『第4話』

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『第4話』

   副署長は、はっと気がついた。  「ここは、どこなんだろう。」  彼は、一人、ベッドの上に横になっていた。  「そういえば、池に潜っていたんだ。」  けれども、今、彼はズボンにシャツだけの姿になっている。  「他の二人はどうなった?」  あたりを見回したが、小さな部屋に居るのは彼だけだ。  他に家具もなく、電話も、テレビもない。電燈もない。  「電燈がない。しかし、明るい。どうして?」  彼は起き上がった。  これじゃまるで、昔のS・F映画の主人公みたいではないか。  鏡で自分を確かめたいが、それも全く見当たらない。  見える範囲で体を確かめたが、特に変わったところはないようだ。  怪我もしていない。  痛いところも別にない。  顔を撫でまわしたが、別におかしい感じはしない。  ベッドから立ち上がって、部屋の中を慎重に見て回った。  なんだか、まるっこい部屋だ。  壁がぐるっと湾曲している。  天井も全体に丸になっている。  小さな、プラネタリウムの部屋のようだった。  「やれやれ、携帯もないし、何もないか。待つしかありませんな。 おーい。腹減ったぞお。何か食い物頼むー。ビールも欲しいぞう。いや、まだ勤務中だったか。まあいいか。おおい、聞こえてる?」  しかし、期待に反して、まったく反応なしだった。  「飢え死にさせる気かな? まてよ、トイレはどうするの。」  打つ手が無いという状況だった。  ふと、本当にトイレが御用になって来た。  「これは、まずいな。最悪か。」  彼が本気で心配になった矢先、壁の一部がぼんやり霞んで、ドアが浮き上がった。  「むむむ、面妖な。しかし、・・・。」  恐る恐る開けてみる。  そこは、正真正銘のお手洗いだった。  「うーん。まあ、済ませてから考えるか。」  用事がすみ、トイレから出ると、ドアは消えてなくなった。  「こいつは凄いな。この様子だと、ほんとに腹が減ったら、何か出てくるかもしれない。おーいテレビも見たいぞー。」  言ってみたが、何も起こらなかった。  「言っても駄目なのか。じゃあ、思ってみるか。大きなビフテキを思い浮かべる・・・だめか。そう漫画のようには行かないらしい。」  彼は、諦めてまたベッドに横になった。心配なのは二人の部下のことだ。  「無理なプランだったか。一人で来ればよかったかなあ。」  理屈からいえば、ここはあのミニチュアの建物の中ということになる。  「まったく理屈に合わない。あんな中に入れるはずがない。サイズが違う。」                 🛏                                       幸子さんは、不満の持って行く先が無くて、床に転がっていた。 「まったく、王女様ときたら、何でしょう。『三人捕まえたけれど、二人は返しました。残り一人はこちらで預かりますから、幸子様はご心配なく』だって。何よそれ。捕まえた人って、あの人じゃないかしらね。絶対そうよ。いやだあ。また王女様に取られちゃう。私より、王女様の方がお綺麗だし、お金もあるし地位もある。南の楽園で二人で楽しくなんて・・・もう信じられない! 寝る!」  といっても、実際は寝られない幸子さんだったが。         bc76cfb2-e84e-4b9f-a167-1565810d6662                        (鳥取砂丘)                                          突然、ドアが開いた。  「お疲れさまでした。」  白衣を着た男が入ってきた。そうしてこう言ったのだ。  「検査は済みました。まあ、いたって健康ですよ。特に指摘すべきことはないですね。ただ、二十年後に胃がんになる確率が30%あります。これから食生活に気をつけましょう。貴方に合った食事の処方を出しておきますから、参考にしてください。じゃ、どうぞ、こちらから。それと、御面会の方がお待ちですよ。応接室にご案内します。彼女について行ってください。では。」  男は、副署長に何やら小さな小さな、丸い物を手渡してくれた。  部屋から出ると、真っ青な色のワンピースを着た女性が待っていた。  「こちらにどうぞ。ご案内いたします。」  副署長は、それに従って、廊下を歩いて行った。  不思議な事に、ここにも、一切照明がないにもかかわらず、適度に明るい。  「失礼ながら、ここは何ですか?」  「まあ、珍しい方ですね。ここは病院ですよ。知らずに検査をお受けになったのですか。」  彼女はくすくすと笑った。  「どうも、そうらしいですね。ここは、日本ですか?」  「あら、日本って何ですか? ああ、そういえば、聞いたことがあります。確か、古代の地球にあった国でしょう。よくご存じですね。あなた歴史家の方?」  「いえ、警察官です。でも、この言葉、日本語じゃないですか?」  「まあ、もう、冗談の上手い方ですね。今あなたが話しておられるのは、スメタ語でしょう。いやですわ。ここは衛星『ダリス』ですわ。はい、応接室に着きました。ものすごい方がお待ちですよ。あなた、やはりただ者ではないですね。では、ごゆっくり。」  彼女は、壁の小さな星印に手を触れた。  壁はゆっくりとドアになり、するするっと開いた。  大きな広い部屋だった。  高級(そうな)どっしりとした椅子、巨大な木からまるごと切り取ったようなテーブル。  さまざまな調度品。なぜか天井からはゴージャスなシャンデリアが三つ、吊り下がっている。  そうして、そこで待っていたのは・・・  「こんにちは。よくいらっしゃいました。」  そこには、目を疑うような美しい女が立っていた。輝くような薄い褐色の肌がまぶしい。  中身がほとんど透き通るような、白のドレスを着ている。しかし、足元は裸足だったが、宝石のような足環を右足だけにはめている。  それが、またなんとも、魅力的なことか。  「君は、誰かな、どこかで見た事があるような気がするが・・・」  「私は太陽系連合帝国女王、ヘレナです。」  「そうだ、タルレジャ王国の第一王女に似ているんだ。そっくりだ。名前も確かヘレナだった。しかし、変だぞ王女はまだ高校生のはずだ。君はもっと大人の女だ。」  「その通りです。貴方が見知っているタルレジャ王国第一王女は、16歳とか17歳にかけての年齢でしょう。私は24歳になった彼女の姿です。その後五千年間、ずっと同じこの姿をしております。どうぞおかけ下さい。」  言われるままに、副署長は大きな椅子に腰かけたが。あまりの深さに、椅子の中に埋没してしまいそうな感じがした。  「さて、ここはどこなのか、です。ここは衛星『ダリス』。地球の古い呼び方では、『タイタン』です。今は木星連合王国の一部になっております。あなたが今話している言葉は、ここでは、スメタ語と呼ばれています。貴方は違和感なく話しているのでしょうが、あなたが五千年前に話していた日本語とはまったく違います。あなたの記憶に手を加えましたの。今のあなたは、日本語は話せないし聞いても解らない。ここは貴方の住んでいた世界から五千年後の世界・・・『ほら、あなた、今どんなお気持ちでいらっしゃいますか』?」  「なんだって、全然分からない言葉だ。」  「今のが、日本語ですよ。あなたが話しておられたね。」  女王は、にっこり微笑んで言った。  「ただしここは、あなたの生きていた空間そのものではありません。言ってみれば、仮定の別の世界です。でも、すべてが本物ですよ。人間も、建物もね。 貴方、奥さまは?」  「とっくに出て行ったよ。六年前に・・・いやあ。違うのかな、ここでは。」  「そうです。とても呑み込みの良い方ですね。まあ、あなたもお仕事のし過ぎですか? あはは・・・、でも、それはまあ、いいでしょう。お子様は?」  「息子が一人。妻が連れて行ったけれどね。」  「それはお気の毒に。でも、あなたが望めば、ここで新しい妻を迎え、子供も作れるわ。私の警護要員となって、何不自由なく暮らすこともできますのよ。りっぱな地位も差し上げましょう。いかがですか?」  「悪いが、元の世界に戻してほしいね。」  「まあ、残念。」  「それより、俺にはさっぱり話が見えない。何故こんな事をする。実際ここはどこなんだ? ほんとのところは。」  彼女は立ち上がった。  「よろしいですか、副署長様。日本の警察は、当時。その内部で、一部の方々が、私や、私の家族の身辺を、いろいろ探っておいでになります。まあ、それはご自由です。しかし、あの池で、あなたたちがご覧になった出来事も、ここで経験していらっしゃることと、同種のことです。ほかの方々が池で体験なさったこともね。池の女神の幸子様も。そこでは、現実と、ある種本物の仮想の世界が、同時に存在しています。すべて事実ですが、いつでもだれでも体験できるのではありません。分かりにくいですか?」  「さっぱりわからん。」  「そうですね。地球上には、『不思議が池』と同じ機能を持った池が、約20か所あります。