16人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
甘い赤飯
「なに、これ」
桜色のご飯の中に、親指の爪より大きい薄茶色の物体がゴロゴロ見える。特別な「今日」のために用意された夕食が、こんな得体の知れない食べ物だなんて。自分のウサギ模様の茶碗の中を見下ろして、悲しくなった。
「お赤飯よ。真奈佳ちゃんのお誕生日だもの」
少し膨よかな「お母さん」は、あたしを見て、眼鏡の奥の瞳を細めた。その視線から逃れるように、食卓に目を向ける。「ミッシェル」で買ったホールケーキが存在感を示している。1/4にカットされたイチゴが、ヒマワリの花弁のようにぐるりと縁に向かって一列に並ぶ。中央に乗ったチョコプレートには「まなかちゃん お誕生日おめでとう」と白い文字が2段で描かれている。そして、まだ火の点いていないロウソクが11本、イチゴに沿って歪な円を形づくる。
「へぇ……麻由子の実家は帯広だもんな。甘納豆の赤飯なんて、初めて食べるよ」
「わぁ、ご飯が甘ぁい」
興味津々の真梨佳が、一口パクリとフライングで食べた。向かいのパパが「こら、『いただきます』してからだぞ」とたしなめる。
「ごま塩をかけると美味しいわよ」
お母さんは叱らず、赤いキャップの小びんをコトリと置いた。
「……あたし、いらない」
膝の上でギュッと両手を握ったまま、俯く。こんなの、あたしの誕生日じゃない。あたしの誕生日は。
「真奈佳? 食べてみろよ、上手いぞ」
「お姉ちゃん、お菓子みたいで美味しいよ」
お母さんに言われるがまま、小びんのごま塩をふりかけて、赤飯を頬張るパパにも、なんにでもすぐに慣れてしまう妹にも、無性に苛立つ。
「やだ。こんなヘンなご飯、いらない!」
胸がつかえて苦しい。そのつかえを吐き出すように放った言葉は、思いがけず大声で、鋭い棘に覆われていた。
「真奈佳っ!」
パパが鋭く咎める。ビクリと肩が震えたが、俯いた顔は上げられなかった。
「佳伸さん、いいのよ」
お母さんは、変わらない口調でパパを止める。それから、多分……あたしを覗き込んでいるんだろう。だから、ますます顔はテーブルに敷かれたビニールクロスに向いたまま。淡い黄色の薔薇の模様を睨み続ける。
「ね、真奈佳ちゃん。一口だけ、食べてみない? 変わっているかもしれないけど、これも美味しいよ」
睨んでなくちゃ、涙が零れそう。ますます両手を握り締める。
「他のものもあるわよ。ザンギ、好きだって聞いたわ。あ、こっちだと唐揚げって言うのよね」
おっとりと話す口調が癪に障る。
「も……もういい。ママの赤飯は甘くないし、唐揚げの匂いも全然違うっ」
ガタン
「真奈佳! いい加減にしなさい!」
「こんなの、あたしの誕生日じゃないもん!」
堪らなくなって、乱暴に立ちあがる。あたしより、お母さんの肩を持つ。そんなパパなんて嫌いだ。
あたしはろくに顔も上げずに、居間を駆け出して、2階の子ども部屋に逃げ込んだ。
11歳の誕生日は、人生最悪の夜になった。
最初のコメントを投稿しよう!