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『第7話』
いよいよ、このお話のクライマックスです!
ただ、幸子が、ほとんど出てこないのが不満!
まあ、しょうがないかあ!
お饅頭食べながらでも、よろしく、お読みくださいね。
~~~幸子より
海沿いの平坦な土地をずっと真っすぐ走っていたバスは、いつの間にか、ぐんぐん、その高度を上げて行った。
「これって、山の中ですか?」
彼女が少し震えながら言った。
運転席で、なんとかバスを制御しようとしている人事課長が答えた。
「高いところが山ならば、そうです。でも、ここは海からこっちの平面全体が、どんどん持ち上がって来ているのです。ここがピークという、ある点はありません。問題は、この海との境目が、この先真っすぐじゃないことです。S字カーブを繰り返しながら、直線的に上がってゆきます。なので、当然このバスはカーブして走らなければならなくなります。おまけに、どういう事か知りませんが、この辺りでは、おそらく四次元または、それ以上の次元の物体が、しょっちゅう交錯してゆきます。」
「なんですか、それ?」
「知りませんよ。女王様のご都合ですから。でも、おかしな形や色の物体が、姿を変えながら、ゆっくり現れては消えてゆきます。ゆっくりなので、ぶつかる事はまずありません。ぶつかったらどうなるのかも知りませんが。」
「ちゃんと、カーブできますの?」
彼女が尋ねた。
「ハンドル動かないんです。ブレーキもききません。」
「つまり、どうなります?」
「ガードレールなんかないですから、最初のカーブで落っこちるんじゃないですか?」
「そんな・・・止まりませんか?」
「ええ、でも、エンジン勝手に噴いてますし。」
「降りよう!」
男が言った。
「は?」
「飛び降りるしかないだろ。周りに障害物はない。平らなところだ。転がればきっと大丈夫だよ。」
「はあ、でもこのバス、窓、開きませんよ。」
「ドアからだよ、当然。」
「いやです。できません、そんな事。生きていても、大怪我します。」
彼女が反対した。
「確かに、崖から落っこちるより、ましかもしれませんね。やるなら今しかない。もうすぐカーブします。」
「ええーーー!」
「よし、考えてる暇ないです。開けて!」
「オーケー。・・・・・・あれ?」
「どうしたの?」
「反応しません。駄目です。開きません。こわれちゃったみたいです。」
「開けよう。無理やり。」
男は、バスの昇降ステップに降りて強くドアを開けようとした。
鬼化し始めていたので、力は猛烈にある。
しかし、 動かない。
「堅いなあ 。びくともしない。」
人事課長も、運転席から飛び出して、一緒に開けようとした。
こちらは、本職の鬼である。
「駄目だ。ぼろのくせに、こういう時だけ頑張るなあ。」
「感心してもしょうがない。フロントの窓を割ろう。」
「そりゃ駄目です、轢かれます。多分。」
「じゃあ、後ろを。」
「ああ、でも、もう遅いです。ほら、カーブします。」
「うわあ!」
鬼一人、人間二人(一人は半分鬼)が叫んだ。
急カーブに向かってバスは突進していた。
「あああ、こりゃあ、もう落ちます。」
人事課長が呟いた。
その瞬間、バスが半ば強制的に向きを変えようとした。
!!キキキキー!!
大きな音で、バス全体がしなった。
「あああ、この、バ、バ、スカーブし、て、ま、す。」
彼女が途切れながら言った。
「そそそ、ん、な、ば、か、な・・・。」
人事課長が同じように答えた。
しかし、バスは真っすぐ行こうとする力に、猛烈に反抗しながら、海沿いの崖を、もう、ぎりぎりを廻って行く。
「お、お、お、お、お・・・・・」
左に廻っていたバスが、今度は大きく右に廻る。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ・・・・・・」
車体が半分浮き上がりそうになりながら、すぐにまた反対側に急カーブしてゆく。
「う、う、う、う、う、う、・・・・・・・」
鬼一人、人間二人(一人は半分鬼)が、バスの中で右に左に振り回されていた。
「きゃ、きゃ、きゃ、きゃ、きゃ、きゃ・・・・・・・」
「ああ、あれ見て!」
人事課長が振り回されながら、窓の外を指差したのだ。
何かが、地獄の海の上から現れてきた。
三角形のようだが、平面の三角ではない。
「あれって、四面体?」
彼女が不思議そうに言った。
「正四面体ですね。」
人事課長が答えた。
「でも、ほら、すぐに変わってゆきますよ。」
その不思議な物体は三角形の角がすぱっと無くなった八面体になり、そのまま、正八面体になった。
「あらあら、え?不思議い~~~。」
バスは、いつの間にかまっすぐ進み始めたが、鬼一人と人間二人(一人は半分鬼)の視線は、その鮮やかな、おかしな物体に釘づけになっていた。
やがて物体は、また八面体に戻り、正四面体になり、点になって、消えた。
「なに、あれ?」
「聞いた事があるよ。四次元の物体が3次元空間を通過すると、ああしたおかしな光景が見られるって。」
彼が言った。
「うわ。あれ!」
海の上に、次々と色とりどりの、おかしな物体が現れては、消えてゆくのである。
