『第2話』

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『第2話』

   (これは、2016年に書いたものです。お話しは、ちょっと、長いです。適度に区切ってごらんください。面倒な方は、最後の写真だけでも、どうぞ。 また、このお話に出てくる登場人物や組織は、この世とは、一切無関係であります。また、お話し中に出てくる〈作者〉というのも、作者とは一切無関係です。)  今夜も、幸子さんは鏡を見ながら、お肌のお手入れに余念がなかった。    すると、鏡に中にヘッドライトが写り、何かが山を登って来るようだった。  「あらら、お客さんかな。これ乗用車じゃないわね。まあ、トラックね。」  自動車のヘッドライトはどんどん大きくなり、四トントラックが池の端に姿を現してきた。  「ちょっと、かなり疲れたトラックね。お手入れもあんまり出来てない。車体がぼろぼろ。まあまあ、荷物は何だろう、しっかりエネルギーになるかしら。何かの廃棄物には違いなさそうだな。ちょっと透視をしてみましょう。 待った。これって注射器とかじゃない。いやだあ、これ医療廃棄物だわ。多分違法ね。おまけにとっても危険。でもまあ、これもちゃんと使えるならばいいか。女王様がくれたエネルギー変換機。うんうん、飛んで火に入る・・ってところかしら。あれ、男の横にちっちゃい子が乗ってるわ。まあこんな真夜中に。でも、やったあ。止まったわね。準備、準備。」  幸子さんは、例の衣装を身にまとい、『金の斧』も取り出して現場に向かった。  トラックが止まった手前には、注意版が掲示されていた。 「ここは私有地です。ゴミなど捨てないで下さい。 不思議が池管理組合」  ここを尋ねてくる人自体、そんなに沢山ではない。以前どこかの雑誌が「心霊ポイント」として紹介してくれたので、その道の趣味の人を中心に、ぼちぼち訪れる人は出てきていたが。  しかし、最近になって目立つのが、廃棄物の不法投棄だった。  この池は、昔から様々な不思議な現象が起こる場所だ、と知ってか知らずか、そのあたりは定かではないけれど、不法投棄したはずの廃棄物が、いつの間にかきれいになくなってしまう、という事まで気にかけている人は、どうやらほとんどいないらしい。    先日眼鏡の男が落ちた崖まで来ると、トラックは止まった。  そうして、荷台から段ボール箱に詰められてた「廃棄物」を下ろし始めた。  なかなか結構な数だ。どうやら種類も色々あるようだ。  やっと下ろし終わると、男は池の中にそれらを放り込み始めた。  いくらか時間がかかったが、それでもすべて終了したあたりで、突然池の中から赤い光が立ち昇り、水柱が巻きあがったあがったと思うと、光り輝く女神が出現した。 「あなたが落としたのは、この『医療廃棄物』ですか、それとも『金の斧』ですか?」  例によって幸子さんは問いかけた。  その左手には、男が捨てた廃棄物の入った段ボール箱が山のように積み上がり、右手には金色に輝く斧が握られている。  男はちょっとびっくりしたようだったが、うろたえたりはしなかった。むしろ医療廃棄物と見破られて、かっとなったようだ。 「なんだ、お前は。どっかのまわし者か。」  男がすごい剣幕で怒鳴った。 「まわし?・・・こほん。わしは、この池の主である神じゃ。そなたが落し物をしたようなので、拾って差し上げたのじゃ。持って帰るがよい。この斧も、記念に差し上げようほどに。」    幸子さんがそう言うと、段ボール箱達と金色に輝く斧が独りでに浮き上がっ て、トラックの荷台の上を舞った。    男はさすがに驚いたが、簡単には引かなかった。    「女神様か化け狐かなにか知らないが、こっちも生活がかかってるんだ。おめおめ帰るわけにはゆかない。何度でも捨ててやる。」 「む、そなた、やけっぱちになっておるな。しかし無駄なことじゃ。わしに逆らおうとしても意味はない。よかろう、ではそなたのもう一つの荷物もいただこう。」  女神さま=幸子さんがそう言うと、トラックの助手席のドアがひとりでに開いて、中から女の子が降りてきた。彼女はなにか夢を見ているような感じで崖に近寄ってゆく。 「ばか、来るな。」  男が叫んだが、体が思うように動かない。  女の子は、崖からさらに向こうに歩いて行ったが、なぜか落ちることもなく、女神の元まで行ってしまった。 「いい子じゃ。この子は、今日からわしのものとする。しっかり教育して、わしの後継ぎとするのじゃ。よいか、男。もしこの子に会いたければ、毎週この日のこの時間に、ここに来るがよい。さすれば、この子に会わせてやろう。わが子が次第に鬼に変わってゆくのを確かめるがよい。」  突然女神の顔が変わってゆく。大きな目が吊りあがり、頭からは角が生え、口が大きく裂けて、巨大な牙が、口元に生えてきた。 「この子もすぐにこうなるのじゃ。コホン。」  ここで幸子さんはまた咳をした。このところ少し風邪気味だったのだ。 「コホン。よいか、そなたが毎週必ずやって来て、その際『お気楽万年堂』の『お気楽饅頭』を7個、いや10個持ってくれば、この子を鬼神に変えるのは、伸ばしてやろう。ゴミの搬入も、しばらく許してやろう。コホン。よいな、約束じゃ。」  そう言うと、女神様と女の子と廃棄物は池の中に消えてしまった。後には、輝く斧だけが残されたが、その輝きは、直ぐに失われていった。  男はそのあと、必死になって娘を探したが無駄だった。  幸子さんは、その子を連れて自宅に帰って来た。  哀れにわが子を探す男は、多少可哀そうだったが、まあこうなったのだから仕方がない。 「ほら、正気に戻りなさい。コホン。」  幸子さんにそう言われて、女の子は、はっと気がついた。  大きな鏡に映る、哀れな父の姿を見た。 「え、ここ、どこ。なんなの。あ、お父さん。何してるの。あなた、誰?きゃ、鬼、鬼!」 「そんなに、鬼、鬼って言わないの。あなたを失って、さすがにうろたえているのよ。素直に斧と一緒にゴミを持って帰ればよいものを。わたくしは、この池の神様よ。あなた、お名前は?」  「弓子。ねえ、帰して。」  「だめよ、あの男が悪い。わたくしに、コホン、逆らおうなんてするからよ。あなたちゃんと夢の中でも成り行きを見ていたでしょう。」  「あ、あの、鬼女よ、あなた怖い。化け物。叫ぶわよ。あたしの声、大きいんだから。キャー!!」  幸子さんは、恐ろしい鬼の顔のままだった。  「まあ、嫌な子ね。すぐあなたの顔も同じにしてあげる。ほら鏡をごらん。」   女の子を例の鏡の前に立てると、幸子さんは能力を発揮した。  女の子の頭に大きな角が出てきた。口元が真っ赤に裂けてきて、牙が出てきた。 「いやー、やめてー!」  彼女が叫んだ。 「神様、あなた、鬼になる前の方がずっと綺麗だった。すごく綺麗な神様だったのに。今はただの鬼女よ。あたし、こんなのいやだ。学校に行けない。」 「え、前の方が綺麗だったの?本当に?わたし、これが結構気に入っているのに。コホン。そうなの?」 「はい、そうです。鬼になる前の方が綺麗でした。」 「ふうん、人間ってやっぱり変わってるわねえ。この方が格好いいって、女王様も言ってくださるのに。いいわ。」  そう言うと、幸子さんは元の顔に戻った。女の子も元に戻った。 「ほら、この方がわたし、綺麗? コホン。」 「ええ、綺麗です。ほんとに綺麗。」 「あなたの、お父さん、そうは言わなかったわ。」  弓子は、少し落ち着いて答えた。 「そりゃ、神様に対して『君、綺麗だね』なんて、思っても、普通言いませんから。」 「そりゃ、まあ、そうよね。うん。コホン。確かにね。ところで、あなたのお父さん、なんで、廃棄物を違法に処分しようとしたの?」 