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「……ただいま」
果南は月千堂ののれんを、そっとくぐった。
店内には、果南の父と母の姿もあった。「おかえり」という声がかえってくる。
「雨、大丈夫やったか?」
「ん、そんなにぬれてない」
他愛もない会話のあと、果南は厨房にむかった。
「キリさん、ただいま。おそくなったけど、届けもの、すませてきたで」
キリさんは大鍋を片づけているところだった。
「……おかえんなさい」
「瞳子に会って、遊んでいたら、おそくなったわ」
「丸もちと菓子は、全部くばったんですか?」
「うん。ちゃんとくばったで。……こげた三笠の皮、わたしのぶん、残らんかった」
「お嬢、気前いいですね」
「せやろ?」
キリさんはだまって、果南のまえに、みかさの皮がのったお皿をおいた。みかさの皮は、はしっこが黒くこげている。果南の好きな焼きかげん。
「とっときました」
「まだあったん? キリさん、やるな!」
「失敗したもん出してるだけなんで、ほめんとってください」
果南が冷蔵庫に走り、バターをとってきた。
そして三笠の皮がこげたところに、たっぷりバターをのせた。こげた皮は甘いだけでなく、すこし苦い。まろやかなバターがよく合う。
果南はバターつきの三笠の皮を、口いっぱいにほうばった。時間をかけて噛みしめる。
「そんなにおいしいですか」
キリさんは鍋をはこんでいる。
「水神さんにも好評やったで? 三笠の皮のこげたやつ」
「お嬢。今日、なにしてきたんですか?」
キリさんはあやうく、鍋を落としそうになった。
「危ない真似は、よしてくださいよ」
「なんも危なくない。めっちゃ楽しかったで」
果南は三笠の皮を食べながら、今日あったできごとを、キリさんに話した。
まねき猫がじっと、ふたりを見まもっていた。
(終)
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