間もなく、それらが、海の遥か彼方まで、一杯に満ち溢れてゆく、不可思議な現象が起きていた。
「凄い風景。」
「何だこれ? 何なの? 何やってるの?」
「全然分かりません。でも、この辺りでは、これが当り前のようです。ほら前にも後ろにも。」
「うわー、ぶつかるわ。」
バスは、怪しげな現象の中を、しかし何故か上手くすり抜けながら、進んでいった。
「ぶつからない方が変だよなあ。」
男も、思わず唸った。
不思議な物体は、バスぎりぎりの処をゆっくりと通り過ぎてゆく。
なんだか、まるで意志が有るような感じもした。
そうして、暫くすると、この四次元の物体らしきは、すべてが、けむりのごとくに、消えて行ってしまった。
「不思議ですねえ。でも、このバス、どうやって上手く曲がったりできたのですか?」
すると、彼が思い当るように言った。
「このバスの車輪!」
「車輪?」
「これ、ぼくが最初に地獄で乗ったバスだ。タイヤの代わりに・・」
「待って、言わないで!」
「人間の頭とか、体の車輪。」
「だから、もう。いや!」
「いや、僕もそう思いました。でも、通常ありえないですねえ。恨まれこそすれ、助けてくれる理由が有るとは思えないし。」
人事課長が、いぶかった。
彼は、最初にこのバスを見たときに感じた、あの不思議な温かい視線を思い出していた。
*************
🚀
「ヘレナ、アブラシオが止まりました。」
アニーさんが、ヘレナに、そう報告していた。
「あらら、そう。」
「そうっ、てヘレナは判っていたのでしょう?」
「まあ、判っていたような、そうでもないような。」
「なんですか? それ。」
「だって、実際、アブラシオさんの反応なんか、試した事なかったしね。」
「はあ。でも、どうするのですか?」
「別に。」
「このままですか?」
「そうねえ。ねえアニーさん。わたしね、地獄を消滅させる気持ちは、本当にはないわ。だって、大切なエネルギ-供給源だもの。」
「ほう。なるほど、やはりそうですか。」
「そう。ただね、このままにしておく気持ちもなかったのね。」
「はあ?」
「だって、もうすぐ妹たちと、リリカ様が、まあ、ダレルくんもだけどね、が、地球を征服したら、地獄の必要性はぐんと減るでしょう?」
「まあ、そうでしょう・・か、ねえ。」
「そうなの。だから、これ以上、もう拡張させる理由はない。いままでは、光速で地獄の空間を拡張させてきていたけれどもね。これからは、責め苦以外の活動を主体にした、新しい世界にしようかと思うの。」
「でも、責め苦を止めたら、エネルギーの生産は止まります。それじゃあ意味ないでしょう。」
「まあね、でも、責め苦だけが生産方法じゃないわ。」
「と言うと?」
「勤労よ、勤労。それから、文化活動。クラブ活動。」
「は?」
「お仕事していただくの。きちんとね。それが無理なら、趣味でもいい。」
「はあ、なるほど・・・。と言うか、いまいち、よく分からないような。それって『地獄』ですか?」
「まあ、コンピューターさんのくせに情けない。ほら、ちゃんと考えてね。新しい、『地獄』のありかたよ。いい、もちろん、拷問も残すわよ。少しはね。でも、それは非常に悪質な犯罪者の場合だけにする。この場合の悪質と言う意味には注意ね。名称も変えましょう。もう単なる『地獄』じゃあないの。何か良い名前を考えてね。ほら、ちゃんと計算して、設計なさい。いままでの施設は、しっかり活用するのよ。『無限寮』も、『集中管理事務所』も、壊したところ、元に戻しなさいね。それと、各地の池の役割も再設計なさい。いい? 世の中、ここで大きく変わるのよ。『地獄長』は、交代ね。可哀そうだけど、ま、仕方ないわ。反乱しようとしたんだからね。ただし、存在自体は消しちゃだめよ。どっかに適当なポスト見つけてあげなさい。まあ、見せしめ的な雰囲気があるけども。後任は、そうね、あの若い鬼さんどうかしら? ちょっと抜擢人事だけれど。」
「はあ、わかりました。ヘレナの仰せのままに。」
「うん。よしよし。がんばってね、アニーさん。 あと、それからね、アヤ姫様や幸子さん達の事なんだけど・・・・・・・・。」
🗽
池の女神様たちの祈りは続いていた。
なにしろ、神様と呼ばれる彼女たちの事だ。疲れるということは、まずあり得ない。
この長いお祈りを、止めることが出来るのは、女王様だけしか、いなかった。
幸子さんは、しかし少し退屈になって来ていた。
「そういえば、あの二人どうなったのかなあ。気になるなあ。といって、止める訳にもいかないしなあ。」
「どなたか、お心が乱れていますよ。」
アヤ姫様が戒めた。
「うわ、さすが厳しいなあ。」
幸子さんが恐縮した。
🚌
バスは、いつの間にか下り坂の道を走っていた。ここに来て好調になってきた。
「このまま、泉まで行ってくださいよ。」
人事課長が祈るように言った。
他の二人も、顔を見合せながら頷いた。
海はどうやら大分向こう側に行ってしまったようで、周りは背の低い小さな木々が、ずらっと、どこまでも続いている。
しかし、そう上手くはいかなかった。
暫く進んだところで、バスは急停車した。
「道がない!」
前方の大地が大きく裂けている。そうして、道はそこで途切れていた。
今は、何故かバスのドアがすっと開いた。
