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春の気候は、散歩するのにちょうどいい。うららかな四月の日差しを浴びると、どこまでも歩ける気がしてくる。
果南はふろしきをかかえて、旧東海道の路側帯をあるいた。そして店を出てふたつめの交差点で立ちどまり、そこにいたお地蔵さまの前でしゃがむ。
「お地蔵さん。いつも見まもってくれて、ありがとうございます」
ていねいな仕草で、お地蔵さまに丸もちをそなえた。
それから果南は、道路沿いのお地蔵さまのところを全部たずねた。キリさんからあずかった丸もちを、おそなえしていく。
道すがら、電信柱の影や植木の根元といった暗いところに、こげた三笠の皮のかけらをおいた。三笠の皮は、ひとめがないときに、影に吸いこまれる。
届けものが終わったので、果南は家へ帰ろうと、Uターンした。そして、友だちがうろうろしているのに、気がついた。
「瞳子」という遠縁の親戚で、小学四年生の女の子。黒曜石のような深い黒色の目だから「瞳子」という名前がついた。
長い髪をおろしているのが好きで、いつも背を丸めていて、つまさきが内に向いている。見るからに気が弱そうな女の子。
ただし果南は瞳子と目を合わせるのが苦手だ。はじめて深い黒目を見たとたん、背筋がぞわぞわした。ひとじゃないと気がついた。
果南はすこしためらったあと、瞳子に近づいた。
「こんにちは、瞳子」
「……あ。果南ちゃん」
声をかけられた瞳子が、びくりと体をちぢめた。
果南はにっこりした。
「さっきからこのへん、うろうろしてるけど。……なにかさがしてんの?」
瞳子は黙ったまま、こくんとうなずいた。
「いっしょにさがそうか?」
「………」
瞳子が長い前髪のすきまから、果南をうかがった。彼女の目は夜空より黒く、虚空を見つめているような気分になる。
瞳子はもじもじしたあと、こういった。
「果南ちゃん……わたし、実は……ひいおばあちゃんの目玉を、落としちゃったの」
「また、えらいもん落としたな」
「三日間さがしている」
「……それ、もう、見つからへんのうちゃう?」
果南はつい、思ったままを口にした。
瞳子の目から、涙がぽろぽろとこぼれた。
「かんにん! 泣かんとって! これあげるから!」
果南は、あまっていた三笠の皮を、瞳子にさしだした。
「いらない。それ失敗作やん」
瞳子は両手で顔をおおった。
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