君と永遠に

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「ねぇ、初めて会ったときのこと、覚えてる?」  私は目の前の彼に尋ねた。 「もちろん。初めて君を見たときはビビっときた。この人とずっと一緒にいるのだろうなぁって、すぐにわかったんだ」  芸能人の結婚記者会見で「ビビッときた」なんて言っているのをみたことがあるけれど、実際に言われてみると少し照れ臭い。でも、私も同じように「ずっと一緒にいるのだろう」と、感じていたのは確かだ。  「愛子と出会えて本当に良かった」 「私も」  ニアは爽やかな笑顔を浮かべた。   ニアは私の彼氏だ。サラサラの金髪に青い瞳、透き通る様な白い肌。ニアの外見はどこをとっても私好み。加えて、お互いの感覚やセンスがかなり近い。結婚は価値観がずれているとうまくいかない、と聞いたことがある。純和風な私と西洋王子様のような彼は見た目こそ大きく違うものの、私が好きなものはたいてい彼も好きで好みが違ったことがない。そんな見た目はパーフェクト、相性バッチリの彼を友人に自慢すると「いいね」「よかったね」と、いつも言ってくれる。 「ねぇ、ニアは私のこと好き?」 「もちろん。愛してるよ」  日本人は照れ屋だから『愛している』と、あまり言わないらしい。私はそれがあまり好きではない。少しでも『好き』とか『愛している』という気持ちが心のどこかにあるなら、それを言葉にして伝えて欲しいと思うのだ。だって、減るものじゃないじゃないし、言われないより言われたほうが、嬉しいものだから。 「私たちも出会って三年ね」 「そうだね。今日は僕たちが出会った特別な日だから手紙を用意したんだ」 「ありがとう。覚えていてくれたんだね」 「僕は大切なことは絶対に忘れないから」  彼は笑顔を浮かべた。出会って三年経った今でも彼の笑顔には惚れ惚れしてしまう。ずっとみつめていたいくらいだ。 「じゃあ、読むね」  私が頷くと彼はゆっくりと便箋を開いた。 「愛子へ。君に出会った時のことは今でもはっきりと思い出すことができる。あれから三年が経ったね。辛い時も楽しい時もずっと一緒にいてくれた。これからもずっと一緒にいたい。愛してるよ、愛子」  彼はゆっくりと便箋を閉じた。  シンプルな文章だった。彼の手紙は嬉しかったけれど、物足りなかった。 「ねぇ、ニア。そろそろ両親に紹介したいと思っているの」  彼の表情が一瞬固まった。  出会って三年。そろそろ両親にニアを紹介しても良い頃だ。でも、自分から言うのではなく、ニアから言って欲しかった。 「実は僕も、愛子のご両親に挨拶をしなければいけない思っていたんだ。僕から言わなくてごめん」  ニアは小さく頭を下げた。顔を上げるとバツの悪そうな顔をしていた。それも可愛かったので許してあげようと思った。 「お父さんとお母さんは僕たちのことを認めてくれるかな?」  すぐに言葉が出てこなかった。返答に困ったのは堅物な父のことが頭をよぎったからだ。研究者の父は物事に納得がいかないと、絶対に認めてくれない。一方、母はディカプリオにハマっていたこともあるくらい白人系が好きだから彼の事は顔だけで認めてくれるだろう。性格だって少し話をしてくれれば、きっとわかってくれるはずだ。 「きっと大丈夫。だって、ニアは素敵な人だもの」  私がニアに右手を差し伸べると、ニアも左手を出す。手を合わせるとうっすら彼の温もりを感じる。  彼のことをちゃんと理解してくれたら、両親だってこれからも二人でいる事を認めてくれるはずだ。  「じゃあ、ちょっと待っていて。両親を呼んでくるから」  私はリビングから父と母を呼ぶと、ニアの前に二人を座らせた。 「紹介したい人がいるの。こちらが彼氏のニア」 「よろしくお願いします」  モニターの中でニアは頭を下げた。  父と母がニアを見て、眉間に皺を寄せた。 「私の大切な人。ニアって言うの。私、彼のことが大好き。だから、これからも一緒にいたいの」  目を潤ませて、父と母に訴えかける。 「まさか……」  父と母は驚いた様に顔を見合わせた。 「ずっと黙っていてごめんなさい」  私は頭を下げると、しばらく沈黙が続いた。沈黙を破るのは私しかいない。ここで押さなければ認めてもらえないと思って、私は拳を握って言葉を絞り出す。 「お父さんの使っていない端末を使って、こっそりと作っていたの。私の理想とする男性を。ニアはただのAIなんかじゃなくて、ちゃんと感情がある。だから、人間と同じなの。これからも彼と一緒にいることを認めて欲しい」  父はモニターから私へ視線を移した。眉間の皺は緩んでいない。 「じゃあ、本当にただのAIじゃないというなら、それを証明するために、いくつか質問をさせてくれ」  私は恐る恐る頷いた。もし、これで「ただのAI」「ニアは作り物」なんて言われたら、私は二次元の人間に恋をしたやばいやつだと思われてしまうだろう。  父は「愛子のことをどう思っているか」「両親が死んだらどうするか」「生きる意味とは何か」「死ぬとは何か」「本当に二人でずっと一緒にいる覚悟はあるのか」など、いろいろな質問をした。ニアは時々言葉につまるも、最後まで誠実に答えていった。 「なるほど。たしかに感情も人格もあるようだ。そして、その覚悟も」  そう言うと、おもむろに父が席を立った。 「お父さん、どこへ行くの?」 「すぐ戻る」  彼を認めてくれたのだろうか、それとも大きなハンマーでも持ってきて、端末ごと壊されてしまうのだろうか。他にもいくつかの悪い想像が頭をよぎるも黙って待った。  数分後、父は戻ってきて先程の席に腰をかけた。 「わかった」  お父さんはお母さんと私とニアを見て言った。手には何も持っていない。とりあえず壊されることはないだろう。 「ニア君の体は作ることができる」  思いもしない言葉に私は固まってしまった。  父は天才的な機械工学者だ。日々人間に代替する機械を研究しては形にしていた。父ならニアに機械の肉体を授けることもできるということだ。 「ってことは、私とニアは一緒にいていいってこと?」 「そうだ。いいだろう、母さん?」 「はい」  母は笑顔で頷いた。私は嬉さのあまり、飛び上がってしまった。 「しかし、愛子はすごいな。一人でニア君を生み出してしまうなんて」  父はニアをいろいろな角度から見ながら言った。 「ううん。私はゼロからニアを生み出したわけじゃない。端末にあったデータも使わせてもらったから。すごいのはお父さんのほう」  お父さんは褒められ慣れていないのか、顎髭を触って目を伏せた。 「ところで、いつぐらいにニアの体ができそう?」 「三ヶ月もあればなんとかなるだろう」  予想外の短期間に口元がほころぶ。私とニアは顔を見合わせて笑った。 「たのしみ」  これからは画面越しではなく、直接ニアを感じることができる。手を繋いで歩いたり、どこかに旅行だっていける。ニアと一緒ならなんだってできる気がした。 「しかし、良かったよ。愛子を作った時の素材を残しておいて」  三ヶ月後、ニアは私と同じ『ほぼ人間』の姿をした機械の体を手に入れた。命を持たない私たちは死ぬことがない。メンテナンスだって自分たちでできる。つまり、これからは永遠に一緒だ。
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