はじめに

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「新入生が二人も見学に来てくれるなんて、ほんとにうれしい!」  東野君と一緒に部室に入ると、紙を配っていた先輩が嬉しそうに言った。 「まあ、僕は落ち着いた雰囲気が好きですから。」 東野君も私と同じように、特にこれといった理由がなくこの部活に入ったんだとわかった。ちょっと失礼だけど、あんな勧誘で普通の人が見学に来るとは思えなかったので、彼には結構興味がある。 「私も落ち着いた雰囲気が好きっていう理由だけですけど。でも、茶道ってなんか清楚そうな感じがするじゃないですかー。そういうのにあこがれるんですよねー。」 まあ、嘘ではない。それっぽい理由があればこの先輩も安心するという考えだが、別にそこまで気にする必要もないのかもしれない。結局、『入りたいから入る』で十分なのだ。 「まずは三人でお互いに自己紹介しよう!さ、座って。」 とテーブルに案内された。…茶道部にテーブルって。 「茶道部にテーブルって似合わないよね。でもお客さんが来た時はこっちに案内するんだよ!畳だと足が痛いという人がいるから先輩が用意したんだー。」 ほえー、と相槌をして椅子に座る。私も正直椅子のほうが楽です。 「じゃあさっそく。私は、三年三組の木野凛花といいます。去年は新入部員を集めることができなくて二年生はいないんだけど…。部活存続のためにも入部をお願いします!」 最後の方は若干声が上ずっていて、なかなか頼りある先輩とは言えないような人だけど、すごく優しそうな印象を覚えた。 「私は一年一組の柏城彩です。茶道については全く分かりませんが、興味があります。よろしくお願いします。」 まあ、無難にこんなもんでしょ。 「東野登也です。まあ、僕も柏城さんと同じ感じです。すごくいい部活だと思います。」 どんなふうにすごくいいのかはわからないが、彼も結構前向きにこの部活への入部を考えているようだ。 「そ、そう!よかったぁ…。」 ふしゅー。と音が聞こえるくらいに、先輩の気が緩んでいくのが見える。…かわいい。   「どうぞ。」 特に何をするわけでもなく、部室を眺めていたら木野先輩がお茶を出してくれた。 「ありがとうございます。……けど、私作法とか分かりませんよ?」 同じく。と東野君が同調する。 「べつにいいよ。自由に飲んでね。あ、お菓子もあるよ!」 苦い。けどおいしい。いつも飲んでいるお茶とは全然違うのでかなり驚いた。 「おいしいですね。私も練習したらこんなふうにたてられるようになりますかね。」 「……おいしいですね。」 一言かい!といいたくなるが、彼はあまり口数が多いほうではないようだ。私達の感想に、木野先輩はほほを赤く染める。 「あ、お菓子が少ししかない…。買いに行ってくるね。」 大丈夫ですよ!という前に木野先輩は教室から出てしまった。えぇ……二人きりになっちゃったよ。 「柏城は」 彼の方を見る。一瞬の間が生じる。彼は少し言葉を選んでいるようだった。 「柏城はなんで茶道部に入ろうと思ったんだ?さっき言った理由が本当…っていうわけでもないと思うが。」 ばれちゃってる。でも、退屈だったから。なんて、あんなキラキラした目の先輩の前で言えないよねー。 「まあ、そうだね。正直退屈だったからかな。なんか、思った以上に高校生活って面白くなくてさ。部活にはいれば変わるかと思って。」 彼はそれほど驚く様子はなかった。 「そういう東野君だって、そんな理由じゃないんでしょ?」 「まあ、そうだな。暇だったから……だな。」 こう話していると、彼はやはり変わっている人だなと感じる。ぼーっとしているっていうか、彼の周りだけゆっくりと時間が進んでいるような感覚を覚える。多少自意識過剰かもしれないが、私と二人きりだというのに、まったくそわそわするそぶりを見せない。