どこかの男女の物語

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「ねえ覚えてる?」 不思議そうな瞳が上がった。レモンティーを飲んでいた口をストローから離し、世凪(せな)は曖昧に笑う(あおい)を見つめる。 何が、と返した世凪はもう一口レモンティーを口に含んだ。 「ほら、昨日のこと」 「昨日?」 お洒落なBGMと心地よい音量の会話たちが程よく空気を和ませる。ここは二人のお気に入りのカフェだった。今日はテラス席で正解だ。 パスタを食べ終え満腹の世凪は、葵の質問の意図がわからず首を捻ったまま。 「昨日のいつ?」 「飲み会のあと」 「あー、みんなで遼太郎(りょうたろう)の家で飲み直したやつ?」 「そう」 「それは覚えてるよ?」 葵は確信に迫りたい気持ちをぐっと堪え、覚えているラインを超えないようにゆっくりと歩みを進める。 「それでさ、ほら、みんなベロベロに酔ってたじゃん」 「あー、みんな酔いつぶれてたもんね」 「世凪は?どこまで記憶ある?」 「えー、確か、最後葵と二人で喋っててー」 昨日の光景を頭に浮かべる。 遼太郎、美帆(みほ)拓也(たくや)は酔いつぶれ、床で死んだように寝ていた。そして、お酒に強い葵と、かなり酔っているがまだ意識はある世凪。二人が残っていた。 「それでー、ほら、遼太郎の恋バナとかしてて」 「あはは。本人寝てるのに勝手に話してたよね」 「そうそう。その後ー、あれ、どうだったっけ」 その後を覚えているのかいないのか。そこが葵の知りたいところだった。ごくんと飲み込んだ唾がやけに喉に張り付いて、目の前の水を流し込む。 「ごめん。覚えてないや」 ポリポリと頭をかいた世凪は、申し訳なさそうに眉を下げた。 「本当に?本当に覚えてない?」 「うん、ほんとに覚えてない」 「何も?」 「何も。え、ごめん。もしかして葵に迷惑かけた?ゲロかけたとか?」 葵は世凪の答えに大きな息を吐き出した。何も覚えていない。それは期待していたはずの答えなのに、どこか悲しいのは何故だろう。 不安そうにこちらを伺う世凪を見つめる。 ーーもし、覚えていたら。 何かが変わっただろうか。いや、むしろ今この状況すら成立しないだろうか。
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