お母さんと靴の思い出

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 大学を卒業して社会人となった私に、お母さんは、今までよりもうんっと背伸びをした黒のパンプスをプレゼントしてくれた。  社会に揉まれ続けた一年間。  私の心と反響してか、ピカピカだったはずの黒のパンプスはくすみ続け、一点の輝きも無くしてしまった。  それでも私はお母さんの教え通り、パンプスを磨き続けた。  輝きを取り戻した黒のパンプスは私の戦闘靴となり、お母さんのように私を守ってくれた。  今では靴底が減り過ぎて履けなくなってしまったけれど、今でも宝物として大切にしまっている。  二度目の成人と六年程が過ぎたあたり、あ母さんが一人で靴を履けなくなってしまった。  お母さんは何度も、ごめんなぁ。堪忍やでぇ。と、申し訳なさそうに謝っては涙を溢し続けた。  私はつられて涙を溢さぬように必死だった。 ――別にそないに気にせんでええんよ。昔は私に靴を履かせてくれてたやないの。  そう言いながら口元を緩ませた私は、お母さんに履かせた滑り止めのついたスニーカーの靴紐をギュッと固く結んだ。 ――ごめんなぁ。……ありがとう。  潤む瞳で複雑そうな笑みを浮かべてそう言ったお母さんの姿と言葉が、何度私の心を締め付けただろうか。  その度に私は何も言わず、お母さんにそっと寄り添い続けた。  幼い日、お母さんがそうしてくれていたように。  紫陽花が雨に滴る季節。  お母さんが人生最後の靴に足を通し、新たな旅路を歩んでいった――。 「結子ちゃん、大学卒業おめでとう。この靴が貴方を守り、光へ導いてくれることを願って……。貴方が何処におっても、お母さんはいつでも貴方の味方やからね」  母親となった私は、愛娘にエナメルのパンプスを贈った。  私の母がそうしてくれたように――。
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