ミステリーの書き方①

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ミステリーの書き方①

 日本推理作家協会[編著]幻冬舎文庫 『ミステリーの書き方』定価(本体920円+税)より 【北方謙三】の抜粋です。(p271~303)  2000年より、直木三十五賞の選考委員を務める。他に吉川英治文学賞、江戸川乱歩賞、小説すばる新人賞の選考委員。 (著書) 「されど時は過ぎ行く」「破軍の星」「三国志」「水滸伝」などなど。 b112150f-a282-42e4-9575-bf3b0687457d 【文体/息づかい・リズム】 ●句点や読点というのは息づかいなんだよ。だから意図的にスピード感を出そうとか、わかりやすくしようというのは無理がある。  その人がいちばん快い、生理に合った文体というのが、結局は読者に受け入れられるんじゃないか。それでダメだったら才能がないということだね。 【形容詞の使い方】 ●表現はすべて主観的でありながら、客観的に理解されなければいけないと思っている。例えば赤いバラがあって「美しい色」と書く。それもひとつの方法だけど、俺は嫌だ。“美しい”という意味は伝わるが、伝わりすぎて誰が書いても同じ。 「きれいな色」という言い方もあるけど、俺は「いい色」という主観的な表現を使って客観性を持ちうるようにしたいわけ。そのためには、その前後の描写の積み重ねが大切なんだ。 (“文章の流れをよくし、より焦点の定まった文章にするためには、形容詞と副詞をとりのぞくべき”という、ハウツー本に対し) ※傍点(・)はこちらで入れました。 ●ある意味では真実だし、ある意味では真実じゃないと思う。  言葉を使うなら、その使べきだと言いたいね。でも、その言葉の効果を知るまでには、かなりの量を書かないといけない。 “しかし”と書いてしまって、その“しかし”がすごく生きてるってことを自覚できるのは、ある程度の量を書いてこそだ。  今の新人賞レベルの文体はひどいよ。文体がない。文体として形成されるまで文章を書き込んでいない。そこだね問題は。 ●形容詞はにあり、それを引っ張り出すような文章を書けばいい、ということだ。その努力を惜しまぬことが大事。 ●つまり使をする稽古だ。そうしてきちんと書けるようになれば、逆に形容詞の効果というものがわかってくる。 ※名詞を修飾することばが「形容詞」で「状態や性質」を表します。名詞以外、主に用言を修飾することばが「副詞」です。 ※例えば、「熱い風呂」の「熱い」は「風呂」という名詞を表した形容詞です。 一方、副詞は名詞以外を修飾する言葉です。 例えば、「とても熱い」の「とても」は「熱い」という形容詞を修飾している副詞です。 ○押すなよ、絶対に押すなよ! |~~~| ٩(๑•̀ω•́๑)۶ ※「形容詞」 〈美しい・寒い・軽い・おかしい・丸い・深い・正しい・かわいい〉等。 ※「副詞」 〈すっかり・しとしと・ゆっくり・すこし・かなり・きらきら〉等。 【体言止めについて】 ●体言止めはやるべきじゃない。安直すぎる。  体言止めっていうのは、いちばん省略した形なの。だから文体のリズムは非常に速くなるんだけど、やはり安直だな。 ※体言止めとは、文の最後を体言(名詞・代名詞)で締めくくる文章表現のこと。(これが体言止めです) ※修辞法(レトリック)の一種で、文に余韻を残したり、文章全体のリズムを調整したりする目的で用いられます。 「です」「ます」「だ」「である」で終わらないのが「体言止め」です。 ※俳句や短歌でも体言止めはよく使われます。 ●夏草や (つわもの)どもが 夢の跡(松尾芭蕉) ●目に(は)青葉 山ほととぎす 初鰹(山口素堂) ●心なき 身にもあはれは 知られけり しぎたつ沢の 秋の夕ぐれ(西行法師) ●清水へ 祇園をよぎる 桜月夜 こよひ逢う人 みなうつくしき(与謝野晶子) ※たしかに、多用すると途切れた文章の連続になって、かえってリズムが崩れてしまいます。スパイス的に使うべきでしょう。 ※ビジネスシーンで用いると「失礼な印象」を与える可能性があるので、使ってはいけません。 [体言止め例] 〈どこまでも続く青空〉 〈父が遺した腕時計〉 ※ここで、体言止めが使われている作品を紹介します。 ○太宰治の三作を上げてみます。 995d99d4-767b-4b6e-aafe-c59cee05d57a 〈娘さんは、興奮して頬を真っ赤にしていた。黙って空を指さした。見ると、雪。はっと思った。富士に雪が降ったのだ。