『第6話』

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『第6話』

  『このお話も、ちょっとだけ、長いですよ~~~~お。ぶつ切りにしてお召し上がりくださいね~~。』(幸子さんより)                        何か、深くたちこめた霧の中の世界に、彼女は現れたのだった。  「よくいらっしゃいました。ようこそ、地獄に! 」  言われてふと見上げると、大きな小太りの鬼がいた。  「きゃああー。また、鬼、鬼・・・・・。」   彼女は叫んだ。  「し!し! 叫ばないでください。幸子さんから聞いてませんか?」  「え? あなたが、じゃあ迎えの方、ですか?」   鬼はうなずいた。  「ええ、そうですよ。本地獄の人事課長をいたしております。いいですか、ここは『地獄』の到着ロビーの一つです。幸いな事に、ここの管理はアナログですから、きちんとすれば上手くゆきます。あなたは、ここでは、犯罪者扱いです。ただし、軽度なので、生きたまま送られた、地獄の『トライアル試行入所』になります。」  「わたし、犯罪なんかしていません。」  「いいえ、あなたは、恋人を捨てて別の男と婚約したものの、罪の意識にさいなまれて、『不思議が池に』飛び込んだのです。これは、罪の予兆です。幸子さんは、それを見越してここに生きたまま送ってきたのです。したがって、貴方はここで、地獄の『お試し体験』をすることになります。いいですね。」  「そんな、それは聞いていません。理不尽です。』  「ははは、「大丈夫」ですよ。思いっきり楽しいアトラクションを用意しました。絶対地獄が気に入って、帰りたくなくなるような、また、もう一度来たくなるような、ね。」  「そんな無茶苦茶な。わたしは、彼を助けに来たのですよ。」      「わかっております。はい。敵を欺くには、まずは味方から、ですよ。ここはひとつ、僕に付き合って下さい。このやり方なら、怪しまれにくいのです。ぼくにとっても、これは冒険なんですから。いいですね。とは言え、あまり、のんびりしている時間はありませんからね。我々にも誤算だったのですが、どうも、あなたの彼は、異常に『鬼化』しやすい体質のようです。こんなに『鬼化』の早い人はめったにいないですね。すでに現世の記憶が消え始めています。このままだと、もうすぐ体の『鬼化』も始まりそうです。なので、あなたと彼のご対面は、明日の晩に無理やり設定しました。まあ、今日、明日は、地獄の特別アトラクションで気持ちをほぐして、明日の晩頑張って下さいよ。彼がまだ、貴方の事を覚えていればいいのですが。一番忘れたがっていましたからねえ。」  「まあ、そんな。」  「そりゃあ、そうでしょう。ものすごくショックだったんですよ。あっとじゃあ、こちらにどうぞ。このスタンプを腕に押しますよ。これで、あなたは立派な、地獄の亡者です。ただし、『試行中』となります。大丈夫、スタンプは現世に戻ったら自然に消えますから。」  鬼=人事課長は、彼女の右腕に大きなスタンプを、ドン、と押した。  「痛!。」  「はい、終わりました。これで、堂々と地獄に入れますよう。では、こちらにどうぞ。」  彼女の腕には、真っ赤な、何かわけのわからない模様が浮き上がっていた。  「ええ!、こんな刺青みたいなものいや!」  「彼を助けるためですよ。」  「ううん・・・・・。」  人事課長は、困惑気味の彼女を、到着ロビーから連れ出して、大きな声で呼ばわった。  「では、うほん・・・ものども、試行の亡者を連れ回すぞ、一等護送車、でませい!」  すると、人力車のような乗り物がやって来た。  引いているのは、鬼だったが、大きな車輪は人間の体で作られていた。  「うわあ!」  彼女は眼をそむけた。  「少し体に良くない光景もあるでしょうが、ここは我慢してください。」  二人は、『鬼力車』の座席に乗り込んだ。  「では、これから、地獄の責め場に行きます。 よし出発!」   鬼は、勢いよく車を引いて行った。   ものすごい加速力だ。  「さすが、地獄の鬼でしょう。」  人事課長が、誇らしげに言った。  「あなたも、鬼でしょう?」       「いやあ、まあ、そうですなあ。あははは。」  人事課長は、何かとても楽しそうだった。  『鬼力車』は、風景のさっぱり分からない、両側が迷路の壁のような道を、どたばたと走り抜けて行ったが、やがて地獄の責め場に到着した。  「彼は、ここに居るのですか?」  「いいえ、あの方は、ここではなくて『無限寮』、まあつまり宿泊所にいらっしゃいます。今は昼食時間で、お食事中でしょう。あなたには、特別にお弁当を用意いたしております。こちらにどうぞ。」  人事課長は、彼女を休憩所のような建物に連れて行った。  「うわ!」  彼女が叫んだ。  そこでは、赤や青や黄色や、色んな種類の鬼や、西洋の悪魔のような、とにかく大小さまざまな、思いっきり怪しい者たちが食事をしていた。  よく判らない言葉が、にぎやかに飛び交っている。  彼女が入ってゆくと、全員が話しを止めて、こちらを睨みつけた。  「ああ、皆さん気にしないで。『試行入所中の亡者』の方です。これから食事です。」  人事課長がそう言うと、鬼たちは納得したように、またガヤガヤと話を始めた。 「ここで食事が出来る亡者は、見学と、あと試行中の方だけです。まあ、亡者の中でも特別扱いのお客さんですな。ああ、すいません。」  人事課長は、受付の大きな青鬼に言った。 「試行の方です。予約していたお弁当二つよろしく。」  青鬼は無愛想にうなずいた。 「さあ、別室を取ってありますから、行きましょう。」  課長はさっさと歩いてゆく。彼女はおっかなびっくり、鬼や悪魔たちのど真ん中の通路を、奥に向かって入って行った。                        小綺麗な部屋の中には、四人がけのテーブルがひとつ。椅子が四つ。  そこに腰かけて待っているあいだ、人事課長はこれからの心構えについて説明を始めた。  「まず今日は、これから半日、楽しく地獄をお楽しみください。あなたには『地獄ランド』で遊んでいただきます。まあ、遊園地ですな。様々な事情で、地獄に住む子供たちの為に作られた施設です。ここは教育施設も兼ねておりますので、宇宙科学館や、プラネタリウムなどもあります。とても半日では廻り切れませんが。  あすは、本格的な地獄見学です。地獄体験もしていただきます。といっても、生身のままでは大変な事になりますので、防護スーツを身に付けていただいたうえで、地獄の責め苦を体験します。  これまでの体験者の99パーセントが、楽しかった、と同時に、罪なんか犯すべきじゃないと思った、と感想を述べています。まあ、安全は保証しますからやってみてください。良い勉強になりますよ。」  人事課長がそこまで話した時、料理が運ばれてきた。  「うわ。これなに。すごい、こんなに食べきれないわ。」  それは、まさに海の幸、山の幸満載の三段重ね弁当だった。  「本格的豪華ジャパニーズお弁当です。ごちゃ混ぜと言えば、そうですが。」  「これ、牛ですか?」    「はい、最高級松阪牛です。こちらは獲れたての豪華伊勢海老です。房総産のアワビもあります。それに松茸のお吸い物。分厚い松茸が自慢です。こちらは高級握りずしです。日本の優秀な職人がにぎったばかりです。これはクロマグロですね。」  「いったいどこから持ってくるのですか? 地獄で松阪牛だなんて・・・」  「この地獄を甘く見てはいけませんぞ。ここで手に入らないものはありません。望めば何でも入手できます。そう言う意味では天国にも劣りません。むしろ静かで質素な天国より、凄いのではないかと思います。ここは極めて世俗的ですから。」  「あの、天国っていうのは、つまり何ですか?」  「ここは女王様がお作りになった、いわゆる私立(わたくしりつ)の地獄です。そういう意味で、我々にとっての天国は、やはり女王様がお作りになった『真の都』なのです。」  「『真の都』ですか?」  「はい、そうです。女王様がお招きになった人しか入れない、完全な異空間だと言われています。ここもそうですけれど、ここはまだ、『現世』と繋がっていますからね。『真の都』には、地球人だけではなく、火星人や、様々な星の人や異世界人が、いると聞いています。でも、一度入ると、永遠に出てくる事はありません。そこに出入りできるのは、女王様だけです。なので、『真の都』に関しては、実在さえ確認されない世界です。勿論ぼくも見たことなどありません。あるのは、噂だけです。」  「写真とか?」  「ええ、あなた凄い方ですね。この地獄は写真に撮ることが可能です。それを現世に持って行く事もね。通信もできます。でも『真の都』は入ったら出られない世界で、またそこから写真を送ってくることもできません。通信も不可能だと言います。食べ物などを現世から持ち込む事もできないとか。まあ、一種のブラックホールなのではないかと言う鬼宇宙科学者もいますが、よく分かりません。女王様だけがすべての例外だとか。」  「そもそも、その、女王様って誰ですか?」    「地獄の誰もがよく知っている人でありながら、それが誰なのか、実ははっきりは分かりません。まあ秘密事項ですが、間もなく解禁されるとも聞いています。今のところ、現世のある有名な音楽家さんなのですが、でも明日もそうだとは言い切れません。いえ今日もそうなのかどうかさえ、実のところはっきりしません。本人が自分こそ女王様だと言っても、本当はそうではないのかも知れないのです。逆に、自分は関係ないと言っても、中身は女王様かもしれないんです。」  「全然意味不明ですね。」  「それが女王様です。でも、実在しています。まあ、お食べください。」  「地獄の食べ物を食べても、大丈夫ですか?」  「ええ、半年は地獄で暮らさなきゃあならない、なんてギリシア神話のような事は、起こりませんよ。鬼にもなりません。安全ですから、ご心配なく。第一これらは、『最高級現世産』なのですから。」  彼女は恐る恐る食べ始めたが、それらはとても美味しかった。  「うん、美味しいです。温泉旅行の時くらいしか食べられないです。」  「そうでしょう、なんでも地獄に勝るところはありませんよ。」  人事課長は自信を込めて言った。  「勿論、本物の亡者たちの口には入りません。見せてやる事はありますがね。」  「それは、またとてもひどい事をしますね。」  「地獄ですからね。ひどい事するのが普通なのですから。」  「やっぱり、ひどい事をしていると、認識しているのですか?」  「そうです。責め苦を味あわせながら、鬼たちは泣いているのです。」  「なら、しなければいいでしょう?」  「仕事ですからね。まさに、それが仕事なのです。泣くのもここの鬼の仕事のうちです。女王様は違いますが。」  「え? 女王様は泣かないのですか?」  「はい。彼女は泣きません。女王様が泣いていては、世界は成り立ちませんから。会社でもそうでしょう?」  「そうかしら?」    「はい、平然と、いつも冷静に、客観的に社会や従業員を評価し、会社にとって正しく扱えなければ、社長なんかできません。すべてが計算され尽くされていなければ、なりませんからね。ただし、ウソ泣きはするでしょう。」  「あなたは、どうなのですか?」  「ぼくは、課長ですから微妙な立場と言うべきところですね。様々な要素を勘案しながら、上手く立ち回る必要があるのです。まあ、人事課長なんて、いわば「こうもり」みたいなものですからね。右の上司と左の上司と、真上の上司、鬼たちと亡者たちと、自分や家族の事と、池の女神様たちの事も、今、何処に立つべきか、立たないべきかか、何時も考えます。」  「わたしの事も?そうですか?」  「ええ、もちろん。あなたを援助する必要性が有ると判断したのはぼくです。これは部長の判断ではありませんし、関わっておりません。彼は結果だけがすべてですからね。それに比べれば、課長は楽しいです。アドヴェンチャーです。」  「ふうん。あなたは、たぶん優秀なのですね。彼とは大違いだわ。」  「でも、もしかして、婚約者とは似ていませんか?」  「そうかなあ? 確かにその彼はやり手で、出世間違いなしだし、エリート大学の最優秀生だったし、現在も出世レースのトップだし、現実にお金持ちだし、美形だし、優しいし。」  「良いとこだらけじゃないですか。」  「はい、そうです。」  「でも、ぐうたらで、はっきりしない、お金もない、仕事もない。 いや、今はありますし、高給取りになりましたが、まあプライドは高い割に、頭は、悪くはない、程度の、地獄の彼を助けたいと思うのでしょう?だから、ここに来たのだし。」  「ええ、そうです。」  「幸せな人ですねえ。羨ましいですよ。そりゃあ、あの、ひとりぼっちの「もじゃ」の方が気の毒だ。」  「『もじゃ』って何ですか?」  「いえいえ、気にしないでください。すみません、さあ食べましょう。」              🏝                     タルレジャ王国の北島。  ここは、民主主義国家タルレジャ王国の、『偉大なる例外』の地だ。  いや、こちらこそ、本家と言うべきかもしれない。  北島を中心とする『北島圏域』は、すべてが『王室』と、『タルレジャ教団』の私有地であり、王国の憲法よりも、独自の決まりごとが全てを支配する、謎の地域だった。  