そこでは私たちが必要なエネルギーを自前で作っています。まあ、発電所のようなものです。」  「私たちって誰?」  「火星連合の仲間たちですよ。」  「はあ?」  「私たちは、間もなく、といっても五千年前ですが、地球を支配します。その準備のために、色々必要なのです。そうして、その結果、太陽系は飛躍的に発展し、こうなるのです。」  「さっぱり分からない。本当は何を企んでいるのかな。君たちは。」  「だから、本当のことを申し上げております。まあ、実のところ、ああした池は、すでに大きな役割は終えています。今では、人間の為のサービスの一つとして残しているのです。それに、第一、無くなってしまったら、幸子さん達は失業してしまいますからね。それより、今、お話しすべき事は、私は、貴方に目を付けております。間もなく、あなたは私の忠実な部下になります。文字通り、ヘッド・ハンティング、ですね。拒絶はできませんよ。気が付いたら、もうそうなっていますよ。それまで、ここにいてくださっても、よろしいのですよ。ビフテキも最高のものをお出しいたしましょう。おいしいですよ。ビールもです。すでに、今のあなたが地球に行けば、地球上にはない言語を話す、もうりっぱな宇宙人ですもの。」  彼女は楽しそうに続けた。  「でも本当に、そうなのです。地球の世界はもうすぐ変わります。あなたは、コントロールする側に立つことになるのです。まあ、今もそうなのかもしれませんけれど?」  「おれは、そんなこと考えたことがない。だいたい下っ端のもう一つ下のおれに何が分かる?」  「そう。それはご立派ですわ。でも、五千年後には、確実にこうなっているのです。私がそう望むのだから。貴方、永遠に生きたくありません?」  「いや、別に。こんなの、五・六十年で十分だ。」  「まあ、それは勿体ない。貴方ほどの方が。貴方の上司たちには、貴方がよく見えていないのです。もっとよい上司が必要ですわ。私のような、ね。」  「そうかな?」  「そうです。さて時間ですね。私は、忙しいの。どうしますか? ここにいますか? それとも帰る?」  「もちろん帰るさ。」  「わかりました。実は、『幸子さん』があなたを心待ちにしていますよ。まあ、今は、お帰りになるのが、確かによいでしょう。現実のあなたの世界に帰っていただくことにいたしましょう。でも、その前に、せっかくですからこの星を少し散歩なさいませんか?私もごいっしょいたします。」  女王は、両手を伸ばして頭の上に持って行き、そのままくるっと回転した。それからこんどは右手でスカートのひだを軽く掴んでお辞儀をした。  すると、二人の周囲は一変した。  そこは荒涼とした大地が広がり、建物らしきものは何も見えなかった。  不思議な事に、彼も『女王』も、部屋の中にいた時、そのままの服装だった。宇宙服のようなものは何も身につけていない。けれども、寒くもなければ、呼吸も普通にできている。なのに、確かにこの大地に足を着けている事に間違いない。少し歩いてみた。普通に歩ける。  「いくらなんでも、俺のような無知の人間でも、これはおかしいと思うだろう。どう考えても地球のどこかだろう。」  「ここの気圧は、地球の1.5倍はあります。大気は大部分が窒素です。メタンが少し。私たちの体の周囲は、別の空間が取り巻いていて、私たちを保護しています。なんでしたら、取り除いてみましょうか?」  「それでは、あんたも困るのだろう。」  「いえいえ、それはもう、あなただけですよ。」  「そういう実験は嫌いだ。」  女王は嬉しそうに笑った。  「タイタンには生命があると、かつて考えた地球の学者もいましたが、それは、正しくもあり、間違ってもいました。実際、地球人が調査をするはるか昔に、ここには、火星人やその関連の種が住んでいました。まあ、もともと住みやすいところではないのですが。しかし、貴方の時代から五千年後にはコロニーも作られて、ご覧になったような、立派な施設が出来ているわけです。」  「それは、君の話では、まだ、ぼくには架空のことなのだろう。」  「まあそうです。でも実際、このまま現実になるのですよ。」  副署長は空を見上げた。赤っぽくぼやけた空が広がっている。おかしな霧雨が舞っている。明らかに地球上ではないと、彼も感じてはいるが、そんなことがありうるはずがない。第一宇宙船など乗ってもいない。タイタンなどに来ているはずもないのだ。この女が何かの手段で、幻覚を見せている。そうに違いなかった。  その時だった。目の前に、ふっと何かかが現れた。  人間だ。多分。しかし、簡潔な姿だが、宇宙服のようなものを着ている。顔は全く分からないし、男なのか女なのかも判らない。  女王『ヘレナ』が言った。  「あなたは・・・・。」  それが、彼女の最後の言葉だった。  宇宙服の人間は、手に持っていた銃のような物を女王に向けて発砲した。  彼女は倒れた。  「何だこれは。」  そう言う間もなく、その宇宙服の人間らしきものはすっと消えてしまった。  副署長は、倒れている女王を抱えあげた。  「おい、しっかりしろよ。おい・・・これは、死んでる。なんだ、保護されてるんじゃなかったのか。どうなってる。おい、返事しろ。」  女王は全く無言だった。目は開いているが、何の反応もなかった。  「まいったな。どうすればいい。おい、だれか聞いていないのか? おーい。」  荒涼とした大地は、すべて無視した。  「俺は、どうやって帰るんだ?」  茫然とした副署長は、しかし次の瞬間に、この衛星の上から消失した。          **********01604e14-be57-46d9-b13d-0150e15ce6f4           鞆の浦の常夜灯          ********  ようやく副署長は気がついた。  「あ、目が覚めた。よかったなあ。おい、目が覚めたか?」  見上げたところに、班長の大きな顔が覗き込んでいる。  「よし、まだ動くな。判るか? 感じるかな、これ、判るか?」  班長が、手や足を押している。  「ああ。判るらしい。」  「怪しいな。まあ、しかし良かったです。副署長殿。まったく心配ばっかりかけて。」  「俺は、どうなった?」  「どうなった? 池に潜ったまま行方不明になった。他の二人は、すぐに浮かび上がったので助けたが、あなたはどうしても行方が判らなかった。もうすっかり日が昇っています。今朝になって池に浮かんでいるのが見つかったんです。潜水服は何処にやったんですか?この真っ青な変な服は、何処で、もらったんですか?」  「わからない。」    「まあ、とにかく一旦病院に運びます。それからにしましょう。」  副署長は、担架に乗せられて、救急車に運び込まれた。  その日は、沢山の検査をされた、    レントゲン室に出入りし、血を取られ、注射をされ、目いっぱい玩具にされた感じがした。    そう言えば、あの五千年後の病院とかいうところでは、一か所に寝ていただけだったな。    夕方になって、彼はやっと解放された。  とにかく、今夜は何も考えずに休めと言われ、しょうがないから寝てしまった。    次の日は、警察からの事情聴取に明け暮れた。  副署長は、肝心なところは何も明かさなかった。  まあ、はっきり言ってしまえば、あんな事話せるはずがない。  そんな事をしたら、どうなるか分からない。  特に、自分を厄介者扱いにしている署長に、どう扱われるかわかったものではない。  しかし、さすがに班長は欺けないようだった。  夕日が差し込んでくる病室。どこか寂しく、懐かしい感じがする。  体が頑丈で、大した病気をしたこともなく、入院なんて初めての彼にとって は、病人の気持ちを察することが、実はなかなか難しかった。  「良い経験だよ。周りが何だかんだいっても、痛くて苦しいのは常に本人なんだ。ちっとは人の苦しみも体験した方がいい。君は元気すぎるんだ。おっと、失礼、副署長殿。」  「元気な事は悪いことか?」  「とんでもない。良い事に決まっているさ。ただ元気な人は、しばしば自分の物差しだけを、相手にあてはめようとするからね。それにしても、君は嘘つきだ。一体何があった?」 「何も。まったく知らない。意識がなかったからね。」 「ほう。無意識にあんなモダンな真っ青な服を着たわけだ。鑑識さんが頭をひねっている。どうやってこんなもの作ったってね。縫い目も織り目もまったくないけれど、間違いなく『布』の服だ。」 「そんなこと、分からないよ。」 「あくまで、しらをきるか。おや、ちょっと待って。電話だ。はいはい・・・・はあ? なんだそれ。わかった。ご案内してくれ。」 「どうした?」 「お前、いや副署長殿。もの凄い知り合いがいるらしいな。」 「何だ。」 「王女様が、お忍びでお見舞いだそうだ。」 「王女様だって?」  間もなく、一人の少女が部屋にやって来た。かなり頑丈そうな、初老の男が付き添っていた。 「外で、お待ちください。」  彼女が言った。付き添いの男は、部屋から出て行った。 「突然お伺いして、たいへん申し訳ございません。私は、タルレジャ王国、第二王女のルイーザと申します。日本名は、松村道子です。」  