母になる

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けたたましいアラームの音で目を覚ます。寝たはずなのに寝た気がしない。いつ泣くかいつ泣くかと無意識に神経を尖らせて寝ているからかもしれない。 カーテンを開けると、外はしとしとと小雨が降っていた。 昨日と同じように悠を起こし、保育園に行く準備をする。昨日泣いて汗をかいたまま寝たせいか、悠は風邪をひいて鼻が詰まっているらしく朝から不機嫌である。 抱っこしても仰反り、行きたくないアピールをする彼をなんとか保育園に預け、雨の中職場まで走る。 職場に着く頃には全身びしょびしょになっていた。 雨の日は嫌いだ。濡れるし寒いし空が暗いから気分も暗くなる。 カウンターでコーヒーの淹れ方を教えてもらっていると、「狭山さん」と店長が事務所から顔を出した。「保育園から電話」と、親指と小指を立てて指を電話の形にして耳の横で振る。その仕草は時代遅れでは…?と思いつつ事務所に入り受話器を耳に当て、保留を解除する。 「すみませんお母さん、悠くん熱が出てしまいまして…」と、保育士の先生の声がする。 「わかりました今から迎えに行きます」と返事をして電話を切った。 店長に帰る旨を伝え、膝に頭がつきそうなほど頭を下げる。 「大丈夫だよ、まあね、小さいうちはね、熱出すからね、あんまりあると困るけど」とパソコンのモニターを見たまま返事をする店長にもう一度すみませんと頭を下げ、バタバタと帰る準備をしつつ他のスタッフにも頭を下げた。 雨で濡れたまま乾いていない服が張り付いて気持ちが悪い。 信号待ちをしていると、曲がってきたトラックが水溜りの水を跳ね、ズボンに泥水が飛んできた。 最悪、と呟いた瞬間に突風が吹き、持っていた傘がひっくり返る。 なんで私ばっかり。 そんな言葉がふと頭に浮かび、慌てて打ち消した。全部自分が選んだことじゃないか。 悠を産むことも、育てることも、働くことも、迎えに行くことも、全部全部。うまくこなせないのは自分のせい。どうして他のお母さんにできることが私にはできないんだろう。どうして悠はあんなにも泣くんだろう。私の育て方が悪いから?やっぱり1人親だから?私のせい?産まなければよかった?私なんかが親になれるわけがなかった? 堪えきれず涙が溢れる。今日が雨で良かったかもしれない。ぐちゃぐちゃに濡れてしまえば涙も雨もわからないから。 いや、ぐちゃぐちゃなのは私の頭の中か。と嘲笑する。 悠を迎えに行かなくては。どれだけしんどくても、彼を投げ出すわけには決していかない。 涙を止められないまま、折れた傘を引きずり保育園へと向かった。
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