鬼一人と人間二人は、恐る恐るバスを降りて、巨大な裂け目の淵に立って、底を覗き込んだ。
「おぎょわー。これは凄い。」
人事課長が声を上げた。
無理もなかった。地獄の大地は、そこで向こう側とこちら側に大きく分かれていた。その幅は、おそらく五百メートル以上はある。
しかも、少しずつ広がっているように見えた。
そうして、裂け目の底は、まったく見えないくらい、遥かな彼方だった。
「まさに、地獄の裂け目だ。」
男が言った。
「これって、前からこうなのですか?」
「まさか、当然こんなの無かったですよ。さっきの地震で出来たのでしょう。しかし、これは困りましたね。」
その裂け目は、右も左も遥かな先まで延々と続いているのだ。
人間二人と鬼一人は、茫然としてしまった。
「バスに入って考えましょうか。」
人事課長が呟いた。そうして、彼女とともにバスの中に引き籠った。
男は、少し周りを伺い、それからバスの周りをやや怖々と後ろ側に進んで、あのタイヤを見た。
人間タイヤは、見るも無残な状況だった。
それはそうだろう。こんな長距離を走った事はないはずだ。
彼は眼をそむけざるを得なかった。
しかし、彼はまたはっきりと感じた。あの、優しいまなざしを。
なんとか、その正体を見極めようと、辛いのをこらえて、タイヤの中を探った。
しかし、タイヤの奥の方は、まるで漆黒の暗闇のようになってしまっていて、どうしてもその向こう側がよく見えないのだ。
「だれ?僕を見るのはだれ?」
彼は小さな声をかけた。
「教えてください。もしかして、もしかしたら、僕の、母さん・・・・。」
彼の母は、彼が生まれてすぐ、町の教会の前に赤ちゃんの彼を置き去りにして、消えてしまった。
だから、彼は母の顔も、父親の事も、何も知らなかった。
「・・・・・・・」
返事は何もなかった。
男は、じっと立っていたが、諦めて戻り始めた。
とても、タイヤに触る勇気はなかった。
バスに戻ると、二人がじっと彼を見つめた。
窓から彼の様子を見ていたらしい。
「何か、ありましたか?」
人事課長が尋ねた。
「いいえ、何も。」
「はあ、そうですか。」
男は、一人でシートに静かに座った。
『どうして、もっと、質問できないんだろう?』
彼は自問していた。
と、何かおかしい。
小さな揺れがある。
それは三人とも感じた。
その、小さな揺れは次第に大きくなり、さらに、「どかん」、「どかん」、という音が聞こえてきた。
「あれは、何?」
彼女が窓から外を探った。
「うわ、揺れます。これはまずいかも。恐竜か? あれ、うわ、あいつ。なんでここまで。」
左の後ろの方から現れたのは、あの、巨大な赤ちゃんだった。
その肩の上には、防護服を着ていた、赤い髪の女の子が乗っている。
「こっち来るわ。」
「復讐に来たのかな。」
「いあや、それは無いような。あ、あ、。」
巨大赤ちゃんの大きな目が、バスの中を覗き込んだ。
そうして
「ぎょわー、ぎゃー。」
と、叫び声を上げた。
「あ、あ、あ、こいつ何する気だ。おぎょわー!!」
バスは、赤ちゃんにすくい上げられて、宙に浮いた。
まさに、怪獣に持ち上げられたバス、そのものである。
「うわ、こいつ投げ捨てる気かあ!」
人事課長が呻いた。
赤ちゃんは、バスを持ちあげると、
「ぐぎゃー。」
と叫んで放り投げた。
「きゃー。」
彼女が叫んだ。
しかし、バスは奈落の底へではなくて、崖の向こう側に、スリップ・ダウンしたのである。
「うわあ、着いたあ!」
するとバスは、そのままぐんぐん走り出したのだった。
「荒っぽいけど、助かった!」
「あいつめ!!」
三人は、後ろの窓から、どんどん小さくなって消えてゆく巨大赤ちゃんに、手を振っていた。
👶
「地獄長! 大丈夫ですか?」
副地獄長が問いかけた。
「ああ、生きてるようですよ。丁度落ちてきた処に、机があったもんだから、助かったよ。これ、どかせますか?」
「ええ、三人でやれば、動くでしょう。ほら、がんばれ。」
副地獄長は、屈強の鬼の力を借りて、落ちていた天井の残骸を持ちあげた。
「これは、被害が大きいな。」
机の隙間から這い出しながら、地獄長が言った。
「ええ、そうですね。まだはっきりした事は判りませんが・・・・・。」
「けが人は?」
「大分出ています。見つかった者から地獄病院に運んでおります。重傷者もいますが、詳細はまだ掴みかねています・・・。まあ、死にはしませんがね、地獄がなくなったら、わからない。」
「そうだろうが、早急に確認したまえ。」
「ええ、そうします。でも、あなたは、怪我はないですか? 一応ドクターに診てもらった方が良いですよ。」
「ああ、後で診てもらうよ。それより、地獄はどうなってる?」
「そうですね。機械類が正常だとすれば、現在地獄は大きく三つの部分に分かれようとしています。ご承知の通り、この地獄は、約二千五百年前に、女王様が作った小さな部屋から始まりました。暫くは女王様の個人的な『せっかん用』ルームだったのですが、二千年前に、女王はこの部屋を拡大し始めました。それはやがて宇宙空間のように、光速で拡大してゆきました。そうして、本格的な地獄に成長し、我々も配置されていったのです。しかし、今、どうやら女王様は、何かまたやり始めているようですな。」