「あれで、父は、もともと真面目なサラリーマンだったの。会社の不正経理を内部告発しようとしていたのを社長さんに見つかって首になっちゃった。そのあと何故か、まあ、年も年だし、49なの。なかなかどこも雇ってくれなくって。自営業を始めたんだけど、行き詰って、このごろ、自分が不正な事に手を出していたみたいなのね。お父さんは、あれでも大学で統計学を専攻した人なの。頭は良いのよ。」 「トウケイガク?それって、鶏の喧嘩の学問?」 「違います。数学を使って、色んなことを秩序だててゆくの。」 「ふうん。私、アカデンミックな勉強はしてないからなあ。でも、なんであなたが一緒に乗っていたの。」 「お父さんがやっていることの証拠を掴もうと思って。隠れて乗り込んだのだけれど、見つかってしまったの。後でたんまり叱るから覚悟しとけって、言われた。」 「ふうん。あなた、結構やるわね。で、お母さんは。」 「父が暴力を振るうので、出て行っちゃった。一度だけ学校に来たの。『ごめんね』って言われたけど、あとは行方不明。父は探しているらしい。見つけたら殺すって。」 「あなたは、大丈夫なの?」 「ううん、かなり危険。まあ、シエラザード姫みたいなの。毎晩機嫌を取るのが精いっぱい。」 「シエラザードさんなら知ってるわ。昔のお友達なの。」 「え?本当に?」 「だって、わたし、コホン、神様だもの。」 「へえ・・・・・・???」  弓子は非常に疑わしい目つきになった。 「まあ、いいわ。あなた何年生?」 「六年。」 「まあ、もう大人ね。その頃の、今の女王様なんかすごかったわ。もう生意気で生意気で・・・。」 「女王様って、誰なの?」 「ふふふ、コホン、まあ、そのうちあなたにも分かるわ。ふふふ、コホン・・。」 「風邪なの、神様なのに。」 「最近の地球の細菌はやっかいなのよう・・・。」  弓子はまた変な目になった。 「まあ、あなたね、今日からここに住みなさい。ずっとね。いいわね。ちゃんとお勉強もするのよ。学校にはもう行かなくていいわ。教材は用意してあげるから。それに、お饅頭は、ちゃんと分けてあげるから。あれって、おいしいのよねえ。」 「女神様は、いくつなの?」  幸子さんは、むっとして言った。 「大人の女に年を聞くものではないわ。知らないの?」 「というか、とっても子供っぽいからです。」  幸子さんは、とっさに言い訳した。 「それは、大人の楽しみというものなの。お饅頭はね。主食は人間なの。本当はね。でも女王様からそれは、お祝いのときだけって、言われていて、最近はめったに食べないわ。今は、普段はお魚ね。」  弓子は、ドキドキしながら、慎重に言った(内容はともかく)。食われては大変だから。 「ふうん・・・・・・。でも、あの、女神様、これって、『誘拐』っていう事です。おそらく犯罪です。」 「幸子さんって、呼びなさい。『女神様』ではやりにくいから。それと『誘拐』ではありません。私は人間じゃないから。そうね『神隠し』よ。」 「ふうん・・・。神隠し、ねえ。でも多分言い訳にはなりません。学校でもそう教わります。昔はそれで済ませていたこともあるが、現代ではそうはゆきません。たとえば、ハーメルンの・・・」 「コホン。もういいわよ。ところで、あなたの部屋は、向こうに用意するわ。そこで大人しくしていなさい。逃げようとしても無駄よ。ここは池の底。逃げられないわ。絶対にね。明日からしっかり教育してあげるから。立派な鬼女になれるように。」 「それは嫌です。拒否します。ところで、あの、幸子さん・・・。」 「何?」 「さっきの、父が運んできたゴミですけれど。あれ、どうなったの?」 「ふふふ、知りたい? コホン。」 「はい。」 「見せてあげるわ。いらっしゃい。」  幸子さんは、弓子の手を引いて部屋を出た。  こんな池の底に、なんでこのようなものがあるのだろうか。  そこは大きな展望室のような場所だった。池の中を、底から見渡せる感じだった。しかし、今は真夜中だ。真っ暗で何も見えない。  「見てごらんなさい。」  幸子さんは下の方を指差した。  すると、その場所だけがうっすらと明るくなった。  よくはわからないが、それほどは大きくない、漏斗のような感じのものがある。 「エネルギー変換機。女王様が作ってくださったの。ほら、さっきあなたのお父さんが捨てた廃棄物を入れるわよ。」  漏斗の上側から、くだんの医療廃棄物が順序良く、ひとりでに流れ込んでゆく。  まるで生き物のようだ。 「面白いでしょう。あの廃棄物が、大きなエネルギーになるの。後には何にも残らない。たいがいのゴミが使える。コホン。まあ、別にゴミでなくてもいいのよ。生き物でも使えるわ。例えば人間とか。ここではね、結構大きなエネルギーを作っているの。勿論ここでも使うけど、その他の使いみちは秘密。あら、しゃべりすぎたかな。まあ、あなたは、私の後継ぎの鬼神になる運命だし。」  幸子さんは楽しそうに話した。 「嫌です、とさっきも言いました。断固拒否します。あたし鬼になんかなりませんから。」 「まあ、さっき、もう一度ちゃんとなったじゃないの。体が変われば心も変わる。簡単なのよ。でも、多少はお父さんにも役立ってもらいたいから、少しづつなってもらう。それに、あなたのお父さん、今のままでいいの?」  弓子は、少し困惑したように答えた。 「多分。よくない。なんとかして、まともな仕事に戻って欲しい。」 「ふうん。じゃあね、あなたが私の後継ぎになってくれると約束するなら、力を貸してあげてもいいわよ。」 「え?本当に。」 「ええ。でも、あなたが将来鬼神になる決心をしたらね。一晩考えなさい。鬼神になったら、私のように不思議な力が使えるようになるわ。しかも不死身になる。地球滅亡の時までだけれど。それに、人間もおいしく食べられるようになるわ。」  弓子は答えられなかった。さっきみたいに、鬼になるのは嫌だし、人間を食べるようになるなんて、なおさら嫌だけれど、お父さんには昔のようにまともに働いてもらいたい。そうすれば、きっとお母さんもお父さんの所に帰って来るだろう。そのためなら、自分は鬼になっても良いのではないか、と。  弓子はそう思った。  夜がどんどん更けて、やがて朝が来たらしい。小さな窓から、池の中が明るくなってゆくのが分かったから。  弓子は与えられた部屋で横になっていたが、どうしても眠れなかった。  何か、向こうで声がする。幸子さんの声のようだ。  時計もないので時間がよく分からない。  弓子は起きだして、そっと覗きこんだ。  幸子さんが、鏡に向かってなにやらしゃべっているのだが、小声なのではっきりとは聞こえなかった。まして、相手の声は聞こえないし、さっぱり何も見えなかった。  幸子さんは、実はこんな会話をしていた。 「はい、女王様。ご機嫌うるわしゅうございます。・・・はい、元気でおります。」  弓子には聞こえなかったが、幸子さんには、女王様の声がはっきり聞こえていたし、姿も見えていた。 「幸子様、お元気でないよりですわ。でも、困ったことが起こっていますよ。あなた、女の子を連れ込んでいるでしょう。」 「あ、もう分かりましたか?コホン。」 「当り前よ。さっき、その子の父親が、警察に通報したの。大分迷ってから、申し出た様ね。不思議が池で、娘が行方不明になったって。なにやら怪しい女が池の中から現れて、娘を連れ去ったって。仕組みは分からないが、何かあの池には陰謀があるに違いないってね。いい、幸子さん、わたくし、あなたにちゃんと言ったわよね。もう、今は昔と違うの。神隠しなんて、だれも信じない。それはやっちゃいけないって。違う?」 「いえ、違いません。女王様。私、あの子を食べるつもりはありません。