47人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
読書中・気になったこと
『いなくなった私へ』辻堂ゆめ
2015年・第13回『このミステリーがすごい! 』大賞・優秀賞受賞作
人気シンガソングライターの上条梨乃は、渋谷のゴミ捨て場で目を覚ました。通行人に見られて慌てるが、誰も彼女の正体に気づく様子はなく、さらに街頭に流れる梨乃の自殺を報じたニュースに、梨乃は呆然とした。
自殺したなんて考えられない。本当に死んだのか? それなら、ここにいる自分は何者なのか?
そんな中、大学生の優斗だけが梨乃の正体に気づいて声をかけてきた。
梨乃は優斗と行動を共にするようになり、やがてもう一人、梨乃を梨乃だと認識できる少年・樹に出会う……。
自殺の意思などなかった梨乃が、死に至った経緯。そして生きている梨乃の顔を見ても、わずかな者を除いて、誰も彼女だと気づかないという奇妙な現象を、梨乃と優斗、樹の三人が追う。
三分の一ほどを残しているのでストーリーに関しての感想は書けませんが、優秀賞を受賞している作品なので面白いはずです。着地点が楽しみです。
さて、気になったところがあったので、参考になればと書いてみます。
三人称一元視点で描かれた小説ということを念頭に置いて読んでみてください。理由は最後に書きますが、その前にみなさん気がつくと思います。なぜこれを編集さんが指摘しなかったのかが不思議です。これをもったいないと言います。
○視点者は一貫して上条梨乃です。気になる部分に傍点を入れてあります。
①〈P36~37〉
「男の子を……殺してしまったのかしら」
「ちょっと、上条さん!」
優斗に強く手を引かれて、梨乃ははっと我に返った。
「ごめんなさい」
梨乃の黒い瞳が動くのを見届けると、優斗はすぐにテーブルの下へと手を引っ込めた。
②〈P191〉
「──僕の考えと優斗さんの考え、どっちが正しいかなあ」
目をキラキラと輝かせる樹に迫られて、梨乃は困った顔をした。
③〈P320〉
「僕ね、僕、今、あの夜のことを思い出したんだ」樹は急に早口で語り始めた。その目は梨乃のことを見ていない。もう切り替わってしまった画面の上に、意味もなく泳ぐ視線を滑らせていた。
④〈P321~322〉
後ろから足音がした。次の瞬間、梨乃は後ろから勢いよく抱き締められるのを感じ、驚いて振り向いた。
そこには、真剣な目をした優斗がいた。今ちょうど帰ってきたらしく、鞄を肩から下げたままだった。優斗は、梨乃に抱き締められている樹を、梨乃ごと、梨乃よりも強く抱いた。
「いっくん」優斗は強い声で呼びかけた。「大丈夫だから。今はもう怖くないよ」
優斗の腕に力がこもるのを感じ、梨乃は樹の身体に手を回したまま、驚いて身を硬くした。その反面、梨乃を介して優斗にも抱き締められる格好となった樹は、だんだんと落ち着きを取り戻していった。痙攣のような震えも収まり、しゃくりあげる頻度も落ちた。優斗はその間中、梨乃の背中に頭を乗せ、下を向いたまま、じっと樹と梨乃を抱く腕に力を込め続けていた。
わかりましたか?
①自分の目を「黒い瞳」と表現するのも違和感があります。ありえない視点の転換ですが「ごめんなさい」の後に視点者が優斗になれば問題ない文章ですが……。
②鏡でもない限り、自分の表情は自分には見えません。ですから、「困った顔をした」はおかしいのです。
③樹がテレビの画面に泳ぐ視線を滑らせたことに、視点者の梨乃が意味もなくと決めつけることはできません。
④それまでの描写から、梨乃は正面から樹を抱きしめているようです。それを梨乃の背後から優斗が抱きしめている。一度振り向きはしましたが、ずっと見ているわけではないようです。
〈梨乃の背中に頭を乗せ、下を向いたまま〉
“あご”を当てて、梨乃の肩越に前を見ているかもしれないし、“頬”を当てて目を閉じているのかもしれない。
気にせず読んでいく人もいるかもしれませんが、僕みたいに引っかかる人もいるはずです。
視点者に見えたもの、聞こえたもの、触れたもの、感じたこと、それ以外を書いてはおかしなことになりますよ。という例でした。
─To Be Continued─
最初のコメントを投稿しよう!