山頂が、真っ白に、光り輝いていた。御坂の富士も、ばかにできないぞと思った〉 『富嶽百景』 〈ああ、しかし、自分は、大きな歓楽(よろこび)も、また、大きな悲哀(かなしみ)もない無名の漫画家〉 『人間失格』 〈けさの小杉先生は綺麗。私の風呂敷みたいに綺麗。美しい青色の似合う先生。胸の深紅のカーネーションも目立つ〉 『女生徒』  ─太宰治─ 2ad334fd-4c93-4a30-9418-7eaf08ddd88e 〈さかきちゃんは美人。でも亜美ちゃんはもっと美人。グリム童話「白雪姫」で継母の女王様は「女王様は美しい。でも白雪姫はもっと美しい」と魔法の鏡から衝撃の告白を受けて、鏡をぶち割った。しかし魔法の鏡に訊くまでもない。さかきちゃんは美人、でも亜美ちゃんはもっと美人。明白な事実〉 『かわいそうだね?』併録『亜美ちゃんは美人』  ─綿矢りさ── 『インストール』『蹴りたい背中』『勝手にふるえてろ』等。 c8d8ff1b-86e7-4989-b68f-f582778b506a ※1981年8月、処女作となる「飢えて狼」を発表。志水辰夫が45歳のときでした。  私立探偵フィリップ・マーロウを生み出したハードボイルド作家・チャンドラー(『ロング・グッドバイ』早川書房軽装版、村上春樹訳など)の影響が色濃く出ている本書は、あまり評判にはなりませんでした。 ○1983年『裂けて海峡』で第2回日本冒険小説協会賞優秀賞 ○1985年『背いて故郷』で第4回日本冒険小説協会大賞 ○1986年 同作で第39回日本推理作家協会賞長篇部門 ○1990年『行きずりの街』で第9回日本冒険小説協会大賞  1992年 同作で第4回このミステリーがすごい! 第1位 ○1994年『いまひとたびの』で第13回日本冒険小説協会大賞短編部門大賞 ○2001年 - 『きのうの空』で第14回柴田錬三郎賞  独特の文体は「シミタツ節」と呼ばれました。タイトルからしてそれがぷんぷん香ってきます。長くなりますが引用します。 〈言葉を返せなかった。笑みすら返してやれない。ひきつらせた顔でただ頭を下げるのみ。うつむき、会釈、身震いをして。背を曲げ、わたしは逃げ出す。行く当てもないひとり影。冬の巡礼、道、その果ての旅。  夜道の向うに明かりがあった。門があって竹垣があり、笹と椿の生垣(いけがき)があった。庭から松が枝を外へ延ばし、門柱に取り付けて雪洞(ぼんぼり)型の門灯。雪に埋もれた小さな門松。  路上にひとり女性が立ちすくんでいた。差し伸べてきて、白い二本の手。  通り抜けた。声もなく、目もなく。  わたしを許すな。その罪を今生(こんじょう)償わせてなお許すな。無限の苦しみを課さんがため、永劫わたしを生かしめよ。生きて地獄、果ててなお地獄。貶め、裁き、死してさらにその死体を(むち)打て。  夜行列車の音が聞こえた。街の光りがほの白く空へ照射している。漂って鐘の音。凍てついて冬の道。冷たい、どこまでも冷たい雪の肌。夜の残影。  音がする。わたしの傍らを歩いている足音がする。  早季子が黙って歩いてくる〉  ─志水辰夫─『背いて故郷』  近年の時代物は読んでいませんが、かなりハマった作家さんです。 ※もうひとり。2007年に59歳の若さで亡くなった藤原伊織さんです。 0aae9e67-13f0-46fc-ad8a-bf77bc568ccd 「ひょっとしたら百億円を超えるかもしれない。もう一度、読み上げてくれないか」 彼女はそのアルファベットをこの国の言葉にかえ、今度はなめらかな口調で読みあげた。 「見つかった。ようやく私はたどりついた。ひまわり。アルルの八枚めのひまわり」 僕は牛乳をひと口飲んだ。 「もし、それが事実なら世界の美術界が震撼する。伝説が修正される。神話がもうひとつ誕生することになる」  ─藤原伊織『ひまわりの祝祭』─ 『テロリストのパラソル』で史上初の乱歩賞と直木賞をW受賞しました。 ※藤原伊織さんは東大仏文科卒。無類の酒好きギャンブル好きだったというのは有名な話です。電通勤務時代の1977年「踊りつかれて」で野性時代新人文学賞佳作を受賞。  1985年、『ダックスフントのワープ』で第9回すばる文学賞を受賞する。その後、原稿依頼を断っているうちに注文が来なくなり、発表が途絶えたそうです。  そりゃそうですね。新人はダンダンダンと新作を発表して、それが話題にあがって売れなければ居場所なんてすぐになくなります。 「どうしても10月までに1000万円を返さなければ命を取られる」  1995年、ギャンブルでかさんだ借金返済のため、賞金1000万円を目当てに『テロリストのパラソル』を江戸川乱歩賞に応募し、受賞する。  