母になる

6/10

12人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
するりと持っていたお盆が傾き、がちゃん、と嫌な音を立ててグラスが落ちて割れる。店内が静かなせいで余計に耳障りな音が響き渡った。グラスに入っていた氷が足元に散らばる。 失礼しましたー、とカウンター内のスタッフがこちらを伺いつつホールに響く声を出す。 失礼しましたー…と私も小さく声を出し、慌てて割れたグラスを拾う。 私と同じくホールにいた同僚のみっちゃんが素早く箒とちりとりを持って駆け寄り、「大丈夫?怪我してない?」と顔を覗き込む。 「ごめん、大丈夫」と無理矢理笑ってみせる。今優しくされたら泣きそうだ。 「このお盆滑るよねえ、私もよく割っちゃうから気にしなくて大丈夫だよ。中身入ってなくて良かった」と微笑みながら、みっちゃんは手際よく割れたグラスを片付けてくれる。グラスの破片を持ったまま何をしようかとあたふたしている私の手からヒョイっと破片を回収し、「割れたの素手で持つと危ないからもらうよ〜」と笑いかける。 ごめん、ありがとう…と俯いていると、みっちゃんは私の額をこつんとこづいた。 「気にしないの!」と颯爽とバックヤードへと向かう彼女はなんてできた人間なんだろう。 お盆をカウンターに下げ、すみませんとカウンターにいるスタッフにも頭を下げる。皆大丈夫だよと笑ってくれるが、何か失敗する度に消えたくなる。 どうして他の人のようにうまくできないんだろう。 ***
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加