はじめに

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 今日も今日とてりんごちゃんが作ってくれた朝ごはんを食べて家を出る。う、うまい。今まで食べてきた中で一番だ!と毎日思わせるような料理が出てくるので、つくづくなんでもできる妹だと感心する。さすがにお弁当は毎日作るのは大変らしい。なので、ほとんどは学食だったり、勾配のパンを食べてお昼を過ごしている。たまに、りんごちゃんの気分が乗った時は、私のお昼ご飯は手作り弁当になる。  バスに乗れば五分もかからずに高校につくのだが、外の景色をゆっくりとみて歩くほうが好きなので特に理由がない限りは徒歩で登校している。 「じゃ、行ってきます。」 それに対して帰ってくる返事は、いつも温かな優しさを含んでいて今日も一日頑張る気になれる。 今日から部活動見学期間である。見学者を増やそうと、どの部活も躍起になって勧誘をしているのが見受けられる。校門の前は勧誘の人であふれかえっていた。うわーやだなぁ。 「バスケ部でーす。入部大歓迎でーす。」 「絵に興味ありませんか?」 「さあ、アニメについて語り合おう!」 「ねえ、そこの君、良かったら演劇部の見学に来ない?君だったらすぐに舞台に上がれるかもよ!」 「いや、弓道部に来てよ。絶対似合うって。」 「天文部です。一緒に星を見よう。」  昇降口にたどり着くまで一体どれくらいの人に声をかけられただろうか。私の完璧スマイルで無難にやり過ごしたつもりだが、まだしつこく追ってくる部活もいる。私の性格を少しでも知ったうえで勧誘してくるならまだしも、顔だけで判断されるのはあまり好きではない。まあ、部活の勧誘にそれを求めるのは酷なのだろうけど。そう考えていると、私より背の低い女子生徒が一枚の紙を渡してきた。また勧誘かと思いつつその紙を見てみると『茶道部』と書かれている。 「あ、あの、ぜひ来てください!」  そう言って、そそくさとどこかへ行ってしまう。眼鏡におさげと、いかにも文学少女っていう感じがした。このような表現をすると聞こえはいいかもしれないが、正直少し地味な印象を受けた。今だって、きっと勇気を振り絞って私にこの紙を渡してきたのだろう。この調子だと、一センチほどの厚さがあった紙を渡しきることはできないだろう。そう思いつつ教室へ向かった。  今日も今日とて滞りなく授業が進み、放課後へと突入。先輩方はすでに校門の前でスタンバイをしていて、私たちの帰りを今か今かと待っているようだった。校門の前に立って勧誘をしていいのは今日だけらしいのだが、面倒くさいものは面倒くさい。……仕方ない、おとり作戦で行こう。 「佳奈子、一緒に帰ろ?」 「いいよー!」  この子はあほの子だから、自分がおとりになっていることすら気づかないから大丈夫だろう。面倒くさい部活に声を掛けられたら佳奈子に押し付けて私が先に帰る、という単純にして明快な作戦である。あほの子だからといってこういうぞんざいな扱いをしてしまうと、私の良心が痛むので、あとで飴玉でもあげよう。  結局、佳奈子をおとりにした後も他の部活につかまってしまい、この作戦は失敗に終わった。守り固すぎるでしょ……。もしかしてラグビー部の方ですか?と思ったら吹奏楽部でした。まあ、吹奏楽部は運動部みたいなものだし、あながち間違ってないね。 「彩ちゃんおはよー。今日まで部活見学期間だよね。一緒に回らない?」 部活動見学期間は、昨日と今日の二日間である。 「ごめんねー。私見学する部活決めてるからー。」 「えーそうなんだ。どこ?」 「ないしょー。」  なんて会話を朝っぱらからするのはかなりの気力を使う。女子だけでなく、男子も私の入る部活を聞き出そうとしてくるので手に負えない。しまいにはほかのクラスの男子も出入り口にかたまり聞き耳を立てる始末である。 「彩ちゃんモテモテだねー。」 佳奈子が言う。 「そんなんじゃないよ…。」 「そうかな?」  そう、きっとそんなんじゃない。彼らは外見がいいから、性格がよさそうだというような思い込みだけでこちらを評価しているに過ぎない。私に興味があっても、踏み込んでくる人間なんて今まで一人としていなかったのだから。私自身、きっとこれからもそうなのだろうと、知らず知らずのうちにあきらめているのかもしれない。  昨日もらった紙には丁寧に部室までの道のりが記載されていたので、多分迷うことなく部室までたどり着くことはできるだろう。教室から離れるほどに人の気配はなくなってきて、各教室や職員室がある本校舎から別館へ入るともうほとんど人はいない。別館は美術室や調理室、理科室など授業でしか使わないところばかりだからだろう。といっても、美術部や調理部と見受けられる人はちらほら見かけたので、まるっきり人がいないわけではないらしい。茶道部の部室は、別館の三階の階段から一番遠い部屋だった。……遠い。  茶道部の部室の前には一枚の紙を持った男子がたっていた。茶道部の人だろうかとも考えたけど、部員数は一人、きっと昨日この紙を配っていた人が部員であるはずだ。さらにこの人が持っている紙は私と一緒のものだった。ということは入部希望者ということだろう。せっかく部員が少ないと思って入部しようと思っていたのに、ちょっと残念。 「ねえ、君も茶道部見学?」 「…まあ。」 急に声をかけたのに、そっけない返事だ。もう少し驚いてもいいんじゃない? 「っていうことは、同学年だね。私は柏城彩です。よろしくね。」 いつも通りに相手の目を見て、笑顔を絶やさず、相手が受け取る印象が最大限よくなるように言う。しかし、私が予想するような反応をすることはなかった。それどころか、どこか面倒くさそうな顔をする。 「東野登也だ。よろしく。」 そういうと、また部室の扉の方を向いた。少し、変わった人だと思った。
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