ただ、そろそろ後継ぎが欲しかったのです。」 「あなた、寂しいの?」 「いえ、そんな。私は鬼女です。寂しいはずがありません。ただ・・・・・」 「ただ?」 「話し相手とか、欲しいなあ、って。その、まあ・・・。」 「ううん。まあ、あなたを、ほっておいたわたくしも良くありませんね。でも、まずこの問題を片づけてからにしましょう。いい、幸子様、今はとても大切な時期なの。問題を起こしてほしくないの。でも、起こしてしまった。」 「申し訳ございません。女王様。」 「幸子さん、警察は、間もなく池の捜索をするわ。ダイバーも入る。今回は、心霊現象では済まないわよ。わたくし、本当は逃げたくないの。でも、仕方がない。施設は次元隔離します。あなたもね。女の子は、記憶を消して森に放しなさい。すぐ見つかるように。いいわね。これは、命令です。」 「あの、女王様。お願いです。少し、もう少しだけ、あの子を預からせてください。あと、三か月、いえ、夏休み中だけでも。」 「駄目です。絶対に、許しません。その地域が実は松村家の財産である以上、このまま行けば、下手をすれば会社にも悪い影響があると考えられます。許しません。」 「あの子の父親を、もう一度きちんとさせたいのです。今は、違法な廃棄物の投棄を仕事にしています。以前のように、まともな仕事をさせて、母親も連れ戻して、あの子に、また幸せになって欲しいのです。」 「幸子さん、自分の言っていること分かってる? あなた、あの子を後継ぎにしたかったんじゃないの?」 「あの、まあ、そうですが、ちょっと可哀そうだなって。」 「ふーん。よく分からないなあ。あなたは・・・。いいわ、わかった。二週間だけ待ってあげる。でも、それ以上はダメよ。女の子は、今のままでちゃんと帰してあげなさい。変な事しちゃだめよ。」 「四週間、お願いします。お饅頭のこともあるし。コホン。」 「いけません。二週間です。言ったでしょう。いまは非常に大切な時期なのです。それだけ待つのでも、大変な事ですよ。いいですね。では、今すぐそこを隔離します。」 「はい、女王様。」  幸子さんは、恭しく跪いた。それから立ち上がって、こちらを振り向こうとした。   弓子は慌ててベッドに戻った。  そのすぐ後、朝靄の中を警察車両が続々とやって来た。  例の崖っぷちあたりで止まると、かなり沢山の人たちが車から降り、あらかじめ決めていたらしく、急いで行方不明の小学生・・・弓子、を捜索し始めた。  池の周辺の森の中、池の・・・そう、池といっても『不思議が池』はかなり大きい。・・・上をボートが行き交い、複数のダイバーが水の中に潜って捜索し始めた。また、何か潜水調査をする機械も投入されていた。  そうして、池の崖っぷちには、少女の父親が立ちつくしていた。  昨夜見せていた険悪な顔とは違った、かなり憔悴した表情だった。  警察は夕方まで捜索し続けたが、何も成果は得られなかった。  次の日も、その次の日も・・・・・  幸子さんは、そうした情景をずっと見ていたのだ。  女の子も、その横にいた。 「いい、叫んでも無駄よ。ここは、あそことは違う次元に入っているから、と言っても、私にはさっぱりわからないのだけれど、女王様がそうなさったの、だから、絶対に見つからないのよ。コホン。よく見ておきなさいね。あなたのお父さん、けっこう疲れてるわね。意外と、根は悪い人じゃなさそうだ。」 「お願いだから、お父さんに、生きてるって知らせてあげて。」 「生きてるのは判っているでしょう。ああ言ったんだから。」 「でも、あれでは、よけい心配するだけです。」 「そうかなあ。まあ、来週来た時に会わせてあげる。一週間は我慢しなさい。それまでの間に、二人で作戦を練りましょう。」 「え?作戦?」 「そうよ。あなたのお父さんを、元のまともな人間に戻す作戦よ。」 「でも、あたし、やっぱり鬼にはなりたくない。」 「こほん。まあ、そこは相談しだいね。私の言う事をきちんと聞くのならば、まあ、考えないでもないかなあ。」 「え、じゃ、家に帰らせてくれる。人間のままで。」 「まだ約束はしない。いい、相談よ・・・・・。」  一週間は、直ぐに過ぎて行った。  警察は連日捜索を続けたが、何も成果を挙げられずにいた。「不思議が池管理組合」の事務所も、捜索を受けた。しかし、結局何も見つからなかった。  弓子の父親は、産業廃棄物を違法投棄しに来たとは、当然言っていない。娘といっしょに、肝試しに来ただけだと説明していた。  しかしながら、警察に通報したことで、ここに廃棄物を持ち込むことはさらに難しくなった。けれども彼にとっては、これを諦めることは、当面の収入の枯渇を意味していた。  だから、一週間後に再び池に来るように『女神』に言われたことは、警察には内緒にしていたのだ。  その夜中、彼はトラックに、やや控えめに廃棄物を乗せ、シートを被せて、池にやって来た。  案の定、この時間には誰もいなかった。  トラックから降りると、暫くは用心深く周囲をうかがっていたが、やがてシートを外し、手早く廃棄物を捨てる準備をした。  それからその荷物をすべて池に放り込むと、先週と同じように池の中から閃光が迸り、『女神』が姿を現した。しかし、今度は一人ではなかった。  間違いなく、彼の一人娘が一緒にいたのである。  男は、娘の姿を見て驚いた。頭に大きな角が生えていたのだ。しかも目尻が吊りあがって鬼の顔に近くなってきていた。手の爪は真っ赤になって長く伸びている。足は裸足で、その指も、爪も、長く太く伸びてきていた。  女神=幸子さんが言った。 「よくぞ参った。約束通り、そなたの娘を連れて来た。廃棄物は受け取ってやろう。お饅頭は、用意してきたであろうな?」  男は、大きなお饅頭の包みを掲げて言った。 「ああ、持ってきた。娘を返してくれ。」 「だれが返すと約束したのじゃ。わしは、会わせてやると申しただけじゃ。それより、そなたの娘が話があるそうじゃ。そうじゃな?」  弓子がうなずいて、話し始めた。 「わしは、すでに半分以上鬼になって来た。今では、そなたを、もう父親とは思えぬようになってきておる。もし、わしを取り戻したければ、今の怪しい違法投棄の仕事はさっさとやめて、来週までに新しい仕事を決めて、きちんとまた仕事に行きはじめるのじゃ。それが出来ねば、わしは来週には鬼そのもになるであろう。そうして、わしが人間を食らうところを、そなたに見せてやろうぞ。今宵は、まずわしの新しい力を見せてやろう。」  弓子はそう言うと、両手を高く掲げた。すると、さきほど男が捨てた医療廃棄物が、池の中から飛び上がり、弓子と『女神』の周りをぐるぐると旋回して踊り狂った。それから一列となって池の中に飛び込んで消えて行った。 「どうじゃ。見事であろう。わしは、もう、完全に鬼になる方を望んでおるのじゃ。」  『女神』=幸子さんが楽しそうに続けて言った。 「男、どちらにせよ、お饅頭も忘れるでないぞ。あすはスローワークに行って、しっかり相談するがよい。では、さらばじゃ。」  半月の光に薄っすらと輝く池の中に、二人は消えていった。 「少しやり過ぎたのではないかしら。心配。」 「いいえ、あのくらいで丁度よいのです。あなたのお父さんは、かなり感覚が鈍っているので、相当衝撃が必要なのです。これで、来週もお饅頭が食べられると言うものです。」 「幸子さんは、お饅頭の方が大切なのね。」 「それはもう。いえ、まあこれは役得というところよ。さて、あしたは町に行ってみましょう。ちゃんと仕事探しに行くかどうか、確かめなくっちゃ。」  町に行くと言っても、二人の体は池の中にいたままなのだった。  どういう理屈なのかは、弓子にはさっぱりわからないが、二人の精神が体から抜け出して町まで飛んで行く、ということだった。 