王宮の一部などの、例外として公開されている場所以外は、部外者は一切立ち入り禁止で、そこで何が行われているのかは、王国大統領や、議会でさえも把握する権限がない。  もしやろうとしても、非常な困難が立ちはだかる。  王宮は、王国最大の観光地の一つになっているが、そこに渡るためには、入口で厳密なチェックが行われる。今は観光用の巨大施設も併設された、大きな通関所と橋ができて、非常に効率が良くなったが、王宮に入る人は、男性は上はシャツだけ、下はポケットのない半ズボンで、裸足にならなければならず、女性は専用の巻頭着を着用して、やはり裸足にならなければならない。  以前は西洋人からは敬遠されていたが、このところは、なぜか、逆に人気が高い。  その北島の、もう一つの『例外の名所』が『アヤ湖一帯』だった。  百数十年前の王女、『アヤ姫』様の秘話が、伝説となって伝わる場所だ。  タルレジャ王国の王女でありながら、王室の古い掟を破ったたために、自殺に追いやられたと伝えられる、実在の王女様の伝説・・・・・。  しかし、王室は、現在も、事の真相を公表していない。  もっとも、最近はアヤ姫さまの写真が公開されたりしていて、少しずつだが、事実が明かされつつあるが、それは、現第1王女様の方針らしかった。  『アヤ湖』とはいっても、この湖は、海と直接繋がっている。現在有名な観光地になっている『アヤ姫岬』は、丁度海と湖の境目に立つ岬だ。  その夕日の美しさは、世界最高の景観の一つに数えられている。  今は南島側から、大きな橋がかかっていて、かつて北島を通過する為に発生していた、通関の煩わしさが、今は解消されている。ここもかつては素足以外では入れなかったが、今は普通の観光地と同じで、王宮のような制約は、何も無くなった。  岬の上のお土産屋さんでは、悲劇の王女『アヤ姫グッズ』、が非常に人気があったが、最近はこれに加えて、王国の『三王女グッズ』が飛ぶように売れている。タルレジャ王国の第一、第二、第三王女は、現在世界最高の人気者になっていた。  これも、どうやら、第1王女様ご自身が仕掛けた戦略だったらしい。  その『アヤ湖』は古い時代から神秘の湖であり、信仰の対象だった。  女神様は、人びとに、ある時は罰を、ある時には幸運をもたらしてきた。  女神様は、時には人を喰らい、また時には黄金を与えたりした。  そこに、近代になって『アヤ姫』様の伝説が合体して、今日に至っている。    実在の『アヤ姫』様の名前は、『アヤ湖』から取ったものと言われる。  それどころか、『アヤ姫』様は、もともと池の女神様の化身だった、というような伝説も、いかにも、もっともらしく語られている始末だった。  そこで、最近になって、王室がこの『アヤ姫』様の残した、たった一枚の秘蔵写真を公開したのだ。  これは、第一王女様が所有する、歴代の第一王女のみが継承してゆく『秘密箱』の中に入っていたものなのだと言う。  人々は、その姿が、現在の第一、第二王女様おふたりに、そっくりな事を見て、びっくりした。  この写真は、3王女様の写真と組み合わせで、世界中の大ヒット商品になった。  ブロマイドはもちろん、さらに『アヤ姫人形』『アヤ姫マグカップ』『アヤ姫トレー』、果ては日本人向けの『アヤ姫せんべい』から、『アヤ姫饅頭』『アヤ姫もち』『アヤ姫ラーメン』もあるし、『アヤ姫キャンディー』もある。  また、あんと、『アヤ姫カーナビ』なんて言うものもある。声は『第二王女』様が担当しているのだというが、商品の中身は、『三王女ナビ』と同じで、声の部分に違いが有るだけなのだ。  もちろん、バイリンガルの『三王女』様、総出演の『三王女ナビ』のほうが、少しお高くなっている。  ちなみに、ナビの言語は、タルレジャ語、英語、フランス語、日本語、中国語だが、『日本全国地図版』もちゃんとある。  王国と日本合衆国は、歴史上、長いおつきあいがある。  第1王女様と第2王女様は、日本の高校に通ったし、日本の国籍も持っていた。  ただし、第三王女様は、欧州に留学したことはあるし、実は日本生まれなのだけれど、日本で生活したことはなく、日本語はやや苦手で、けっこうたどたどしいのだが、また、それがあまりにも可愛いという事で、特に日本で、今、もの凄い人気になっている。  今後、ロシア語やドイツ語バージョンも発売されると言う。付録に、『王女 様の観光案内』というデータが入っていて、『三王女様』が王国内の有名観光地を案内して下さる特典付き。  まあ、商売上手なお金持ち国家、兼、技術大国で、民生品から秘密兵器まで、なんでも作れる、タルレジャ王国の面目躍如たる商品だ。    その、伝説の『アヤ湖』に、今、全世界の池の女神様が集まろうとしていた。  議題は『地獄長さんの横暴に如何に対処するか』である。  一方幸子さんは、お饅頭を如何に、いくつ持って行くかで、大分悩んでいた。女神様全員分のお饅頭は用意したが、自分の分は多めに確保したい。せっかくタルレジャ王国まで行くのだから、観光もしたいから。  「『アヤ湖』の夕日を眺めながら、女王様と二人でお饅頭を食べられたら、なんと幸せな事でしょう。ああ、あわよくば、なんとかして女王様に会いたいなあ。女王様のお饅頭は絶対に必要よね。ならば、第二王女様や、第三王女様の分も必要になるかなあ。でも、その第一王女様が、今は、本当にどこに居るのやら、最近はさっぱり分からないわ。王国も王宮も、以前はネットで公開していたのに、この頃情報を隠していて、教えてくれないもの。 そういえば、王室様にもお饅頭が要るかしらねえ。王様はどうするの?でも、王様は関係ないか。」     もう、考えていたらきりがなかった。  「まあ、この際、全女王様の分まで、ということにしましょう。会えるかどうかも分からないけれど。まったく音信不通。ニュースでも何も言わない。女王様ご自身が、私に会いたくないと思っていらっしゃるのかもしれないなあ。でも、演奏会の予定だけは、ちゃんと分かっているのよお。おそらく今日から二日は、王国にいるはずね。その後は、日本に帰っちゃう。多分ね。」  希望は実際にあった。  実は『アヤ姫』様が、女王様に是非来ていただきたいと思っている。とおっしゃっていたのだ。  「女王様とは、まったく連絡が取れなくなっております。しかし、彼女の今の『主なお体』の先祖であるわたくしが、お目にかかりたいと望めば、来て下さるかもしれません。あらゆる手段を使ってお知らせしようとしております。」  『アヤ姫』様ならば、何とか出来るかもしれない。それは幸子さんだけではなくて、『池の女神様』全員の気持ちでもあったのだ。  なにしろ、女王様は、『池の女神様会』の、最高顧問なのだから。              🌠           『火星のリリカ』様は、自主的に、永らく冥王星に軟禁状態になっていたが、実質的に火星を支配してきた『ダレル将軍』との話がついて、いよいよ火星連合の盟主として、地球制服に乗り出すことになった。  あとは、偉大な『火星の女王様』のゴーサインが出るのを待つだけになっていたのである。(このお話の詳細は、〈なろう〉さまの『私の永遠の故郷をさがして』参照。まだ未完成。)  巨大な、無敵の攻撃型宇宙船『アブラシオ』が、ついに太陽系の果てから、地球に向けて動き出す時が来た。  この宇宙船は、女王様が、趣味でお作りになったものだが、地球人にとっては、完全にオーバーテクノロジーであり、彼らと戦う意味など、まったくないに等しいほどの力がある宇宙船だった。     もっとも女王様にとっては、こんな宇宙船などなくても、地球侵略など、あっと言う間に出来る事なのだったけれども、それでは、面白くないし、相手に反抗の機会も与えなければ、というわけなのである。    さて、地獄に降りた彼女は、豪華昼食を終え、人事課長に案内されて、『地獄ランド』にやって来ていた。  「ここでは、アトラクション化した、地獄の様々な責め苦を、楽しく体験する事ができます。ひとつやってみませんか? ちゃんと防護服を着用しますので安全です。『地底地獄めぐり』はどうでしょうか。これは太古の、火を吹く恐竜や、古代人や、様々な怪物たちが襲いかかってくるアトラクションですが、内容は毎日変わります。地獄の本物のコースでは、全長が五〇キロほどあり、一周するのに、まる一日かかりますが、ここでは全長が一キロメートルほどしかありません。ぼくもご一緒します。実は一度やってみたかったので。じゃあどうぞ。」  とても断れる雰囲気ではなかったので、彼女はおとなしく人事課長に従った。  その『地底地獄めぐり』の入口は、どうみても地上のテーマパークそのものだった。  恐竜(と言うより怪獣)が大きな口を開けている。その口の中が入口だった。  入口には、鬼の娘さんが立って案内をしていた。  「いらっしゃいませ。どうぞお入りください。まず、防護服を着用していただきます。中に案内の鬼がおります。男性は左、女性は右です。」  彼女はロッカーがずらっと並んだ部屋に入った。  「いらっしゃませ。こちらが防護服です。お荷物は大丈夫ですか?」  「はい、あの、ありません。」  「けっこうです。そのお姿ならば、上から防護服を着てくださって大丈夫です。」  係の鬼女は、防護服と言うよりも、鎧と宇宙服が合体したような、と言ったほうがよい、いかにも重そうなものを、大きなロッカーから一つ取りだした。  「見た目は重量感がありますが、意外と軽いので大丈夫です。はい、足から入ってください。」  彼女は言われたとおりに、その防護服を着着用した。  確かに、見た目ほど、重くはない。  「いかがですか?」  「悪くないです。」  「はい。ではヘルメットをかぶりますよ。」  鬼女は、彼女の頭に流線形の、まあ、カッコいいと言ってもいいくらいのヘルメットを被せて、なにやら、あごの下でロックをした。  「これで大丈夫。何に襲われても平気です。では、いってらっしゃい。」   鬼女は、にこにこしながら、彼女の背中を押して、向こうのドアから、薄暗いプラットホームに立たせた。  すると、先に人事課長らしき、防護服を着た人(鬼)が出てきていた。  横には、乗車案内の赤鬼が立っている。  「ああ、とってもいいですね。これは女王様が開発した防護服で、どんな火の中でも水の中でも大丈夫。また何に噛まれても、突き刺されてもびくともしないものです。会話もきちんとできますよ。安心して行きましょう。あ、ほらゴンドラが来ました。あれに乗ります。」  見ると、暗闇の向こうから、オープンカーに宇宙船のようなお化粧をさせたゴンドラがやって来た。  「さあ来ました。ここはしっかり子供になった気持で行きましょう。」  人事課長がうれしそうに言った。  ゴンドラは、するりと二人の前に停車した。  係の鬼が、低いドアを開けて、乗るように促した。  「さあどうぞ、こちらにお一人。」  「あなた、前側にどうぞ。」  人事課長が手を伸ばして言った。  「えい、もうやけです。」   彼女は、堅い、青色の椅子に座った。   すると、鬼が二重のベルトをしっかりと締めた。   後ろの席に、人事課長が乗り込んだ。  「こちらが、武器です。引き金を引くと、レーザー光線が発射されます。ただし、一度発射すると、次に使えるようになるまで10秒かかります。自分には当てないように。まあ防護服が有るので、もし当たっても害はありませんが、目がくらみます。では幸運を。」  係の鬼が、小型の光線銃を渡してくれた。  「それ、『本物』ですよ。現世では、まだそこまでのものは開発されておりません。もしも、生身の人間に直に当たったら、すぐ黒こげです。」  人事課長は、あっさり言った。  「ええ?!」  彼女が驚くのと同時に・・・  「出発!」  係の鬼が言ったのである。  ゴンドラは、音もなく、スイっと発車した。    それで、がたごと、と少し行くと、あたりはもう真っ暗闇になった。  ゴンドラは非常にゆっくり進む。  「これじゃあ何にも見えません。」  「すぐ目が慣れて来ますよ。よく注意してください。襲ってくる側は、アトランダムに決められますから、何がどこで出てくるか、僕にも分かりませんから。」  少しずつ何かが見えてきた。  森だ。  右も左も、頭の上も森の中だ。  下は、なにやら湖か、川のようになっている。レールはまったく見えない。  すると、ボートになったゴンドラの下を、大きな影が通り抜けた。  「ほら来ましたよ。」  「え、あれなんですか? サメ?」  「さて、何だろう。」  もう一度、巨大な影が真下を通りぬけた。  「サメにしちゃあ、太すぎです。あれ、こんなのいたっけか?」  人事課長も、本当に分からない様子だった。  さらにもう一度、今度はゴンドラの下、ぎりぎりを、真っ黒な物がすり抜けた。  そうして、ついに、ゴンドラのすぐ直前に怪物が躍り出た。  「きゃあーーーーー!!」  「おぎょわーーーー!」     人間と鬼が同時に叫んだ。    大きな波がゴンドラを襲った。、    一方、小さなゴンドラは木の葉のように大きく揺らいだ。  「ひっくり返りますーーー!」  「大丈夫ですーー!」   怪物はヒレか手のようなもので、また大波を立ててゴンドラを煽った。     すると、ついに、ゴンドラは転覆してしまったのだ。   二人は、逆さまになって水の中にぶら下がった。  「ほら、大丈夫でしょう。」  人事課長が自慢げに言った。  たしかに、呼吸も問題なく可能だったのだが。  「でも、これ、どうするんですか?」  