それが少し以外で、思いのほか彼のことを見つめてしまっていた。 「……どうした。」 「あの、変なこと聞くけど、東野君って女子と結構話したりする?」 「まったく。」 そうなんだ。と返事をして、しばらくの沈黙が続いた。なにこの空気……案外気まずい感じがしないのがまた変な感じ。 「もうさ、東野君はこの部活に入ることは決まってるの?」 「まあ、雰囲気も悪くないし、入部しようと思ってる。」 「あの」 彼の目を見る。 「私が入部したとして、東野君はどう思う?」 なんか変な質問の仕方になってしまった。あのえっと要するにですね、私は先輩一人だったから入部しようかなと考えていたわけで、私の考えに似ている東野君もきっとそんな考えで入部しようという根端じゃないかなーと思ったから……。 「いいんじゃないか?俺が入部を止める権限はないからな。」 先輩と話すときと同級生と話すときで一人称が変わるんだなーというどうでもいいことが頭を横切ったが無視する。 「そ、そう。それならよかった。」 結局何が聞きたかった私は。まあ、でも彼も別に私が入部しても問題ないようだし。私は入部届を取り出す。 「じゃ、さっそく。」 さらさら。と入部届に記入していく。 「早いな。入部届もって来たのか……。」 「うん。職員室にあるよ。」 そういうと私は続きを書き始めるが、視線を感じる。…なんでしょうか。ふと顔を上げると、東野君も気が付いたのか申し訳なさそうにいった。 「悪い。字、きれいだなと思って。」 「あ、うん。あ、ありがと。」 ちょっと視線をずらして首元を触るしぐさは少しかわいいと思った。まあ、悪い人というわけでもない感じだから、この人とは同じ部活でもうまくやっていけそうな気がする。なんか男子とこんな感じで会話するのも久しぶりかも。みんな近寄ってこなかったり、会話しようとしてもそわそわと真面目に話してくれないし。 「お待たせー。」 少し息を切らしながら先輩が扉を開けた。そんなに急がなくても……。コンビニの袋からは、ポッキーやらたけのこの里、ブラックサンダーなど様々なお菓子が並べられた。ってか全部チョコじゃん。あと、先輩はたけのこ派なんですね……。 「今日はとてもいい日だからね!私のおごりだから遠慮はいらないよ!」 あ、ありがとうございます。といっておかしいをいただく。東野君も先輩の勢いにさすがに苦笑いを浮かべていた。  なんだかんだ今日の部活は雑談だけで終わってしまった。といっても、『中学の頃は何部だったの?』とか『好きな食べ物は?』とかほとんど木野先輩の質問攻めだったけれど。でもまあ、つまらない時間ではなかったな。っていうか普通に楽しかった。東野君もこの空気が嫌いではないようで、ちょっと面倒くさがりながらもちゃんと先輩の質問に答えていた。 「じゃあ、また明日ね。」 「はい!お疲れ様でしたー」 「お疲れさまでした。」 各々のあいさつが飛び交い、部室には鍵がしめられた。部長がカギを職員室に返すということになっているので、私たちは昇降口に向かった。 「東野君って、なんか変わってるって言われない?」 ちょっと失礼な言い方だったかな?と思いながら彼の目を見る。彼はなぜか私の目を直視はしてこない。先輩と話すときも目を見て話すことはなかった気がする。でもそんなに露骨なものではなく、微妙な位置に視線があった。多分普通の人は気づかないくらいに。 「まあ、結構いわれる。でも、俺の友達のほうが変わってるから、こうも直接的に言われることはほとんどないな。」 「そっか。なんか面白いね。」 「…どこがだよ。」 「いろいろ、だよ。」 にひっ、と笑って東野君の少し先を歩く。窓からはちょうど夕日が差し込んでいて、廊下は茜色に染まっていた。さっきまで聞こえてきた運動部のけたたましい声はもう聞こえない。
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