永遠を舐めて死ぬ

4/11
前へ
/11ページ
次へ
  (……見えにくい)  目を、凝らす。  普段家から通う最寄りのスーパーに立ち寄り、なんの気無しに林檎を買う。りんごのケーキを作ろう、視野狭窄によって刻一刻と闇が迫るその瞬間、私は呑気にそんな思いつきを果たそうとしていた。  闇に飲み込まれるというのは、なんだか絵本やホラーの世界のようだ。ぐるぐる渦巻くブラックホールのような得体の知れない何か、或いは深淵、我々人間が思い浮かべる闇、そのもの。それらに取り巻かれて消え失せる、そんな日が来る。死ぬこともできず、生きながらえながら。  哀しい、というのは二日目の夕方に使い果たしてしまった。この、春の光、夏の木漏れ日、秋の暮れ、冬のひだまり。その全てに二度と出会えないと思うと恐れはあれど、もう逃げられないと思うと、行き着く先がりんごケーキだった。たぶん頭のねじが外れてしまっている。  親二人がもう他界しているのが幸いだ。心配をかける人間がいない。出来る限り手帳だとか、そういうものの手配や準備をしようと思いつつ、捗らず。  扉。今の視界は、家の、扉を開いたときくらいだ。ロックをかけた扉から人が覗いてくる、あれ程度の視界で、音や匂いを頼りに目をキョロキョロと動かした。 「ありがとうございましたー」  レジを済ませ、紙袋に無数の林檎を詰めて自宅へと戻る坂道を上る。自転車。チリンチリン。子供たち。キャッキャッ。そんな声に傾聴しながら、一歩、一歩と坂を上る。 「あ」  ころり、と林檎が落ちた。坂の上、ころころと一つの林檎が降っていくのを視認して、手を伸ばした所で視界がぼやける。よく見えない。目を凝らし、なにか、人の影をした何かがそれを拾い上げているのが見えて、ほっとする。よかった。りんごケーキに必要な林檎の数は、決まっているのだ。 「あの」 「夏バテすか」  耳通りの良い、声だった。  何か。そう、それは私に言われた言葉だ。一瞬我が耳を疑い、目を凝らしたまま固まっていると、人影が近寄ってくる。チリンチリン。キャッキャッ。そんな声に紛れて、もう目と鼻の先に迫った男が、拾い上げた林檎を自分の服の腕で拭い、あろうかしゃり、と一口齧った。 「相も変わらずお綺麗で」
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加