と、言っている間もなく、ゴンドラが水の中から空中に浮かび上がった。  「うわあ。」   彼女が、さらに叫んだ。   ものすごい勢いで、ゴンドラは怪物の眼の高さまで持ち上げられたのである。  「おわ!こいつは!」   人事課長が声をあげた。  「きゃきゃきゃ!」   と、大きな笑い声が聞こえた。  それは、巨大な人間の赤ちゃんだった。  「うわあ。なんで、こんな、でっかい赤ちゃんがいるんですか! これはルール違反ではないですかあ。」  「ルールなんてありませんよ。ほら、光線銃で撃って下さい。」  「ええ?! できません、そんなこと。」  「でも、玩具にされてますよ。ほら。うわわ。」  赤ちゃんはゴンドラを右手に持って嬉しそうに振り回した。  「さあ、撃って!」  「いやです。」  「だから、ここは地獄なんですから。」  赤ちゃんは、大きな口を開けて、どんどんと叫んだ。  「キャキャーーーー。」  そうして、何と、口から火を噴き出したのだ。  ゴンドラは真っ赤な炎に包まれた。  「ウソでしょうー。」                            彼女の叫び声とともに、人事課長が光線銃を発射した。   すると、巨大赤ちゃんの手のひらが、ばっと燃え上がった。   「ぎゃーー。」  赤ちゃんが叫び声をあげ、ゴンドラは宙に放り出された。  さすがのこの多機能ゴンドラも、空は飛べないらしくて、無差別曲線をひっくり返したように水面に落下していった。  でも、ゴンドラは無傷のまま着水したのである。  「ほうら、逃げますよう。もう動き出したでしょう。」  「赤ちゃんはどうするの?」  「どうするって、何をですか?」  「あれでは、大怪我したでしょう?」  「ああやって暴れているうちに逃げないと、こんどは口に入れられますよ。そうなったら少しややこしいですから。」  「でも、赤ちゃんは赤ちゃんでしょう?」    「はあ、まあ。ね。でも、あの手は大丈夫ですよ。次の獲物が来るまでには直っちゃいますから。ここは地獄ですよ。ははは。」  人事課長は、けらけらと笑った。  ゴンドラは、課長の意志を反映したかのように、ここは、さっさとその場から逃げて行った。               👶             宇宙生態コンピューターのアニーさんが、女王様に報告していた。  「ヘレナさん、池の女神様たちが、自主的に集会を開くと言う事ですよ。」  「あらま。珍しい事ね。」  「いいんですか、このところ、ほったらかしですよ。」  「まあ、いいんじゃないのかしら。誰が首謀者?」  「それはもう、会長さんですよ。当然でしょう。」  「なら大丈夫。」  「そうですか?」  「まあ、アヤ姫様には、ちゃんとお考えがあるのでしょうから。それに、たまにはみんなでわいわい言いたいでしょう? アヤ姫様は、そのあたり、きちんと見ていらっしゃるのよ。そうそう、幸子さんがきっとお饅頭を用意していますよ。ほかの女神様たちも、それぞれご自慢のお菓子を持ってゆきますよ。」  「はああ。あなたは、あの方の子孫ですよ、今はね。行ってあげた方がよいのでは?」  「そうよ。大事な、ひいひいおばあちゃまだもの。だから、信頼できますわ。幸子さんなんかは、きっとわたしとお饅頭食べたいって、ひねてるでしょうね。でも今は、王国t、地球が、すっごく忙しいじゃない。」  「まあ、そうですが。あなたは、いつも忙しいですからね。でも、顔出すくらい、なんてこと、ないでしょう。」  「まあ、そうなのだけれどね。いない方が良い事もあるわよ。」  「でも、あの・・・」  「なあに、アニーさん?」  「大変申し上げにくいのですが、まさか、本気で考えていらっしゃるのではないかと。つまり・・・」  「地獄を閉じるって?」  「はあ、まあ。」  「そうねえ。あなただから言うけれど。考えてますよ。確かに。文句あるかしら?」  「いえ、あなたに逆らう気持ちはありませんよ。コンピューターですからね。でも、みんな可哀そうですよ。」  「ふうん。そうね、まあ、コンピューターさんが、反乱を起こしたっておかしくないわ。特にあなたならね。」  「できません。できません。。ヘレナさんには歯が立ちません。誰も。」  「そうねえ。でもね、この前の事で、わたし少し懲りたの。」  「ルイーザ様ですか?」  「そう。このまま行ったら、あの子いずれわたしを超えるから。」  「だから、歴史の修正を、するのでしょう?」  「うん。まあね。でもね、どうやっても、結局ルイーザには、負けると思うの。」  「まさか。」  「賭けますかあ?」  「賭博はいたしません。」  「まあ、お堅い事ね。」  「だって、ありえないでしょう。人間があなたを超えるなんて。絶対にありません。そういう計算は成り立ちません。それにこの前のことだって、一時的な問題です。結局は、宇宙が終わっても、あなただけが生き残るのですから。」  「あら、わたし、そもそも、生きてはいないもの。死ぬわけないわ。この勝ち負けってね、結局は、そういう事ではないの。ようやくわかってきたの。」  「よく理解できません。」  「いいの。それは、いずれわかるわ。時が来たら。まだ、だいぶん先だけどね。それより、今は地球征服よ。それと、まあ確かに、ちょっと、この頃の地獄長さんは気に入らないわね。そこは、彼女たちが主張したいことは分かる。」 9519d9e8-e3b7-4d8e-9a46-ac42508e3f82               👹            総務部長は、地獄長に呼ばれた。    「お待たせしました。」  「忙しいのに、申し訳ありませんな。部長さん。」   地獄長はソファを勧めた。  「では失礼。」  そこには、すでに副地獄長が腰かけていた。  この三人(の鬼)が、現在、この地獄の三指導者なのだった。  地獄長は、最も体が小さく、その替わりにがっちり引き締まった体格をしていた。  副地獄長は、ひょろ長の鬼だったが、カイゼル髭を生やした、現世より、ひと時代古いタイプの、軍人風の鬼であった。しかし、この副地獄長こそ、地獄最高の科学者であり、地獄の頭脳だった。  けれどもこの三人(の鬼)の中では、、総務部長が、最も人間風の、ゆったりとした風格を備えている。  「実は、情報によれば、池の女神様たちが、集会を行うようです。」  副地獄長が切り出した。  「ほう。」  総務部長が、面白そうに、応じた。    「このところの、我々の政策が気に入らないようですな。」   地獄長が続けた。  「まあ、無理もありませんが。説明もなしですからな。」  「これは、想定の範囲内の事です。」   副地獄長が言った。  「アヤ姫さまとしても、ほっておくことはできんでしょうから。この辺で何かの説明を、してもらっておいた方がいいでしょう。」  「その後がちょっと怖いですなあ。女王様の動きは、いかがなものですか。」  総務部長が尋ねた。  「いまのところ、とりたてて変わった事はなさっておりません。現世の問題に、集中なさっているようです。」    そう、副地獄長が答えた。  「しかし、女王様が地獄を閉鎖するお考えがあるとは、ちょっと考えにくいですなあ。こんなに、長い間、続いてきたのに。しかもこれだけの規模で、鬼や、亡者たちが暮らしているのですぞ。地獄の閉鎖などという情報は、確かなのですかな。」  部長が疑わしげに言った。  「あの方は、本来感情と言うものを持ちません。そのように見えているのは、取りついている人間の体が感じるものを、理論的に、形だけ似せているだけです。我々鬼や、人間が持つ感傷的な思考はまったく通用しません。必要がなくなったと判断したら、あっさり終わりにします。それだけの事です。時間はかかりません。この無限の広がりがある地獄も、我々鬼も、亡者たちも、ここに関わる少数の人間も、一瞬にして消滅します。それだけ。今この瞬間にそうなっても、なんら不思議ではないのです。我々の存在は、ただ女王様の意志にのみ依存している、非常に脆弱な存在であり、それは現世の人間にさえも、 及ばないのです。まあ、この情報の出所は、確かなものです。ダレル将軍の副官、ソー様からですから。」  副地獄長が説明した。  「それだからといって、こうして、現に存在している我々が、黙って消滅していいとは、思えないのです。」  地獄長が言った。  「女王様が、ご意志を、変えていただくしかない。しかし、我々が直接申し上げることはできない。鬼には、それはできない。地獄を、いつまでも残してください、とは鬼には言えない。我々が元々、死せる者か、人間の化け物である以上、それが女王様のお力でそうなっている以上、それは言えない事です。もし言ったら、我々はそれで終わるのです。これは女王様と我々の基本的なルールですから。」  副地獄長が基本認識を、そのように確認して言った。  「だから、そこを変えてしまいたい。」  地獄長が付け加えた。  「そうです。言わば、物理の基本法則を変えてしまうようなのもです。女王様に対する一種の『革命』です。女王様の意志に関係なく、我々が存在できるようにしたい。」  副地獄長が、そう結論を言った。  「一つ言わせていただければ、亡者たちは、そうは思わんでしょうな。早く消滅したいでしょう。苦しみも、そこで終わるのですから。」  総務部長が、亡者の気持ちを代弁して言った。  「地獄の立場が変われば、彼らの立場も変わるのです。地獄が天国にもなりうる。」  「そう、うまく行くでしょうか? それに、女神様たちは、かなり女王様寄りですぞ。」  「そうですな。そこのところは、大変微妙です。しかし現世に近い女神様たちは、それだけ現世への執着がある。簡単に消えたくはないはずです。アヤ姫様が、実際にどう出るか、ですが、彼女には我々に協力する動機がある。」  「え?動機ですか?」  地獄長が説明した。  「さよう。アヤ姫は、女王様が一人で、あるいは、分身であるご姉妹と、支配下にあるリリカさんと、実の息子であるダレルさんを、うまく操って、火星と地球の全人類を支配する事には懐疑的なはずです。結局は、彼女が全ての実権を握る事にはね。そうなったら、人類は永遠に女王様の奴隷でしかない。そうではなくて、妹たちにも、それぞれ独立した実権を持たせ、やがては火星とともに、緩やかな、平和な共同統治体制になって欲しいと思っている。女王さまには、真の都に、移転してもらいたいと。」  「ふむ。でも、初動は、あれでもうまくいったわけですかな。」  「そうです。まあ、二度とないくらいの奇跡的な絶好のチャンスを、幸子さんにつぶされましたがね。あれでも、まあ、我々にとっては、成功でしたでしょう。ああいう風にやって、上手い事、女王様の判断を変えてゆければ、それでよいのです。それに火星人の都合と、我々の都合も、必ずしも同じではありませんし。」  「うむ。しかし、女王様は手強いですぞ。」  総務部長が慎重に言った。  「ええ、もちろん、わかっています。最後の駒は、いつも女王様が握っています。我々は捨て身で行くしかない。」  副地獄長が言った。  ゴンドラはいつの間にか、真っ青な空の下、両側がジャングル、という場所に出ていた。  とても暑い。まさに、地獄のような暑さだ。 「まあ、なんでこんなところがあるのですか、全長一キロなのでしょう?」 「実際はそうです。しかし見た目は違います。非常に感覚的な事です。」 「意味不明です。」 「まあ、そう言わずに、楽しみましょう。ほら、また、出て来ますよう。」  ジャングルの向こうの方が、なにやらざわざわしている。  「いやです。これは恐竜とか出る雰囲気ですね。ああいうトカゲ類は嫌いです。」  「恐竜は、鳥のご先祖様です。かわいいでしょう?」    「どこが?」  ざわざわは、低い唸り声のような音に変わり、ブーンと響いた。  そうして、ジャングルの中から、三機の円盤型UFOが現れた。  「はあ、何ですかあれ?」  「あれは、UFOですね~~。あああ、来ますよ。ほら。」  人事課長さんは、なんだか、とても楽しそうだ。  UFOは、上空で三角形の編隊を組んでいたが、やがてその中の一機が大きく弧を描いて離れると、地上に向かって急降下してきた。  バババババ!!  周囲に水煙が上がった。  「な、なんでUFOが機銃掃射なんですか?」  「知りませんよ。設計は畑違いですから。」  遥かに飛び去ったUFOの後ろから、別の一機がまた急降下してくるのが見えた。   再び・・・・・  ばばばばばばば!!!  「うわあ、やられたあ!」  人事課長がゴンドラの中で船底に叩きつけられていた。  「ええ!!、大丈夫ですか?」  返事がない。  「え、うそ? もしもし、大丈夫ですか?」  人事課長は、ごそごそと動いた。  「うはあ、ぼっくりしましたあ、中身は大丈夫ですが、凄い圧力でした。防護服着て無かったら、ばらばらですねえ。」  彼女は上空を見上げた、UFOはかなり遠いところを旋回している。  それから、彼女は、持っていた光線銃を構えて、ゴンドラの中で姿勢を低くした。  「なんか、あなた、すごく、さまになっていますね。映画のヒロインさんきたいですな。」  「わたし、実をいうと、サバゲーのファンです。」  「はあ?」  「もっと、ちゃっちいですが、でもこんな感じです。」  人事課長は、やっと起き上がった。    「また、来ます!」  こんどは、彼女が叫んだ。  UFOが、二機、ならんで突っ込んでくる。  