有名どころはほとんど読みましたが、好きな作家さんです。 ※実は北方先生も体言止めを効果的に使っています。特にハードボイルドには有効ですね。  短剣。白い陶製の(つか)彫金(ちょうきん)の飾りのついた革の(さや)。吊り紐をつける金具。  ─北方謙三『檻』─ ※もっと細かく解説すると、文末が「『食べる・走る・流れる(動詞)」「楽しい・おいしい・寒い(形容詞)」「幸せだ・穏やかだ・静かだ(形容動詞)」などで終わっていれば、用言止めです。 ※「飛行機・犬・東京(名詞)」「あなた・これ・そっち(代名詞)」などといった単語が文末なのであれば体言止めになります。  ───ご自身のなかではリズムを重視されますか。 ●リズム感は大きい。音痴がいるように文痴ってのもいる。すごいこと書いてんだけど読みにくい。素質の問題だと思うな。俺はテンポ、リズムを重視してるけど、どこだってポンポンポンといくわけじゃない。ゆっくり書くところはゆっくり書く。テンポよくいくとこはポンポンといく。そういうのは体が覚えている。  とにかく本当に大事なのは、いろいろ文体のスピードを変えていって、テンポをつけようと思えばつけられるようにすることだな。 4920f1e5-a804-4f26-a156-3e7a654dddbf 【漢字か平仮名か】 ●まず難しい漢字は使わない。読めない漢字もルビふって使うことはめったにやらない。漢字が続くと字面が悪いので、開く(かなにする)場合もある。 【記号について】 ●使うのは疑問符だけ。それ以外は使わない。ただ毎回使うのではなく、疑問形なのかそうじゃないかを見極めていく。要は読者にわかりやすいようにすることだ。 ※たしかに「?」を入れなくても疑問形だとわかる台詞に、入れたがる人がいます。判別しかねるところに「?」は入れるべきかな?←これこれ。 ※「コーヒーにミルクは入れる」  「コーヒーにミルクは入れる?」こんな感じです。 【擬音について】 ●擬音は基本的には使わない。擬音を使うときは、カタカナでなく平仮名を使う。例えば焚き火があってそこで魚を焼いてる。魚を焼いてて汁とかがぽたっと落ちる。 “じゅうじゅうって音がした”これは、平仮名の「じゅうじゅう」って音がね、いちばんリアリティがある。これも擬音の一種なんだろうけど、それくらいしか書かない。だから擬音は少ないと思う。 ●なんだ。描写の背景に作家のきちんとした人間観や生命観がある。そういうものをしっかりと表現したいと思っている。。 【アマチュア作家の原稿に朱を入れる】 ※一分ですらすらと朱を入れたようです。  「ネウ」 さるとり いばら  舳先がゆっくりとローリングし、そのむこうに太陽の頭が踊っていた。(海面を照らしつけるその)眩しさに、慎吾は目をしばたたかせた。()が啼く〈度に〉船体がかすかに左右する〈が、〉(それはけして)不快ではない。(まるで)油の上を滑っているような感触だ。(きぃ、と)木が擦れあう音〈が一定のリズムを刻み、〉船は海を割って進んだ。 「相変わらずの櫓さばきですね、おやっさん」  慎吾はいった。 (トル)〈トッて(。)に替える〉 ※(きぃ、と)木が擦れあう音〈が一定のリズムを刻み、〉船は海を割って進んだ。 ○木が擦れあう音。船は海を割って進んだ。 ●「舳先がゆっくりとローリングし、そのむこうに太陽の頭が躍っていた」という文章で充分なんだよ。 「海面を照らしつけるその」は要らない。「眩しさに」だけでいい。 「舳先がゆっくりとローリングし、そのむこうに太陽の頭が踊っていた」のあとは「眩しさに、慎吾は目をしばたたかせた」の一文だけでいい。ほんと言うと、 「眩しさに、慎吾は目をしばたたかせた」もいらないんだけど、まあ、あんまりやるとなくなっちゃうからさ(笑)。 ●新人賞に応募してくる作家志望のほとんどにいえることだが、文体にキレがないよね。説明が多い。 ●描写じゃなくて説明なんだよな。この人は下手じゃないですよ。ただ最初の四、五行にこれだけ余分なものがあるんだよな。 ●削りに削って、本当に濃密に書かなきゃいけないところを思い切り濃密に書けばメリハリがでてくる。とにかく、“トル・トル・トル”っていっぱい指定したけれど、このなんだよ。 ※なにを置いても、この一節が一番大事。最後に体言止め ┐(´-`)┌  ─To Be Continued─
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