」 「え、え勝手に体が動くわ。いや、いやです。」  しかし彼女は何時の間にか、ピアノのすぐ傍らに行っていた。  そうして、固まってしまっている青年を突き飛ばした。  物凄い力だった。  青年は二メートル位は吹っ飛んでしまった。  「さあ、どうぞ。」  周囲から、『おおおー』  という驚きの声が、洞窟中に響きわたった。  マムル医師が抗議した。 「何してるの。止めなさい、あなたヘレナでしょう。『プチ不良』の、我がまま第一王女。 聞こえないの?」  彼女の手が、勝手に上がる。  そうして彼女は、いつの間にか第二楽章を弾きはじめていた。  実のところ、彼女は一般就職はしたが、音大卒だった。  ピアノ科ではないが、副科でやっていた。しかもピアノは得意だったのだ。  この程度弾くのは、そう問題ではない。もっとも練習してないので、両端楽章の早い部分は自信がなかったのだ。  「はい、素晴らしい、合格で-す。 でも、あなたは地獄行き決定でーす。」  青年は、体育座りしてうつむいていた。  その周囲の地面に、突然ぽっかりと穴が開き、彼の姿は消えた。  一方、彼女は椅子ごと上昇して祭壇の奥に消えて行った。  泣きじゃくりながら。  下の方で、さらなるマムル医師の抗議の叫びが聞こえていた。 「ヘレナ、ルイーザ、これは何? こんな事するような子にした覚えない。止めなさい。すぐに。聞こえないの! ヘレナ、ルイーザ!・・・・」  その声が、すーっと、遠くなって彼女には聞こえなくなった。  彼女は真っ暗な空間に、引き込まれてしまったのだった。  しかし、マムル医師は抗議を続けていた。 「私の知っているところ、本物のヘレナとルイーザは東京に行っているはず。ここにいる訳がない。確かに、その、人をこバカにした話し方は、『プチ不良』のヘレナはするけど、真面目なルイーザはしない、でもあなたいったい誰なの? 答えなさい。」  医師の抗議にもかかわらず、声の主は全く反応しなかった。 「はい、では次、あなたね。」  マムル医師の全身が光った。 「ではいきまあす。 曲は、『ちょうちょう』です。日本の方は特によくご存じの童謡ですね。元はでも、ドイツ製かな。『幼いハンスちゃん』の旅立ちの歌! あなたにぴったりよ。『ヘンシェン クライン  ゲート アライン イン ディ ヴァイテ ヴェルトゥ ヒナイン・・・・では、どうぞ。拍手!~」 「ばかばかしい。絶対弾きません。断ります。コンな事に付き合いきれません。」 「あれあれー、じゃあピアノの前に連れて行きますよう。」 「先生。弾いてください。」  リーダーが言った。 「あなたは、多くの人の命を預かっている。それに、さっきの人の面倒も見ないといけないでしょう。だから、ここは先に進まなくては。なあに、われわれも、何とかしますから。」 「さあ、時間が無くなりますよお。」  声は、あくまでも事務的で、感情のかけらも、また同情も、実はまったくないことに、医師はとっくに気が付いていた。 「ううん。無念ね。」  マムル医師は、ピアノの前に行き、『ちょうちょう』を弾いた。最初はハ長調でメロディーを、それから単純な分散和音の伴奏を入れ、そして即興で変奏曲を三つ続け、悲しげなハ短調に転調し、最後には、壮大なフーガにしてハ長調で豪快に終わらせた。 「す、すごい。」  リーダーが目を丸くして驚愕していた。 「ほら、合格なの? それとも不合格?」 「すごいー。合格です。はい、ではお次に行きます。」  論評は一切なしで、マムル医師は祭壇の上に運ばれ、それから真っ暗な空間に移動していった。 「何だろう、ここは?」  何の音も聞こえない。  自分では動いていない積りだけれど、どうやら周囲が微妙に移ろいでいるのがわかる。  