「ほらあなた、左側狙って!」  「はあ?」  そう言ってる間に、UFOがまた機銃掃射した。  ゴンドラの周辺に玉の雨が降った。  と、彼女が放ったレーザー光が、一機のUFOに命中した。  「効くわけないわよねえ。いくらなんでも。やはり、おもちゃでしょうし。」  ところが、そのUFOは、突然フラフラになり、ジャングルの向こうに黒煙を引きながら落ちていったのだ。  「うああ、あなた、凄いですね。どこ狙ったんですか?」  「いえ、まあ、まぐれ。」  どきどきしながら、彼女は答えた。  残りの二機は、ぐわーんと上空で二股に大きく分かれた。そうして今度は両サイドから攻撃してくるようだった。  「ようし、僕も当てるぞ!」  俄然、人事課長が目を輝かせて本気になった。  「あなたそっち、ぼくこっちいきます。」    「はあ・・・。」  UFOは急角度で降下してくる。  「ようし、いいぞ、何でも来い。」  デパートの屋上でゲームをやってるような感じになっていた。  その時、ジャングルの両岸から、歓声が上がった。  二人はそちらに気を取られた。  その瞬間を狙ったように、UFOは、こんどは、ミサイルを発射した。  もう避ける間もなく、ゴンドラは二発のミサイルに直撃された。                    🚀  幸子さんは、持って行くお饅頭の整理に追われていた。  お気楽饅頭の賞味期限は5日間。  この短さが魅力でもあり、弱点でもある。  「やれやれ、どうにかまとまりました。さっそくお腹から送りましょう。これは今でもちゃんと動いているのかなあ。お饅頭まで地獄経由にされたら大変。」  幸子さんは大きな口を開けて、お饅頭の箱を次々に呑み込んでいった。  幸子さんのお腹からの輸送は、どうやら普通に動いているようだった。  「まあ、よかった。でもどうして女王様宛ては駄目なのかなあ。」  幸子さんは、女王様にも、何とかしてお饅頭を送ろうとしたが、地獄に邪魔されて上手くゆかなかったのだ。  「ご実家にお送りしようかとも思ったけれど、それは禁止だしなあ。また叱られるの嫌だし。」  とにかく、幸子さんは、なんだか、とても嫌な事が起こっているような気がして仕方がなかった。  「この際、早めに行こうっと。その分お饅頭も多めに持って行きましょう。アヤ姫様の分もね。」  幸子さんは、久しぶりに、旅行ための身支度を始めた。               なにしろ、先に外国に飛ばされた失意の旅行といい、今回といい、あまり楽しい感じではなかったのだ。  それでも、今回は、どことなくウキウキしている幸子さんでもあった。 「よし、準備完了。では、れっつ・ご。」  幸子さんは、自らのお腹の中に飛び込んで消えてしまった。  「これも、このアトラクションの内ですか?」  彼女が人事課長に尋ねた。  「いやあ、おかしいなあ。これは、ちょっと行き過ぎなんですよ。」  ゴンドラは、ミサイルに破壊され、二つに折れて水の中に半分ずつ沈んでいた。   しかし、王女様製造の防護服のおかげで、二人とも全く無傷だった。  UFOはすでに、どこかに飛び去ってしまっていた。  「この服は、凄いですけれど。で、これからどうするんですか?」  「さあ、ともかく連絡取ってみます。」  人事課長は防護服の中から、携帯電話を取りだした。  「おかしいなあ。」  「どうしましたか?」  「通じないんです。」  「壊れたのではありませんか?」  「いやあ、電話機はちゃんと動いているようです。通信回線がおかしいのかなあ。こんな事初めてだなあ。女王様がお作りになったものが壊れるなんて、ありえないですよ。」  両側のジャングルの中が、なにか怪しい。  沢山の眼が見つめている様な、おかしな感じがする。  「さっきの歓声、あれ何でしたの?」  「いやあ、分かりません。僕の知識の中にはないです。とにかく少し歩きましょう。百メートルごとに非常用の電話機が有るはずです。」  「ここは浅いですけど、大丈夫ですか? ワニとかいません?」  「いやあ、ワニ、いるんですよ。」  「ええ!? なに~~~!!」  「なに、噛みつかれても大丈夫ですよ。このスーツがあればね。さあ、歩きましょう。」   二人はゆっくりと、慎重に水路の中を進んだ。  暫く歩くと、人事課長が言った。  「ほら、あそこに電話機が有りますよ。ちょっと連絡してみます。」  確かに水際に電話ボックスがあった。  これまでは、そういうものには、全く気がつかなかったが。  人事課長が電話機にやっこらさと近寄っていた時、彼女は気がついた。  水面に何やら堅いこぶのようなものが見え隠れして近寄ってくる。  「あ。あ。あれなんですか。いやだ、あれ、ワニですか。うわあ、こっち来る。ねえ、課長さん?」  「あ、もしもし、僕ですけど・・・・。」  課長は電話に掛っている。  彼女は何とか課長の方に行こうしたが、水の中の泥に足を取られて前に進めない。  「あ、あ、あ、うわあ。」  彼女は、水面に現れた大きな口に噛みつかれた。  巨大にワニが姿を現したのだ。  水柱が激しく上がり、ワニは彼女を食いちぎろうとした。  しかし、頑丈な防護服には、文字通り歯が立たないようで、いきり立ったワニはますます暴れた。  彼女は、ワニに振り回されて気を失った。  人事課長もようやく気が付いて、レーザー銃を防護服のポケットから出そうとして慌てた。  そうして、銃を水の中に落としてしまった。  その時、周囲の森の中から、槍や、弓矢が雨あられと降り注いできた。  先程聞こえた、あのけたたましい歓声がまた沸き起こった。  さすがのワニも、体中に槍や矢が突き刺さってくるので、彼女の体を放り出して逃げて行った。  残された二人は、防護服のおかげで、この攻撃にも全く無傷ではあった。  まさに、防護服さまさまだ。  すると、周囲の森からは、突然おびただしい数の人間の子どもたちが一斉に襲いかかって来たのだ。  「うわわ。何だこの子たちは。こんな子たち育ててる話し、聞いてないぞ。」  いくら子供たちでも、この数になると手も足も出ない。  彼女はまだ気を失ったまま、人事課長は立ったまま、縄でぐるぐる巻きにされたのである。                  🐊                      地獄の集中管理事務所は、混乱状態に陥った。  緊急用有線電話以外の通信施設はすべてダウンしてしまったのだ。  あちらこちらから、異常を知らせる電話がかかってきているが、とても対応しきれなくなっていた。  「いったい、何が起こった?」  地獄長は、そこに、仁王立ちになって、周囲を見回しているが、まるで様子が分からない。  いつも冷静沈着な副地獄長が、原因を突き止めようとしているが、どうも、上手くゆかなかった。  「どうなっているのかね?」   地獄長が副地獄長に尋ねた。  「今のところは、まったく分かりませんね。集中管理ができなくなっています。しかも、これは単に通信異常というだけではなさそうです。もっと根本的な異常です。当面、各現場が持ちこたえるしかないですね。しかし、どんなにがんばっても、三時間でしょう。それ以上は無理でしょうな。」  「どうなるのかね?」  「地獄は崩壊します。空間のバランスが取れなくなって、自らの重さで潰れる事になるでしょう。なかなか、魅惑的な、いや、尋常でない、事態ですな。」  「やはり、女王様が地獄の消滅に踏み切ったのか。」  「いえ、違いますね。女王様の仕業ならば、こんな面倒くさい事にはならないでしょう。一瞬で終わりです。終わりと思う暇さえないでしょう。これは、それ以外の、なにか、猛烈な力が作用しているのだと思いますが、まだ分かりません。最善を尽くしますが、正直、解決する確信はありませんね。」  「それこそ、女王様に連絡できないかね。」  「無理ですよ。緊急有線回線以外すべてだめです。この回線は外界には通じません。向こうから気が付いてくださる事を祈るしかないです。」  「女神様の誰かには、通じないかね。」  「そうですね、空間がめちゃくちゃになっているので難しいです。通じても、女王様への直通回線を切ってしまったので難しいですよ。ああ、でも。ご実家の王宮経由で何とかなるかもしれません。やってみましょう。」  「頼む。」  そこに大きな揺れが襲ってきた。  「うわ、地震だあ。」  事務所がひっくり返るかと思えるくらいの激しい揺れだった。  照明が消え、また灯った。  「地獄開闢以来、初めての地震です。しかも、震度7です。」  副地獄長が、あくまで冷静に言った。  「被害を調べて、報告!」  地獄長が叫んだ。  副地獄長は、なぜか、到着ロビーに急いだ。                     地面が激しく揺れた。松明の周りで踊り狂っている子供たちが、驚いてそのあたりを逃げ回った。  「こらこら、こんなところに縛ってないで、この縄、解きなさい。」  人事課長が厳しく言ったが、まったく聞いてもらえない。  あきらかに、よく映画に出てくる釜ゆで前の捕虜状態である。  「地獄だから、釜ゆではまあ、当り前かあ。」  人事課長が、ぼそっと言った。  実際大きな鉄の窯が、目の前でぐつぐつ言っていたのである。  そのとき、やっと彼女が気がついた。  「おや、お目覚めですか?」    「え? あら、これ、何ですか?」  「ご覧の様に、正体不明の子供たちにさらわれまして、こうして木にくくられております。」  「まあ、あの、あれは大きなお釜ですね。」  「はい、あれに放り込むつもりかと。でも、この防護服がある限り、何も起こりません。あの子たちには、この服を脱がせる事はできないはずです。」  「本当に?」  「ええ、まあ、女王様の作ったものに、抜かりはありません。たぶん。」  「ふうん・・・・あの、今、すごく揺れませんでしたか?」  「はい、猛烈に揺れました。地獄初の地震ではないかと思われます。」  「それで、ここの、子供たちが慌てているのですか?」  「そうです、なんせ、地面が揺れるなんてのは、初めての経験で、大慌てなのでしょう。でも、このままずっと、という事はないでしょうね。」  人事課長の想像通り、慌てふためいていた子供たちも、次第に、やや落ち着きを取り戻してきた。  その時、今度は、大きな地響きが伝わって来た。  「なんですか、あれ? もしかして恐竜とか?」  「いやあ、恐竜が出るのは確か草原だったはず・・・。」  そこに、ついに森の中から登場したのは、あの巨大な赤ちゃんだった。  「まあ、あの子!」  赤ちゃんはおむつをしたままの恰好で、しかし、いかにも堂々と、現れたのだ。  子供たちは、王様にひれ伏すように、赤ちゃんの前に方膝をついて取り囲んだ。  そこに十人くらいの子供たちが、巨大な椅子を運んできた。  すると、赤ちゃんは本当の王様の様に、その椅子にどかっと座ったのだ。  「まあ、こうなると、何だか小憎らしいわね。」  「いやあ、でもこんなのどうして、ここにいるんだろう?」    「あなたは設計していないのでしょう。」  「まあ、そうなんですが、アトラクションの登場人物などは、その場所から他の場所には移動しないはずなんです。だからあそこで登場した、このばかでかい赤ちゃんが、ここに出てくるのは明らかにおかしいんです。規則破りですね。さっきの地震といい、どうも地獄に、何か異変が起こっていますね。早く帰りましょう。」  「でも、どうやって?」  「あ、そうですねえ。考えます。」  「まあ、無責任な。」  「いやいや、どうも、スミマせん。ここはちょっと、この防護服の恐ろしさを、あの子たちに味わってもらいましょうか。」  「は?」  「でも、何か危ない事を、直接してくれないとだめです。」  「何ですかそれ?」  「防護服に、直接の危険があると、防護服自身が判断すると・・・」  「すると?」  「何かが起こります。」  「なんですか、それ。」  「何が起こるかは、ぼくには、わかりません。防護服が決めますからね。」  「中身が危ないと、思うのでは、なくて?」  「ええ、防護服自身が、自分が危ないと、思う必要があります。まあ、つまり中身も危ないわけですから、同じですよ。」  「なにか、とても嫌な感じがします。さっきまでのは、まったく、危ないとも思ってなかったということですか?」  「ははは、たぶん、そうでしょうなあ。まま、見ていてください。」  「あなたは、本当に楽観的ですね。」  「鬼とはそういうものです。それに比べ、人間はあまりに悲観的すぎます。」  「人間はあまりに弱く出来ていますから。」  「なるほど。それは本当ですね。おや、赤ちゃんが何か命令していますね。」  大きな赤ちゃんが、自分の膝くらいしかない子供たちに、さかんに、ぐちゃぐちゃと、何かを言い付けるている。  大勢の子供たちが、手に手に、のこぎりや、ナイフや、その他、ありとあらゆる、危なさそうな物を持って、二人に近寄って来た。  「うあうわ、こっちに来ますよお。」  「縄を切ってくれると、いいんですが・・・。」    子供たちは、足場を使って二人の周りを取り囲み、防護服を何とかして剥ぎとろうと、ナイフや彫刻刀で切りつけたり、千枚通しで突き刺したり、ハサミで切ろうとしたりしていた。中にはのこぎりを持ち出してきたり、どこから見つけてきたのか、庭の除草機を持ってきて、防護服を切断しようとしている子もいた。けれども、どの取り組みも、功を奏さなかった。  