「どうしてこんなことができるの?」  弓子が尋ねたが、幸子さんはあっさり答えた。 「知らない。女王様がこの力をくださったの。そんなことより、ほら、ここがスローワークね。あなたのお父さん来るかしら。」  二人の精神は、暫くそこに漂いながら待っていた。 「あ、おとうさん来たわ。」 「ん?どこかしら。ああ、本当にあの人ね。」 「おとうさんたら、短パンにクロックス履いてきてる。もう、いやだ。もっときちんとしてくればいいのに。」 「まあ、まあ、人を見かけで判断してはいけません。学校で習わなかったの。私なんかどうなるの。この千何百年、いつも同じ布切れを体にかけてるだけなのよ。もちろんいつも裸足で、靴なんか履いたこともないわ。さあ、中に入って様子を見てみましょう。」  男はスローワークの入り口で、少し逡巡していたが、それでも中に入って受付で言った。 「求人見せてくれ。」  受付の女の人は、愛想よく答えた。 「ええ、どうぞ。この番号の席でご覧下さい。ご相談があれば、また声をかけてください。」  弓子の父は、鬱陶しそうな目つきで番号カードを受け取り、指定された席に行った。  求人を見る機械は、割と大きな字で表示されているので、見ずらいということはなかった。  彼は、使い慣れない機械をゴソゴソと扱いながら、いろいろと求人を探していた。 「何を探そうとしているのかな。」  弓子は言った。 「あなたのお父さんって、”トウケイガク”っていうのが元々の仕事だったの?」 「それは、仕事ってわけじゃないの。大学で勉強してたの。まあでも、仕事にはあまり役に立っていないと思う。」 「ふうん。役に立たないことを、どうして人間は勉強するんだろうな。私が人間だったころは、学校なんてなかったし、パソコンもなかった。ううん、写真も、テレビもなかった。電気がなかったもの。ろうそくもなかった。いいえ、字も知らなかったし。」 「ふうん。そうなんだ。それっていつのことなの。」 「大昔よ。大昔。」 「ふうん・・・。」  弓子の父親は、『運転』や『配達』の仕事の求人を探しているようだった。  30分ほど色々見て、いくつか求人のコピ-を取った後、彼は受付に戻って言った。 「紹介してほしい。」  さきほどの女の人は、にこにこしながら言った。 「では、こちらの求職申し込み書に記入して、できたらお出しください。」  弓子の父は、面倒くさそうにしながら用紙を受け取り、ばばばっと殴り書きをした。 「もう、お父さん、もっと丁寧に書かなくちゃ。あれじゃ読めないよ。」 「なにか、嫌々みたいね。でも、ちゃんと来たことは事実だし、まあ見ていましょう。」  彼は書いた紙を受付に出した。 「では、この番号でお呼びいたしますので、お待ちください。」  そう言われて、彼は待合室のいすに座ったが、直ぐに目を閉じて動かなくなった。 「お疲れの御様子ね。まあ、無理もないわ。」  それから15分くらいで彼の番号が呼ばれた。 「番号札305番のお客様は、23番窓口においでください。」  女性の声で呼ばれたが、コンピューター音声だった。  眠っていたような弓子の父親は、それでも直ぐに反応した。 「あの窓口ね、女の人ね。」 「優しそうな人じゃない」 「・・・それで、自営業はどうなさるのですか。」 「まあ、休止だね。とにかく事情があって急ぐんだ。結果が早く出るところがいい。ここを二つ紹介してくれ。」 「複数のご紹介は可能ですが、あなたご自身がきちんと対応できますか?」 「ああ、するする。心配ない。」 「そうですか。では連絡を取ってみましょう。面接はいつがご希望ですか。」 「急ぐって言っただろう。聞いてた?あんた。いつでもいい。早くしてくれ、時間がないんだ。今日すぐでも良い。」  担当の女性職員は、じっと弓子の父を見据えたうえで電話に取り掛かった。 「あなたのお父さん、態度良くないわね。」 「いつもああなの。よくお客さんと喧嘩していました。でも仕事はきちんとするのよ。」 「そう、違法な事でもね。」  弓子は頷いた。 「そうです。」  電話を掛けながら、職員は面接の日時を決めていった。 「あすでいかがですか、とおっしゃっていますが・・・。」 「あんたな、今日すぐでいいと言ったろう。」 「その格好ではうまくゆきませんよ。着替える時間が必要です。履歴書も書かなければ。コピーは駄目です。ちゃんと手書きでなければいけません。上手でなくていいですが、きちんと書かなければ。印象が良くありません。」  職員さんは、ちらっと彼の書いた求職申し込み書を見た。 「わかった。でも今日だ、午後3時がいい。」  こんな調子で、とにかく今日と明日で二件の面接が設定された。 「では、紹介状を差し上げます。あとご自分で履歴書を作成なさって、写真もきちんと貼ってくださいね。スナップ写真は相手に良い印象を与えません。きちんとした格好で撮りましょう。履歴書の記入欄は、開けっ放しにしないで、きちんと書きましょう。面接も、書類も第一印象が絶対に大切です。このパンフレットに面接の心得が書かれておりますから、目を通してお出かけくださいね。」 「面接くらい、なんてことはない。」 「ええ、自信を持って、頑張ってください。」  彼女はそう言って、弓子の父を励ました。 「おとうさん、気が短いから、すぐに爆発するの。市役所でも、とっても嫌われてる気がする。でも、今日は爆発する場所がなかったみたい。」  弓子は安心した。 「さすがにあなたのことが心配なんでしょ。まあ、ここは何とか合格ね。次は面接。ちゃんと着替えるかとか見に行きましょう。」  幸子さんと弓子は、父親の後を追いかけて行った。  今日の面接は、午後3時。明日は午後5時だった。 「まず履歴書書いて、ご飯食べて身支度して・・・・・。」  幸子さんが、勝手に予定を立てている。  父は近所の百円ショップで履歴書を購入し、角のスーパーにある自動写真撮影機の中に入って、それから自宅に向かった。 「ふうん、ちゃんと準備出来るじゃない。」 「まあ、頭は良いのです。父は。」  弓子は自慢そうに言った。 「あ、そ。」  幸子さんはちょっと目を細めて弓子を見ていた。  もっとも、二人のこうした姿は、他の誰からも見えていなかったのだが。  その日の面接は、相当ぎこちなくて、見ていてはらはらした。とにかく靴ははいて、ネクタイも締めて来たのだが、部屋に入るときにノックもしない、頭も下げない、相手に勧められる前にドカッと椅子に座る、で、最初から傍目にはかなり危ない面接だった。  話し方も、あんまり丁寧とは言いかねる感じだった。  しかし、面接した社長さんらしき人物は、どこかゆったりとした、良い感じの人だった。隣には奥さんの様な人が座っていた。 「で、あなたはいつから来ていただくことができますかな?」 「え、ああ、それは、もうすぐにでも。とにかく早く仕事に就かなくては。」 「なぜ、そう急がれるのですか。」  奥さんらしき人が聞いた。 「まあ、家庭事情。子供が鬼になってしまう前にね。」 「まあ、面白い人。子供さんが鬼になる前に。ねえ、あなた。うちの子もそうだったじゃない。あなたが遊びまわっていた頃。もう、怒って。」 「ばか、ここでそんな話はやめなさい。ふうん、いいでしょう。普通結果は二日後なのですが、まあお子さんのためにもと言う事のようなので、わかりました。では、明日から来てください。ただし試用期間を一カ月置きます。その間は時間給にします。求人票にも書きましたが。その後は日給月給にしましょう、条件は、・・・・・。」 「どうやら、うまくいったじゃない。あなたのおかげね。」 「いえ、幸子さんのおかげと言うか、何と言うか、です。」 「明日の朝、また来てみましょう。