テーマパークで見せられるような、回転する仕掛けなのか。  それとも、プラネタリウムのように周囲の映像だけが回っているのだろうか。    目の前が突然パット明るくなって、光の出口(入口)が見えた。  洞窟の終点のような、絵画で見る天国の入り口のような。  医師はまったく動いていないのに、その光の輪はどんどん近くなり、やがてマムル医師は自分がすとんと真っ白な空間の中に、お尻から落とされているのを知った。  その空間の広さも、奥行きもまったく解らない。  ただ、椅子が三つあり、二つにはママムヤムと彼女が座っていた。  マムル医師は立ち上がり、三つ目の椅子に座った。 「よかった。二人ともけがはない?」 「ええ、先生、多分大丈夫です。」 「わたしもです。・・・ここは、何なのでしょう?」  彼女が当惑して言った。 「ご想像通り、わからないです。」 「後の方はどうなってますか?」  ママムヤムが尋ねた。 「さあ、それも分からない。後お二人残っていましたが・・・」 「先生は何を弾かされたのですか?」 「『ちょうちょう』よ。」 「それって、あの、ソミミ、ファレレ、の『ちょうちょう』ですか。」 「そう。それ。ちょっと工夫はしたけれど。」 「はあ、工夫、ですか。」 「そう、工夫ね。 でも、あなたすごく上手だったじゃない。」 「はあ、でも、すごく気が重いです。」 「まあ、そうでしょう。本当にひどい話ね。」 「あの、第一王女様って、『不良』なんですか?」 「ああ、そうね、でもいつもじゃないのよ。時々だけれども。だから『プチ不良』。高校生のくせにお酒が大好きで、嫌な事があると飲みすぎるし、陰で時々タバコ吸うし、怒ると信じられないような言葉を使うし。そういう時は日本語ですることが多いから、分からない人にはちんぷんかんぷんなのだけれども。『おどりゃあ、てめえ、わいをなめとるんかあ!!』とか。」 「まあ・・・・・・」 「ほら、あなた聞いてる? 偽ヘレナ。出て来なさい。許さないわ。聞いてるんでしょう? 卑怯者。鬼。魔女。悪魔。」  すると目の前に、すうっと真っ白い姿が現れた。  純白のドレスに、やや薄い、輝く褐色の肌。大きな裸足の足元と、分裂した指。 「よくそれだけ言えますね。わたくしに向かって。マムル先生。」 「やっぱり、ヘレナ? なぜここにあなたが? 何でこんな事をするのですか?」 「わたくしは、ヘレナリア、アヤ湖の新しい管理人です。」 「ヘレナリア? って?」 「ヘレナ様によって作られた、ヘレナ様の生き写し。文字通りの存在、あるいは非存在です。」 「なにそれ? ヘレナのクローン人間? そんなものを、あの子作ってしまっていたの?」 「結果的には同じようなものかもしれませんが、現実には別のものです。わたくしは、ヘレナ様の現在にあるお姿を、その瞬間に複写したもの。同じ肉体、同じ記憶を持ちますが、その内容は制限されておりますし、能力も一部しか受け継ぎません。生き物であり、しかし生きてはいません。でも、ヘレナ様自身なのです。」 「禅問答のような存在?」 「世俗的な意味なら、近いですが、真実を志向しませんから、それも違うでしょう。」 「ふうん、そうした答え方は、確かにヘレナかもしれない。ルイーザなら『あり得ませんわ』と言うだろうから。でも、誰であろうが、これは何の冗談なのかしら? 皆忙しいの。限られた時間の中を必死に生きてるのよ。この方の大切な彼はどこに行ったの?」 「別人となりました。いえ、完全に鬼人間に変わりました。これからは、地獄とこの世界との境界で監視鬼人(おにびと)として仕事をいたします。もはや元には戻れません。」 「そんな、だって、それでは約束が違うことになる。あの地獄の人事課長さんが説明してくれた契約と違う。」 「それはすでに、終了した契約です。