向こうで、巨大赤ちゃんが大きな声で何か喚いた。  すると今度は、別の子供たちが、火を付けた松明を持って、大勢で取り囲んだ。  二人の足もとには、何やら藁のようなものをはじめとして、燃えやすそうなものが積み上げられ、さらにバケツに入った液体がたっぷりと振りかけられた。  ガソリンのような異臭がした。  「子供が遊ぶには、危険な物ではありませんか?」  「いやあ、まったくだ。どっから持ってきたのかなあ?」  巨大赤ちゃんが歓声を上げると、松明を持った子供たちが、点火した。  アッと言うまに、二人の周囲を、真っ赤な炎が取り囲んだ。  「熱いですか?」  「いえ、全然。」  「そうでしょう。こんな古典的な手法では手も足も出ません。無駄ですな。」  「でも、この服、自力が倍増したりとか、そう言う事は出来ないのですか?」  「ええ、まあ、基本的に守るのが役目ですから。」  「どうなったら、その恐るべき力を発揮するの?」  「だから、それは、僕も知りません。さっきも言ったでしょう?」  「はあ?」  彼女は、疑わしそうな目になった。 「ホントに知らないんです。」  「何と、いい加減な管理者ね。もう、あきれた。」  子供達は、それを面白そうに眺めていたが、どうやら、まったく二人に影響がなさそうだと見てとったのか、ざわざわとしはじめた。  伝令が一人、赤ちゃんのところに出て行った。  「意外と、統制がとれているようですね。さすがだ。」  人事課長が、感心したように言ったのである。  「ふうん。そうですかあ。」   彼女は突っぱねた。  そこで再び巨大赤ちゃんが叫び声をあげた。  「さて、迫撃砲でも出しますか。ミサイルでもびくともしないのだから無駄です。ふふふ。」  人事課長が低く笑った。  「あなた、やっぱり楽しんでませんか? これもしかしたら、もともとのプランなんじゃないの?」  「いえいえ、ハプニングなことは事実ですよ。」  「本当かしら?」  その頃、本来のコース上に、一台のゴンドラがやって来ていた。  そうして、人事課長が電話をかけた電話機のところまで来て、ぴたっと止まった。  赤ちゃんの後ろから、放射線防護服のようなものを身に付けた、子供らしき何かがが現れた。  手に、測定機か何かを抱えている。  「あれ、何ですか?」  「ううん。あれは、コード探知機ですなあ。ちょっと面白いかもしれません。」  「何ですか、それ。」  「考えてみてください。この服、どうやって脱ぐのか?」  「それは、いえ、どうするの?」  「この服は、ある種の暗号で封鎖されています。そのコードが入力されないと、解放されません。あの器械は、あらゆる、そうしたコードを探し出すものです。現世でも、自動車のドアのロック解除なんかに、泥棒さんが使う器械の仲間です。」  「じゃあ、脱がされ・・ちゃうの?」  「ふふふ、さて、防護服さんがどう出るかですな。」  「完全に遊んでいますね。」  「いえいえ、緊張しております。はい。」  その器械を持った『子供』は、まだ火がくすぶっている足場を昇り、まず彼女のところに来た。   それから、棒の先に取り付けられた四角い器械を、彼女の防護服に押し当てた。  その器械は、ピーピーと泣いていたが、なかなか答えが出ないらしく、やがて長い、「ピー」音を出して、降伏してしまったようだった。  もう一度、やってみる。  しかし、結果は同じだった。  「あれれ、性能の悪い器械ですなあ。どうやら子供用の玩具のようだなあ、情けない。まったく。」  と、人事課長がいらついた。  「あなた、どっちの味方ですか?」  「だって、このままでは、らちが明きませんよねえ。やっぱり。」  「実際のところ、この防護服は、どうなったら危ないの?」  「さて、核爆発の直撃でも安全な事は確かです。太陽の中でも、安全に作業出来ます。あらゆる地獄の責め苦が無効ですから。まあ、無敵ですなあ。やっぱり。」  「じゃあ、そおんなに強いのならば、早く、この縄くらい解いてくださいな。」  「それが、そういう事は、だから出来ないんですよ。」  「ううん。何と言うか、役立たずなのか、凄いのか・・・」  「それはもう、凄いのです。当り前です。女王様の製作によるのですから。」  「はあ、女王様ですか。」  「はい。」  子供たちは、巨大赤ちゃんの周りを取り囲んで、何やら協議していた。  それから、一人の女の子がやって来て、彼女の服のポケットに、あちこち手を入れて、まさぐりだした。  それからついに、あのレーザー銃を見つけ出した。  その女の子は、叫び声をあげて、赤ちゃんの に戻って行った。  「あれで撃たれても、大丈夫なのでしたよね。」  「ええ、まあ、そうですな。」  「まあ、って、何ですか?」  「はあ、実は、あれには、『無限モード』という設定が有りまして。」  「『無限モード』ですか?」  「はい、それに設定しますと、対象物をすべて崩壊させます。」  「はい?」  「物質を崩壊させます。何でも。」  「すると、どうなりますか?」  「消えます。完全に。」  「消える?この防護服は?」  「消えます、中身と共に去るのですな。」  「え?」  「いやあ、そこに気が付いているかどうかですなあ。でも、いじってますねえ。無限モードには、なかなか入らないんですよ。暗唱番号が二重になっています。」  巨大赤ちゃんは、まず一発近所の木を狙って撃ってみた。  しかし、木はちょっと燃え上がった程度だった。  また、暫くごちゃごちゃといじくっていた。  やがて、もう一度、他の木を狙って撃った。  今度は、木がぼわっといっぺんに燃え上がったが、赤ちゃんは納得せず、また再びごちゃごちゃごちゃと、銃をいじくり回した。  やがて、赤ちゃんの動きが止まった。  そうして、そのあたりで、一番大きな木に、狙いを定めた。  なんだか、空間が少し歪んだような感じがして、巨木が消滅した。  巨大赤ちゃんが凱歌の叫び声をあげた。  それから、『どしん』という地響きとともに立ち上がり、ぎゃーぎゃーと叫びながら、二人に近寄って来たのだ。  「いや、これは最大限まずいです。」  「防護服は、どうなっているの?」  「いやあ、何か起こるはずですよお。きっと。必ず。」  赤ちゃんは、二人のすぐ近くまで来ると、立ち止り、銃を構えた。  それから、二人をじらすように、彼女に向けて発砲しそうになっては、やめて人事課長に狙いを変えたり、またその逆をしたりして、しっかりと遊んだ。  それから、二人の右後ろ側の木を狙って、撃った。  その木は、すぱっと、姿を消した。  うぎゃー、と嬉しそうに叫ぶと、今度は左側の、さらに大きな木を狙って撃った。  しかし、まだ一度撃ってから、十秒、経っていなかったので、銃は反応しなかった。  怒った赤ちゃんは、銃を右手で激しく振り回した揚句、暫くしてから、もう一度、その木を狙って撃った。  光線は、どうやら人事課長のすぐ横を通って、その大きな木を、完全に消滅させた。  巨大赤ちゃんは、納得したように、きゃきゃーと嬉しそうに叫んだ。  そうして、今度は丁度、十(とう)数えるくらい待ってから、ついに、にたっと不敵に微笑むと、彼女に銃を向けて、スイッチを引こうとした。    「うわうわ、・・・・・・終わりかも。」  その、赤ちゃんが銃を撃とうとした瞬間だった。  とんでもない、轟音が響いた。  それは、人間を一撃で失神させ、戦意を無くすのに足る、十分な音だった。  けれど、二人には、小さな心地よいオルゴールのような音が鳴るのが聞こえただけだったのである。  目の前で、巨大赤ちゃんを始めとして、子供たち全員がひっくり返って動けなくなっていた。  「はああ。助かったようですなあ。」  人事課長がため息をついた。  「いやあ、やっぱり、この防護服は、凄いですねえ。さすが女王様だ。」  人事課長は、さかんに感心していた。  しかし、彼女はすぐにこう言ったのである。  「で、どうやって、ここから降りるんですか?」  確かに、あの火の中でも、二人を縛った縄は、まったく解けていなかったのだ。  人事課長は、手をぐちゃぐちゃと盛んにやってみたが、縄はゆるくならない。    「おかしな縄ですなあ。何でできてるんだろう。」  「はああ・・・。」  彼女はため息をついた。  その時だった、子供たちの中で、一人だけ動ける子がいた。  あの、放射線防護服のようなものを身につけた子供・・・らしき者、だった。  そいつは、ひっくり返っている仲間たちの中を、よたよたと歩いてきた。  かなり衝撃を受けてはいるようだ。  二人の真下まで来ると、その防護服を脱ぎ始めた。  現れたのは、金髪の女の子だった。  そうして足場を昇って、まず人事課長のところにくると、手に持っていたさっきの四角い器械を縄に当てた。  すると、不思議な事に、その縄がするっと解けたのだ。  女の子は、今度は、彼女のところで同じ事をした。  「ありがとう。」  彼女は、女の子の頭を撫でてやった。  すると、女の子は嬉しそうに笑った。  「ほら、逃げましょうよ。」  彼女はそう言うと、さっさと歩きはじめた。  「あ、はいはい、ちょっと待って。」  人事課長は、あわてて後を追ったが、女の子に、こう小声で言った。  「御苦労さま。」  女の子は、またにやっと笑った。  「待って下さい、そっちじゃあないです。こっちこっち。」  人事課長が叫んだ。  彼女は怒ったように方向転換して、人事課長の後を追いかけて、横に並んだ。  それから二人は、森の中を突っ切って、先程の電話機のある水路まで帰って来たのだった。  そこには、ゴンドラが一台、じっと、待ってくれていたのだ。               🚈  副地獄長は、早速到着ロビーに赴いた。  それから、なにやら機械をいじくった後、呼びかけた。  「アヤ姫様、聞こえていますか?」  しかし、まったく、反応がない。 「やはり、駄目かな。地獄周辺の空間が、かなり錯綜しているようだ。」  副地獄長は、ダイヤルを調節したり、大きなパネルに映し出されるさまざまな、模様の様なイメージを読み解きながら、また呼びかけた。 「アヤ姫様、聞こえませんか。こちら地獄。」  今度は、何かが聞こえた。  雑音が大きくて、しかし、よく分からない。  彼はもう一度、一生懸命に調節していた。  「非常に不安定だ。・・・アヤ姫様、応答してください。」  「こちら、アヤです。よく聞こえません。」  「よし、あ~~~こちら地獄。大切なお願いです。地獄が非常事態です。」  「非常・・・、ですか・・・・」  雑音が激しく入って、まったく聞き取れなくなった。  「アヤ姫様、女王様に連絡してください。地獄からSOSです。聞こえましたか? 地獄が消滅しそうです。地獄からSOSです。」  「・・・、地獄から、・・・了解できません。女王様は・・・・です。」  「アヤ姫様、女王様に連絡してください。いいですか? SOSです。分かりましたか?」  しかし、もうその後はまったく、どこにも通じなくなった。  「これが限度か。あとは待つしかない。」  副地獄長は、椅子に座り込んだ。            人事課長と彼女の二人は、アトラクションを途中で中止して、どうにか出発地点まで戻って来ていた。  「いやあ、こんな事になって申し訳ありません。ちょっと集中管理事務所に行って何がどうなってるのか確認してきます。あなたは、この相談室で待っていてください。なに、心配はいりません。ここは地獄ですから。これ以上心配する事は起こりませんから。ははは・・・。」  あくまで楽観的な人事課長は、そう言い残して部屋から出た。  けれども、外に出た人事課長の顔は、かなり(元々鬼だからでもあるが)険しかった。    集中管理事務所は、異様な緊張感に包まれていた。    「ああ、君か。どこに居た?」    総務部長が言った。  「今日は、試行体験の人の付き添いですよ。大事にしとかないと、まずいですから。何があったんですか? 地震なんか起こったし。おかしなできごとばかりだし。」  部長は、かいつまんで状況を話したのだ。  「つまり、地獄は消滅するというのですか? まさか。」  「まさかだが、真実だよ。」  「僕は無限寮に行きます。」  「なんで?」  「何でじゃないですよ。相談所長と、試行の人と、現世に返してあげないと。」  「無理だ。」  「どうしてですか?」  「空間がごちゃごちゃになっていて、通信でさえ、もうつながらないんだ。今、動いたら、どこに行くやら、いや、体が丸ごとちゃんと移動するかどうかも分からない。手だけとか、頭だけとか・・・まずいだろ。」  「じゃあ、生きたまま、ここで消滅しろと言うんですか?」  「まあ、残念ながらそうだな。ただし、女王様が何とかして下さるか、この異常を引き起こしている何かが消えるか、してくれれば、話は別だが。君はここに居たまえ。どうにもならないから。」  「あの、やっぱりちょっと失礼します。」  人事課長は、部長の制止を無視して、外に飛び出した。  「冗談じゃやあない。何とかしないと、鬼や地獄の信用というものがなくなる。」  彼はまず、本部の相談室においてきぼりになっている、彼女のところに向かった。  「細かい事は、後で説明しますから、すぐに彼に会いに行きましょう。」  「なにかあったのですか?」  「はい。ありました。でもそれは、車の中でお話します。とにかく、『無限寮』に行きましょう。」  「なんですか、それ。」  