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さかいめの和菓子屋においで
滋賀県には、四百万年の時を知るびわ湖があり、そのびわ湖がのぞめる旧東海道には、「月千堂」という和菓子屋がある。
月千堂は、もち菓子を中心に売っている和菓子屋で、創業百年の店だ。あとつぎは中学生の娘。
店先には三笠焼きやそばまんじゅうのほか、赤飯や、おそなえ用の丸もちが並ぶ。春先の今は、桜もちも。品数はそう多くないものの、ほかほかのもち米や餡の香りにさそわれて、今日もお客がやってくる。
和菓子屋「月千堂」のあとつぎ娘である千堂果南は、中学校からかえってくるなり、店の裏口へまわった。そしてひとり働いている、若い店員に呼びかけた。
「キリさん、ただいま。さ、なんか手伝おうか?」
「桐村」という名札をつけた角刈り頭の店員が、三白眼で果南をにらんだ。
「いいから宿題してください」
彼は、三笠の皮にあずき餡をつめている最中だった。
果南はひとつ結びのお団子ヘアーをゆらしながら、にこにこしている。強面でちょっと怒っているように見えるキリさんに、えんりょなく話しかけていく。
「キリさん、そない言わんと」
「お嬢に手伝ってもらわなくても、十分まわせます」
「でもわたし、学校で勉強して、あと百人一首やって、めっちゃ疲れてんのや。まだ宿題したくない」
「なんで学校で百人一首しているんですか」
「ぶかつ」
果南はあれこれいいながら、キリさんの手仕事を観察した。もくもくと餡をつめている。
「おかんもおとんも、配達中やろ? 人手が足らんのんちゃう?」
「足りなくても、雇われの俺が、お嬢をつかえるわけないでしょうが」
「そこをなんとか」
こうばしく焼けた三笠の皮に、色濃いあずき餡がつめられていくさまは、見るだけでおいしい。
キリさんは、三笠に餡をつめおわると「しゃあないな」といった。
「なら、届けものしてきてくれますか? 神さんたち、お嬢がいくとよろこぶし」
「やった。ほな着がえてくる」
「すぐに準備します」
レジ横のまねき猫がにんまりわらって、ふたりを見ていた。
果南は届けものの準備がおわるのを、店先で待った。
店先にいれば、きちんとならんだまんじゅうや、お菓子を買いにきたお客さんたちがよく見える。
三笠焼き、大福、そばまんじゅう、桜もち。店にならぶ和菓子たちは、練り菓子のような華やかさはないものの、洗練された美しさがある。
どら焼きとも呼ばれる三笠焼きが斜めにならんでいるのは、山々がつらなっているようだし、白いそばまんじゅうは満月のようにまるい。三笠の山にいでし月かも。
果南は店のお菓子が売れていくのを、満足そうにながめた。
「お嬢、おまたせしました」
キリさんが果南のところにやってきて、藤色のふろしきをわたした。中から甘い香りがする。
「これ頼みます。お地蔵さんたちへ届けてください。失敗した三笠の皮は、ほかのやつらに」
「『ほかのやつら』って。キリさん口わるいなぁ」
「『ほかのやつら』で十分です。お嬢も、あんまり連中と、口きかんほうがええですよ」
「はぁい」
ふろしきの結びめから、白い丸もちと、はしがこげた三笠の皮が見えている。
「わたし、皮がこげたの、大好物やねん。あまったら、もらってええ?」
「お好きに」
果南ははじけるような笑顔で、店を出た。
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