前の総務部長が勝手にした事ですが、地上に戻ることで終了いたしました。違約金と慰謝料は彼の口座にすでに振り込まれました。新しい仕事をお世話する約束も、これで果たしました。お給料もちゃんとお支払いしますよ。あなたとの結婚も、問題ありません。まあ、彼がまだその気ならば、ですが。なにしろ、もう自分を人間だとは思っていませんでしょうから。」 「いやよ。そんなの無茶よ。だって彼をあんな体にしたのは地獄です。元に戻していないのに、責任は果たしていないわ。」 「ええ、なんだか、まだよく判らないけれど、とにかくこの方の言う通りです。原因を作ったのは、地獄なのだから、きちんと元の体に戻しなさい。あなたが、ヘレナの複製なら、ヘレナに伝えなさい。すぐここに来なさいと。それから、その地獄の総務部長と人事課長を連れてきてください。談判しますから。」 「総務部長は地獄長達と共に別世界に追放されました。人事課長は、このたびの異動で新しい地獄長となります。多忙ですから無理です。ヘレナ様も今、お取り込み中ですから駄目です。」 「このような事、ヘレナが命じたのですか?」 「そうです。勿論。」 「ひどすぎる。あの子、『プチ不良』どころか、やはり本物の悪魔だったのかしら。伝えなさい。マムルが軽蔑したと。今後一切面倒見ません。辞職しますと。」  ヘレナリアの目が妖しく光った。  それから、にっこりしてこう言った。 「地球の人間は、今、ほとんどが火星の女王様と、その代理であるリリカ様とダレル将軍、そうして新しい地球の管理者である、タルレジャ王国の第三王女様と第ニ王女様の支配下に入りました。大部分の地球人の心の中には、新しい支配者に対する、完全な忠誠心が植え付けられました。いまはもう、地球人はみな火星の女王様の忠実な僕となったのです。 でも、こにいらっしゃる皆さんには、それにもかかわらず、選択の余地が与えられました。これはヘレナ王女様の、ご慈悲だったのです。このまま、精神の自由を維持したまま地上に戻り、各自の自由意思で生きるか、あるいはヘレナリアによって、新しい意識を得て、善良な地球人となって、平和に生きるか、あるいは地獄に行き、獄卒長などの管理者として、地獄の終わりまで生きるか、さらには生きたままで、『永遠の都』に移住して、女王様と共に宇宙の最後まで永遠に生きるか、どれかを選択しなさい。」  そこに、彼が現れた。ほぼ完全な鬼の姿になってしまっている。 「わ。……うそ。ね、あなた大丈夫? 私の事わかる?」  鬼になった彼は、しかし返事をしなかった。 「話をしないように命じてありますから。これから考える時間を差し上げましょう。それから、テレビを見せて差し上げます。世の中がどうなったか御覧なさい。八時間たったら、また参ります。それまで、この鬼に監視させます。そうそう、お答えは勿論各自で違うでしょう。よく考えなさい。」 「他の人はどうなったの?」  マムル医師が尋ねた。 「皆さん地獄に行くか、いまだ空間をさまよっていらっしゃいます。」  ヘレナリアは、消えながら答えた。         🐚  夕やみが降り、不思議が池は神秘的な雰囲気に満たされた。  まだ真夜中には早いが、一台の自動車のヘッドライトが夜道を照らした。 「あらら、早速お客様かなあ。どれどれ。」  幸子さんは確かめにかかった。 「ふうん。これは誰かなあ。男の人一人か。けっこういい男じゃない。でも、日本人離れしてるなあ。うちの旦那様には及ばないけれど。」  幸子さんは、ノリノリで準備を始めた。  その高級自動車は、例の崖っぷちに止まり、男は車から降りた。  実はこの男、あらかじめ街で情報をかき集め、必要と思われる品物をたっぷり用意してきていた。  