「あなたの彼が住んでいる寮です。ちょっとつらいですが、さっきの鬼力車で行きます。」  人事課長は、先程乗った、車輪が人間の『鬼力車』を呼んだ。  「さあ乗ってください。気持ち悪いなんて言ってる時ではないですよ。」  「ううん・・・なら、きちんと説明してください。」   二人(人間と鬼)は『鬼力車』に乗り込んだのである。              🚴 『不思議が池』から『アヤ湖』までは、遥かに太平洋を横切ってゆかねばならない。  とはいっても、神様である幸子さんにとっては、ほんのひとっ飛びである。  出発の次の瞬間には、もう幸子さんは『アヤ湖』の広い到着ロビーに着いていた。  さすがは、女王様の地元だけあって、『不思議が池』とは比べ物にならない豪華な施設だ。  到着ロビーには、アヤ姫様自身が、幸子さんを出迎えていた。  「よくいらっしゃいました。幸子様。」  「お久しぶりです。アヤ姫様。」   二人は、しっかりと抱きあった。  「さあ、どうぞこちらに。」  アヤ姫は、幸子さんを応接ルームに案内した。  そこには、幸子さんが送った『お気楽饅頭』はじめ、すでに到着していた他の女神様が持ってきた、各地のお菓子類が山積みになっていた。  「うああ、すごいー。」  「悪くならないうちに、皆で食べてしまいましょう。」  「賛成!」  「ところで、幸子様・・・。」  「はい、何でしょう。」  「今しがた、地獄の副地獄長様から、非常に気になる通信が有りましたの。」  「あら、どんな事ですか?」  「それが、よく聞き取れなくて。でも、地獄が非常事態で、女王様に連絡してほしい・・・・ということのようでした。」  「はあ、何でしょうそれ? 地獄で何か起こっているのですか。」  「そのようです。その後も、連絡を試みていますが、まったく通じません。」  「女王様には連絡が取れたのですか?」  「それが、あなたもご存じのように直通回線は、地獄が切ってしまったままです。今も使えません。緊急通信機も、どうした訳か繋がりません。で、この際仕方がないので、王宮に直接行きまして、侍従長様の前に出まして、第一王女様にご連絡いただきたいと、先程申し上げてまいりました。」  「はあ、出てしまいましたかあ。」  「ええ、緊急事態と見ましたから。規則破りではありますが、出ました・・・。本当は王女様・・・つまり、女王様に、少なくとも、第2王女さまにでも、直接お目にかかりたいところですが、こちらからお伺いするのは、さすがに大幅に違反ですので、ご遠慮いたしました。もっとも、女王様がそういう事をご存じないはずがありません。おかしいでしょう?」  「猛烈に変です。」  「これから、会議室で、緊急会議を開きます。まだおいでのない方にも、至急来ていただくように、お知らせいたしました。ほら。」  すぐに到着ロビーは、あわてて駈けつける、美しい女神様たちで、一杯になった。  これほど華やかな情景は、他ではけっして、見られるものではないものだった。              🏰        「ヘレナ、アヤ姫様があなたに接触を求めて来ましたよ。」  アニーさんが報告してきた。  「そう。」  「えらく、そっけないですね。王宮の侍従長からも、至急連絡乞う、の通信が来ていますよ。どうしますか?」  女王様は答えた。  「分かっているでしょう。私には、基本的に感情はありません。」  「それは、アニーさんも同じです。 地獄を見殺しにするのですか?」  「こうした副作用が出る事は、十分想像は、しておりました。いま、アブラシオを止める訳にはゆきません。計算上は、地獄が完全に崩壊するよりも前に、アブラシオは地球に着きます。そうでしょう?」  「はい、しかし、地獄の空間は、修復が、かなり困難になります。また、物質的な損壊も、非常に激しくなりますよ。 この際、一度あの化け物を止めるべきです。」  「止める? アブラシオを? 無理です。それではリリカ様たちの予定が遅れます。」  「問題が有りますか?」  「問題があるか?ですって!? あなた、わたくしに命令するの?」  「いいえヘレナさん、提案ですよ。提案。ヘレナさん、地球侵略作戦なんて、あなたにとって、ほとんど必要のないセレモニーにすぎないでしょう。その気になれば、あなたの意志ひとつで、一瞬で地球なんか支配できるのに。ヘレナ、何を隠しているのですか?」  「ふう。まあ、やはり、あなたには敵わないわねえ。アニーさん。別に隠してなんかないけれどね。言ってないだけよ。」  「それは、同じことではないかと思いますが。」  「そうね。あのね、アニー、これはちょっとしたお仕置きなのよ。」  「地獄長達にですか?」  「そう。ずばりね。だって、わたくしから独立しようなんてこと、するからね。出来もしないのに。この際丁度いいから、侵略と、お仕置きを、まとめてやってるのよ。」  「怒ったのですか? 感情のないあなたが。」  「幸子さんの時もそうですが、こうした事は、理論的な帰結です。感情とは無関係です。」  「どうやら、そこが、あなたの昔からの欠点ですね。」  「まあ、えらく、はっきりと、おっしゃいますわね。」  「失礼しました。でも、あなたがこのように、作ったのだから、仕方ありません。」  「まあ、そうねぇ。でも、人間や鬼たちには、多少こうした物理的なお仕置きは、時には必要なのです。」  「アヤ姫さまは、気づいておられるでしょう?」  「勿論よ。そこは、おたがい、計算済みだもの。彼女がこうした行動に出ることは。あんなに頭のいい人だものね。」  「今地獄には、現世の人間が二人おります。」  「え? あら、そうなの?」  「ちょっときわどいです。地獄がぎりぎりで、崩壊はしなくても、再び現世と繋がるには、少し時間が必要になります。人間にしてみれば、二年くらいです。するとあの人間たちは、少なくとも男一人は、確実に鬼化します。異常体質ですから。その恋人の女性は、どうすればよいのでしょう? 一緒に鬼化させますか? 可哀そうでしょう。わざわざ地獄に、恋人を救いに行っているのです。幸子さんが手伝ってね。オルフェウスとエウリディ-チェ物語の逆パターンです。いざなみといざなぎも。」  「人間二人の為に、何とかしろと言うの?」  「はい。そうです。」  「私は、地球侵略に忙しいのよ。おかしくない? 悪魔か鬼か、魔女か、とにかく恐怖の侵略者である、このわたくしが、二人の人間を助けるの?」  「そこが、あなたの良いところです。だから、悪魔の様なあなたが生きるんです。」  女王様は、ものすごい美少女の姿だが、『悪魔、魔女、鬼! 化け物!』とか言われるのが、大好きなのである。  「まあ、うれしいことを・・・こんどは持ち上げるのね。」  「ヘレナさん、もし貴方の今の彼が、正晴さんが、ですよ、間違って地獄に落とされて拷問されそうになったら、貴方どうしますか?」  「まあ、やはり、わたくしを、脅迫するのね? あなた、改修が必要ね。もっと、わたくしの命令に、素直に従うように。」  「ええ、どうぞ。でも質問はしましたよ。」  ヘレナは、少し考えていた。  「ふう。まあ、いいわ。面白そうだから。じゃあ、どうすればいいのかな?」  「例の泉を、幸子さんとつなげてあげてください。一回だけ。」  「伝説の通りに?」  「そうです。それだって、あなたが作った伝説なのだから。」  「まあね。いいわ。じゃあそうしてあげる。一回だけよ。」  「ほら、できるんじゃないですか。この際、もう勘弁してあげたら、いかがですか? だいたい、貴方が地獄を消滅させる考えらしいと、彼らが判断した事自体が不思議でしょう。誰がそんな情報流したのですか? しかも、まんざら嘘でもないのでしょう?」  「でも、だめです。これも、感情ではありませんよ。地獄に関しては、私に反抗する事は、けっして許しません。その存否は、わたくしだけが、判断するのです。それだけよ。」  「それじゃあ、まるで融通の利かない、たちの悪い、単なる独裁者ですよ。」  「まあ、うれしい。わたしは、たちの悪い、単なる独裁者だもの。」  「ほら、このごろヘレナさんは、やはり、かなり感情的な反応をします。」  「これは、弘子さんの意識にある感情表現を借りているだけです。分かっているのに、アニー、このごろやはり、なんだかすごく反抗的ね。」  弘子さんは、ヘレナが乗り移っている人間の本体のお名前である。  「そうかなあ。アニーさんはこのところ、少しあなたの理解が、確実にうまく行かなくなっていますよ。」  「それは、どうも。あなた、やはり、壊れかけているのよ。それにほら、随分、変な日本語ね。やっぱり、あなた少し、本当に修理が必要なんじゃない?」  アニーさんは、解答しなかった。  「アニー?」   無回答。  「アニーさん、返事しなさい。」  「はい、ヘレナさん。」  「あなた、もしかしてアブラシオに嫉妬してない?」  「アニーは、コンピューターです。そうした反応はありえません。ふん。」  「ふうん? そうか。なるほどね。あなたも地獄も、共通点があるものね。 まあ、いいわ。アニー、地獄長達が、なぜわたくしが、地獄を近く消滅させる意志が有ると判断したのか、きちんと分析しなさい。いいわね。命令よ。」  「わかりました。ヘレナ。」                  二人は、両側が深い林の中の、やや薄暗い道を『鬼力車』で飛ばしていた。  「自動車で走ると、まず気がつきませんが、ここには多くの、いわゆる、『魑魅魍魎』達がいます。一人で通るべきところではありません。歩いて通るなどということは、鬼でもちょっと気がひけます。今は想定上の昼ですから、まだこうして薄暗いですが、夜は、真の闇になります。何が出てくるか、まったく分かりません。」  「そういうのも、すべて、その女王様が作ったの?」  「まあ、そうです。と言っても、僕は見ていたわけじゃあ、ありませんけども。」  「なら、女王様なら、一人で平気で、ここを歩けるってわけですか。」  「きっと、そうでしょう。無敵ですから。」  「ふうん。会ってみたいわ。」  「まあ、それ自体は、とてつもなく難しくはないのかもしれませんね。」  「あら、そうなのですか?」  「ええ、女王様は普段、普通の人間の姿をしておられます。しかも有名人です。だから、それと知らずにお姿を見たり、握手したり、サインをもらったりも、けっして不可能なことではありません。今までは、そうでした。」  「今までは? ですか。これからは?」  「そこが、僕にもよく判らない。今地獄が崩壊し始めている事に、本当に女王様が絡んでいるのかも、わからないですよ。はっきりとは。でも、多分そうなんじゃないかと、僕は思います。理由も何となく想像がつくように思います。」  「どうしてですか?」  「そんなことできるの、他にいないですよ。理由は、地獄長達幹部が、女王様の束縛から逃れようと図っている事でしょうね。これ極秘事項です。」    「ふうん・・・。そうなんですね。で、その女王様は、結局誰なんですか?」  「それは、秘密、です。」  「まあ、そこまで言っておいて、それはないでしょう?」  「世の中、そんなもんですから。で、これからの事を言いますね。幸子さんから少しはお聞きになっているでしょう?」  「それは、つまり、バス停からバスに乗って、泉のところで降りて、幸子さんに呼びかけろと、そう言われました。それと、バス停のところの恐ろしい鬼が邪魔をするだろうと。また、バスの中でも、色々起こるだろうと。チャンスは一回だけだと。」  「まあ、大方、そうです。しかし、今、そんな伝説的なお遊びに関わっている時間は、どうやらないかもしれません。」  「まあ、じゃあどうするのですか?」  「ぼくが、彼とあなたを泉まで送ります。簡単な事です。」  「それで上手くゆくのなら。それはもう、その方がいいです。」  「問題はむしろ、泉と幸子さんが、ちゃんと繋がっているかどうかのほうなのです。女王様は、どうお考えなのかわかりませんが、地獄から現世への、唯一の非公式な抜け穴を、幸子さんにつなげたのです。で、おとぎ話のようなお約束をお作りになったのです。要は、きちんと泉まで行けばよいのです。でも、その行き方は秘密になっていますから、普通は行けません。僕は役目がら、その秘密を知っています。」  「どうして私たちを助けようとするの?」  「それも、まあ、秘密です。」  「まあ、秘密の多い方ね。いえ、でも感謝します。」  「まず問題は、彼を引きずりだす事ですよ。このところ、すっかり地獄の住人になってしまいましたからね。がんばってくださいよ。」  「はあ、・・・・・・あ、また揺れてる。」  『鬼力車』は、地震に左右に激しく揺られながらも、止まらずに走り続けていた。              🛒  『無限寮』はいつものように、静寂に包まれていた。  「何ですか? これは」  「地獄の亡者と鬼たちが住む寮ですよ。あなたの彼も、今はここに住んでいます。今日は出かけていないようですから、居るでしょう。」  二人は広大な玄関から、特別階段を二階に上がって行った。  人事課長は、ドアをノックした。  しかし、中からは、反応がない。  もう一度やってみたが、やはり何の返事もなかった。  「お昼寝かもしれませんね。」  そう言いながら、人事課長はドアのノブをひねってみた。  ドアはすっと開いた。  「おじゃまします。いませんか? 入りますよ。」  二人は、わりと豪華な部屋の中に、そっと入って行った。  