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私は自分のキャンバスに向かいつつも、後ろにいる先生のことを背中で感じていた。背中に熱が集まり、汗をかく。シャツにしみていないか不安になった。
サキはまだご立腹のようで、
「まじ、ありえないんだけど」
とブツブツ繰り返して、たまにぞっとした顔で発狂していた。
男性陣はそんなことはフルシカトで絵に夢中になっているようだった。こっそりと振り返り、先生の顔を見る。真剣な面もちで、佐々木君の絵を見下ろしながら、指導していた
「また見てる」
「いや、」
見てないし
反射的に否定してしまうが、見てた。
サキはにんまりとして、指でハートを作った。
私は言い返せず、赤面したまま筆を再び握るのだった。
「完成しました」
「うん、いいじゃん」
先生の優しい声が聞こえた。やはり、振り返ってしまう。佐々木君が立ち上がって、こちらを見た。
「二人も見てよ」
「なんで、絶対やだ!」
「えー」
サキは大分警戒している。
「大丈夫だから、来なよ」
先生が柔らかい表情で手招きするので、私の足は勝手に進んでいた。
「リエ、待って!」
サキが私の背中に隠れながらついて来る。
「ほら」
見せられたスケッチブックには、天使が描かれていた。水彩画だ。
羽を開いた天使の、後ろ姿。羽は想像の天使のようなフワフワした真っ白のものではなく、ステンドグラスのように様々な色に輝く宝石のようなものだった。
「綺麗」
思わずそう呟いた。
「佐々木君にはこう見えていたんだ」
「うん」
佐々木君は満足そうに頷いた。
私の後ろからひょっこり顔を出したサキは、クリクリの目を見開いてその絵に魅入っていた。
「上手いじゃん…」
「結構自信作」
「ムカつくけど、センスある」
すっかり気に入った様子だ。
先生は何も言わず、左手を机について微笑んでいた。その左手はやや丸められていて、恐らく蝉を隠しているのだった。
白く、柔らかそうな細長い指の下に、
黒く、固い蝉の死骸。
なんだかとても美しいと思った。
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