「何か、とは何だと思う?」
「それは、判りません。直接聞いてみるのが一番でしょう。しかし・・・。」
「しかし?」
「まあ、無理でしょう。あなたも、私もまず間違いなく、よくて解任、悪くすれば、消去。でしょうな。」
「こうした事態は、ある意味覚悟の上だ。今こそ、するべき事を、やろう。」
「いいのですね?」
「できれば、話し合いたかったが、女王様にはそういう気はなさそうだ。」
「まあ、そのようです。」
「その為に、君に頑張ってもらったのだからな。」
「まあ、確かにそうですが。上手く行くかどうかは、判りませんよ。試験なしですから。」
「ゆくさ。自信を持ちたまえ。捨て去られる部分に居るものはどの位だね?」
「この混乱の影響がかなりあるでしょうけれど、罪人百万、鬼はその三倍と言うところですね。ただし、こちらの掌握範囲でのことですが。実際はその三倍くらいでしょう。」
「非常に慙愧に堪えない。全員で行くつもりだったのに。」
「ええ、そうです。でも、やるのですね。」
「やろう。今しかないさ。」
「わかりました。ではシステムを作動させます。」
🌊
「ヘレナ、これは何でしょう。地獄が震えています。」
「そりゃそうでしょう。」
「いや、その地震振動とかじゃないです。三分割した中央部分が次元振動を起こしています。異次元空間に移転する前触れですよ。地獄の中央部をそっくりどこかに持って行く積りのようですね。」
「あらま。ふうーん。誰がそんな技術を伝授したのよ?」
「いやあ、しかし、こんな事出来る技術を持っているのは、アブラシオを使えるリリカ様か、もしくは・・・。」
「ダレルね。犯人は。まあ、直接実行したのは、ソーね。きっと。」
「そう、ですか?」
「そう、じゃなくて、ソーよ。あなた遊んでる?」
「いや、ヘレナが笑うかと思って、です。」
「ありがとう。でも、全然面白くないわ。そう、でしょう?」
「はい。スミマセン。」
「いいわ。で、どこまで行きそうなの?」
「それは、わからないですよ。」
「どの位のエネルギーを使えるのか、と聞いてるのよ。」
「地獄中央域全体の、半分は使えそうですね。これならば、そうですね、自力で他の宇宙に到達できるかもしれませんね。」
「ふうん。でも、駄目。阻止するわ。罰を与えてやらなければなりませんもの。」
「行かせてやったらどうですか?」
「私が、そんなお人よしに見える?」
「ええ、あなたは自分でおっしゃるより、遥かに良い人ですから。さっきも、人間ふたり助けて下さるっておっしゃったでしょう?」
「ふうん。でもわたし、第一、人じゃないしね。そうやって褒められるのって、大嫌いだし。だから駄目よ。」
「じゃあ、あなたは、まさに凶悪な悪魔であり、極悪の魔女そのものだから、ここはひとつ、見せしめのために、彼らを他の宇宙に飛ばしてやったらいかがですか?」
「ふうん。そう言われると、うん、うれしいなあ。ありがとう、アニー。そうねえ。じゃあ、いいわ。やらせてみてあげる。ふふふふ。では、中央部が、どこかに消えたら、わたくしが、地獄の前後をくっつけるわよ。あなたは、さっき命じたように、新しい施設やら制度やらを作りなさいね。」
「わかりました。ヘレナ。素晴らしいです。さすがです。」
「まあ、また御世辞言って。それ嫌いなの。」
「あ、今、消えました。移動してますが、あらら、追いきれません。これは早いです。アニーの視角から消えてしまいました。通常ありえません。これは何をしたのですか? ヘレナ」
「そりゃそうよ。ほうら、到着ですよう。あっと言う間にね。」
「アニーの監視範囲には、もうどこにもありません。どこに行ったのですか?」
「ほほほ、わたくしは、極悪の魔女ですもの。 貴方には決して見えないところよ。まあね、『真の都』のお隣さんにしてあげたの。でも、お互いに行き来はできないわ。隣に誰がいるのかも分からないわ。もう、彼らは外の誰とも会えない。美味しい松阪牛も、伊勢海老も食べられない。どこの現世とも連絡できない。永遠にね。この永遠は、本当に永遠だからね。この意味、わかる? アニーには。」
「計算不能領域です。」
「まあ、そうよ。わたくしにも、実はまだ分からない。『真の永遠』の意味はね。でも感情のないわたくしには何の意味もないわ。人にはね、絶対誰にも理解ができない。記述も出来ない。でも、今、弘子さんもそうだけれどね、背筋が静かに凍るような恐怖が、人を襲うの。それが人間にとっての『永遠』と言うものよ。命に限りがある事で、人間は最終的な安心感を得るの。」
「そうでしょうか? 宇宙は実は限りのあるものだと、人間たちは考え始めていて、それを数学的に証明しようとしています。証明されれば、それは真実となるのではありませんか?」
「まあ、そういうことね。偉大な賢治先生もそう考えた。でも、人間はそれを最終的に確認できないわ。まあ、SF小説には、そうしたお話があるけれどね。それはね、極めて科学的なようだけれども、それはそれで、とても宗教的でもあるのよ。だって、肉体を持たない存在が、今まさに、ここに居るのに、人間には、まだ理解できないでしょう? 時代は、賢治先生が考えた方向に確実に向かっている。でもいい? アニー、わたくしは、宇宙の終焉に、何度も立ち会ってきたけれど、最後の瞬間と最初の瞬間には立ち会えないのよ。数字にならないような、ほんの僅かな誤差があるの。こんな私を、誰が作ったの? どこから来たの?」