真夜中がよいが、闇が降りれば構わないと言う情報もあったので、早めに来てしまったのだった。 「駄目だったら、夜中まで待とう。」  そう言いながら、とりあえずの献上品が入った小さな保冷収納箱を車から引っ張り出し、崖っぷちに据えた。 「不思議が池の女神様。お願いがございます。どうか、貢物をお受け取りください。いや、落し物をします。出てきてください。お願いしまあ~~す。」  彼は、その収納箱を池の中に放り込んだ。  幸子さんは、さっそくその収納箱の中身の確認に乗り出していた。 「ふんふん。おお、お酒ぱっく。むむ、『清酒 団子桜』 やったあ。 まあ、お気楽饅頭もある。最高級贈答用ではありませんか。しかも三箱、ちょっと少ないかな。あら、これは何かしら? まあ写真ね。うわあ、こいつはあの女ではありませんか。これはひょっとすると、ひょっとしますわね。どうしようかなあ・・・・少しまずい雰囲気だな、う~~ん、」  幸子さんは池の底で考え込んでしまった。  男は反応を待っていた。  しかし、動きがない。  池の底から光が沸き起こって、池の水が巻きあがるはずだった。  けれども、何も起こらないのだ。 「池の女神さま~! 出てきてくださ~い。お願いします。お酒も、お饅頭も、もっと沢山ありますよお~~。話しを聞いて下さるなら、毎日でも持ってきます。お饅頭とお酒、一年分もお届け、いや奉納いたしまあす。出てきてくださあい。」  幸子さんは聞き耳を立てた。 「なんと、お饅頭一年分! そんなにもらったら食べきれないし~。みんなに配っても、ううん。一年分って、何個かしら。ここに来る人って、行き詰まってる人が多いから、こんな景気のいい人珍しいなあ。あの子も、絶対こっちの方がよかったかも。でも、ちょっと責任を感じるしなあ。お饅頭は欲しいしなあ。どうしよう。今日からここに来る人って、アヤ姫様のお話だと、新しい世界に馴染めない人ってことだったけど。なんか違うような・・・まあ、でも、お話を聞いてあげるだけなら、いいか。暫くやってない事だしい~。練習と言う事でも・・・よし。」  男の目の前で、池の水が赤く輝いて渦を巻いた。  やがて、神秘的な女神様が現れたのだった。 「あなたが落としたのは、このお酒とお饅頭が入った箱ですか? それとも、金の斧ですか?」  女神様が尋ねた。 「僕が落としたのは、お酒とお饅頭と『写真』が入った箱です。」 「まあ、あなたはとても正直な方ですね。では、この金の斧と、写真を差し上げましょう。」 「あの、女神さま。お酒とお饅頭は差し上げますから、写真は是非見てください。見覚えがありませんか? 僕の婚約者です。でも、逃げられました・・・。たぶん、ぼくが至らなかったからなのでしょう。しかしその後行方不明なのです。必死に尋ね当てた情報では、ここに来る道を街で確認したと言う事でした。どうかお教えください。無事かどうか、確認したいのです。その先は彼女の意志を尊重いたします。決して暴力的な事は考えてもおりません。この世は、今日変わりました。ぼくも火星の女王様に忠誠を誓ったのです。争い事は好まない人間に変わったのです。お願いします。教えてください。あの、お饅頭もっとあります。ほら、ここに。」  幸子さんはとっくに気が付いていた。自動車の後ろの座席と、トランクの中、お饅頭で山盛りだったのである。  幸子さんは、賑やかだった昔の光景を思い浮かべていた。  綺麗なお社が建てられていた。  山の里や近在の人々が、たくさん祈願にやって来ていた。  怖いもに見たさに、夜中に女神様を見に来るつわものも、後を絶たなかった。  この山の入り口には、24時間営業の、『お気楽饅頭本舗』の前身である『魔よけ饅頭舗』があった。  これを買って行けば、女神様の祟りには当たらず、ご利益にあずかるとされていた。  