そう言うと、彼女はたいそう丁寧にお辞儀をした。  見た目は、第一王女とまったく同じで、見分けがつかないが、この低姿勢は妙に好感が持てた。  が、彼女は、やはり裸足だった。  聞くところでは、それは、かの王国の巫女は、そうでなければならないらしい。  「副署長様ですね。ご苦労をなさった後の、お休みのところなので、とても恐縮なのですが・・・」  第二王女は少し間を開けて、話し続けた。  「実は、私の姉、王国の第一王女ヘレナが、行方不明になりました。」  「ほう・・・・。」  「姉は、おとついの晩、東京のあるホテルのホールで、演奏の打ち合わせをいたしておりました。その際、私に電話で、ある町の警察署の副署長様に、これからお会いする用事があるんだと申しておりました。つまり、この町の・・・。貴方です。」   「ほう・・・・・。」  「けれども、その後まったく連絡も取れなくなり、今に至るまで行方がつかめません。一応王女なので、居場所は常に確認されているはずなのですが、見事に行方をくらませてしまいました。そこで、貴方に何かご存じないか、お伺いに参りました。」  「ほう・・・。」  「お前、もう少しましな返事をしろよ。犯人じゃないかと、言う事だぞ。」  班長が苦言を呈した。  「もちろん、まだ公にしておりませんし、貴方の事も話しておりません。何かご存知の事がございましたら、是非お教えください。貴方がその晩、『不思議が池』で捜索をなさっていた事は分かっております。一時、行方不明になっていらしたことも。」  「ここから東京は遠すぎる。どうやって俺に会うつもりだったのか、聞いていないのか?」  「私も、そこを姉に聞かなかった事を悔んでおりますが。正直、東京で会うものと思っておりましたから。当然、貴方がその時『不思議が池』から東京までおいでになる事は出来なかったでしょう。貴方が直接、関わっているとは思っておりません。情報が欲しいのです。何でも。」  「ふうん・・・・・・。知識としては知っていたが、あんたも、本当にいつも裸足なんだな。実際に。」 「あのなあ。それは、文化的差別に取らえられる可能性がある。  班長は、すこし、慌てたように言った。  「あら、そこは、お気になさらなくてけっこうです。」  「ふん。あんた、本当に、聞きたいか?」  「ええ、勿論です。」  「どんな話でも、ちゃんと聞いてくれるか? あまりに、馬鹿らしい事でも。」  「はい。もいろんです。」  「俺が首になったら、王国で何とかしてくれるか?」   「お前なあ・・・。」   「わかりました。姉の居場所が分かるなら。それで、無事が確認されるなら。そうした事態になれば、極力、努力いたします。」  副署長はうなずいた。  「分かったよ。あんたは、確かにあの子とそっくりだ。あんたたちの姿は、写真などで良く知ってはいた。いろいろ調べていたから、多分俺は、この辺では一番あんたたちに詳しいはずだった。しかし、まさか、その正体が『化け物』とは思ってもいなかったんだ。」  さすがに、第二王女の表情が険しくなった。  「お前なあ・・・。」  「待てよ。いいか、班長殿。君はあの池で、あの池の女神を見た。鬼もね。そうだろう。」  「それは、まあ。そうだ。確かに。」  「鬼、ですか?」  第二王女が聞き返した。  「そうさ、『不思議が池の鬼女・鬼神様』さ。あんた、知ってるんじゃないのか? あそこは、もともと、あの松村家の所有地だ。」  「その話しは、当然存じております。でもそれは伝説です。一説では、当時の松村家が商売の為に流した噂だと言われております。」  「俺たちは見た。と言うより、経験した。かなり多くの警察官も、一般市民もね。あんたは関係してないのかもしれないが、第一王女は深く関係しているのだと思う。いや、首謀者だろうな。」   「お姉さまが?ですか。それで、姉が化け物だと?」  「まあ、控えめに言ってね。」  「失礼な。いくらなんでもひどいですわ。」  「ほう、あんたも怒るのか。じゃ、まず鬼の話からしよう。これは班長も良く知っていることだ。」  副署長は、少女が鬼になった事件の話をした。父親を食べてしまおうとした事を・・・。  「でも、池の中には何もなかったのですね。」 「そう。何にも。」  「集団幻覚のようなものではありませんか?」  「そうかもしれないが、それにしては込み入りすぎている。違うか班長さん。」  班長は、ゆっくり答えた。   「確かに、今の話はほぼそのまま、僕が見たことと一致します。本当です。」  「で、今回の事だ、・・・・。」  副署長は、池に潜った話を始めた。ミニチュアの宮殿の事。   小さなドアを開けて、中に吸い込まれた事・・・・。  「副署長が、その小さな宮殿のドアを開けたとたんに、その中に吸い込まれたという事は、遂行していた二人の警察官も見たと証言しています。しかし、それから先は、僕もまだ聞けていないのです。」  班長が言った。  「そうさ。あまりに荒唐無稽な事なので、黙っていた。あんたには、少しキツイ話もするが、いいかな。」  第二王女は、口をきっと結んで、うなずいた。  本当は、かなり気が強そうだ。  副署長は、自分が体験した不思議な出来事を語ったのだった。 「・・・・・そうして、彼女は、死んだ。おれは確認した。まったく、どうしたらいいのか途方に暮れたが、暫くして気が付いたら、池のほとりで寝かされていた。」  第二王女は、一瞬絶句した。しばらく無言だったが、それ以上、表情はまったく崩さなかった。 「それを、わたくしに、信じろと?」 「まあ、無理だろう。俺は、さすがに夢か幻覚か、と考えていた。しかし、実際に第一王女が行方不明と言う事は、興味深いね。俺には、このSF的な時間の関係はさっぱり分からないが。そうだ、ほらこれがポケットに入っていたんだ。健康診断のお土産さ。」  副署長は、あのとき、医師らしき男から手渡された小さな丸い物体をつまみ出した。  「パチンコの玉みたいですね。」  第二王女が言った。  「あんた、パチンコに行った事があるのか。高校生は禁止だろう。」  「自宅の中、というか、来客用の建物の中にあるのです。ゲームルームが。本物のパチンコもありますのよ。もっとも景品と交換したりはしませんけれど。」  「はあ?なんだそれ。」    「まあ、わたくしたちのファンを名乗るのでしたら、そんなの常識でしょう。」  第二王女は、その小さな玉を受け取った。そうして困惑した表情になった。  「副署長さん、気がつきませんでした?」  「何を?」  「これ、変でしょう。」  「そうか?おれは、つまんだだけだし。」  「ああ、なるほど。でもこうして手のひらに乗せると、ほら、斜めにしても転がらないでしょう。」 「うん。確かに動かない。」  第二王女は、その球を壁に押し当てた。そうして、手を離した。  「あら、不思議。くっついちゃった。」  「ええ?なんだこれは。」   副署長は、指でつまんでひっぱった。すぐに玉は壁から離れた。  「変だなあ。磁石じゃあるまいし。」  「おかしいですね。魔法みたい。これの中に、あなたの健診結果が入っていると?」  「らしいね。夢じゃなかったってことかな。どこかのアニメみたいだ。」  「そうですね。これ、お借りしてはだめですか。うちの研究所で調べたいのですが。」  「だめ。警察が先。」    「ああ、残念。でもまあ、それは、仕方ありませんね。ところで、今回も、池 の中を捜索したのですか?」  「もちろん。」  班長が答えた。  「でも、やはり何もなかった。」  「本当に、ですか。」  「ああ、本当にね。」  「わかりました。では、もう一度、池の中を探しましょう。」  「もう、警察が行ったのですよ。無駄でしょう。」  「そうですか? いいえ、分かりませんよ。私も参りますので、あすもう一度調べましょう。」  班長が言った。   「すぐには無理です。予定が・・・・」  「あの池は、もともと松村家の所有地にあると、おっしゃったでしょう? 人員や機材はこちらで用意いたします。池の水を全部を抜いてでも、見つけ出します。」  「何を?何が出ると思う?」  副署長が意地悪く聞いた。  「あなたは、少し意地悪ですね。分かりませんが、何かを、です。いま、ヒントはここしかありませんから。」  それから第二王女は付け加えた。  「確かに、姉には謎が多いのです。双子とはいえ、姉には私には到底及ばない、強大な権限があり、王国の謎の多くを独占的に知っていました。これはまあ、言ってみれば生まれながらに決められていたことです。中身を知ろうとは思いません。姉を見つけ出したいだけです。」  第二王女は、微笑みながら会釈をして、部屋から出て行った。  次の日の朝、幸子さんは、また困惑していた。  「今日も、朝礼なし。女王様またサボってる。でもまあ、続けてというのは珍しい。まあ、わたしは楽でいいけど。  あら、何か来ましたね。昼間は休憩ですよ。何かしら、バスみたい。なんでここにバスが来るの。中を見てみましょう。あら・・・、見えない。まあ、声も聞こえない。何これ? 神様を拒否しますの? 車体に何か書いてますね。うーん、横文字は苦手です。