闇の剣士 剣弥兵衛 京へ(二)

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 村から川沿いの道を遡り、谷筋に入って山を二つ、三つ回り込み脇の谷へ入ると、狭い洞穴の入り口がある。弥兵衛は体を横にして滑り込み、一丁ほど進んだ所にある広がった場所で座っていた。暫くすると弥兵衛の気配が伝わったのか、轟音が響き、空中を漂う老人と不動と名乗る侍が現れた。 「その様子では、念願が成就したか」  老人から声が掛かった。 「はい、教えて頂きました料理屋升屋で代官を懲らしめ、国境の麻木村では頭となる山木伝兵衛と野盗どもを打ち果たしました」 「それは重畳。そちがこなした修行の賜物に相違ない」  頷いた不動が目を細め、話し掛けて来た。  「これで、そちの村は落ち着くことになろうが、これからは如何するのか」 「一家は既に亡く、村に野盗のほとぼりが冷めますれば、広く世を見つめ直してみたいと思います」 「それは仁義に沿う世にすることか」 「不動様に教えられた世で、不正を正せと言った父親の願いでもございます」 「よく言ってくれた。なれど、現世には数限りない煩悩が渦巻き、悪事とまでは言えない困りごと、諍いごと、迷いごとなど際限の無いことになる。また、右から見れば悪であっても、左から見れば正になることもある」 「はい、それらのことはご教授頂き判っておるつもりでありますが、力の及ぶ限り一つでも多くを正したいと思います」 「よし判った。なれど厳しい修行で得た腕ではあるが、人は自ずと試してみたくなるものだ。見せかけの働きとなれば、闇星の剣は現れないことを心しておくように」 「そのこと心に刻み付けておきます」 「最後となったが一番大切なことを言わなければならない。それは闇の剣士のことであるが、人の記憶に名を残さず、全てを闇の内に済ませることだ。これが闇と名乗っている由縁となる」 「判りました。心して励みます」 「それにもう一つ忘れておったが、闇の剣士はそち一人では無い。それぞれの国に一人や二人がおる。後に大きなことが起これば、それらが共に立ち上がらなければならぬ」 「それらの闇の剣士とは、誰だか判りますのか」 「何かことが起きるとなると、某が繋ぎを取ることになる」 「判りました」  弥兵衛の言葉に不動が満足そうな顔を見せた。そこで、その隣で黙して聞いていた老人が顔を弥兵衛に向けた。 「ところで広く世を見つめ直したいとは、どこのことを言っておるのじゃ」 「いえ、どことは考えておりませんが、一家が亡くなったこの村にいるのが辛く、いずこかで多くの見聞を広げられる所です」 「ならば京などはどうじゃ」 「それは願う所でありますが、私のような田舎者に雅な地が叶いましょうか」 「いずれの地であっても住めば都であって、京は都そのものじゃ。それに京なら、お前の手足ともなれる者を付けることが出来る」 「それは心強い限りで、どの様なお方にございますか」 「お前と同年配で、商家の娘と商売人の青年じゃ。かつて京におったことがあって、この頃はまだ十歳ほどの子供であったが、偶々出会った時に二人を諭したことがある」 「ほう、京にもおられましたか。それで、二人にはどのようなことで諭されました」 「二人ともやんちゃな子供で、道端で見つけた亀を苛めておった。そこで亀に取り付き、亀の口を借りて、逆らうことも出来ぬ小さな生き物を苛めるでないと諭してやった。亀から抜け出したこの姿に驚いた様子であったが、仁義の話はよく頭に刻み付けたはずじゃ」 「そんなこともされてましたか」 「まあ、現世では幽霊のように思われておろうが、そんな現世にまだ強い未練を残しておるが故に、色々なことをしてきた。二人は京で生まれ育った者で、よく京のことを見知っており、何かと教えてくれるじゃろう」  老人が遠くを見つめるように、僅かな光を感じられる洞穴の入り口に目を向けた。 「それと京におけるお前の暮らし向きになるが、何か望みはあるのか」 「いえ。余り縛り付けられず、世を広く眺められることが出来れば良いのですが」 「それなら寺の用事でも務めるか」  不動が言葉を繋いだ。 「寺の用事とは坊様になりますのか」 「いや寺男だ。侍とは字では、人が寺にさぶらうと書き、今のそちの立つ瀬に近い。ただ仕事は境内の掃除や時には催事の手伝いなどになろうが、ゆとりもあって夕方からは体も空くことになるだろう」 「それなら十分にございます」 「まあ差し障りがあれば、やり直すことにするが、取敢えず洛中で不動明王を祀る寺を探してやる。ただ、少し時をもらうことになる」 「それでは京の二人にも繋ぎをつけるとしよう」  不動の言葉に老人も語った。 「ならば私も一度村に戻り、野盗の後片付けをしたいと思います」
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