あとはお父さんに任せなさい。私も他にすることがあるから。」 「へえ、幸子さんて、お化粧と何か食べて体操する以外にもすることがあるんだ。」 「失礼ね。私はあの池の管理責任者なのよ。帰るわよ。」  ともかく、父の仕事はあっさり決まった。弓子は鬼にならずに済みそうな気配が漂ってきていた。  しかし、彼女たちの背後で、事態は思わぬ方向に動いていたのだ。  警察は、以前から医療廃棄物の不法投棄事件について調べていたのだった。 市内の少し大きめの病院が、不法に廃棄物を捨てているらしいとの情報を掴んでいた。本来、感染性の廃棄物については、県の許可がなければ、収集・輸送や廃棄はできないはずだ。  その捜査は、今や大詰めに来ていた。病院と、その廃棄物の処理を委託された会社と、そこからさらに仕事を請け負った個人事業主がマークされてきていた。  弓子の父親の名前も俎上に上っていることは間違いなかった。  警察は、娘の行方を追いかけながら、実はその父もすでに狙っていたのだ。  ところが、なぜか証拠がまったく出てこなかった。  不思議が池は、本当に不思議なほど綺麗なままだった。不法廃棄物どころか、普通ならあるはずの、缶ジュース等の空き缶、空き瓶、紙くず。そういった『ごみ』類が、池の周囲からも、池の底からも、まったく出てこなかったのだ。 「あり得ないよな。むしろ絶対に変だ。」  地元警察署の副所長が言った。  警察官たちは、全員頭をひねっていたのだ。 「まあ、本庁の野々村警部が、元々の所有者が松村家ならばありうる。と、おっしゃっていた。といって、ゴミがまったくないからおかしいと言って捜査もできないだろう。やっかいだ。」  「あの、生きた伝説の野々村警部をご存知なのですか?」  「ああ、若いころ少し研修で一緒だったんだ。松村家関係の事件を、ずっと担当してきた。その道のスペシャリストさ。」 「松村家って何ですか?」  若い警察官が尋ねた。 「お前は新入りだから知らないよな。まあ、これから少しずつ聞くことになる。東京に本拠がある、日本、いや、世界最大の金持ち企業集団さ。この町には直接関係はないようなのだが、実はあの『不思議が池』や『不思議が森』一帯は、元々松村家の所有地だ。地下にUFOの秘密基地があるなんていうおかしな噂もあるが、我々はそういうのに惑わされてはいけない。」 「はあ・・・。」    「まあ地道にやろう。それこそ王道なのさ。」  実はこの副所長が、のちに幸子さんとややこしい関係になるとは、今のところ誰も思いもしなかった。  次の日、幸子さんと弓子は、朝早くから弓子の自宅を見張っていた。仕事は8時からと昨日の面接では言っていたのだが、初日でもあり、少し早く出勤した方がよいに決まっている。  7時半前になって、父は出て来た。会社までは車で15分。まあぎりぎりセーフの線だ。  昨日の話を聞いていた所では、仕事は雑貨物の配送ということだ。色んな品物がありそうだったが、父はかなり腕っぷしも強かったので、重たいものなどは、まったく気にならない。そのあたりも、直ぐ採用の理由だったのだろう。 「まあ、ゆったりと構えていますねえ。あなたのお父さん、大物には違いないかも。」 「本物の大物なら、とっくに偉くなっています。見た目オンリーのおじさんです。」  弓子は大げさにポーズを取りながら言った。 「まあ、可哀そうに。いいわ、ほら、写真撮っときなさい。」  幸子さんが持ってきたカメラを渡した。 「女王様特別製のカメラ、今は誰にも見えないわ。でもばっちり写るから。」 「女王様って、すごい人なのね。」 「そうね、人と言うか、人ではなしと言うか、まあ、すごい方なのは本当よ。」 「やっぱり、鬼なの?」  弓子は写真を撮りながら、怖々聞いた。 「ううん。そうね、あたしも本当のところは、良くは知らないの。でも、鬼の姿にもなるの。でも普通の鬼とはちょっと違う。角はないのよ。」 「ふうん。よその世界の鬼かも。」 「へえ、あなたって、意外と真実を言い当ててるかも。」 「そうなの?」 「まあ、よくは分からないの。さあ出かけた。ついて行きましょう。」  幸子さんと弓子の精神は、父の車の後を追いかけて行った。  結果を言えば、今日は無事に済んだのだ。  弓子の父親は、愛想がいいとは言えないが、珍しく大人しく仕事をこなしたのだった。 「どうやら、上手くいきそうね。お饅頭も次までか。」 「え、幸子さん何か言った?」 「いいえ、上手くいきそうでよかったわね、と言いました。あなた、今のうちに、もっと池の神の仕事、習っておきなさいね。これから長いおつきあいになるのだし。」 「ええ?あたし、別に、幸子さんと、ずっとお付き合いしたいわけではありません。」  弓子は強気に言った。 「ふふふ、駄目よ。あなたは、もう鬼の味を覚えたもの。普通の人間には戻れない。いつか必ず、本当に鬼になる日が来るわ。絶対にね。そうして、人間を食べるようになる。」  幸子さんは不気味に言った。 「まあ、この事件が済んだら、分かるようにしてあげる。きっと女王様も、そこまではお叱りにはならないでしょう。ふふふふ。あなたも、私にありがたいと思うようになるわ。」  弓子は少し怖くなった。  やっぱり幸子さんは人間じゃない、『神様』というより、一種の『化け物』なんだ。  逃げるタイミングを見つけなきゃ。  しかし、どうやって?  このところ、警察の捜査を逃れるために『異次元』に入りっぱなしだった。  逃げようにも、方法が分からなかった。  幸子さんは、それから毎日、弓子に『鬼』の作法をしっかり仕込んでくれた。  と言うか、弓子は嫌だったのだけれど、体が勝手に習ってしまうのだ。その際には、いつの間にかどんどん鬼の姿に変わってきてしまい、数日経つうちには、姿はほぼ完全に鬼となり、その姿になると、気持もすっかり『鬼化』するようになってしまった。  幸子さんは、大変機嫌が良かった。 「あなた、すっかり鬼になったわね。もういつでも、私の跡取りになれるわ。まあ、女王様のお言いつけもあって、人間の心は残してあげるわ。人間の姿をしている時には、今まで通り『人』の女の子でいられるようにね。でも、姿が鬼になったら、もうあなたは『鬼』そのものになる。ふふふ。楽しみだなあ。あなたが大人になったら、いっしょに、お酒飲んだり、お饅頭食べたり、人間食べたり、しましょうね。楽しみいー!」  幸子さんは、鬼の姿で、両手を思い切り広げて、背伸びをし、『とってもハッピー』な仕草をした。  鬼の姿になっていた弓子も、なぜか嬉しくなって、同じことをしてしまった。  そんな事があって、また一週間が過ぎようとしていた。  しかし、事件は起こった。  弓子の父親が、とうとう爆発してしまったのだ。今日で、約束の夜が来るという、その日に。  彼は、とにかく途中の休日も入れて、なんとか無難に仕事をこなしてきていた。  幸子さんと弓子は、ときどき様子を見に行っていたが、どうやら今回は、何とかなりそうだと思えるようになってきた。 「あなた、今夜で、一度人間の世界に帰りなさい。ちゃんと学校行くのよ。大学まで行きなさい。そうして必ず、もう一つ上まで行って、博士になりなさい。で、ちゃんと地位を築いたら、いよいよ鬼と掛け持ちするようにするの。昼間は学者、夜は『鬼女』になる。ね。あ、でも寝る間がないかなあ。まあ、休憩もしながら、で、お饅頭も食べながら、ね。わかった?」  鬼の姿になっていた弓子は、一も二もなく同意してしまった。 「はい、分かりました。幸子さんの、おっしゃる通りになります。あたしはもう、鬼だから。」 「よろしい。さて、お父さんの様子を見に行きましょう。」    その頃、父は、取引先の会社で切れてしまっていた。  