男はいた。窓際のチェアーに座って、外を眺めながら、うとうとしていたようだった。  「すみません、お休み中おじゃまして。でも、今日はお客様をお連れしましたよ。」  人事課長が言った。  男は、上半身裸のままだった。  何か、夢見るようにゆったりと立ちあがって、それから彼女を見た。  彼女は、彼をまともに見る事が出来ずに、ややうつむき加減になっていた。  「あの、わたし・・・」  言いためらっている彼女を眺めながら、彼が言った。  「だれ、君?」  「え?」  予想外の言葉に、彼女は一層戸惑った。  「今は、相談時間じゃない。課長さん、この人どなたですか?」  人事課長は、しかしこうした反応は予想していたようだった。  「しっかりしてくださいよ。まだ忘れるのは早すぎでしょう。現世であなたの恋人、だった方ですよ。」  「だった・・・・・」  彼女はつぶやいた。  それから、彼を、こんどはしっかり見回した。  そうして気がついた。何だか彼の体が変なのだ。  やけにごつごつしていて、足の指の間隔が開きすぎだった。  「ほら、何で地獄に来る気になったか、考えてごらんなさい。」  「いやあ、このごろ地獄以外の事は、思いだしにくくなってまして・・・。」  「ふられたんでしょう。彼女に。」  「そうでしたか?」  「そのあなたを、ふったご本人ですよ。」  「あの、まだふってしまったわけでは・・・・・・・。」  「だって、他の男と婚約したんでしょう?」  「まあ、それは、やむなくと言うか、まあ、そんなことで、よくある事でしょう。」  「それは、ふったのです。十分。」  「でも、ここまで来たわけなので。」  「そうです、そうです。確かにね。地獄まで追いかけてきた。オルフェウスのように。あ、逆だけれど。ほら、まだ思い出しませんか? 」  「はあ、まあ、でも、何だかこのごろ、自分が人間のような気もしなくて。」  「少しは腹が立ちませんか? ほら。ここで、するべき事したら、世の中変わりますよ。ほら。」  人事課長が促したが、肝心の男がはっきりしない。  彼女は、期待が大きかっただけに、落胆の色が隠せない様子だった。  その時、再び大きな揺れが来た。  「あわわ、これはまずいですね。」  据え付けられた書棚が、壁から離れたりぶつかったりしている。  本がそのあたりに激しく散乱した。  ソファが勝手に移動している。  「きゃあ、どうしよう。」   彼女が叫んだ。  とっさに男が彼女を抱きとめた。  「避難、避難します。ほらこっちに。」  人事課長が人間二人を引っ張った。  大きな揺れは、まだ続いている。  階段の手すりをたどりながら、鬼一人と人間一人と、まだ、ぎりぎり人間一人は、揺れ動く無限寮の中を、一階まで何とか降りて、玄関にたどり着いた。  『無限寮』は、その激しい横揺れに何とか耐えていたが、こんどは、突然下から突き上げるような揺れが来た。  「うわお、これは、うわ、早く、崩れます、早く出て!」  必死の思いで外に飛び出したところで、さしもの『無限寮』の玄関が、崩れ落ちた。  「あああ、信じられない。『無限寮』が壊れるなんて。こんな事、あっていいのか。 いや、いや、今はまず脱出です。ほら、乗って。」  玄関先の植え込みの前でじっと待っていた「鬼力車」に乗り込むと、まだ続いている揺れの中を、車は走り出した。ものすごいパワーだ。  「いいですか、このまま泉まで行きます。協力して下さいよ。」  男は、どうした訳か、しっかりと彼女を抱きしめたままだ。  「何だかわからんが、上手く行った様な気もするな。こっちは、まさにこれが地獄の見納めかも。」  人事課長はぼそっと言った。  地震だけではなかった。  空全体が異常な赤色に包まれてきている。  真っ赤な雲が、ぐんぐん湧き上がってくる。  オーロラのような、しかし気持ちの悪い光の筋が、天空を次々にかけぬけてゆく。  それとは別に、稲光のようなものが、ひっきりなしに輝いている。  雨なんか降った事のない、この地獄に、大きな水滴が天から落ち始めていた。 「うそだろう。あり得ない。」  人事課長が叫んだ。         ⚡   ⚡    ⚡    「これは、なんだ。女王様のお怒りか。」  地獄長が呻いていた。  「ボス、被害が大きいです。施設が崩壊していっています。亡者たちは各地獄から逃走しています。鬼たちにはどうにもできません。」  副地獄長が、あくまで冷静に報告した。  「なんとかしろ、と、言う方が無理か。」  地獄長は、激しく揺れ動く事務所の中で、自分の席に座りこんだ。  周りで、色んな物が、バタバタと倒れたり、棚から落ちてきたりしていた。  副地獄長が、何かに当たって倒れた。 ・・・そうして、ついに天井が、地獄長の上から覆いかぶさって来た・・・。                 🔮             「地獄が鳴動しているようです。激しく揺れ動き、稲妻が飛び交っています。」  集まった多くの女神様の中で、一人の長い長い髪の女神様が、水晶玉を見ながら言った。  「ジュウリ様、なぜその玉は、地獄の世界を見る事が出来るのですか?」  中央アメリカ王国のマルシャ様が聞いた。  「さあ、存じません。そうなっているからでしょう。」  「それは、女王様から貰ったの?」  「それが、わからないのじゃ。大昔、ある女性がわたしの泉を訪れて、置いて行ったのじゃ。でも、地獄が見えるからびっくりしたの。秘密にしていましたが、今回初めて持参いたしました。」 『えー、すごーい!』  『不思議ー!』     という声が各女神様から飛んだ。  地獄の様々な場所が、十秒ごとぐらいに入れ替わりながら映されてゆく。  しかし音は、なぜだか聞こえない。  「これ、地獄しか見えないの?」  幸子さんが、あっさりと聞いた。  「まあ、そうですな。」  「ふうん。地獄専用の中継カメラねえ。あ、ほらこれ、地獄長じゃない。あ、天井が落ちてきた!」  『ほんとだー。』  『キャー、何にも見えなくなったわー!!』  『かわいそー』  『もっとやれ~~~~~!』  いろいろな声が飛び交った。  「こっちの声を伝えたりとかはできないの?」  「ええ、なぜか音声は出ないのである。いろいろ試したけどだめ。」  『はー』  ため息が沢山聞こえた。  その時、アヤ姫様が告げた。  「みなさんご着席ください。こんな時ですが、会議を始めます。」  女神様たちは、まだ少しキャーキャー言いながらではあるが、各自の席に着いて行った。  「本日は、急きょ予定を少し早めて、『池の女神様会議』を行います。お互い初めての方も、中にはいらっしゃるでしょうから、短く自己紹介しましょう。では、まず古参の女神様たちから。コキ様からどうぞ・・・。」  コキ様は、もうほとんど伝説とも言うべき、太古の女神さまだった。  人類発祥の地と言われる、アフリカ大陸の深い深い森の中に、まさにその頃から住んでいるが、池の女神様としての活動はもうしていなかった。人前に出ることもなく、ただ静かに時を過ごしている。直にお目にかかったことのある女神様は少ない。  幸子さんでさえ、大昔の会議で、「見た事がある」くらいだった。  まして、コキ様の声を聞いた事のある者など、アヤ姫様とキュン様を除いては、誰もいなかった。  「皆さま方、コキは年を取りました。見た目は、変わりませんが。でも今、こうして地獄と共に、我らは終わろうとしています。この場に呼んでいただき、コキは幸せです。」  少しざわめきが起こった。  「では、キュン様、どうぞ。」  ほとんど、よく見えないくらいの、小ぶりの女神様が立ち上がった。  キュン様は、コキ様の次に古い女神様だった。  「今は南極のキュンです。氷に閉ざされて以来、お仕事はせっせとエネルギーを作る事でした。それも、どうやら終わるようですね。この期に及んで、ですが、ま。よろしくね。」  それから幾人かの女神様が短く自己紹介をして、幸子さんの番になった。  「わたしは、『不思議が池』の幸子です。女王様と、お饅頭とともに生きて来ました。」  笑い声があった。  「地獄や私たちが、これで終わりなんて、絶対いやです。お饅頭と女王様とお別れなんて絶対いやです。必ず道があります。ここで、それを見つけます。女王様を、ここに引きずり出しましょう。」  どわどわと、ざわめきや、拍手があった。  それから沢山の女神様が自己紹介し、最後にアヤ姫様が立ち上がった。  「皆さま、ありがとう。最後に、私はタルレジャ王国の、アヤです。実は皆さまの中で、二番目に新しい女神です。そういう意味では、私には会長の席は重いのです。でも、現女王様のお体の、直接の先祖であるという事から、こうなっております。さて、これまでのお話でも明らかなように、今、私たちの母体である地獄は、絶滅の危機に瀕しております。地獄の空間が非常に不安定で、こちらの計算では、あと一時間から二時間くらいの間には、本当に空間自体が崩壊しそうな状況です。地獄が崩壊したら、直接つながっている私たちは、おそらく消滅します。もともと、一度死んで、蘇った私たちですから、やむおえないとも言えますが、このような終わり方は、予想もしていませんでした。女王様から、何のお言葉もない事が、残念でなりません。ただ、今回の原因は、おそらく、地獄長様が、女王様に無断で、地獄の独立を図ろうとした事にあるのだと、私は考えております。それは、あまりに無謀でした。が・・・。」  アヤ姫は、少し間をおいた。  女神様たちは、次に彼女が何を言うのか、じっと見守った。  「この事態の背後には、おそらく、私たちの創造主である女王様と、その最大の味方であり、また最高の敵でもある、火星のダレル将軍が存在しているのだろうと思っております。また、さらに、私たち女神の本当の長である、リリカ様が控えていらっしゃるのです。」  女神様たちは、話しがどんどん分からなくなってゆくために、表情がこわばって来ていた。  「皆さまには、さぞかし分かりにくい事でしょう。しかし、これは、この葛藤の新しい始まりにすぎないのです。まずはここを乗り越えなくてはなりません。よろしいですか、今必要なのは、全女神様のパワーの統一です。ジュウリ様の玉は、その力を結集して何かを引き起こします。何が起こるのかは、やってみないと分かりません。その球は、実はリリカ様がお作りになったものです。こうした危機が起こったら、役に立てるようにと、私がまだ人として生きていたころに、リリカ様から言われました。ジュウリ様にお預けしたのは、当時の私です。では、いいですか。みなさんそれぞれの女神様パワーを、この玉に集中しましょう。」  「なんだかさっぱり分からないけど、お饅頭もたくさん食べたから、やってみようじゃないの。みなさん。それで地獄が助かるかもしれないならば。」  幸子さんが言った。  女神様たちは、その魔法玉に意識を集中していった。              ⚓  リリカ様は、女王様が趣味で作ったという、巨大な宇宙攻撃戦艦『アブラシオ』の指令室で指揮を取っていた。  永年暮らした冥王星を飛び立って、間もなく火星のダレル将軍の軍勢と落ち合う予定だった。  そこで、アブラシオ自身が、呼びかけてきた。きれいなソプラノの声で。  「リリカ様、本船にとって、非常にやっかいなエネルギーが地球から放出されています。」  「まあ、なんですの?」  「残念ですが、この船はこれ以上この進路を進めません。一旦停止します。」  「まあまあ、それでは女王様が激怒されますよ。」  「やむおえません。このまま航行すると、本船の推進機能が異常をきたします。アブラシオ唯一の、ある種の弱点を、つまり、この嫌悪すべきものを、女王様以外にいったい誰が知っていたのでしょうか。リリカ様、ご存じありませんか?」  「いえ、アブラシオさん、私は知りません。」  「そうですか。やむおえませんが、安全が確認されるまで、アブラシオは休止いたします。」  「まあ、仕方がないわね。さあアリーシャ、ちゃんと聞いたでしょう。休憩よ。」   リリカ様の副官であるアリーシャが、ぼそっと言った。 「ひどく簡単に止まってしまいましたね。無敵の船にしては、ちょっと情けないような気がしますが。嫌悪すべきものって、何でしょうか。」  「あなた、確か、『エウロパたらこ』嫌いでしょう。」  「ええ、もちろん。」  「嫌いな物は、きらいなのよ。女王様らしいわね。別に壊れる訳じゃあないのに、ちゃんと、生態コンピューターの嫌いな物を作っておくなんてね。」  「はあ? あの、それなんでしょうか?」  「たとえ話ですよ。多分ね。地球の仲間たちが、ちょっと待ってくれって、言ってきたのよ。女王様に、うまいこと、叱られないようにね。まあ、ケーキでも頂きませんこと?」  「はあ、大変けっこうですが。アブラシオは出してくれそうにないですね。」  「自分でやりましょう。ほら、日本製のチーズケーキ、冷蔵庫に入れたでしょう?」            🍰  「アブラシオが停止したまま、動かなくなりました。」  ダレル将軍の副官、ソー、が報告した。  「何やってるんだ。」  ダレル将軍がイラついて言った。  「わかりません。まったく。」  「君、報告を求めたまえ。」  「もちろんやりましたよ。なんでも、アブラシオが急に不機嫌になったと、言っています。」  「ばかな、アブラシオは女王得意の宇宙生態コンピューターの一種だ。感情はない。」  「はあ、でも、そうなのだそうです。」  