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「……ひいおばあちゃん」
瞳子は果南に隠れながら、大きな影をのぞいた。
果南はびわ湖にあらわれた影に向かって、三笠焼きの皮をかかげた。
「おばあちゃん!」
瞳子が呼びかけると、湖面にぷかりと、枝分かれの二本角があらわれる。続いて、ごつごつとした額が。
瞳子は水神――びわ湖からあらわれた老龍と、向かいあった。
老龍は、両目の部分に、ぽっかりと穴があいている。音に反応して、首をうごかしていた。 盲目の龍を前に、瞳子は、足をふるわせた。
「おばあちゃん。はじめまして……。ひ孫の瞳子です。それから、あの、ごめんなさい」
ふりしきる雨の中、瞳子はひざをついた。
「ひいおばあちゃんの目玉、わたしが落としてもうた。家の宝やったのに、ごめんなさい。……ほんまに」
「すいません。一緒に探したんですが、見つかりまへんでした」
果南が、老龍に聞こえるように水音をたてて、三笠の皮をびわ湖にいれた。
老龍は湖にうかぶおそなえものを、ひと口で食べた。そしてすぐに、びわ湖へと沈んでいった。
「あ、待って!」
瞳子が必死に呼んだが、老龍は水底に消えた。
びわ湖には雨でできた波紋がうかぶだけ。
「………ひいおばあちゃん。あきれて、ものも言えなかったんかな」
「や、そんなことない」
にわか雨がやんで、空から光が差す。
果南は落ちこむ瞳子の肩をささえ、湖面を指した。
「見てみ」
果南が指した湖面には、水色のお守り袋と、透きとおった球体がうかんでいた。
「……ひいおばあちゃんの、目玉や!」
瞳子が明るい声を出した。感きわまった顔で、湖面の球体を見つめている。
「水神さん、びわ湖に落ちていたのに気づいて、保管してたんやって。かんたんに返しに行かれへんから、困っていたらしい」
「果南ちゃん、ありがとう!」
瞳子が上着を脱ぎだした。
「わ、やめえ!」
果南が力ずくで瞳子を止めた。
「あんた、なにする気や」
「ほら、おばあちゃんの目、早く取らな」
「泳いで取る気か。四月に泳ぐアホがおるか。やめて!」
びわ湖の水鳥たちが、老龍の目玉を、波打ち際まではこんだ。
昔々、びわ湖に住まう一頭の龍が、へびを助けた漁師に恋をした。
龍は人間の女に化けて、漁師の男と結ばれた。
しかし漁師に己の正体がばれた女は、もうここにはいられないと、夫と生まれたばかりの赤ん坊をおいて、びわ湖へとかえってしまう。
龍の女房はびわ湖にかえるとき、「乳のかわりに吸わせて」と、自分の目玉を片方、漁師にわたした。赤ん坊が片目をなめつくしたので、龍はもう片方の目玉も、赤ん坊にさしだした。
それからというもの、漁師は二度と、龍の女房に会うことはなかった。
土地神たちは、この夫婦を気の毒に思い、龍と人間の子孫を見まもった。
そして、もっと交流を深めようと、人間とそうでないものの仲介人となる者を、いつの時代にもおいた。
現代の仲介人のひとりは、夫婦と縁のある血筋で、和菓子屋「月千堂」のあとつぎ娘である、千堂果南。
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