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「ぎゃーっ!」
リビングからまた悲鳴と電子音がセットで聴こえる。
あの頃よりだいぶ広くなった肩幅。その首に、男児が腕を巻きつけている。
「パパよわーい!」
「次オレに貸して、オレにっ」
その膝の上にもひとまわり小さな男児がおさまって、きゃっきゃと嬌声を上げている。
アイドルのメジャーデビューシングルのリリースイベントから夜遅く帰ってきた母親には目もくれない。
皿にこびりついたカレーを指でざっと拭い、スポンジを滑らせる。
夫が子どもたちと留守番しながら作ったカレー。コーンポタージュもシーザーサラダも。
おたく仲間たちと一杯呑んできた私は、明日の朝その残りをいただくことにする。
「おらボウズたち、そろそろ寝るぞお」
「やだー! もう一戦! もう一戦!」
「おいおい勘弁しろよ、もう10時だぞ10時っ」
もういっせん、もういっせん。唱和する6歳児と3歳児に負けじと夫も声を張り上げる。
やっぱり猫背で細身だけれど、その声は快活そのものだ。
――本当に、こういう人だと思わなかった。
ライブ疲れの腕に力をこめて皿を洗いながら、もう一度リビングをちらりと見やった。
ソファーの脇に放ったままのナイロンバッグから、会場でさんざん振り回してきたサイリウムが床に転がり出ている。
それは、あの夜の月のようにレモンイエローの光をぼんやりと放っていた。
<おわり>
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