「今のところ、計算できません。」
「それを、解き明かしてくれる誰かに会うために、わたくしは、本当は存在していないのに、存在しているように振舞うのよ。 さて、講義はこの位にしましょうね。まあ、池の女神様たちには、もうこれ以上お祈りする理由はなくなったって訳よ。そうそう、アニー、今度は地獄がアブラシオの影響を受けないようにしなくっちゃね。」
「お言葉ですが、ヘレナ、その講義を聞くのは、これが三十七万六千三百・・・。」
「わかったわよ。あなたの抗弁を聞くのは、その、マイナス七十八回目よ。つまり、あなたはそれだけしか、素直に聞いていないの。しかもきちんとした回答は一回もなしよ。」
「それは、仕方があません。あなたがアニーを、そのように作ったのですから。」
「あ、そう。 あら、そうかしら。」
「ほら、あそこですよ。あの少しくぼんだような、こんもりした様なおかしな場所。あそこに、『泉』があります。」
人事課長が言った。
「帰れるのですね?」
彼女が、うれしそうに、そう言った。
「ええ、幸子さんが言った事は、もちろん事実です。ただし、僕も、実際には見た事がない。初めてです。すごくどきどきします。」
「鬼でもか?」
彼が言った。
「鬼でも、です。このようなことは、まず滅多にないですから。普通なら妨害しますしね。今回は、いろんな事情がありまして。」
彼は、どうしても、今、聞かねばならない事が有るように思った。
そう、あの人間タイヤの事だ。
あれは、いったい誰なのか?
人事課長ならば、知っているのではないだろうか?
聞かなければならないのに、何故か、切り出せない。
「あなたは、どうやって帰るのですか? だって、こちらから投げてくれる誰かがいるのですか?」
彼女が先に聞いた。
「さて、どうしましょうか。このバスも持って帰らないと、まずいですしね。第一、地獄長達が、受け入れてくれるかどうかも、分からないのですが。まあ、でも、それはぼくの問題ですから。あなたたちが心配する必要はありませんよ。」
「はあ、・・・。」
バスは、ほどなく『泉のほとり』 に到着した。
「さあ、ここが終点ですよ。降りましょう。」
「あなたは?」
「僕も、降りますよ。あなたがたが、ちゃんとここから居なくなるまで、見極めますから。ほら、あの木立の向こうに、すぐ泉があるはずですから。」
鬼一人と人間二人は、バスを降りた。
彼女は、気持ちを抑えられないように、こんもりした木立の方に、小走りに進んでいった。
男は、ものすごく名残惜しい気持ちを感じていた。
もう一度、あの人間タイヤを見なければ、ならない。
彼は、彼女とは反対に、バスの後方に回り込んでいった。
人事課長は、それに気がついて、声をかけた。
「どうしましたか? 彼女が行ってしまいますよ。ほら。」
男は、タイヤを覗き込みかけていた。
「いや、実は、聞きたい事があって・・・」
と、ようやく言い始めた。
その時、悲鳴が上がった。
「きゃー、ない、ない!」
彼女の声だった。
人事課長は、その方向に向かって走り出した。
彼も、人間タイヤに気を引かれながらも、叫び声の方に、引きずられるように駈けだした。
人間タイヤの奥の方では、小さく微笑む、何かがあったのだが・・・・・。
「あれ、ほら、ないの。ないのよ。」
人事課長と、彼は、木立の向こう側に着き、そうして見た。
そこには、確かに『泉』があった。
いや、泉の跡、が、あった。
「水が、ない。」
人事課長が、呟いた。
「まったく、ない、ですね。」
彼も同じように低く言った。
彼女は、そこに座りこんでしまった。
「地震が原因ですね。あれで、ほら、泉の底に、亀裂がいっぱい走っています。あそこから、水が流れて行ってしまったんでしょう。もともと、地下水が湧き出ていたのですが、どうやらそれも、止まってしまったようですね。水がないと、多分、・・・移動が出来ないはずなのですが。」
人事課長が、口ごもりながら、何とか説明しようとした。
「じゃ、どうすれば、いいの?」
「とにかく、幸子さんを呼んでみましょう。聞こえるかもしれない。ほら、やってみて。」
彼女は、立ち上がって、幸子さんに言われたとおりに叫んでみた。
「幸子さん、拾って! ねえ、幸子さん、拾って! 助けて、幸子さん、助けて。来たのよ。ここに、来たの。幸子さん、拾って! 助けて!」
鬼一人と、人間二人は、じっと耳を澄まして聴いていた。
その時、何かおかしな風の流れが吹きつけてきた。
(これが、地獄の中央部が消え、さらに、残った部分が合体した、その余波、つまり衝撃波だとは、勿論、三人は考えようもなかったが。)
あとは、しんと、静まり返って、何の物音もしなくなった。
「幸子さん! 聞いて。ねえ幸子さん。」
「おーい、幸子殿~。聞こえませんかあー!!」
人事課長も叫んだ。
まったく、反応なし、だった。
「はあ、困ったなあ。どうしようかあ。」
地獄の人事課長が呻き、半分鬼になった彼は、動けなかった。
彼女は、また、へたっと、座りこんだ。