『マツム・・・マツムラ、こ? マツムラコ?』あらま。もしかしてこれって、女王様のご実家のお名前では。むむ。嫌な予感、。」  大型バスくいらいある大きな車が、山道を占領して昇ってくるのだった。  窓は、いくつかあるが、中からカーテンか何かで閉められているのでまったく内部は分からない。  車体の上部には、アンテナのようなものがいくつか並んでいる。パラボラアンテナも見える。 「まあまあ、テレビ中継でもしてくれるのかしら。あ、止まった。」  崖っぷちで止まった後、暫くの間、まったく動きはなかった。  十分位たって、バスの前側にある自動ドアが開いた。まず男が二人降りてきた。そうして、スタイル抜群の女の子が降りてきた。  「まあ、女王様! まさか。いえいえこれは違います。そうよ、これは、わあ大変な人が来た。まずい、まずい。なんで? これは一大事。女王様に至急連絡しなきゃ。SoS。ウナデン。『女王様、緊急ですよ。すぐご連絡ください。貴方のご姉妹らしき方が突如参上。幸子。』と。どうしよう。落ち着け、落ち着け。まずは様子を見ましょう。単なる気休め観光よね。ちょっと、寄ってみました。ここで一休み、と。いう感じ。うんうん。」  バスからは、しかし次々にブルーの制服を身につけた人たちが降りてきた。  バスの上にも、人が数人現われて、何かの機械を用意しているらしい。  「これは、観光にしては雰囲気違いますねえ。女王様からのご返事無し。あらあ、あの人。わあ、もっとたいへん。どうしよう、どうしよう。」  バスからは、副署長が降りてきた。 「ここに来るのは初めてです。綺麗なところですね。」  第二王女が、周りを見回しながら、副署長に言った。  「そうさ。でも、あんたの家が昔から持っているんだ。大昔から。」  「昨夜、実家に確認しました。少なくとも江戸時代後半には、松村家の所有だった事は間違いありません。」  「管理組合の理事長は、あんたの兄妹だろう。」  「姉です。一番上の。」  「あの、謎の美女だな。危険な女と言われる。」  「まあ、そうです。」  「写真さえ公表されていない。」  「それが普通でしょう?」  「まさか、一般の家庭とは訳が違うだろう。写真の一枚くらいあって当然だ。なのに、まったく無い。あるのは小学生の頃の物だけだ。あとはどんなに、どこに頼んでも出てこない。おまけに本人は、高校生以来、人前に出た事さえない。中学校の卒業写真もない。学校にもなかった。おかしいだろう。噂では、なんでも表に出ると、周りの人間、特に男がみな狂ってしまうから、と、言われたりもする。ありえない事だが、実際そうした事実もいくつか記録されている。警察でも・・・」  「姉の主義ですから。今日は、でもそれは関係のない事です。」  第二王女はきっぱりと言った。   「マツムラ・コーポレーションの湖底探査チームが、池の中を調べます。見ていてください。」  「はいはい、実力拝見といきましょう。」  二人はバスの中に入った。  前方に客席がいくつかあったが、その向こうはドアで仕切られていた。 「どうぞ。お入りください。」   第二女王がコードを入力すると、ドアが開いた。  その奥は、ここがバスの中か?というように訳の分からない機器が並んでいて、担当者が操作している。  「じゃいきます。」  サンングラスの男が言った。  第二王女がうなずく。  まずバスの屋根から、ドローンの様なものが飛び上がった。  さらに、小型の水中探査機が池の中に潜って行った。  「上と中から調べます。どんな小さい物でも、自然のものではない人工物を探して確認します。」  「ほう?」  車内の装置には、実際の映像や、グラフ化されたデータなど、次々に表示されてゆく。  「綺麗な水中ですね。ちょっと綺麗すぎますよね。」  「それはもう良く分かっている事だ。不思議だがね。どこからか、新しい水が入って来るのかとも思ったが、そういう場所は確認していない。」  「貴方がおっしゃる、廃棄物なんかまったくありませんね。何故ですか?」  「それは、さっぱりわからないんだ。」  「わからないまま、ほっておいたのですか?」  「じゃ、どうするんだ。」  「調べましょう。よく。」  「はいはい。」  すると、サングラスの男が言った。    「魚がいますね。ギンブナでしょう。けっこういますね。ということは食べ物もいるという事ですね。」  「肝心なもの探して。」  第二王女が言った。  「ええ、勿論。ざっと見渡したところ、大きな人工物はないですね。警察の探査機が検知したようなものは。」  「ゴミもない、他の人工物もない? とても小さなものかも。」  「ええ、あ、ほら、ここ。何かありますよ。これ、自然のものではないですねえ。しかし、砂の中に埋まってますが。これは、かなり小さいなあ。」  「見える?」  「ええ、この機械なら多分大丈夫。世界でこれだけですからね。でもこの素材は何だろう。金属ではないですねえ。ちょっと乱暴ですが、砂をどけましょうか。」  水中の探査機が何かを噴き出している。  「強い水流を噴射しています。ほらこれ、動かないでしょう。まったく。」    「何でしょう。」  「縦0.5ミリ、横1.5センチというところですか。拡大しますよ。」  現れたのは、あの宮殿の形だった。  不思議が池の底では、幸子さんがひやひやしながら、この捜索の様子を伺っていた。  「わあ、大嵐だあ。大変。何をするの。もう。でもびくともしませんけれど。あら、それってかえって拙いかなあ。女王様、まったく連絡とれない。どうしよう。次元隔離とかは、女王様でないと出来ないし。見つかるかもしれない。この間は女王様のご指示でカギを開けておいたけど。今回はがっちり閉めました。外からは入れませんよう。だ。」  しかし、幸子さんは気が気ではなかった。  「心細いなあ。神様としては少し心外ですが、相手が女王様の妹さんとなると、何やらかすかわからない。じゃじゃ馬の妹は、やっぱりじゃじゃ馬よねえ。」  その時、メールが入った。  「やったあ、来た! と思ったけど。何これ」    『ヘレナさんの肉体は、五千年後に殺害された。現在、蘇生療法中なれど難航。精神本体は、次元の隙間に挟まって行方不明。加害者は不明。アニーより』  「なによこれ。未来と過去と現在がごっちゃですわ。ええー! 女王様が殺された? 五千年後に? それはでも、いくらなんでも変。 殺されたのが五千年後なら、それまでは生きているんだから、五千年前の今は生きているのでしょう? ううん。だめ、理解不能!。」  幸子さんは、ひっくり返った。    「見つけましたね。簡単でした。」  サングラスの男が言った。   「確かに、この前見た建物と同じ形だ。ほら、このドアを開けたんだ。」  副署長が拡大された画面を見ながら言った。  「どうやって、この砂粒より小さい取っ手を引いたのですか?」   第二王女が尋ねた。  「この間は、もうちょっと大きかったんだ。しかし、こんな中に実際、誰が入れると思う?」  「スケールの問題ですね。でも貴方が見た建物だって、これよりは大きいけれど、やはりミニチュアサイズだった、のでしょう。しかも中に吸い込まれた、と。」  「まあ、その通り。でも神様なら、きっと出来るのさ。」   「ありえません。と、言いたいのですが、しかし、現実にありましたね。」   第二王女が、やや困惑気味に言った。  「わたくしは、神に仕える身でもありますから。しかし、さて、どうしましょう。」  彼女はちょっと考えた。それから言った。  「まあ、今は引き上げましょう。で、夜中に出直しましょう。」  「また、夜中か。俺はもう懲りたぞ。」  「いえ、付き合っていただきます。必ず。」  「なんで、俺があんたの指示に従わなきゃならないんだ?」  その時、副署長の携帯が鳴った。  「ちょっと失礼。はいはい。これは署長殿。お珍しい。は、何ですか?・・・・・・・あの?・・え?それ何です?・・・・・・・あ、切りやがった。」  副署長は唸った。  「良い事ですか?」  第二王女が彼の顔を覗き込んだ。  「あんたの指示に従え。だと。」  「まあ、それは素晴らしい。」  「あんたが、手をまわしたのか?」  「何処にもまわしてませんわ。お願いしてみただけですの。」  「それが通るのか?」  「みたいですね。ほほほほほほ。」  こういうあたりは、あの姉とそっくりだと、副所長は思った。  「信じられん。まったく。」 「でも、副署長様、姉を助けたいのです。どうか手伝ってください。」  この顔で手を合わせて頼まれると、さすがに嫌とは言いにくい。  「けれど、気の毒だが、あの時点ですでに息はなかったんだ。」  「お言葉ですが、それは五千年後の事でしょう?」  「それは、あの女、いや君の姉さんが言ったことだ。そんなことがあるとは思えないだろう。」  「じゃあ、姉の死だけが事実で、後は嘘だと?」  「ううん。そう言われると、反論しにくいなあ。まあ、分かったよ。サラリーマンの苦悩は耐えがたいものだからな。じゃ、今夜どうする。」  「私が、車を用意いたします。お迎えに上がりますわ。夜中の11時に。」  