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エピソード4
夏休みが明け、教室から覗く校庭も紅葉に色づく頃、私達は熟れ始めた。
「佐々木 咲、この名前どう思う?」
サキはツインテールをゆるく揺らして、こちらを振り向く。
「どうって、なによ。なんで急に」
「佐々木と付き合うことになった」
サキはぶっきらぼうに言った。照れているのだ。私は口を噤み、少し目を見開く。
「…おめでとう」
「本当に思ってる?」
サキは私の顔を目を細めて覗き込む。
「思ってるよ。ただ、びっくりして、美術部の佐々木君?」
「そ、無遠慮で無神経な佐々木トオル君です」
ここまで悪く言うとは…、大分好きみたいだな。
サキは少し頬を膨らませて不満げな顔をした。
「あいつさ、なんて告ってきたと思う?」
「…さあ」
サキは突然勢いよく立ち上がった。
「僕、最初は平井さんのことが気になってたんだ。とても端正な絵を描く人だから…。でも、彼女を追っているうちに、いつも一緒にいる君のことが頭から離れなくなっていった。正直、がさつだし、口は悪いし、声は大きい。上品さが足りないと思う。自分でもどこが好きなのか分からないんだけど、そう思ってしまったらもう仕方ない。どうか僕と付き合ってください」
わざわざ上履きを脱ぎ、右足を椅子の上に立てている。サキの一つの咳払で、やっと小芝居は終わった。
サキは椅子にストンと座ると、自嘲的に微笑む。
「ないよね、ホント」
サキのくりくりと大きな瞳をこちらに向く。そこには不安が広がっているように見えた。彼女には珍しい表情だ。
「大丈夫だよ、サキが選んだんだから。もし本当に最低な奴だったら、私がちゃんと一発殴ってあげるよ」
サキは吹き出す。
「もう、リエー。これだからあんたは、…最高だよ」
サキの笑顔は魔法だ。人も笑顔にする。
「私、そろそろ部活行くよ」
2人で話しているうちにあっという間に時間が過ぎ、他の生徒は部活動に行ってしまった。グラウンドからは野球部の声が聞こえてくる。鞄に教科書を詰めようとする手を、サキに優しく阻まれた。
「西村先生に会いに行くの?」
「会いに行くって、そりゃ美術部だし会いはするだろうけど」
サキにまた不安そうな表情が広がるのが見えた。
「リエ、あの先生のこと好きなの…?」
「またー?だから私は」
「本気だよ。私今は本気で言ってるよ」
サキの声色は確かに真剣だ。何かが喉にこみあげてくるようで息が詰まり、言葉を奪われる。
違うの。
「やめなよ、先生なんて」
「…違うんだってば、自分に彼氏ができたからって」
気づけば私は声を張り上げていた。サキの眉毛がハの字に垂れ、目が潤む。
違う。こんな風に言うつもりじゃなかった。違うの。何もかも違うの。
でも、言葉にできない。
やっと絞り出した「ごめん」の一言を残し、私は教室から逃げ出した。
背中から聞こえたサキの小さな謝罪にも、振り返る余裕はなかった。
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