⛲
「どうやら、お祈りはこれで終わりですね。」
アヤ姫様が、言った。
女神様全員が、我に返ったように、ふと、合わせていた手を解いた。
「どうして、判るのですか?」
幸子さんが、アヤ姫様に尋ねた。
「さあ、神秘なる兆し、つまりは、勘です。何か、そんな感じがしたのです。」
「はあ、わたし、さっぱり判らなかったけどなあ。」
「アヤ姫様は、特にご感覚が鋭くていらっしゃるから。」
これは、どの女神様が言ったのか、幸子さんにはよく判らなかった。
『まあ、わたしは、鈍感ですけどねえ、だ。』
幸子さんはちょっと気を悪くした。
その時、水晶玉を覗き込んでいた、ジュウリ様が、ちょっとびっくりしたように言った。
「あら、ここ人間がいますね。これはでも、死者ではなく、生身の人間です。ほら、泉のほとりに。」
隣にいた、ユーリーシャ様が覗いてみたが、両手を広げて言った。
「見えませぬぞ。そう言えば、こいつは、ジュウリ様以外の者には、何も見えませぬからな。」
「その泉と言うのは、あの現世と一か所だけ女王様が繋げたという、伝説の泉ですか?」
チェス様が尋ねた。
「そのようです。」
ジュウリ様が、あっさりと答えた。
「あの泉は、確か、今は幸子様のご支配下にあると、存じますが。遥か昔は、わしが支配しておりましたがな。」
コキ様が呟いた。
「ええ、私も、そのように存じてはおりますが・・・。ね、幸子さま?」
アヤ姫様が、少し申し訳なさそうに、確認した。
「あらあ、忘れてた!」
幸子さんが、やや大きな声で言ったので、皆が、幸子さんに注目した。
「あの、いえ、つまり、こうなのです。。。。」
幸子さんが、事情を、相当にかいつまんで説明した。
「つまり、幸子殿が、あの二人をすくい上げるとの、お約束をなさられた、というわけですなあ。」
ユーリーシャ様が、念押しをした。
「はい、まあ、確かにね。そうですね。」
幸子さんが、やや後ろ向きになって答えた。
「約束は、約束じゃでなあ・・・。」
コキ様がまた呟いた。
「それで、さきほどから、あの二人と、連れの鬼が、あれは、人事課長様ですね。必死に叫んでいました。『幸子さん、拾って』とか・・・。」
「あらあー、うん。確かに、そう言うように、言いました。」
冷たい様な、かなり、なんとも話しにくい様な雰囲気が、女神様たちに広がった。
アヤ姫様が、優しく話しかけた。
「でも、お水がなければ、助け出せないのではありませんか?」
「そうなんです。つまり、向こう側に、それなりの設備か、たっぷりの、お水がなければ、手が出せないのよう....なの、です。」
「それは、困りましたね。幸子様も、助けて差し上げたいのでしょうけれど、無理なものは、無理ですしね。」
「女王様に、連絡は付かないのですか?」
幸子さんの仲良しである、アナ様が助け船を出した。
これには、女神様全員が頷いて、アヤ姫様を見た。
実のところ、このところ、誰も、さっぱり、女王様と連絡が取れずにいたのは、同じなのだった。
アヤ姫様が、女王様から一目置かれる、特別な存在である事は、幸子さんも、認めざるを得ないところである。
「皆さまのお気持ちは、よく分かります。でも、アヤも、女王様と、このところお話しは、できいないのです。今も、度々、呼びかけてみているのですが。以前は、すぐ御答えが有ったものですが・・・。」
みんなが、ため息をついた。
そこで、ユーリーシャ様が言った。
「要は、お水があればよろしいのでありましょう?」
「まあ、そうですよね。・・・・でも、あそこは、水道もないし・・・。」
幸子さんが困ったように、あやふやに答えた。
「たとえ水道が有っても、地面にいっぱい穴があいているようですから、無理ですね。穴から漏れるよりも、もっと大量の水を注ぎ込まなければ、なりません。」
ジュウリ様が、客観的に述べた。
「ならば、幸子殿の、お腹は、あの泉と繋がっているのでありましょう? 今でも。」
「はい、多分。でも、確かかどうかは、わかりません。」
「ならば、簡単ではないか。幸子殿が、水を大量に飲んで、あそこに送り込めばよいのであろう。」
ユーリーシャ様が言った。
すると、アナ様が弁護に立った。
「それは、今のお話のように、少々では駄目なのですから、それは、無理と言うものです。」
「約束は、約束じゃでなあ。池の女神が約束を守らなかったというのは、問題じゃからのう。」
コキさまが、またまた、ちょっと凄みを込めるように呟いた。
「あの・・・・・。」
幸子さんが、何か言いかけたが、ユーリーシャ様が遮った。
「では、本当にまだ繋がっているのかどうか、幸子殿には確認ができぬのですから、まず、少し、お水を飲んでみられるがよろしかろう。色のついたジュースなど、いかがか? それがちゃんと、向こうに届くかどうか、ジュウリさまがしっかりと、確認するのじゃ。そうしてからに、確認が出来たらば、こんどは、幸子殿が巨大化して、アヤ湖の水を大量に呑み込んで、送ればよろしい。」
「ええー? アヤ湖のお水をー? それは、かなり、嫌ですわー。アヤ湖は、なぜだか、ちょっとだけしょっぱいしー、塩気は、だって、わたし苦手だしいー。」
「それは、水責めに等しいですわね。」
じっと、黙っていた、マリリ様が話し始めた。
