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 葛城大兄御子(かつらぎのおおえのみこ)は、岡の上の宮でせわしなく歩き回った。  多麻呂(たまろ)は、神経質なこの御子のことが恐ろしい。叱られたことはないが、体がこわばる。 ーさっさと、この飛ぶ鳥の飛鳥を出て、難波の新宮に戻ればいいのに 「まだか」  何度も何度も葛城は聞き直した。  産屋から泣き声が聞こえた。  葛城は多麻呂と顔を見合わせた。 「…生まれたか」  産婆が転がるようにやってきた。 「男児でございます!」  葛城は多麻呂を抱き上げた。 「でかした!でかしたぞ!多麻呂、そなたは誠に観音菩薩の生まれ変わりじゃ!」  しばらくして、産屋に詰めていた葛城の正妃の、倭女王(やまとのひめおう)が産湯にて体を清められた赤子を抱いて出てきた。 「なんとも、玉のように美しいではありませんか。宅子娘(やかこのいらつめ)と背の君に似ておられる」  梅の花と称えられる倭女王はふにゃふにゃの赤子に、目を細めて見せた。  難波の宮にいる皇祖母尊に使者が立った。  赤子のために三人の乳母が用意されていた。最も身分が高いのは大伴氏である。 「おおとも。大友。大友王を、そなたらに預けるぞ」  大化四年のことであった。  
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