エピソード1

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 真っ赤なキャンバス それは、美術室の真ん中でとてつもない存在感を醸していた。 平和な放課後、のどかな教室。明らかに、異質だ。 「お、平井」 「橋本先生、こんにちは」 一礼して顔をあげると、先生は可笑しそうな顔をしていた。 「その絵、面白いだろ」 「面白い、ですか」 「ああ、よく見てみな、そのキャンバス」 近づいてみると、益々赤は烈しく燃え、身が焼かれるような気がする。 「これ…すごく分厚いです」 「だろ?何度も何度も重ねてるんだよ」 この作品は油絵だ。油絵というのは重ね塗りができ、重ねた分の厚みが出てくる。 「よく見ると表面ぼこぼこ…、下にたくさん絵を描いたんですか?」 「だろうね、俺がさっき見たときはもっと爽やかな絵だった」 「さっき見たとき…?ということはこの絵、橋本先生のではない」 橋本先生は大げさに身を捩じらせて言う。 「おいおい、俺にはそこまでエモーショナルな絵は描けないさ」 直感的に分かった、彼だと。 「それ描いた奴にさ、今の気持ちを描いてみろって言ったんだ。それが答え」 橋本先生は面白そうに顎をさすりながら、あいつ情緒大丈夫かな、と呟く。 真っ赤 「私も今同じ課題を出されたら、この絵になると思います、赤。」 先生は顎をさする手を止めて少し驚いた顔をしていたが、今度は頭を搔き始めた。 「おー、怖い。うちのたった一人の部員と、可愛い助手がこんな想いを内に秘めているだなんて、ちょっと心配になるなぁ」 「助手、ですか」 「うん。天才助手さ」 「急に助手なんてどうしたんです?」 「んー、甥っ子だからかな」 微妙に答えになっていないが、これはいつものこと。橋本先生は気さくで、友好的な態度をとってくれるが、決して自らを進んで明かそうとするような人ではない。それは他人の話でも同じく、私はこの人が軽々しく誰かの話題を口に出すところを見たことがない。 橋本先生の、甥 赤いキャンバスの前に佇む彼の端整な後ろ姿が見えた気がした。
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