「高校生の活動時間じゃないだろう?」  「音楽家にとっては、せいぜい昼前です。」   副署長は、いっそう怪訝な顔をした。  「あらら、帰っていくわね。何企んでるのかしら。見つかったかもしれませんね。と、なると、何か来ますね。何が来るかしら。相手が松村さんだと、ロボットとか、ナノボットだとか。副署長さんも来てくれるかなあ。お饅頭買っとかないとね。あら、何考えてるの? それにしても、女王様、どうなっちゃったの。いなくなったら、どうしたらいいのかなあ。 他の皆とも相談しなくっちゃいけないか・・・・・、でもまずお饅頭からね。今夜は満月だし。」  幸子さんは、これでもかなり悩んでいたのだった。                                 『不思議が池』には、やはり夜中が一番相応しい。  それも、満月の夜が最高だ。  「おいおい、何処に行くつもりだ?」  副署長は夜の町を見ながら、運転手に尋ねた。  「不思議が池』でございますよ。」   運転手はあっさり答えた。   第二王女が説明した。  「今夜は、特別ルートで参りましょう。実はこの町の中に、池の反対側から、『不思議が森』の中を昇ってゆく道があるのです。もっとも、普段は厳重に入口が閉じられていますから、一般の人は中に入れません。『不思議が池管理組合』が、池の管理の為に使う特別なルートなのです。今日はカギを預かって参りました。この車も、管理組合の自動車です。さあ、もうすぐ入口です。入口も森の端っこに隠されているので目立ちません。道があること自体、担当者以外は、ほとんど誰も知りません。地図にも載っていません。まあ、私有地の強みです。池の周りから、入り込むルートもありません。池を渡れば話は別ですが、でも結局ここを乗り越えては出られないでしょう。」  「警察が知らないと言うのは、問題だろう。」  「まあ、私有地ですから。そういうこともあるのです。ところで、もう一台、普通のルートを通って、車が池に向かっております。言ってみれば『おとり』です。池に、『あるのもの』を投げ込みます。池の女神さまが出てきてくれればいいのですが。で、あなたがこの前やったように、池に潜りましょう。」   「もぐる、だって。誰が?」  「当然、あなたと私がです。」  「あんたが? まさか。王女さまの仕事じゃないだろ。」  「ちゃんと潜水服も用意いたしております。それも、マツムラ・コーポレーション特製の最新型です。ちょっとした、ロボットになった気分になれますよ。初めてでも、潜水のできる方ならOKです。」  「あんたは?」  「王女を馬鹿にするものではありません。水中でも無人島でもジャングルでも砂漠でも、どこででも、生きられるように訓練されてきております。屈強の男が十人がかりでも、私を素手で捕獲するのは容易ではありませんよ。さあ、入口です。」   運転をしていた男性が、ささっと車から降りて、頑丈なフェンスの一部を開いた。それから自動車が中に入ると、内側からまたフェンスを閉めた。 「まあ、旧式ですけど、案外この方がよかったりもします。吉田さんゆっくりね。」  「分かりました、お嬢様。」  丁度その頃、『不思議が池』に上る、通常ルートを走って来る一台の車があった。  とても良い自動車だが、高級車という訳ではない。一般人も多く乗っている車種だ。  幸子さんは、当然気が付いていた。  「まあ、珍しい。二台同時に両方から来るなんて。こっちはおなじみの管理組合の自動車。一般の人は乗れない車。三人乗ってるけど、みんなヘルメットかぶってる。これもいつもと同じ。何かあったのかな。まあ、でも問題はもう一台かな。これはお客さんよね。若い男一人、さらに若い女一人。これは久しぶりに心中パターンかしら。ううん。あやしい。おまけに無言。女王様の事も気にはなるけれど、お客様のお相手をきちんとするのは、池の女神のお勤めよね。あ、例のところに止まったわ。よし、準備、準備っと。」  車の中からは、その男と、女が降りてきた。女の手には、何やら丁寧に風呂敷らしきものに包んだ四角い物体が載っている。 「あれ、何かしら。え、何これ。綺麗な木の箱。中身は、なんとこれは「お気楽饅頭」ではありませんか。ええ、確かに注文はしたけど、届くのは明後日って言われたのに。それに方法が違う。むむむ、さすがに怪しい。とは言え、中身そのものは明らかにお饅頭です。全然普通。箱も別におかしくない。」  車から降りた女は、白い、まるで神社の『巫女』のような装束をしていた。  「池の女神さま。今日は満月。『不思議が池』の伝統にのっとり、捧げものをいたします。私は、かつてこの池の信者だったものの子孫です。遠くから尋ねてまいりました。女神さまは『お気楽饅頭』がお好きと、知人から聞きました。ここに、舞いを合わせて奉納いたします。」  その女は、何とも優雅な舞を舞い始めた。 「まあ、綺麗な舞いねえ。そう、昔は、こうやって多くの人が御祈りに来ていたっけ。」  女は舞いを続けながら、お饅頭の箱を池に投げ込んだ。  すると池の中から閃光が煌めいて、女神様が現れた。  「あなたが、投げ込んだのは、このお饅頭の入った箱ですか? それとも、金の斧ですか?」  女神様は、いつもの言葉をかけた。  女はひれ伏していった。その横で男も同じように地面に伏している。    「はい、女神さま、お饅頭でございます。・・・・・」   第二王女と、副署長は、池の反対側からこの様子を伺っていた。  「ほら、行きます。」    第二王女はそう言うと、池に静かに潜っていった。  副署長もそれに従った。  「どうですか、ちゃんとお話しできるでしょう。」  「凄い潜水服だな。目の前に何やらいっぱい表示が出てるぞ。」  「わたくしが、設計いたしましたの。すぐ慣れますわ。さあ、貴方が見たのも、あの光ですね。」  「ああ、まったく同じだ。」  「あの底にお城があるのですね。」  「そのはずだ。」  「まあ、なんという珍しい人たち。では、お二人には、この金の斧を差し上げましょうほどに。」  女神様=幸子さんが、重々しく言った。  「ありがとうございます。これで先祖に供える事ができます。」  「うん、うん。よいことです。」  女神様=幸子さんは、最高にご機嫌だった。  「では、さらばじゃ。元気で暮らしなさい。里に帰ったら、他の者にもそう伝えるがよいぞ。」  そう言うと、単純な幸子さんは、池の底に戻っていった。  その頃、もう一台、別の自動車が池に向かっていたのだが、幸子さんは気が付いていなかった。  「やったあ。お饅頭ゲット。女王様には何か悪いなあ。」  「ほら、神様が戻ってゆくわ。光が弱くなった。」  「どうするんだ。」  「あのお饅頭、曲者なのです。」  「は?」    「見た目は普通の『お気楽饅頭』ですけどね、特別製なの。人体にはまったく害のない程度の弱い放射線を出す成分がお饅頭三個に入っているの。さあ、追いかけますわ。ゆっくりね。」  「なんでそんな事ができるんだ。」  「『お気楽饅頭』の現在の経営母体は『松村製菓』。松村家の親戚ですもの。江戸時代からの。ご存じなかったの?」    「やれやれ。出来すぎだ。」  「ついでに、あの箱は通信機の役割を果たします。ほら女神さまが池の底に帰って行きました。」  「やっぱり、建物は見えないな。」  「でも、ほら目の上の、赤いマーカーが点滅しているでしょう。」  「ああ。」  「そこが、女神さんの居所です。」  幸子さんは、お饅頭の箱を持って家に帰った。  「まあ、理屈は分かりませんが、便利な建物ですねえ。さて、お仕事は無事済みました。女王様からの連絡は・・・・・ありません。こういう場合は、お饅頭を食べて、考えましょう。」  幸子さんは、風呂敷包みをほどいた。中にはがっちりした木の箱があった。それを開けると、『お気楽饅頭』の綺麗な箱が入っていた。  「うわあ。これ一番高いのじゃない。すごおい。では、いただきます。」    地上では、お饅頭を届け終わった男女が車に戻ったところだった。 「王女様に連絡します。」  女の方が言った。  「了解。」    もう一人の男が答えた。  「王女様、こちら奉納担当。業務無事終了しました。これから帰還します。あ、何か車が来ます。ちょっと様子を見ます。」  「今の連絡は?」    副署長が尋ねた。  「うちの社員。でも何の車かしら。ちょっと踏み込むの待って下さい。気になるから。」  後ろから池にやって来た自動車は、お饅頭奉納担当の自動車の少し後方で止まった。  そうして、窓がするすると開き、そこから銃口がのぞいた。  と思う間もなく、激しい銃声が響き、前の車の車体に火花が散った。  男女二人はとっさに車の中で身を伏せた。しかし、銃弾は車の中には、入ってこないようだった。  「王女様、攻撃されました。動けません。でも車中に被害はないようです。」  女の方が報告してきた。  「その車、特別製の防弾車両だから、そう簡単には壊れないわ。落ち着いてね。いい、衛星から後ろの車を攻撃させます。」  「おいおい、何、言ってるんだ。」   副署長が慌てたように言った。    「大丈夫です。