実はその会社に、彼の悪い仲間が就職していたのだ。その男は、以前弓子の父親に、『不思議が池』のことを教えた張本人だった。そうして、不法投棄の絶好の場所だとも。やるなら夜中だとも。  男は、ちょっと持ち金に困っていた。 「お前、こんなところで何してる。」  その男は、因縁を付けてきた。金を出さなかったら、弓子の父が、これまでに行った違法行為をばらす、と。  父は、男を罵り、襲いかかって、地面に叩きつけ、さらに殴ろうとしていた。そこで、他の社員に取り押さえられかけた。  しかし力の強い彼は、その人たちの腕を振りほどくと、危うく警察に引き渡される前に逃げ去った。  当然、会社同士の取引は、すべて駄目になりそうな気配だった。    一方弓子の父親は、もう自分の会社に帰ることもできず、そのままどこかに消えた。 「お父さん、いないよ。どこにも。」  弓子があせって言った。 「おかしいわね、今日はこの時間、ここに来ているはず。次の予定はどうだったっけ。そうそう、あのおばあちゃんの会社。けっこういい感じになっていた会社。行ってみよう。」  幸子さんと弓子は、父の予定を会社の黒板で把握していた。  しかし、どこにも姿がなかった。  そこで、次に、父の会社に行ってみた。  社長さんが、電話でしきりに謝っている姿が見えた。  電話のあと、社長さんは奥さんと話をした。 「まいったなあ、確かに気が荒いところはあると思っていたが、お客さんのところで、取っ組み合いをするとは思わなかった。謝りに行ってくる。あそこを失うと、うちの打撃は大きい。ちょっと任せるよ専務さん。あいつどこに行った。・・・携帯でも連絡付かないなあ。帰ってきたら身柄を確保しといてください。たぶん警察が来る。なんとかしておいてくださいよ。」  社長さんは会社を飛び出していった。 「お父さん、やっちゃったみたい。又だけど・・・。」 「やっぱり、馬鹿ね。あなた今夜、本当の鬼になって、あいつを食べてしまいなさい。私が許すから。これ冗談じゃなく、真面目に言ってるの。そうして、人間に戻るのやめ。そのまま鬼になってしまいなさい。それが一番いい、いい。」  弓子はうつむいて、黙ってしまった。 「とは言っても、ちゃんと池に来るかしら。まして、お饅頭は無理だろうなあ。まあ、来なかったら来なかったで、あなた鬼になりなさいね。そうすれば、ハッピーエンド。」  どうしてもお饅頭が、頭から離れない、幸子さんだったのだ。  警察は、現場で事情聴取を行った。 「あんた、ここに就職していたのか。」  副所長が言った。情報を聞いて、犯人はあの小学生の父親だと、ピンと来たようだった。  そうして自ら乗り込んで来たのだ。  実は、弓子の父に殴られた男は、結構警察では有名な男だったらしい。 「君が被害者とは、皮肉だな。まあ、今回は容疑者ではなくてよかったなあ。よろしかったら、是非警察署で話を聞かせてください。ご協力願います。嫌じゃないですよな。」  男はしぶしぶ頷いた。  その頃、弓子の父は、どこかの山の中でひっくり返っていた。  大酒を飲みながら。  けれど、その横には、『お気楽万年堂』のお饅頭があった。  『不思議が池』の夜は深い。里と同じ時間が経過しているとは、誰にも思えなかったに違いない。  特に今夜は・・・。  さすがの幸子さんも、今夜ばかりはいつもと少し調子が違ってしまっていた。  弓子は、見ているのも少しかわいそうなくらい緊張していたのだ。 「まあ、無理もないか。まだ小学生だもんなあ。と、言っても、私はその頃、もうキツイ仕事をさせられていたけれど。時代が違うしなあ。ううん。どうしよう。女王様にSOS出したら、逆に叱られそうだしなあ。えい、いいっか。あそこまでやったんだし、この際、もう、鬼にしてしまえ!」  幸子さんはそう決心すると、弓子を呼んで言った。 「さあ、時間が迫って来たわ。いい、あなたはこれから本当の鬼になるのよ。そうして、鬼女となって、お父さんを迎えなさい。まあ、来れば、だけれどね。」 「やっぱり嫌です。そんなの。それに鬼になったら、本当にお父さんを食べてしまいそう。夕方鬼になっていたときに、ほんとうに人間を食べたくなっていたの。だから、お願いですから、このままにさせてください。お願い幸子さん。これから、毎週日曜日にお饅頭持ってくるから。お願い。」 「馬鹿ね、そう言って帰るつもりなんでしょう。そうはいかないわよ。あなたの正体は、もうすでに『鬼』なの。わかる? あなたは、本当はもう、人間じゃなくなったの。『鬼女』が、あなたの本性なの。人間を食べたくなったのがその証拠よ。よいか、そなたの今の姿こそ『仮の姿』じゃ。さあ、鬼に戻るがよいぞ。わが娘よ!」  幸子さんがそう言うと、弓子の姿がみるみる変わってゆき、頭には大きな角が生え、目は釣りあがり、口は真っ赤に裂けて巨大な牙が生えた。手と足は太くなり、鉤のような爪が生えた。体も今や倍以上の大きさになり、弓子の服は裂けて砕けたが、あらかじめ幸子さんが、彼女の衣装にそっくりで、色は赤の、伸縮自在の鬼女の衣装を着せていたので、見た目にも完璧な鬼になった。 「うん、うん。とってもいい。カッコいいわ。もう最高よ。さあ、そなたは何者じゃ?弓子か?人間か?」  すっかり鬼になった弓子が答えた。 「わしは、不思議が池の主の子孫である、そなたの娘じゃ。もはや弓子などではない。まして、わしは人間などではない、鬼じゃ。鬼女じゃ。」 「そうそう、それでよい、そうじゃ、もはや弓子などではないのじゃ。鬼じゃ。鬼女じゃ。お前は今から『不思議が池の第二の鬼女』、その名は『お弓』様じゃ。さあ、言うてみい。そなたの名は何と言う。」 「わしは、不思議が池の第二の鬼女、『お弓』じゃ。」 「それでよい。さて、では『お弓様』、あの弓子の父親が来たらどうするのじゃ。」 「わしが食うてやるのじゃ。骨まで食いつくしてやろうぞ。」  真っ赤な口を開けて、鬼となった弓子が唸りをあげた。 「おおこわー。ちょっと私の力が効きすぎたかな。よいか、『お弓様』わしの指図にはきちんと従うのじゃ。よいな。」 「わかりました。母上様。」 「わしがよいと言うまでは、実際に人間を食うてはならぬぞ。ただし、脅すのはいくらでもやって構わぬ。」 「かしこまりました。母上様。」 「うん。それでいいわ。さて、お弓様、よくあたりを見ていなさい。今夜は他のお客が来ているようじゃ。」  確かに、不思議が池の周囲は、俄然にぎやかになってきていた。  まず最初に、警察車両が入って来た。しかも、いつ調べたのか、車の隠し場所までちゃんと決めてきているらしい。例の副署長さんが指揮している。配置が終わると、警官たちは夜に同化して、再び静寂と暗闇がやって来た。  次に、どういう訳か、あの、弓子の父が就職した会社の社長さん夫婦が、こっそりと小さな車でやって来た。 「まあ、なんであの二人が来るの? ううん、これは変だわ。」  そうして間もなく、その二人も、闇の中に消えていった。  と、見ていると、またかわいい車がやって来た。かなりのおんぼろらしく、よたよたと山道を昇ってくる。  そこから降りたのは、あの髪がもじゃもじゃの、池に落とされた男だった。 「あらま、どうして、あいつまでが来るのよ。せっかく助けてあげたのに、また落ちに来たのかしら。これもまったく予想外ね。」(作者が出て来たって。いいはずである。)  その小さな車も、深い森のどこかに消えた。  幸子さんは、すでに理解不能に陥っていた。 「この様子だと、落とした側も来そうな雰囲気じゃない。」  いや、本当にそうだった。しばらく間をおいて、先日の新車が再びやってくるのが見えた。 「まあ、これは何かしら。お客さんがどんどん増えるわ。」  