永遠を舐めて死ぬ

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永遠を舐めて死ぬ

  「十日ですね」 「はい?」 「ですから、持って残り十日です」  なんでもっと早く来なかったんですか、とこんな時目の前の患者を労る様子すら見せない医師を、もう他に見ることはないだろう。物理的にも、比喩的にも。  紹介状を持って不自由な視界で足を運んだ総合病院の担当医師は、高校の頃の同級生の弟だと言う。狭い世界だ。名前は忘れた。  私の診断結果の資料を見ながら神妙な面持ちで眼鏡を押し上げる彼の白衣、その名札の「名子(なご)」の文字にそれでもしっくり来ずにいたら、彼は眉を下げて私を見た。 「数年前からの夜盲、羞明(しゅうめい)、視力低下。身体は確かな悲鳴をあげていました。そしてここ半年前から始まった視野狭窄。早期に受診していればご対応も出来ましたが貴女は自分に疎すぎた。  今視界に僕の顔を収めるのがやっとですね? 内服薬、点眼薬で症状緩和を試みますが気休めにしかなりません。  あなたの見えている全て、やがて光は喪失し最後には一本の針のようになる。それまで極力今を謳歌してください」  看護師に私の誘導を促すわりに次の方、と手を挙げる様はどうも快活に思え、程なくして診療室から笑い声が聞こえてきた。次の患者と症状改善の話に花を咲かせるその医師の兄が小学生の頃窓ガラスを野球バッドで割り倒した同級生、と今になって思い出しても、まるで意味のないことだ。  残り十日。  網膜色素変性症、中途失明三大要因の一つとも呼ばれるその病名を診断された私、生方(うぶかた)月子(つきこ)の光は、やがて宵闇に消えるらしい。
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