若き日のあやまち

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若き日のあやまち

 恥のない人生を送る人はいません。  目を背けたくなる過去の恥、皆さんはいくつありますか。私は数えたらきりがありません。忘れたくても忘れられない。  歩いているとき、皿洗いをしているとき、お風呂に入っているとき、ふとした瞬間によみがえるあの出来事。頭をかきむしりたくなるほどに嫌な思い出。  その中で一生ついてまわるであろう出来事について、初めて文章にします。  あれは高校三年生の頃でした。  親友だと思っていた友達がいました。とても趣味が合い、彼女のことが大好きでした。学校でも学校外でも一緒に行動し、交換日記をし、好きなアーティストのコンサートへ共に行きました。彼女が我が家に泊まりに来てくれたこともありました。  その彼女がある日突然、私のことを無視するようになりました。本当に「ある日突然」のことでした。そしてもう一人、共通に仲のよかった友達も私と話しをしなくなりました。なにが起こったのか、意味がわかりませんでした。  親友を仮にAさん、共通に仲のよかった友達を仮にBさんとしましょう。  Bさんは私に対してとても申し訳なさそうな表情をしていました。明らかに「ごめんね」という顔でした。私はそこに可能性を感じ、思い切って話しかけました。 「どうしてなにも話してくれないの? 彼女もあなたもどうしたの? 私なにかした?」  Bさんは眉を八の字に歪め、もごもごと答えました。 「ごめんね、茜はなにも悪くないの。だけどだめなの。もう話し、できないの。本当に茜はなにも悪くないの。ごめんね。わけは言えないの」  まったく意味がわかりません。当のAさんはだんまりを続けたまま。私と目も合わせてくれません。私が悪くないのなら、なぜ無視をするのだろう。こんなに不条理なことはありません。  放課後、帰宅してからもう一度Bさんに電話しました。今はもう存在しない黒い電話です。自宅の電話を占領し、30分くらいBさんと交渉しました。それなのに、答えはずっと同じままでした。 「ごめんね、本当にもう話せないの。わけも言えないの。でも茜は悪くないの」  いくら言っても取りつく島もなし。Bさんが申し訳ないと感じている様子だけは伝わりますが、それでももう話せないの一方通行です。  私は電話口でわあわあ泣きました。もう高校三年生だというのに、声を上げて泣きました。泣きながらBさんに懇願しました。もう一度なんとかしてほしいと。それなのにBさんは困った声で謝るだけでした。  親友をなくし、私はクラスでひとりぼっちになりました。  それから数ヶ月が経ちました。  別のクラスメイト、仮にCさんとしましょう。彼女を通して、Aさんと筆談のみで対話することが許されました。下校直前のホームルームの時間でした。  Cさんを通して語られたことは、Aさんは私のある発言がとても気に障り、私を遠ざけたということでした。その発言は私自身も記憶していました。よかれと思って言ったことでした。しかしAさんにとっては許せない発言だったのです。私を無視せざるを得ないほどに。私は善意で言ったのに、彼女にとっては悪意と受け取られていたことがわかりました。溝は埋まりませんでした。  そのまま私たちは卒業に近づきました。Aさんは卒業アルバムの写真係をしました。卒業式の日に配られたアルバムを眺めると、私の顔が写ったページはひとつもありませんでした。これが彼女の答えなのだと陰鬱な気分になり、高校時代のすべては暗黒のものとなりました。  アルバムと同時にオフショットの写真が各自に配られ、その中には私が大きく写っている笑顔の写真が入っていました。しかしアルバムに収められていないという事実は私を強く打ちのめしました。  大学生になってから、好きなアーティストのコンサートのために武道館へ行ったとき、AさんとBさんが仲睦まじく歩いている姿を見かけました。  もう、なにも感じませんでした。私は疲れ果てていました。  Aさんは小説を書くのが好きでした。今頃は作家にでもなっているかもしれません。それともここで書いているかもしれません。もしかしたら、これを読んでいるかもしれません。  あのとき私は何度も謝りました。筆談で。それでもAさんは許してはくれませんでした。残念な結果となりました。  私もまた、今、Aさんを許すことはできません。30年以上も経ちますが、彼女は私の心を踏みにじりました。逆切れであってもいいのです。私には私の心があります。発言は申し訳なかったですが、Bさんをも巻き込んだ無視は許せないものでした。Aさんを今も許すことはできません。  信頼は一瞬で崩れるものです。なんと儚いものでしょう。双方が立て直す気持ちがなければ、永遠に崩れたままです。  言葉は、恐ろしい。こうして綴ることすら、恐ろしい。いつ誰を傷つけているかわからない。  それでも私は、書くことがやめられません。心の底で「ごめんね」とつぶやきながら。 *
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