予想通り、その車からは、あの女と男が降りてきた。彼らは、先日車を止めていたところに、そのまま駐車してしまった。 「これはいったい何?お弓様、いったいこれはどうなっているのじゃ。わしにはもう分からぬぞ。」  鬼となった弓子も、無言でこの情景を眺めていたが、こう言った。 「人間たちがたくさん来る。うまそうじゃ。母上、早くたっぷり食いたいものじゃのう。」 「ああーあ、この子、呑気ねえ。まあ知性は小学生のままだしなあ。食欲ばっかり育ててしまったかなあ。」  幸子さんはかなり後悔していた。  それはともかく、舞台は、主役の登場を待つだけとなった。けれども、本来の筋書きを描いたのは、幸子さんだったはずなのに、物語はどんどんそこから外れてゆく一方となってしまった。  これでは、どう始末を着けてよいのか、彼女にはもう、さっぱり分からなくなってきていた。  深夜一時が回ったころ、弓子の父が現れた。  あたりを見回し、異常がないか確認し、それからお饅頭の包みを持ちあげた。 「来てやったぞ。弓子出てこい。悪魔め、姿を現せ。」  池の中から閃光が走り、幸子さんが現れた。 「失礼ね。悪魔なんかじゃないわ。鬼よ、鬼女。間違わないでくださる。」 「似たようなものだ、早く娘を返せ。仕事も決めたぞ。文句ないだろう。」 「悪魔と鬼は別物です。一緒にしないで。迷惑ですわ。仕事? ふうーん。本当に?ねえ、『お弓様』この男、あんなこと言っておるぞ。どうしてやろうぞ。」  劇場ならば、〈どろどろどろ)っと、雷のような太鼓の音が響き渡るところだ。  弓子の父は、不思議な事に、実際にその音を聞いたような気がした。地鳴りのような、すさまじい響き。しかしそれは、声だったのだ、鬼と化したわが娘の発する、恐ろしい叫び声だった。 幸子さんと同じような閃光の中から、もう一人の鬼女が現れた。見ただけで凍りつくような形相の鬼だ。しかし彼には、それが明らかに娘だと判った。その姿は、怪獣のように巨大化していた。  幸子さんもまた、娘に輪をかけた、さらに恐ろしい、もっと大きな鬼の姿に変貌していた。 「さあ、わが娘よ、この男に言うてやるがよいぞ。そなたが見た真実を。」 「承知しました。母上。男、良く聞くがよいぞ。わしは、『不思議が池第二の鬼女、お弓』じゃ。もはやそなたの娘などではない。正真正銘の鬼そのものじゃ。そなたは、せっかく就職したにも拘らず、また喧嘩をし、会社に迷惑をかけ、逐電したであろう。鬼はすべて、お見通しじゃ。もはや娘は元には戻らぬ。永久に鬼と化して、人間を食らうのじゃ。まずそなたからじゃ。」  鬼神となった『お弓様』が髪を振り乱して両手を振ると、周囲には大風が吹き荒れ、雨が大地を叩きつけ、その大地は激しく揺れた。 「さあ、こちらに来るがよい。食ってやる。」  お弓様がそう言うと、男の体がふわりと宙に浮きあがり、天空をあの廃棄物のように、ぐるぐると廻った。風はどんどん激しくなり、雨は大粒となり、ヒョウやあられも降って来て、彼の体を撃ち付けた。  しかし、弓子の父は、叫び声を上げることもなく、鬼になった娘に、されるままになっていた。  幸子さんは、さすがに男が泣いていることに気がついた。 「ふうん。こいつ泣けるのか。」  そう思ったが、もうしばらくこのままにしてやろうと思った。  しかし、「お弓様」の方は、そうではなかった。激しく荒れ狂う内に、すっかり人間の心が無くなってしまい、幸子さん以上に冷酷な鬼になってしまっていたのだ。  もう、ただ、「この人間を食べてやる。食いたい、食いたい。」としか考えられなくなっていた。  幸子さんの許しがなければ、人間を食べてはいけないという約束など、すっかり忘れてしまっていたのだ。鬼になり切った弓子は、もう幸子さんの言い付けにはまったく従わなくなっていた。 「人間め、思い知るがよいぞ。さあ、わしのところに来い。まずどこから食ってやろうか。手か、足か、それとも頭からまるまる食ってやろうか。」 「こら、やめなさい、まだ食べてはダメ。『お弓様』いえ、弓子さんやめなさい。」  幸子さんが叫んだが、『お弓様』にはもう、まったく通じなかった。人間の言葉さえ、すっかり忘れてしまったようでさえあった。  父親は、『お弓様』の手に捕らえられ、大きな鉤爪の生えた、恐ろしいその指の間で締めつけられて、息が止まりそうになっていた。  彼は、観念していた。可愛い娘と、妻の顔が浮かんでいた。 「自業自得だ」  父親は、そうつぶやいた。  その時、社長が飛び出した。そうして大声で叫んだ。手には拡声器を握っている。 「こら、鬼め、うちの大切な従業員になにをする。離せ。こら、明日からも仕事があるんだ。いいかげんにしなさい。」  次に、あの副署長さんが現れた。こちらも、パトカーの拡声器を使って、鬼になった弓子に呼びかけた。 「あー、あー。こちらは警察です。今のうちなら、その男の罪はまだ軽い。そんなに長くは拘束されない。上手くゆけば罰金で済む。こら、離しなさい。離さないと、廊下に立たせるぞ。それも、三日間、ぶっ通しでだぞ。」  しかし、弓子はまだ正気に戻らない。一層、激しい形相で荒れ狂った。  幸子さんは、もうやけくそだった。これではまるで、昔テレビで見た『魔法使いの弟子』のしでかした失敗のようだ。 「ええと、この場合は、そうそう、まず弓子さんの体を元に戻すようにしなくっちゃね。ええ、ほら、戻りなさい。 ほら。 そら。 あら、言うこと聞かないわ。もう、せっかくお饅頭が来てるというのに、何、この状況は。うわあ、もうだめ、ごめんなさい。女王様、助けてえ!!」  幸子さんは叫んだ。  すると、なんだかよくわからないが、嵐が弱まって来た。さしもの『お弓様』も、どうやら疲れてきたらしい。しかし、父親の体は、今、まさに『お弓様』の口の中に飲み込まれる間際だった。  もし、ひと噛みしたらおしまいだ。 「うわあ、もうだめ。あの子親を食べちゃうわ。ギリシャ神話と逆。」  突然、『お弓様』が止まった。そうして、砕け散るように体が縮小した。  父親は、空中に放り出されたが、幸子さんがうまく受け止めた。 「やれやれ。」  幸子さんは、息をついた。  見ると、池の上に、弓子が浮かんでいる。どうやら人間の姿に戻っているようだった。  嵐はぴたりと止んだ。  幸子さんは、弓子と、その父親とを、例の崖の上にそっと移した。 「よかった。生きてるわ。ほら、お弓様、記憶消去っと。もう残念。きっとまた会いましょう。お饅頭はゲット!」  幸子さんは、あっと言う間に、消えてしまった。    何が何だかさっぱり分からないうちに、そこに居合わせた人間たちが、次々に森の中から姿を現した。  みんなずぶ濡れで、しわくちゃ状態になっていた。  副署長が叫んだ。 「救急車呼べ! すぐに、池の中を調べろ!」  どうやら最初からそのつもりで来ていたようで、強力な投光機も現れた。  弓子の父親は、すでに意識もはっきりして体半分起き上がっていた。  しかし、弓子はぐったりしたままで、警察に同行していた看護師の介抱を受けている。  その傍らには、父の会社の社長さんと奥さんがやってきていた。 「いやあ、君の行方が分からなくなったあと、君が喧嘩した相手の男が警察で事情聴取されたんだが、これまでも色々と怪しいことをいっぱいしていたらしくてね、産業廃棄物の不法投棄についても白状したそうだ。もちろん君の事もね。その中で、君が隠れるとしたら、ここじゃないかという事になって、私も関係者ということで、その話を教えてもらったんだ。娘さんが行方不明だって、なんで隠してたんだね。それにしても今のはいったい何だったのだろう。こうしてみれば、娘さんは普通の人間だし。我々は何を見たのだろう。」  