「わたくしは、女王様によって、長い責め苦ののち救い出され、池の女神になったのですが、水責めは、あまりに非人道的な拷問です。今、思えばですが。幸子様にとっても、それは御気の毒でしょう。」
「いえ、拷問ではありませぬ。幸子様からは、そのまま、泉にそそがれるのじゃから。問題ないはずじゃ。」
ユーリーシャ様は、そう主張した。
「まあまあ、皆さま、では、わたくしがお尋ねいたしましょう。」
アヤ姫様が割って入った。
「では、幸子様に、アヤ湖のお水を飲んで欲しい方は、手を上げてください。」
ユーリーシャ様が手を挙げかけたが、周りを見ながら、さすがにすぐに手をひっこめた。
しかし、コキ様は、はっきりと、その皺だらけの、小さな手を、いっぱいに上に挙げていた。
すると、アヤ姫様が言った。
「なるほど。皆さまがおっしゃることは、それぞれ意味が有る事でしょう。でも、わたくしは、この状況で、幸子様が、無理に人間を救出することは無いと思います。それは、人間の世界でも、同じ事でしょう。やむおえないことと言うものは、あるのです。幸子さまを責めることは、できません。」
アヤ姫様にこう言われると、さすがに、女神様たちには反論しずらいのだった。
「でも、決めるのは、幸子様ですよ。どうなさいますか? 誰も、幸子様を責めたりしませんよ。」
しかし、幸子さんの答えは、もう決まっていたのだ。
「やります。だって、約束したんだから。この先、困りますから。」
「なるほど、分かりました。では、こういたしましょう。まず、幸子さんは、大好きなお気楽饅頭を食べます。」
「え?」
「お水でも、お饅頭でも一緒でしょう? で、ちゃんと向こうに届くかどうか、よく確かめましょう。」
アヤ姫様は、なぜか少し天井を眺めながら、声を大きくして、楽しそうに言った。
「だって、お饅頭の方が、分かりやすいもの。ね、幸子様、一個や二個とかじゃなくて、ちょっと多めにいたしましょうか。で、そうすれば、ジュウリ様にも分かりやすいし、きっと、人事課長さまたちにだって見えやすいでしょう?それから、上手く行ったら、そんなに、お水は大量でなくていいと思いますよ。シャワーのように流れ込む位で多分いいのです。そうでしょう? それならば、別にアヤ湖のお水じゃなくて、水道だって、きっとうまくゆくわ。そうでしょう? ね。」
『アヤ姫様は、本当にかわいらしい。でも、時々、怪しいと言うか、なんだか変なこと思いつくよね。やっぱり女王様のご先祖様だけの事はあるわね。見た目もそっくりだけれど。』
幸子さんはそう思ったが、それはもう、お饅頭の方が良いに決まっている。
🍩
「どうしますか、ヘレナさん。まさかほっておきませんよね。アニーと約束したのだし。」
「まあ、まあ、困った池の女神様たちねえ。どうせお願いするならば、ちゃんとそれらしくお願いしてほしいわね。人間たちならばそうするわ。きちんと儀式をして、お願いしてくれるの。」
「でも、あなたは、神様じゃないでしょう。」
「そうだけど、事実上わたくしが、神の代理なのだから。もう、ね。」
「いまの、語尾はどのように解釈すれば良いのですか?」
「もう、アニーさんったら。いいわ、ほら、裂け目をふさいであげる。お水も注いだげる。結局こうなるのよねえ。アヤおばあちゃまには敵わないわ。」
「あ、今、アブラシオが再始動し始めました。」
「了解。じゃあ、地球侵略を始めましょう。もっとも、わたくしは、表向きは、侵略者と戦う事となりますけれどもね。」
「はあ? なんですかそれ?」
「だって、わたくしは、火星の女王であると同時に、王国の王女様なのよ。当然、侵略者とは戦わなくてはなりませんわ。それが、王女の務めですから。」
「ううん。論理的に不整合なような。いや、整合の様な。」
🍩 🍩
「ありゃ、あれなんだろう?」
人事課長が言った。
それほど大きくはない『泉』の真ん中に、何やら怪しげなものが、二~三個、中に浮かび上がって、そうしてポトン、と、地面に落下した。いや、二~三個じゃなくて、四個、五個と、次々に落ちてくるのだ。
「あれ、お饅頭じゃないかしら。幸子さんの大好きな。」
「ああ、そうですね、お気楽饅頭のような感じです。」
「じゃあ、幸子さんが、連絡しようとしてくれているのでは。何か意味が有るのではないでしょうか?」
「さて、モールス信号でもなさそうだし、なんだろう?」
お饅頭らしき物体は、さらにいくつも現れては、ぽとっ、と地面に落ちて行った。
しかし、それが止まると、今度は、三人が目を疑うような光景が現出した。
『泉』の底の割れ目が、すっと閉じてゆく。
そうして、例の、不思議な四次元物体が、ゆっくりと形を変えながら、『泉』の上に現れたのだ。
大きいものではない。みかん箱くらいのものだ。
そうして、なんと、別に蓋が開いたりするのでもないのに、大量の水があふれ出した。ものすごい量だ。ほとんど滝のように、空中からあふれ出す。
泉は、あっと言う間に水で埋まり始めた。
そうして、泉の中から、幸子さんの声が聞こえてきた。
「お待たせしましたあ~~。ほら、思い切って飛び込んで。ひろったげるからあ~。」
「さ、行ってください。お世話になりました。ワンチャンス、ですよ。さあ、ほら飛び込んで!」
