ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ

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 生憎の雨の中、僕らの卒業式が行われた。中学では数え切れないほどのたくさんの良い思い出がある。もちろん悪い思い出もたくさんあるが、今日くらいは良い思い出に浸ろうと思う。  僕の中学では『卒業式の練習』というものがあった。卒業式当日にはさすがに泣くかなと思っていたが、練習で慣れてしまったせいか、結局僕が式の最中に泣くことはなかった。というか男子で泣いている者はほとんどいなかったと思う。その反面、ほとんどの女子は式が終わっても泣いていた。去年の夏に2ヵ月間だけ付き合った僕の元カノの喜美も友達と肩を寄せあって泣いている。泣いてる姿を遠くから眺めて、なぜだか少し切なくなった。同時にその姿がとても綺麗だなとしみじみと感じてしまった。  ぼーっと眺めていた僕の視線に気が付いたのか、喜美と目が合った。目を真っ赤に腫らしていた喜美は、友達に何かを伝えると友達と一緒に僕の方へ駆け寄ってきた。 「あきら、写真撮ろ!」  喜美は僕の返事も待たずに僕の隣でピースをしている。喜美の友達もすでにスマホのカメラを構えている。僕も慌ててピースをすると、すぐにパシャっとシャッター音が鳴った。写真を撮り終わると、喜美の友達は足早に去ってしまった。どうやらふたりだけの時間を作ってくれたようだ。僕は別れてからもずっと喜美が好きだった。別れてからも喜美のことを考えなかった日はない。卒業式といういつもと違ったシチュエーションのせいか、何故だか僕の脳裏に喜美との復縁が頭をよぎった。とてもドキドキした。 「あの時はごめんね」  そう話す喜美は申し訳なさそうな笑顔だった。半年前、「私たち、性格的に合わないと思うの。だから別れたい」と喜美に一方的に別れを告げられた。その時はどうしていいかわからずに、ただ受け入れてしまった。結局僕の何が悪かったのかはちゃんと聞くことが出来なかった。 「全然いいよ、きみちゃんも思うところがあったんだと思うし。むしろこっちこそごめん」  精一杯大人の対応をしようと僕は謝ってみせた。 「あきらは悪くないよ……。ただね、お互いのために良くないなって思って。今だから言うけど、私ね、否定的なことしか言わない人って少しイライラしちゃうと言うか……。だから本当は私が悪いの」  それを聞いて僕はとても驚いた。心のどこかで、「喜美も僕のことをまだ好きなんだ。そうに違いない」といつも思っていた。根拠などないのに。それなのに、まさか本当に僕のことを、僕の性格のことを良く思っていなかったなんて。復縁が頭をよぎってたおめでたいさっきまでの自分を殴ってやりたいと思った。本当にショックだった。 「だからね、私がこんなこと言うのも変かもだけど、高校生になったらポジティブなあきらになって! ポジティブに未来を語れる男になってよ」  喜美は満面の笑みで僕にそう言った。ショックで心はざわついていたが、同時にこの子は本当に大人なんだなぁと感じていた。喜美に背中を押されている気がした。  春休みに僕は『ポジティブになれる方法』を調べた。図書館で小難しい心理学の本まで読んでみた。それくらい僕は必死だった。  春休みが終わろうとする頃、僕はポジティブになるための自分ルールを作った。  1.ネガティブなことは言わない  2.ポジティブなことを言う癖をつける  3.人に感謝をして、それを伝える  たったこれだけのルールだが、高校生になった僕はこのルールを徹底的に守ることにした。いざ実践してみると、初めのうちはすぐにネガティブなことを言ってしまう『悪い癖』が顔を出した。しかし、半年もすると随分と慣れてきた。そして、ポジティブになろうとしてから僕にいくつかの変化がもたらされた。中学生から高校生になって、環境が変わるタイミングだったこともその変化を大きくする要因だったと思う。  まず第一の変化は、母親と今まで以上に仲良くなった。この変化は自分でも本当に意外だった。人から何かをしてもらったら感謝を伝えるという生活は、母親に常に「ありがとう」を言う生活でもあった。日々の生活で、母親に色々なことをしてもらっていることに高校生にもなって気が付いた。感謝を素直に伝えるようになった僕の変化を、母親はとても喜んでくれている。父親は……残念ながら直接ありがとうを言う機会はあまりない。それでも夜遅くまで一生懸命働いてくれていることに感謝をするようになった。  第二の変化は、行動範囲が広がったことだ。ポジティブになった僕はなんでも出来るような気がして、色々なことにチャレンジするようになった。それに伴ってポジティブな考え方の友達が増えた。類は友を呼ぶとは本当のことだった。中学の頃も日々楽しいと感じてはいたが、比べ物にならないくらい学校生活が楽しくなった。  第三の変化として、ネガティブな人を見るとモヤモヤするようになった。これは僕がネガティブな人間だったからだと思う。もしくは喜美を思い出してそう思ってしまうのかもしれない。でもただモヤモヤするだけではなく、僕も喜美のようにネガティブな人の背中を押してあげられたらなと思っている。余計なお世話かもしれないが、僕はそうしたいと思っている。 「今の僕を見たら喜美はなんて言うかな?」僕は来月行われるクラス同窓会が楽しみで仕方がない。これもポジティブになったおかげなのだ。  ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ……今日も僕は自分に暗示をかける。この先の人生も楽しく過ごすために。
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