弓子の父は、横で倒れている娘を見ながら、首を横に振った。 「斧と、約束したのですよ。」 「斧って、何かね。」 「さっきの、池の女神がくれたんです。、この子を、あいつがさらった時にね。金の斧とか言って。とんでもない偽物ですよ。ぼくは昔、不正経理を内部告発しようとして、会社を首になってしまった。以来、何をやろうとしても、上手くゆかないことが続いた。だから、世の中を呪ってきたのです。犯罪すれすれのことばかりやってきた。いや、ほとんど違法な事ばかり、というべきだな。ところがこの池に医療廃棄物の不法投棄をしに来た時に、娘をあの女神にさらわれたわけです。自業自得ですよ。で、毎週、饅頭を持ってここに来るようにと、そうしないと娘は鬼になると、脅されていました。」 「饅頭?」 「ええ、まったく信じられないことばかりだが、本当です。元々今夜は、あのいかがわしい女神との約束で、ここに来るように言われていた。饅頭持って、娘に会いにね。先週会いに来た時に、こいつは半分鬼になっていた。それで、違法な事はやめて、新しい仕事を一週間以内に決めなければ、本当に鬼になると言われたんです。僕は、それで、あわてて仕事探しをし、運良くすぐにあなたの会社に採用された。しかし、結局あいつに出会って、また脅されて、切れてしまった。もう駄目かもしれないと内心は思っていましたよ。だから、今夜こいつが本当に鬼になってしまって、あのまま食われても、もともと僕が悪いんです。でも、実は、恥ずかしいが、ほら、こうしてサバイバル・ナイフも持ってきていたんです。娘を切ろうなんて思っちゃいない。あの女神を刺してやろうと思ってね。ばかな話だ。あんな化け物相手にできっこない。でも、娘に食われそうになったとき、正直、もう、こいつを殺して、自分も死のうと本当に思った。しかし、実は昨夜この斧がじゃべったんです。」 「斧が、しゃべった?」 「ええ、本当に金色に輝きながらしゃべった。『あす何が起こっても、何もせず、最後までただ耐えなさい。耐え抜いたら、きっと良い結果が出る。今までの自分を思いなさい。』とね。それを思い出して、もう、このまま食われるままになろうと、覚悟を決めた。最後のあたりは気を失いかけていたので、よく分からなかったのですが。」  一方、あの、もじゃもじゃ髪の不細工な眼鏡の男は、自分をこの池に放り込んで殺そうとした女と男に会っていた。 「なんでここに呼び出したの? 」 「いや、あれは誤解だったんだ、それを確認しようと思ったのさ。あの日、おれたちは君を、おれたちを付け狙っているウ・サン・クサー人の手先だと思った。それで始末しようとした。けれども、それは間違いであったことがあとから判った。非常に申し訳ないことをした。」 「そんなこと、言われても余計に困る。じゃ君たちは何なの。」  女の方が言った 「私たちは、ヤック・タターズ人なの。彼らと私たちは、何億年以上、神に誓いを立てて争い続けて来ている。それが宿命なの。あなたには、確かにウ・サン・クサー人の反応があった。でも良く分析してみて、あなたは地球人に同化したグループの末裔だとわかったの。あなたには関係のないことだったわけ。」  再び男が話した。 「君には迷惑をかけてしまった。こんな事、言うつもりでは無かったのだが、実はあの斧に脅迫されたんだ。あんなおそろしい者に、祟られたくはないからね。」 「斧が祟るだって?」 「ああ、昨夜あの斧が喋りはじめてね。きちんと君に謝れ、でないとお仕置きするぞってね。で、その背後にあの方の姿を見た。震えあがったよ。なんで、あの方が君に肩入れするのかはわからないが、君はものすごい庇護者を持っているわけだ。それで、明日の夜中にこの池に来て何が起こるか見ておけ、と。それから君も呼んでおけ、とね。もし従わなかったら、おれたちはどうなるかわからない。あんなのに祟られては困る。」 「まあ、それにあんな悲しい光景を見せられたら、謝っといた方がいいって、わたしも思った。」  女の方が言った。 「これから、おれたちはこの宇宙船で地球から暫く消えるよ。しかし遠からずまた会おう。」 「そんな話されても、さらに困るだけだ。どこに行くって?」 「そう遠くではない。お隣さんだからな。火星さ。ただし、我々は少数民族だ。君もれっきとした、火星人の末裔ってわけだよ。そこんところは、よくわきまえておくことだ。もうすぐ色んなことが起こるぞ。とにかく今夜は、ちゃんと謝ったぞ。斧は君にやる。ここに置いてゆく。きっと役に立つ。じゃあな。」  二人は、車に乗って消えていった。  警察はそれから3日間、池の中を捜索したが、結局なにも見つけられなかった。    そんな事があってから暫くして、ある日の深夜、一人の男が、いったいどこで仕入れたのか、トラックいっぱいに積んだ廃棄物を『不思議が池』に持ち込んだ。  男は、もう涼しくなってきた池に、その廃棄物を投げ捨てた。  しかし、いくら待ってもお目当ての女神は現れなかった。  それどころか、警察が仕掛けていた隠しカメラの映像が証拠となって、数日後検挙されてしまった。そうして、勿論、またまた大目玉をくらったのであった。  それは、弓子の父と喧嘩した、あの男だった。    その監視カメラも、今は撤去されてしまった。  噂では、ある有力市民が市長に対して、「経費の無駄遣いだ。だいたいあそこは私有地だろう。いいかげんにやめとけ。次の選挙知らないぞ。」と言ったとか、そうじゃない、とかの話もあった。  幸子さんは、女王様からきつく叱られた後、当分、外国の池に飛ばされていたようだったが、最近また『不思議が池』に帰ってきているらしい。  弓子は、直ぐに元気になったが、事件の事は、自分が鬼になった事も含めて、何も覚えていなかった。  彼女の父は、それほどの罪にはならず、そのまま、あの会社で真面目に頑張っているとのことである。  さらに、ある仲介者が現れて、母親の帰還も進める話になった。  また、不法投棄を依頼した病院は、関係した幹部が検挙され、病院からも更迭されたが、新しい体制で継続しているとのことだ。     という訳で、結局幸子さんは、結果的には、またいろいろと人助けをしてしまったのだった。     『写真の旅コーナー』                 🚢   まず、京都から。1cb6a64f-ff0e-4d16-b0b7-12f5a4d58a0c 012cf22c-9737-4e31-b93a-de8004125817 b814b662-da8b-47f0-9764-3e21dfc79177 以上、京都を3枚。むかしの写真ですが、やはり京都のお散歩は良い。 3421ccd9-d21d-4f9f-982b-2c882fcd0da1    ワープして、なぜだか、海を越えて高松駅。ここが行き止まりなのは、昔、連絡船で宇野とつながっていたから。    cf38d65a-eb13-45b2-80ba-934e353b0b2d    琴電。 6ee2dd59-3d8d-4d03-bd0d-626402749e8f e3654a87-8c71-4e0b-bd82-e48ce3323cca    玉藻城 a6d7e23a-e5e5-404f-8d30-e4af04b88515         5e8dbc73-3928-4042-bb8c-da1a4d475cfc    以上、高松でした。           さらに、ワープ! 鳥取に。予告編! これ以上入らないから。 dac8f98c-6ca9-4ebe-b306-44fe89d4459b         今回は、これで、おしまい
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