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エピソード3
夏休みの間、私はほとんど毎日学校に通った。
「明日も来る?」
先生は活動終わりにいつもそうきいた。
「はい」
私は、重力に逆らえないように、必ず頷いた。
「分かった」
先生はいつもただそう答える。
分かった、という先生の本心はどうだったのだろう。
本当は暑い中、学校に来るのは嫌だったかもしれない。それでも私が来ると言うからただ教員として来てくれていただけかもしれない。
学校までの道のりで蝉の声を聞きながら、毎朝そんなことばかり考えていた。
それでも、ドアを開くといつもそこには先生がいて、涼しげに絵を描いているのを見て、私は安心するのだった。
「ねえ、先生のことこれなの~?」
サキはにやついて両手でハートを作った。
「違うよ」
「でも夏休みだって言うのに、毎日学校行ってる」
「サキも来てるじゃん」
サキは美術部員でもないのに、かなりの頻度で通っていた。
「だって学校に来なきゃリエに会えないもん」
そういって口を尖らせる。
ガララ
扉を開いたのは、佐々木君だった。
「おはよう。先生は?」
「今は職員室にものを取りに行ってる。もうすぐ帰ってくると思うよ」
「そうか、まぁ急ぎではないんだけど」
「どうしたの?」
「いや、これを描こうと思ってさ…」
彼は何かを握った右手を、女子二人の前に突き出した。
なになに、とサキは顔を近づける。
佐々木君はパッと手を広げた。そこに乗っていたのは、
「蝉の死骸」
「「キャーーーーーー」」
二人の叫び声が教室、いや、学校中に響いた。
「どうした!?」
廊下を走ってきたのであろう先生の前髪が乱れていて、形の良い丸いおでこが見えた。
「「先生…」」
涙目の私と、もう泣いているサキを見て、先生はとても焦った顔をしていた。
「せ、せんせ…あの、くそばかが…!無理無理無理」
サキは泣きじゃくりながら佐々木君を指差した。
「…俺?」
呆気にとられている佐々木君の手の平の上のものを見て、先生は状況を理解したようだった。はあ、と安心したようにため息をつくと、佐々木君の前に立ち、背中で女子との間に壁を作る。
「こら、お前は小学生か…、虫が苦手な人もいるんだから、むやみに見せるな」
「え、でもこれ綺麗じゃないですか?」
「綺麗なわけないでしょ、ばか!」
サキが噛みつく。
しかし、先生は真剣にそれを観察して言った。
「確かに、羽が綺麗だ」
「でしょ!」
先生より頭一つ背の高い佐々木君の顔は、嬉しそうだった。
「とりあえず、こっちに来い。描き方教える」
二人は教室の隅っこで絵を描き始めた。
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