月とサイリウム

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今時珍しい見合い結婚だった。 母の恩師の孫だと言って連れてこられたのは、ともすれば病弱にも見えるほど痩せた、猫背の男性だった。 大学院を出たあと、地元に根づいた企業に勤めている。婚姻歴なし、子どもなし。賞罰歴も犯罪歴もなし。ごくごく一般的な31歳。 釣り書きに特段目を引く事項がないという点は、私とて同じだった。 自分から積極的に話題をふってくるようなタイプではなかった。ロマンチックなデートやリッチな旅行とも無縁だった。 けれど、このひととの沈黙が苦痛ではないと気づいてから、自分の心に夜の港の灯台ほどのあかりが灯った。 「あなたといると、気取らなくていいから楽です」 博物館デートの帰りにぽつりとつぶやいた彼のその言葉が、実質プロポーズだった。 「──私もです」 「あなたは多趣味な人だし、一緒にいてもめいっぱい自分の時間を楽しんでもらえたらって思います……これからも」 猫背の人は、その背をさらに丸めてぼそぼそと続けるのだった。 その肩越しの空から、イタリアンレモンのような色の半月が私たちを見下ろしていた。
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