貴方は静かにしていてください。」   第二王女は命令口調で言った。それから、どこかに向かって指示を出した。 「第二王女からの緊急指令です。『不思議が池』の本社公用車の後ろの車両を攻撃しなさい。中の人は殺さないで、行動不能程度に。それからすぐ救援隊A班派遣して。」  「本部了解」  という声が聞こえた。  池の中では、幸子さんも異変に気が付いていた。  「何、何、あの車、後ろから撃たれてるみたい。うわあ、すごい。こんなの始めて見た。ここは女神さまの出番かしら。お饅頭のお礼しなくちゃ駄目かしら。」  と、思いながらも、じっと様子を見ていた幸子さんだった。  すると突然、なんだかよく判らないが、後ろの車全体が雷に打たれたように光った。  銃声がやんだ。  あたりは、急に静まり返った。  「攻撃止みました。」  女性社員は報告してきた。  「オーケー。いい、助けが来るまで動かないで。ヘリに行かせるから。」  「誰に言ってる。訳がわからないぞ。これは主権の侵害じゃないか。ここは日本だ。あんたの王国じゃない。あれもあんたが作ったのか?」  第二王女が副署長に答えた。  「わたくし、細々としたものを作るのがお仕事なの。大きいのや、危ない物はお姉さまの専門ですわ。それに、今の事には、むしろ感謝していただくべきですわ。相手は無差別に日本の市民を攻撃しておりました。相手が何ものかは、ちょっと私には、分かりかねますわ。それを調べるのは、警察のお仕事でしょう? でも、あそこで警察をお呼びしていては、間に合わなかったでしょう。これで、もう、安心ですわ。もう地上の方は大丈夫でしょう。では、こちらの仕事を進めましょう。さっそく池の女神様に通信いたします。」  「いや、そうじゃなくて。いやもういい、俺は本署に連絡する。」  「後からにしてください。私の指示に従うように、言われているのでしょう?」  「くそ!」  「まあ、良くないお言葉ですね。」  そこで、副所長は、思っていたことを口にした。  「あんた、姉以上に、キツイんじゃないのか。本当は?」  第二王女はそれには、わざと答えなかった。  「池の女神さま。私は、タルレジャ王国第二王女、ルイーザです。いま、すぐそこの、外におりますの。私たち二人を中に入れなさい。でなきゃ、池のお水、全部抜いてしまいますよ。うそじゃないわよ。知ってるでしょう。ちゃんと出来るようになってるのよ。やってみましょうか?」  幸子さん=女神様は慌てた。  「うわ、お饅頭の箱がしゃべった。」  女神様は、手に持っていたお饅頭を、とっさに呑み込んでしまったが、あまりに慌てたので、うっかり、そのお饅頭を、お腹の中で、どこか訳のわからない、異次元に飛ばしてしまった。  「うわあ、何時の間に。気がつかなかった。さすがじゃじゃ馬女王様の妹。お水抜かれたら万事休す。池のお水があるから、私、神様でいられるの。まいったなあ。女王様に叱られるかなあ。」  「女神さま。お願いだから入れてください。ヘレナ様を見つけたいの。入れてくださいな。お願い。」  「ううん、確かに双子の妹。女王様を見つける手立てを考えてくれるかもしれない。ここは緊急事態ということで、入れましょうか。お饅頭もあることですし。」  不思議な事に、そこにドアが現れて、すっと開いた。  「これは、ますます訳が分からない。」  副署長がうなった。  「まあ、入りましょう。副署長さま。どうやらご招待してくださるみたいです。」  「脅迫だったような気もするが。」  二人はドアをくぐった。  すると、落ち着いた雰囲気のエントランスのような部屋に入った。池の水はまったく入ってこない。  「その、おかしな服は脱いで大丈夫です。どうぞ、そこの入口からお入りなさい。」  幸子さんの声がした。  二人は潜水服を脱いだ。  第二王女の、下着だけの姿に、副署長は慌てた。  悲鳴が飛んで来そうな気がしたが、王女はまったく平気だった。  「あら失礼。良い男の方が、それでは台無しですよ。ちょっと待って。」  何処に持っていたのか、第二王女は、赤いワンピースを着こんだ。    「これでよろしいですか?」    「ああ、良いと思う。」  「ふふ、副署長さんて、かわいい。」  「ばか、大人をからかうものではない。」  「まあ、わたくし、もう王国では成人直前です。結婚もできる年齢ですよ。大人の女ですわ。」  「余計、悪い。」    「それは、どうも。じゃ行ってみましょう。」    一方、第二王女と副署長の姿を見た幸子さんは、動揺を隠せなかった。 「まあ、本当に、女王様そのもの。なんというか、間近で見たのは始めてね。あ、それに、なんと、なんと、あの方が来てしまったわ。うわあどうしよう。お化粧もしてない。こんな格好では嫌われる。大変。」  「こんにちは、いえ、今晩はですね。池の女神様。私、タルレジャ王国第一王女ヘレナの妹、ルイーザです。こちらは警察署の副署長さま。突然おじゃましまして、御免なさい。」  「あ、あ、あの、この池の管理をしております、女神の、幸子です。本当は、鬼神なのですが。女王様には、いつもお世話になっております。あの、女王様と、王女様と言うのは、何と申しますか、つまり・・・・。」  幸子さんは、しどろもどろになっていた。  けれど、第二王女は、こういう場面には慣れているのか、まったく平静だった。 「私、詳しい事は、存じておりませんの。姉は、なぜ、女王様なのか? あなたと、どういうご関係なのか? あなたは、何なのか? ここは、何処なのか? でも、今、大切な事は、姉の居場所、その安否なのです。あなたが、本当に神様ならば、きっとご存じではありませんか?」  「おれは、ここの入口から、五千年後の架空の世界、というおかしな所に飛ばされた。そこで、タルレジャ王国の第一王女に会った。ちょっとだけ老けてたが、でも、この子と、いや失礼。この王女様と、同じ顔をした女だ。そこで、その女が殺されるのを見た。この手で、死んだのを確認した。が、すぐにこの池に戻って来ていた。あんたの事は、この前の事件でも目撃している。知ってる事を、全部、話してもらいたい。」  幸子さんは、お饅頭の箱を、そっと前側に移動させた。  「あの、どうぞ、お座りください。『お気楽饅頭』を、どうぞ。おいしいですよ。今日、仕入れたばかりなので。」   第二王女は、にっこりと微笑んで言った。  「どうも、ありがとうございます。女神さま。副署長様、いただきましょう。」  「放射性物質入りの饅頭をか。」  副署長は小声でつぶやいた。  「三個だけです。それに当たっても害はありません。・・・・・『まあ、この女神様は、とてつもなく純朴な、というか、かなり抜けてる 人、いえ神様なんだ。でも、ものすごく良い神様ね。生意気な人間たちには、学ばせてあげたいわね。』    第二王女は、そう思った。  二人は、幸子さんの前に座り込んだ。  「本物の神様の目の前に座れるなんて。凄い事ですわ。ねえ、副署長様。」  「まあ、な。」  幸子さんは、嬉しそうに答えた。  「そのように、女王様のお顔で言われると、照れてしまいます。」    しかし、第二王女は、あっさりと幸子さんに尋ねた。  「女神さまは、どうして神様なのですか?」  「わたし、卑弥呼様の時代に生まれましたの。」  「うああ、凄いですねえ。」   第二王女が、あえて、びっくりした。  「卑弥呼を知ってるのか?」  副署長も驚いたように尋ねた。  「いえいえ、全然関係ありません。わたし、この辺の小さな『くに』で生まれました。卑弥呼様の事は、噂では聞いておりました。山々の向こうの方に、恐ろしいほどの女神さまが治める『くに』がある、と。わたしは、この『くに』の長(おさ)様の一番下の下女でした。ある冬の寒い日、長様から、この池の水を汲んでくるように言われて、もう雪の降るなかを、はだしで、といっても、いつも、はだしでしたが、重い水桶を持って、道じゃない山道を上がって来ましたの。でも、やっと池まで来て、体の調子がおかしくなって、倒れてしまいましたの。で、死んだの。」  「死んだ、のですか。」  第二王女が言った。  「はい、死にました。たぶん。」  「まあ。可哀そうに。」  「でも、ふと気がつくと、ここにいました。」  「ここ?」  第二王女が、体を乗り出して言った。  「ここ、ですか。」  「そう、ここ。ほんとうにここ。まだ出来たての、ここ。もう、びっくり。何これ? これが噂の、天のくにかしら、と。」  「はあ・・・・・・。」  「で、ここには、女王様がいらっしゃいました。いまのお姿とは、違っていましたが、でもよく似てはいらっしゃいましたわ。わたし、外国の人、みたいな方、始めて見た。本当に神様だと思いました。」   「なるほど。・・・」  「で、女王様は、そのころ、こういう施設を世界中に作っていらっしゃったの。それで、おっしゃいました。『あなた、ここの神様になりませんか?』と。」  「へえ・・・。そんあことが、あるかい。」  こんどは副署長が感心した。幸子さんはますます嬉しそうになった。  「なんだかよく判らないけど、『はい』と言いました。『ただし、鬼になりますよ』と。