実際に甘くてうまい事もあって、飛ぶように売れた。  それはそうだろう。当時のタルレジャ王国製の、最高級砂糖が使われていたのだ。  女王様のお言い付けで、饅頭を買った人には、おまけの『御札』が渡されていたので、幸子さんはこれを目印にして、うまあく対応していたのだ。時々失敗も、あるにはあったが・・・・。  時代の流れの中で、正式な由緒縁起がないこともあり、当局と松村家との確執の中で、ここはある種の秘境に戻ったが・・・。  また、あんな賑やかなところになったら、女王様もお喜びになるのではないだろうか。  お饅頭も、簡単に手に入るだろうし、食べ放題とか・・・・・・。  つまり、幸子さんは、少し甘い夢を見ていた。 「『この人、相当お金持ちと見た。しかも、最高クラスおぼっちゃまと見た。ううん。神様にとっては、魅力的なパトロンね。新しい、お社とか、拝殿とか、そう、『不思議が池お饅頭神社』とか、ううん、魅力的だなあ。』・・・もしもし、そこの方?」 「はい、女神様。」 「あなた、誰?」 「ぼくは、アルベルト=タダシ=ヤマシロといいます。父は日本人。母はドイツ人です。父は日本の札幌を中心に、広く商社を経営しています。その写真の彼女と出会い、婚約までしたのですが、どうも彼女には別の男がいたようで、結婚直前に行方不明となりました。おまけに、女神様はご存じかどうか、先日北海道は火星の偉大な女王様のご意向で、不思議な世界を体験しましたし。あなたが彼女の居場所をご存じなのであれば、どうかご教示ください。ぼくは、彼女の安否を確認し、彼女の意志を知りたいのです。無理強いする気持ちはもはやありません。ぼくは今日、火星の女王様に心から帰依いたしました。もちろん、今後この池を『聖地』として厚く信奉させていただきます。管理組合があることも確認しましたが、そちらとも話をして、共同事業としてお祭りいたします。お酒も、お饅頭も欠かしません。お願い申し上げます。女神様。」 「『むむむ、この池を女王様からお預かりして以来、このようなよいお話は初めて。でも、少し心配。上手い話には気をつけろ、と、昔、長(おさ)様から言われたしなあ。女王様の許可が必要ではないかなあ?』・・・・・こほん、そこの方・・・」 「アルベルト、とお呼びください、女神様。」 「こほん、では、アルベルト殿。」 「はい。女神様」 「申し出の事は、うれしく思います。しかし、神には神の都合と言うものがあります。明日の晩、もう一度くるがよいぞ。」 「は、はい、それはもう、何度でも参ります。あの女神様は、彼女の居場所を、やはりご存じなのですね。」 「それは、まあ、こほん。ここには、確かにその女、参りました。」 「ああ、やはりそうですか。わかりました、あの教えてくださるまで、通います。明日また来ます。お饅頭もお酒も、全部置いてゆきます。お願いいたします。是非、お願いいたします。彼女がいなくなって、ぼくはもう、夜も眠れず、ただ彼女の事を思い続けて参りました。どうぞよろしくお願いいたします。」  男は、後部座席からお饅頭の箱を取り出して崖っぷちに積み上げ、さらにトランクからも出して、もっと積み上げた。さらにお酒パックも。 「では、明日の晩、また参ります。教えてくださるまで、いくらでも来ます。 教えて下されば、それ相応のお礼は必ずいたしますから。」  男は、深々と頭を下げてから、去って行ったのだった。                               🐨🐨🐨🐨🐨🐨🐨🐨🐨🐨 第十話・終わり 7be21518-4ed6-410c-8b78-c3c88870235e  やましんの故郷付近。  
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