どこかの男女の物語

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それは、遼太郎の家で飲み直し始めて二時間ほど経った頃だった。 「あーおーいっ」 「なーに、世凪」 ベロベロに酔っている世凪は、楽しそうに笑っている。更に新しい缶に手を伸ばそうとした世凪の手を、葵はパシッと掴んだ。 「もうやめときなよ」 「なんでー。葵のケチー」 「ほら、水取ってくるから」 「葵も飲もうよ」 「もう十分飲んだじゃん」 冷蔵庫に向かおうと立ち上がった葵の手首を、今度は世凪が掴んだ。 振り返ると、とろんとした瞳がこちらを見ている。生唾を飲み込む。 「ねえ葵」 途端、世凪は掴んでいた手首を強く引っ張った。急なことに葵は思わずよろけ、バランスを崩す。 ーーまずい、世凪にぶつかる。 そう思った時にはもう遅い。咄嗟の出来事に対処しようとし、葵は思い切り机に足の指をぶつけた。 更にバランスが崩れる。何とかしようとしたが、気づいた時には世凪の元に倒れ込んでいた。 「い、った」 下敷きになった世凪は、幸い下にクッションがあったことで痛くはなさそうだ。 起き上がろうと、葵は世凪の両横に手を付く。世凪の綺麗な顔が至近距離でこちらを見ていた。 「世凪」 「あはは。倒れちゃった。痛くない?」 「世凪」 「葵?」 気づいた時には遅かった。不思議そうに自分を見る瞳に欲望を抑えきれなかった。 唇に感じる温かい感触。世凪が目を見開いたのがわかった。 「…ごめんっ」 荷物をまとめ、葵は慌てて部屋を飛び出した。自分の名前を呼ぶ声を背にして。
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