甘い赤飯

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甘い赤飯

「なに、これ」  桜色のご飯の中に、親指の爪より大きい薄茶色の物体がゴロゴロ見える。特別な「今日」のために用意された夕食が、こんな得体の知れない食べ物だなんて。自分のウサギ模様の茶碗の中を見下ろして、悲しくなった。 「お赤飯よ。真奈佳(まなか)ちゃんのお誕生日だもの」  少し膨よかな「お母さん」は、あたしを見て、眼鏡の奥の瞳を細めた。その視線から逃れるように、食卓に目を向ける。「ミッシェル」で買ったホールケーキが存在感を示している。1/4にカットされたイチゴが、ヒマワリの花弁のようにぐるりと縁に向かって一列に並ぶ。中央に乗ったチョコプレートには「まなかちゃん お誕生日おめでとう」と白い文字が2段で描かれている。そして、まだ火の点いていないロウソクが11本、イチゴに沿って歪な円を形づくる。 「へぇ……麻由子(まゆこ)の実家は帯広(おびひろ)だもんな。甘納豆の赤飯なんて、初めて食べるよ」 「わぁ、ご飯が甘ぁい」  興味津々の真梨佳(まりか)が、一口パクリとフライングで食べた。向かいのパパが「こら、『いただきます』してからだぞ」とたしなめる。 「ごま塩をかけると美味しいわよ」  お母さんは叱らず、赤いキャップの小びんをコトリと置いた。 「……あたし、いらない」  膝の上でギュッと両手を握ったまま、俯く。こんなの、あたしの誕生日じゃない。あたしの誕生日は。 「真奈佳? 食べてみろよ、上手いぞ」 「お姉ちゃん、お菓子みたいで美味しいよ」  お母さんに言われるがまま、小びんのごま塩をふりかけて、赤飯を頬張るパパにも、なんにでもすぐに慣れてしまう妹にも、無性に苛立つ。 「やだ。こんなヘンなご飯、いらない!」  胸がつかえて苦しい。そのを吐き出すように放った言葉は、思いがけず大声で、鋭い棘に覆われていた。 「真奈佳っ!」  パパが鋭く咎める。ビクリと肩が震えたが、俯いた顔は上げられなかった。 「佳伸(よしのぶ)さん、いいのよ」  お母さんは、変わらない口調でパパを止める。それから、多分……あたしを覗き込んでいるんだろう。だから、ますます顔はテーブルに敷かれたビニールクロスに向いたまま。淡い黄色の薔薇の模様を睨み続ける。 「ね、真奈佳ちゃん。一口だけ、食べてみない? 変わっているかもしれないけど、これも美味しいよ」  睨んでなくちゃ、涙が零れそう。ますます両手を握り締める。 「他のものもあるわよ。ザンギ、好きだって聞いたわ。あ、こっちだと唐揚げって言うのよね」  おっとりと話す口調が癪に障る。 「も……もういい。ママの赤飯は甘くないし、唐揚げの匂いも全然違うっ」  ガタン 「真奈佳! いい加減にしなさい!」 「こんなの、あたしの誕生日じゃないもん!」  堪らなくなって、乱暴に立ちあがる。あたしより、お母さんの肩を持つ。そんなパパなんて嫌いだ。  あたしはろくに顔も上げずに、居間を駆け出して、2階の子ども部屋に逃げ込んだ。  11歳の誕生日は、人生最悪の夜になった。
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