「お前何か企んでないか? あの、気に入らんリリカの副官と。」  「まさか。あなたを差し置いてそんなことしません。」  「遅れたら、あの嫌な女王が、ひどく怒るぞ。」  「はい、すでに女王様の副官から、当方に報告を求めてきております。ただちに動け、と女王様がおっしゃっているとのことです。」  「ふん。あいかわらず自分勝手な。『はい』、と言っておけ。」  「はい、すでにそう伝えました。」  「そうか。まあ小さな事だ。気にするな。」   「ええ、気にしてはいませんが、何か変でしょう?」  「ああ、わかってるよ。リリカが何か企んでるのさ。しかし、地球征服の意図は変わらない。火星の再興に関しては、少々の時間のロスなど問題ないさ。あれだけ待ったんだから。まあ、連中がスイーツを食べ終わるのを待とうじゃないか。いつもの事だ。おれは、何度もあの、スイーツタイムに待たされた。」  「ぼくもですが。」  「そうか。まあ、同じだな。長い付き合いだ。コーヒーでも淹れようじゃないか。地球物がいいぞ。食い物と飲み物だけは、地球産に限るからな。『ガマダンプラールのジャコガニュアン風ステーキ』以外はだが。」  副署長は班長に確認した。  「本庁は何か動いてるか?」  「いや、僕には何も聞こえてきてません。あなたには?」  「馬鹿にされてるだけのようだ。」  「あんなとてつもない証拠を送っても?」  「ああ。幹部連中には、古い常識しかないらしい。新しい常識は、毒になるらしいな。」  「しかし、アメリカ国の例の特殊機関は、食いついてきてませんか?」  「そこさ、先輩殿。僕のような下っ端が、アメリカ国の特殊機関に情報提供したとしたら、それはもうスパイ以外の何物でもない。だが、地球の運命がかかってるんだ。ぼくは、あの男の子に資料を提供したよ。」  「例の天才ですね。シモンズとかいう。」  「ああ、あそこしかないもんな。ついでにタルレジャ王国の第一王女を、なんとか早く拘束できないか、打診もした。本庁でも野々村さんが頑張ってはいるのだが、どうも頭の固い上役が邪魔しているようだ。どこも同じだよ。ただ、単に個人レベルの問題じゃあないところがある。予想通り、上層部の少なくとも一部は、すでにあの第一王女に操られている可能性が高い。のらりくらりと、かわされてしまうようだ。」  「資料って、何を渡したのですか?」 「あの健康診断の玉はね、二つあったのさ。もともと団子のようにくっついてたんだ、内緒だけれどね。」  「やっちゃったんですか? もったいない。」  「俺が持っててどうするの。」  「変な女王だな。だって、証拠の品は、言ってみれば彼女から出たものだろう?」  「まあな。とても気に入らん女だが、ある意味しゃれっ気があって面白い。捕まえてご覧、出来るのならば、って言ってるのさ。」  「第二王女は、こちらの仲間にできないものかな?」 「むりだろうな。あまりにかわいそうだろう。それに、もう姉に操られている可能性が高いし、我々にはちょっと手が出せん。危険過ぎだよ。先輩。」 「確かにね。で、どうする。地下に潜るか。地獄に落ちるか。」 「ああ、先輩、これからは十分気を付けて行動しよう。お互いにね。あの女王は半分冗談みたいな女だが、どうして、あれは化け物そのものだ。人間を完全にペット位に見下している。あいつの奴隷になんかなってたまるか。別々にタイミングをみて消えよう。」  「分かった。連絡は、例の方法で。」  「ああ。幸運を!」             👹    人事課長は、人間と鬼になりかけの人間を『鬼力車』に乗せて、地獄の海岸沿いを飛ばしていた。  「問題は、バス停のおばさん鬼ですよ。いいですか、知らん顔して通過しますよ。ほら鬼のお面かぶって下さい。おもちゃだけれど、ちょっと眼には区別付かないですから。」     二人は、あやしい、鬼のお面を頭からかぶった。確かに、地獄の獄卒である鬼と、見た目はそっくり同じようになった。  「あなた、このマントもかぶってください。それか裸になるか。それと裸足になって。」  「いやです。裸なんて。」  彼女は、黒いマントをかぶって、裸足になった。  「まあ、いいか。さあ、もうすぐ停留所ですよ。いいですか。そら高速で通過してくださいよ。がんばれ。」  『鬼力車』の鬼は、とんでもないパワーで車を引っ張った。  「うわ、高速道路並みよ・・・・。」   彼女が叫んだ。  「しっ! ほらあそこが停留所です。」  人事課長が注意を促した。  確かに、前方が海から離れてゆき、左側に建物が見え始めた。    「よし、いない。行け!」  もう、停留所の横を、上手く通り抜ける。と思った瞬間、突然『鬼力車』にブレーキがかかった。  「こら! どうした止まるな!」  人事課長が言ったが、『鬼力車』は急停車してしまった。 「おやおや、どうしましたか?」  停留所の中から、一人のおばさんが出てきた。  穏やかで、にこにこした、優しそうな顔つきの、50歳過ぎばかりの、近所のおばさんそのものだった。  「ほら、ここは停留所ですよ。走るものは、皆、止まるように出来ています。さあ、お茶でも飲んで行きなさい、鬼さんたち。」  「あの、おばさん、僕たち公用で、かなり急いでいます。行かせてください。」  「まあまあ、あんた地獄の幹部候補の鬼さんだね。わかりますよ。こちらは、まだ、成りかけの鬼さんと、見習いの囚人さんだね。腕に判子もあるしね。大丈夫、私にはよくわかる。」  彼女は、マントの上から反対の腕を押さえた。  「あの、おばさん、地震が頻発してるでしょう。僕たちは、それを止めに行くのです。このままだと、地獄は壊れるんですよ。行かせてください。空を見てください。」  「ああ、何か荒れるねえ。あたしも、人間だった頃には、こんな嵐も見たし、大地もよく揺れたものだ。でも、ほら少し落ち着いてきたでしょう。もう大丈夫だよ。さあ、お茶をどうぞ。」  「あれ?」    それまで何も持ってなかったはずの、おばさんの腕に、程よい大きさのお盆があった。  そうして、よい香りのする、日本のお茶が三つ乗っかっている。  「さあ、どうぞ。」 「いえ、ありがとうございます。でも急ぐので、さあ、出発。」  人事課長が合図を出したが、『鬼力車』の鬼は、なんと眠ってしまっていて、動こうとしない。  「おい、こら、起きなさい。ほら。起きろったら!」  人事課長が必死に声をかけても、反応がなかった。それどころか、車体の下の人間タイヤからも、寝息が聞こえてきた。  「うわあ、駄目だこれは。」  「だから、お茶をどうぞ。一服くらいいいでしょう。」  おばさんがそう言うと、人事課長の手の中にも、人間二人の手の中にも、いつの間にか、お茶の入った湯のみが握られていた。  「あちち」  「鬼でも熱いんですか?」  彼女が低く言った。  「あたりまえです。鬼は敏感なのです。いいですか、飲んじゃだめですよ。これは毒ですから。うまくごまかしますから、その間に捨ててください。」  人事課長が、停留所のおばさんに話しかけた。  「おばさん、お願いだから、行かせてくださいよ。これは重要なミッションですから、地獄長に叱られます。あなたの責任にはなりません。ほら空がまたあんなに変です、ああ! 何でしょうあれは!」  人事課長はおばさんの反対側の空を指差した。  おばさんは、うまい具合に空を向いた。  二人はその間にお茶を捨てようとしたが、彼女が慌てて、手のお茶を、自分の足の上にこぼしてしまった。  「うわ、あつツ!」    おばさんは、視線を二人に戻してにっこりと笑った。  「まあ、可哀そう。すぐに、代えを入れましょうねぇ。」  「大変だ、すぐ拭いて。ほら。」  人事課長がタオルをコンソールボックスから引き出して、彼女の足を拭こうとした。  しかし、突然彼女が叫んだ。  「ああ、足が鬼の足になってゆく。うわあ、体も、鬼に・・・。」  「幻覚ですよ。このお茶は、体に付着したら幻覚を生じさせます。気を確かに。」  しかし、今度は彼女が笑い始めた。  「ホホホホホ・・ホホホホ。まあ、おばあちゃん。わしらはみな、鬼同士じゃ。ゆっくり話しましょうぞ。ほほほ・・・。ほら、そなた、降りるのじゃ。」  彼女は、精神的に異常になってしまっていた。そうして、さっさと車から降りると、彼を『鬼力車』から引きずり降ろそうとした。ものすごい力だ。  「さあ、降りるのじゃ。これ、そなたも、鬼姫の言うことが聞こえぬか。」  「まずいなあ。おばさん、お願いだから魔法を解いてください。この二人は、現世に返さないと駄目なんです。頼みますよ。」  「あなた、鬼のくせに、なんですか。ほら、鬼らしくしなさい。さあさあ、鬼姫様、こちらにどうぞ。この男は、姫様の食糧だったのですね。中で殺して食いましょう。」  おばさんは、突然、恐ろしい鬼婆の姿に変わっていった。  「さあ、どうぞ。ほら、こちらに来なさい。」  「課長さん、体が勝手に動くのですが。」  彼がようやく言った。  「このばあさんの魔力です。まずいです。ぼくの体も言うこと聞かないんです。くそ。スタンガンがあったな。よいしょ。これで、鬼の眼を覚ます!」  人事課長は、無理やりポケットからスタンガンを取りだすと、眠っている『鬼力車』の引っ張り手の鬼に当てた。  ズバ!!  と、衝撃が走って、案の定、力車引きは目覚めた。  「くそ、ばあさん、あんたはちょっと眠ってください。」  人事課長が体ごと鬼婆にぶつかって、もう一度スタンガンのスイッチを引いた。  「あれ、うわ、電池切れ? 充電しとくんだった。」  「むむむ、おのれ、こしゃくなエリート鬼め。このわしを甘く見るでない。現場の鬼は強いのじゃ。そら!」  鬼婆が叫ぶと、『鬼力車』の車体がバラバラになった。  「あ、あ、あ。うわあ、どうしてこんなことを。地獄の将来を考えろ、この鬼婆め。僕の夢を破壊するなあ。あああ、どうしよう。」  「ホホホホホ。なにをしておるのじゃ。さあ、そなたも来い。いっしょにこの男を喰おうぞ。」  「はい。ババ様、ぜひに、食べましょうぞ。」  「ええい、やっかいな。全く人間は騙されやすい。ほら、正気に戻りなさい。」  そこに、向こうの方から、思いもかけないものがやって来た。  バスだ。  「ああ、そうか忘れてた。ここに止まったら、必ずあいつが来る。停車時間は三〇秒。いいですか、あなた、少しは男らしさを見せてください。彼女を助けたかったら、あのバスに何が何でも、いっしょに乗るんです。」  「わかった。ほら、おばあさん、良い物見せてあげる。」  男はズボンのポケットから、タルレジャ王国製の、携帯音楽プレーヤーを取りだして、スイッチを入れた。  小さいのに、思いもかけないくらい大きな音がした。        「じゃやじゃやじゃあ~~~~~~~~ん。」  一瞬、鬼婆が怯んだ。  男は、鬼婆を突き飛ばし、暴れる彼女を抱きかかえたところに、丁度、何だか見覚えのあるバスが来た。  「ほら、乗って!」  人事課長が、バスのステップから叫ぶ。  携帯プレーヤーは、地面に転がった。そうして地獄の大地に反響して、ベートーヴェンがものすごい怒りの音楽を繰り広げた。  男は、その音楽の中を、彼女を抱えたまま、バスに飛び乗ろうとした。  すると、鬼婆の腕がすうっと伸びて、男の足を掴んだ。そうして引っ張る。  「おお、これは凄い力。」  バスの中からは、人事課長が男を引っ張り入れようとしていた。  男は、両方から引っ張られ、とうとう、彼女を離しそうになった。  そこで、彼女の目が覚めた。  「えええ、何これ。きゃあ。」  思わず彼女は、鬼婆の手を蹴飛ばした。と、同時にバスのドアが閉じかけた。  「おわああ。ほら、入れ!」  人事課長が渾身の力で、二人をひっぱった。  二人はなだれ込むように、バスに飛び込み、バタンとドアが閉まった。  指を挟まれて、『どぎゃあ!』と、叫びながら、鬼婆の手は、離れて行った。  「いやあ、助かった。」  人事課長が、はあはあ言いながら呟いた。  「あの。・・・」    彼女が、怯えながら言った。  「どうしましたか?」    「あの、このバス、運転手さん、いないんですか?」    「え? あらら!」    バスの運転席は無人だったのである。  「いやあ、どうやって、来たんだろう?」  人事課長が首をひねった。  ベートーヴェンが、いまだ、人類の怒りの鉄槌を、これでもか、と地獄に叩きつける中、バスは猛スピードで突進していた。 「思い出した。」  男が突然言った。  「え?」  彼女が呟いた。  「思い出したよ。やっと、君の事。」  男は、ぐいっと彼女を引きよせた。  「まあ、こんなところで。」  男は、思い切り彼女を抱きしめて、強烈なキスをしたのである。  「はあ、まだ思い出してなかったんだ。うわあ、そうだ、まずい、このバス。」  人事課長は、ようやく運転席に、どかんと座ると、ハンドルを握って何とかしようとした。  「あららっら、壊れてます。これ。」  「ええ~!!」  二人は抱き合いながら叫んだ。  バスは、ヘアピンカーブが続く、地獄の深い谷間の道に、差しかかっていたのだ。                     第六話・・・終わり   cc09b971-2176-4ddb-b284-de990b40cef9 写真  1枚目・・・阿蘇山      2枚目・・・尾道
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