でも『鬼』が何だかわからないし、たぶんそのころ『鬼』という考えは、この『くに』には、まだなかったの。」  「ふーむ。イミシンな。」  「それ、なんですか?」  第二王女が副署長に尋ねた。  「は? 分からないのか?」  「わたし、半分だけ日本人ですし。」  「良く言うよ、あんた確かにハーフだけれど、東京生まれの東京育ちなんだろう。あんた意外と意地悪なんだな。『意味が深いという事』。おわかりか?」  「ああ、それでイミシンですか、今の女子高生は、言いませんから。」  「ああそう。で、『鬼に』なったのか?」  「はい、なりました。自然に。で、物を落とした人に、どう対応するのか、女王様に教わりました。それから世の中は変わってゆきましたが、いつも女王様がいろいろ教えてくださいました。わたしは、学校とか行った事がないの。でも、その時代に必要な事を、女王様は要領よく教えて下さるの。女王様は、お姿が時代とともに変わってゆかれましたが、中身はいつも同じでした。」  「体だけ変わったという事ですか?」  第二王女が言った。  「はい。そうです。理屈は知りません。聞いても、わかりません。」  「それは多分、今でも、誰にも分からないでしょうねえ。ふうん。お姉さまが、中身だけ入れ替わるんですか・・・・。それは、かなりショックです。わたくし。化け物と副署長様に、言われても仕方ないのかもしれませんね。わたくしは、本当に妖怪か化け物の妹なのですか・・・。」  「さっぱり分からん。ありえないことだ。おいしっかりしろ。あんた相当気が強そうだったじゃないか。これはもう、童話の世界としか言いようがないが、きっと説明はつくはずだ。」  「そうですね。きっと説明してみせますわ。」  第二王女は、少し元気がなくなって言った。  「そうそう、この、斧のアイデアは、遠い外国で出会ったのだと。女王様、 おっしゃっていました。」  幸子さんは、昔を思い出すように、遠くを見つめながら言った。  「斧、はどこから手に入れるのですか?」  第二王女が、気を取り直して尋ねた。  「電話で、決められた業社さんに注文するのです。」  「電話って、今はそうでしょうけれど、昔は?」  「昔も今も同じです。ずっと同じ電話機です。今は、皆そう言うから、『スマホ』って呼んでますけど。機械自体は昔から同じです。壊れないし。充電だけすればいいの。電池は時々、女王様が交換してくださいます。五十年に一度くらい。ほんと丈夫なの。びっくりです。」  「はあ・・・・・・・。」  副署長はさらに尋ねた。呆れながらも、さすがに興味は尽きないようだった。  「ここは、恐ろしいところだ、と伝えられてきているはずだ。ほとんど、人なんか来なかったろう。」  「まあ、そこが人間の面白いところなのです。女王様は、そういうところも、ちゃんと計算されてたみたいです。『怖いところだ』『鬼が住む』とか言われると、人は、かえって行ってみたくなるものです。大昔は、本当に、純粋に信仰の対象でした。修行の為に、泊まり込むお坊様もいらっしゃいました。親や子が病気だからと、お百度参りする方も。そういう事が盛んになると、けっこうゴミもでますしね。でも文化が進んで、庶民の生活にも多少の余裕が出来ると、ここは、一種の日帰り旅行ルートになりました。江戸時代も中ごろからは、出店も出るようになったりして、けっこう、良い季節の頃は、にぎやかでした。夏のお祭りがあったり、あの崖の上に、お社が建てられていた頃もありました。だから、あそこは広いの。それに、夜になると、この池に、わが身を憐れんだ挙句に来る方も出てきましたし。」  「身投げか?」 「はい、おひとりだったり、男女一緒だったり。世の中が難しくなると、どうしても社会に溶け込めない方はいらっしゃるものですし。」  「そういうのは、どうするんだ。斧はあげられないだろう。」  「まあ、ケス・バイ・ケスです。違ったかしら。」  「いえいえ、ちゃんと分かりますよ。女神様。」  「わあ、よかったあ。なので、まあ、お話の様子によって、生かしてあげたり、もうこれはこの世ではだめかな、と思ったら、食べて差し上げたり。」  「やっぱり、食べていたんだ。」  「まあ、たしかに。でも、わたしのお腹の中は、いくつかの道、すなわち、『コース』そう、『コース』に分かれております。」  「は?」  「女王様が、そうなさったの。ひとつは、『仮の地獄』に通じています。永遠ではないけれど、それなりの『地獄』です。これは、悪い奴だなあと思ったり、少しこらしめたら、可能性がありそうな方を行かせます。もうひとつは、全然別の世界。何処に行くかは、運次第ですが、他の世界で楽しく生きた方が、幸せそうな方、可哀そうな恋人たちや、上役や姑や夫にいじめられたりして、世間では、もう、どうにもならなくなった人とか、が多いです。もう一つは、普通のお腹。お腹が特にすいていたりして、とか、わたしのご機嫌が、最悪だったりして、とか、まあとてもタイミングの、そう『タイミング』の良くなかった方とか、がいます。消化されちゃうの。」  「はあ・・・あんたわかるか?」   副署長は、第二王女に尋ねた。  「まったく理解不能では、ありません。確かに、この宇宙以外の宇宙が存在している可能性は、あります。ただ、そこに人間が、自由に移動できるとは、今のところ考えられていません。そんな方法、私にも今は分かりません。」   「おれには、おとぎ話以外考えられないがね。」  二人は顔を見合わせた。それから、第二王女は女神に尋ねた。  「あの、女神さま・・・・・。」    「幸子さん、でいいです。そのほうが、親しみが湧きますでしょう。もっとお饅頭どうですか?」  「あの、ありがとう。では、幸子さん。」    「はい?」  「姉は、つまり、女王様は、何処に行ったのですか?」  「それは、つまり、今の事ですか?」  幸子さんが、お饅頭をほおばりながら言った。  「ええ、そうです。今の事です。」   第二王女と幸子さんは、お饅頭を頬張りながら言った。  副署長は、一個で遠慮したようだった。  幸子さんは、少し考えて、言った。    「わかりません。」  副署長と、第二王女は、もう一度お互いを見て、それから副署長が尋ねた。  「しかし、あの時、おれは、ここから『タイタン』に飛ばされた。ここの、ドアを開けてね。知らないはずがない。」  「すべて、女王様のご指示通りに、いたしました。それ以上は、何もわかりません。女王様が『死んだ』とアニーが知らせてきました。『蘇生療法中』とか、よくわかりませんが。でも中身は、次元の隙間に入り込んで行方不明とか。何のことやら。」  「アニー、って誰ですか?」   第2王が尋ねた。  「会った事はありません。声だけ聞こえました。あとは、メールが来ました。女王様の護衛なのだそうです。」  「護衛、ですか。わたくしの、知らない方ですねえ。」    第二王女は、低くつぶやいた。  その時だった。第二王女がふと立ち上がった。  それから、目を閉じて、すこし固まったようだった。  それから、彼女は、すぐに目を開けて、すっと微笑んだ。  が、何か様子が違う。  「どうなさいましたか? 第二王女様。」  すると、第二王女は、こう答えた。  「幸子さん。分かりませんか。わたくしが。」  「え?」  「聞いているのですよ。幸子さん。答えなさい、幸子さん。わたくしが、分からないのですか?」  幸子さんはびっくりして、しかし、言った。  「え、その調子は、まさか、女王様・・・ですか。」  「その通りです。私は、女王ヘレナです。今は、もうルイーザではありません。」  「ええー!!」  「副署長様、お久しぶりですね。五千年ぶり、ですか。少し変ですが。しかし・・・・。」  「しかし?」  副署長は、茫然と繰り返して言った。  「わたくしにとっては、二億年以上経過してしまいましたけれど。」  「二億年? ばかな。いい加減にしろ。まったく姉妹そろって、大嘘ばかり言っている。何のつもりだ。大人をからかうのもいい加減にしなさい。」  「そうですね。あなたには信じがたいでしょう。お固い刑事さんですし。確かに今までは、この体は、ルイーザだったのです。でも、今、帰って来ましたの。わたし、本当にヘレナなのですよ。妹の体は、今はわたくしが、すべて支配しています。」  「確かに、その雰囲気は、女王様。間違いありません。妹さんとは、まったく違います。なんというか『気』というか、『オーラ』というか。」  実際、副署長も、それは感じていた。相手を威圧する強力な何かが、さっきまでと全く違う。  『芝居さ。上手なね。』   彼は、しかし、そう思った。そう努めた。言わなかったが・・・。  『女王』は、副署長を見つめながら言った。  「それ、あなたのご『本心』ですの? 迷っていらっしゃる。」  副署長は、内心なぜか震えあがっていた。表情にはまったく出さなかったが。  『何だろう、この恐怖心は、こんなもの、おれは感じたことがなかった。なんだこの、相手を心から怯えさせるものは・・・・・』  「そうですね、それが、わたくしの、力、なのでしょう。そんなに、わたくしが、怖い?」  