人事課長が、二人の背中を、凄い力で押した。
彼と彼女は、泉の中に勢いよく落ち込んでいった。
幸子さんの、長い爪のはえた巨大な手が、二人をつまみ上げるのが分かった・・・・・。
⛲ 🌞 ⛲
「ここは、いったいどこなんだ?」
地獄長が尋ねた。
「さて、どうやら、われわれの計算とは、かなり違う処に、着いてしまったようですなあ。これは。ちょっと確認してみましょう。」
副地獄長が、答えた。
「ああ、頼む。」
「外部の環境は、とりあえず問題ないですね。鬼も、亡者たちも普通に生活できる。生きた人間でも。」
「そうか。」
「しかし、こんなところは、これまで確認した事がないですから。」
「どのようにすると?」
「いや、少し待って下さい。」
「わかった。」
しばらくして、副地獄長が大きく肯いた。
「外に出ても、よいかな?」
「ええ、もう、大丈夫でしょう。でも、まずは、玄関までですよ。その先は、安全を保証できませんよ。」
「わかった。」
地獄長は、ドアを開けて、外に出て行った。
🏠
「ここは、どこに出たのかしら?」
彼女が言った。
あたりは、もう夕やみに包まれ始めている。
大きな湖か、巨大な、池なのか。
けれども、ここは地獄ではない。
周囲をぐるっと、眼に染みるような、明るい照明が取り囲んでいる。
明らかに、華やかな人間の営みが感じられる。
特に左手の方には、かなり大きな街が広がっているようだった。
ただし、前方の方にだけは、ぽっかりと暗い空間が広がっていた。
そうして、その暗い空間と、明るい街との境目に、とてつもなくい高い、ライトアップされたビルか塔のようなものが、見えている。
「ここって、もしかして・・・・。」
「判るのか?」
「あの、多分、ここはタルレジャ王国の首都。この湖は、アヤ湖じゃないかと思うの。」
「来た事あるの?」
彼が尋ねた。
「ええ。一度ね。会社の友達と。もちろん、女の子だけれど。あの時も、夕方、アヤ湖のほとりに来てみたの。あの高いビルが、タルレジャ・スカイ・ハイ。という名前の建物。出来た時は世界一高いビルだったの。高級オフィスや、ショッピング街、上の方にはホテルが入ってる。」
「泊ったのか?」
「いいえ。あまりにお値段も高いから、無理。」
「信じられないなあ。なんで、外国になんか・・・。」
「地獄より、近いわ。きっとね。あら、電話。そうか、スマホじゃなくて、古い携帯持ってきてたから・・・あ。」
「出なくていいの?」
「いい。無理。」
「無理?」
「だって・・・これは、婚約者から・・・だからね。」
「ああ、でも、それなら、なおさら出なくては?」
「いいの? 出ても?」
「いや、それは・・・。」
男は、さすがに言い淀んだ。
「あ、切れた。でも、きっとまたかかる。つながったことは事実だし。どうするの?」
「どうするって?」
「ばかね。この期に及んで、だから、どうするの? 」
「いやあ。と言われても・・・あれ、これ何だろう?」
彼は、ズボンのポケットに手を突っ込んでいた。そこには、何か封筒のようなものが入っていたのだ。
「なんだろう、これは?」
「封筒みたい。ほら、中を見て。」
「ああ、手紙? 暗いからよく見えないなあ。」
「ほら、灯してあげるから・・・。」
彼女が、携帯の明かりをかざした。
『今夜は、タルレジャ・スカイ・ハイに女王様が予約を入れてくれています。間もなく、ちょっと古いリムジンが行きますから、それに乗ったら、ホテルに直行です。車の中に簡単な着替えが有ります。あのホテルは、なんせ、タルレジャ流なので、裸足で行ってもOKだけど(だって王女様なんかいつも裸足でしょう。)車の中に高級サンダルが置いてあります。じゃあ、二人で頑張ってください。不思議が池の幸子より。 追伸 全部女王様のおごりです。あ、またお饅頭よろしく。あ、あ、それから人事課長が、違約金振り込みしてます、と言ってました。なんかすっごい額みたいですよお。二億円とか。 地獄も悪くないでしょ。でも、なんか地獄の中心部は無くなったみたいだけどお、幸子どうしようかな。じゃね。』
「うわあ。凄い。こんなの、あり?」
「ううん。確かに、違約金条項はあったけれど・・・・」
「あなた、ちょっとだけ、お金持ちね。」
「金持ちがいいのか? やっぱり。 それに、ぼくはまだ無職だよ。」
「そりゃあ、無いより、あった方がいい。でも、何でわたし、地獄まで行ったの? そこんところを、考えてほしいな。」
彼は、彼女を抱き寄せた・・・・・・・。
池のほとりで、愛を確かめ合っている二人の横に、ちょっと古いリムジンが到着した。
第七話・・・終わり
⛲
*写真・・・ボンネット・バス。鳥取市内。
おまけ・・・・・松山道の途中(石鎚P横のハイウエイ・オアシス)にて。
![bb326620-68b4-4f03-bbe8-db9953589cac](https://img.estar.jp/public/user_upload/bb326620-68b4-4f03-bbe8-db9953589cac.jpg?width=800&format=jpg)
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