「おまえ、おれの心・・・・・。」  「だから、申し上げたでしょう。あなたは、もうすぐ、わたくしの、忠実な僕になるのです、と。 あなたの感情を支配することは、簡単な事なのです。わたしに対する、恐怖心など、与えるのはね。実際、今すぐに、心から私にひれ伏させることなど、たやすいことです。」  「やっぱり、化け物だ。」  「ありがとう。実は、わたし、そう言われるの大好きなの。最高の褒め言葉ですわ。」  「なんで、じゃあ、お前がここにいる。いままで、何処にいた?」  「確かに、わたしは、あなたの目の前で殺されました。体は、ですけれど。わたくしの本体は、迂闊にも・・・・・本当に、始めてですわ、こんな失態は。本体は、次元の隙間にはまり込んでしまいました。勢いよくね。それで、元の、この空間に戻れなくなってしまった。アニーに連絡することも出来なくなりました。ちょっと考えてなかったです。人間に、こんなことが可能だとは。さすが、でしたね。」  「じゃあ、その、実際に女王様を殺した、いえ、殺そうとした、かな、という『さすが』の犯人は、誰なんですか?」  幸子さんが質問した。  「ほら、ここにいるじゃないの。」  「え?」  「ほら、ここ。」  女王は、自分の顔のあたりを、指差していた。  「ええー。じゃ、犯人は。」  「そう。この子よ。今はわたくしの双子の妹。ルイーザ様。ただし、今のこの子じゃなくて、多分、何百年後か、千年後かの、この子よ。おそらく、地球や火星や太陽系全体を、私の独裁から解放したかったのでしょうね。彼女は五千年後に私がタイタンに行くことが分かっていた。ここで聞いていたから。それが、わたくしを滅ぼす絶好のチャンスだと思った。次元のフィールドで守られている時は、逆にうまく行けば、次元の隙間に放り込めるかも、と考えた。女王に対して、滅多にそういう機会は、ないものね。でも、どうやってその現場に行くか、その行き方は、多分なかなか見つからずにいた。それと、どうやって次元の隙間に放り込むかも。その頃、彼女の肉体は、火星の技術で、不死になっていたけれのでしょうけれど、・・・だって幸子さんだってそうでしょう。これ自体はもうかなり古い技術なの。彼女は、かりにも女王の妹として生まれた、恵まれた子です。特別な待遇も受けていた。長い時間は、かかっても、ついに、どんぴしゃに行ける方法を見つけ出した。彼女は天才だもの。で、姉を殺し、しかもうまく次元の隙間に、その本体を放り込む事までも、見事に成功したの。それで私の本体は、もう永遠に、この地球には戻れないだろうと、踏んだわけよ。まあ、実際、良い方法だったの。ほぼ万能の、宇宙生体コンピューターのアニーでさえ、実際に見つけられなかったのだもの。結局、私は、抜け出すのに、二億年以上かかってしまった。普通だったら、元の世界に戻るなんて、本当に無理だったの。実はもう、諦めていました。でも、そこはまあ、偶然というのは恐ろしいわねえ。幸子さんが、放射性物質入りのお饅頭を、間違ってお腹の中から異次元に投げ込んだのでしょう。それがほんとに偶然、わたしのそばを飛んで行ったのよ。『お気楽饅頭』だと気がついたから、その経路を逆にたどったら、ここに帰っちゃった。わたし、タイタンで副署長さんに会った時より、二億歳以上、歳を取ったってわけよ。もっとも、わたしにとっては、一億年なんて、物の年数にも入らないのだけれどね。まあ、でもおかげで、わたしは、地球征服のやり方を、変える事にするわ。地球も、火星も、太陽系全体も、直接支配するのは、妹や『リリカ様』たちに任せることにする。そうすれば、幻像の未来は、すべてひっくり返るってわけね。やはり個人で直接、『独裁』なんてするべきじゃないってことよね。陰から、そっと操るのが一番なのよね。妹たちには、言い聞かせ直さなくっちゃ。まあ、実験してみてよかったわ。壮大な実験だったけど。で、副署長さんの未来は、少しだけ変わる。でも、まあ、そうは変わらないから、心配いらないわ。どの道、私の忠実な部下にはなるのだから。あなたにとっは、それで、幸福なのよ。そうそう、幸子さんがお望みならば、この方を差し上げますよ。最高の夫にも、僕(しもべ)にもなりますよ。」 「ええー。びっくり。もう、あり得ない。すごーい。」  幸子さんは飛び上がった。  「この化け物め。汚らわしい。おまえ、勘違いも甚だしい。『独裁』だって? 地球支配だって?冗談じゃない。まともじゃない。あきらかに、どうかしてる。」  「ありがとう。だから、わたし、そう言われるの、大好きだって、言ったでしょう。それって、もう最高の褒め言葉よって。 ふふふ、力のない、愚かな独裁者は、人々を苦しめ、挙句に国を、そうして世界を滅ぼすわ、でも、永遠の命を持った、最高に優れた独裁者が、完璧な管理をしたら、世界は本当に平和になるわ。勿論、自然には、つまり宇宙には、最終的に打ち勝つ事はできないとしてもね。何か反論できますの? 副署長さま。」  「あたりまえだ、人間は、苦労して、苦しみながら民主主義を勝ち取るんだ。与えられるんじゃない。努力するから意味がある。お互いに議論して決めるから価値がある。お互いの立場や、自由や、言論や、小さな弱い命を尊重するから、お互いが大切なんだ。時間はけっして戻らないから、やり直せないから、貴重なんだ。」  「でも、一向に平和は達成できないわね。お互いが自分たちの理想をぶつけ合っているだけで。このままなら、永遠に無理ね。どこかに間違いがあったのよ。考えてごらんなさい。よくね。時間はまだあるわ。といっても、妹たちがどこまで認めるかしらね。見ものですわね。そうだなあ、わたしはね、あなたには『考える』自由を認めてあげても、いいかな、とも、今、思っているわ。あなた意外と面白いし、僕扱いだけでは、ちょっと気の毒な、いえ、勿体ない様な感じがするわね。さてアニー、もういいわよ。よく頑張りました。ヘレナの体は復活出来たかしらね。」  「はい、ヘレナ、少し大変でしたが、何とかなりました。」  「よろしい、では、あるべき事を、あるべきところに返しましょう。」  「あの、女王様?」   「なあに、幸子さん。」  「わたしは、どうすれば・・・・。」  「あなたは、今まで通りでいいのよ。お饅頭を愛して、いつまでも、いつものあなたで、いてくださいね。人間や、わたくし達を、素直に見ていて下さればいいのよ。時々、落とし物をする、悲しい人たちを、ちょっとだけ助けてあげてくださいな。どんな社会でも、そこから、はみ出してしまったりして、少し悲しい思いをする人や、予想のつかない悲しい事故や自然の出来事は、どうしても起こるわ。それは本当につらいことです。そんな時、どうやったら人々を救えるのか、助け合えるのか、それはとてつもなく大切なことです。政治や社会の形態がどうであれ、ね。それにしても、幸子さん、今回あなたは、太陽系の未来を『救った』の。お饅頭でね。副署長様にしてみれば、『奪った』かな。」 「あ の、女王様、さっき、池の崖で、あの車を襲ったのは、いったい誰ですか?なんか、凄かったの。中の人たち、大丈夫だったのかしら。前も、後ろもだけれど。」  幸子さんは、それも気になっていたのだ。  「なに、それは、見てないから、わたしには分からないわ。・・・ああ、妹の記憶にありますね。そうね、おおかた、それは、火星の辺境地帯にいるテロリストね。『火星のリリカ様』や『ダレル将軍』が、間もなく地球侵攻を開始しようとするのに、抵抗している、哀れな、火星の『元民主派』の子孫たちよ。することがなくなって、地球で悪さをしたのでしょう。でも、彼らも含めて、車の中の人は、皆、きっと無事よ。」  「ちょっと待て、お前、それで全部済ますなんて、許さない。追及する。このままで終わらせちゃだめだ。あの地上の連中を拘束する。徹底的に事情を調べる。あんたの会社が何をしているのかも。」  「どうぞ、ご自由に。確かに今回は、凄い証拠、ですよね。まあこれまでも、調べてきたのでしょうけれど? あなたたちは、ほんの少数派なのに、よく頑張ってこられましたもの。でも、無理だとは、思いますよ。それに、別に、わたし、終わりにするつもりはありません。これは、始まりなのです。わたくしは、地球を支配する事が、最終目標なのではありません。わたしの目的は、探す事なのです。私の『永遠の故郷』をね。けっして、わたくしは、人類の敵ではないのですよ。そこは、間違わないでね。人間に、真の平和をもたらしたいだけなの。」  「この、悪魔め、鬼め、魔女め! いったいおまえの正体は何なんだ?」  「だから、ありがとう、と申し上げておりますのよ。さあ、みんな、あるべき時に、帰りましょう! 幸子さんもね。話しは、そこからですわ。」                    (第四話・・・・・おわり)        ****************   ここまで、お読みくださいまして、ありがとうございました。 8e3a90e6-7316-403e-b70d-f155eaab3a33             鞆の浦
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