朝暮島

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所長の病室は上等な個室で、ゾンビに荒らされた形跡はなかった。 だがどこかレイアウトがおかしく思える。  ベッドはもぬけの殻で、当然のごとく人の気配はなかった。 「所長はいない、か・・・。 やはりゾンビになってしまったのかな。 一応気は抜かないようにね」 部屋は入院していた当時にあったものがそのままで、マスターキーがそこにあるのかは分からないが期待は持てそうだ。 所長のカバンや机の引き出しなどを三人で手分けして探した。 しかし一向に見つかる気配はなかった。 「見つからないな」 「所長が身に着けたままなのかもしれない。 それだと・・・」 「広い島のどこに目的のゾンビがいるのか分からない、か。 服である程度見分けはつくけど、ゾンビの服はすぐにボロボロになってしまうからな。 流石にこれはお手上げかもしれない・・・」 ここで手がかりを失ってしまえばあまりに絶望的過ぎる。 三人が表情を暗くしたその時だった。 「・・・一吉? 一吉なのか?」 頭上から声が聞こえ三人はそちらを見た。 どうやら声は排気口の中から聞こえてくる。 「え・・・。 所長ですか!?」 「う、うむ。 すまんが出るのを手伝ってくれんか? ずっと同じ態勢だったせいか、身体が動かんのだ」 どうやら部屋の偏りは排気口に入るためということだったようだ。 一吉が協力し所長を引っ張り出す。 チョコレートのパッケージやペットボトルも一緒に落ちてきた。  排気口の中に避難し生き延びていたのだろう。 「一応聞くが、その一緒にいるゾンビは危険ではないのか?」 「えぇ、彼は・・・。 彼は大丈夫だと思います」 その言葉を聞き信晴が頭を下げた。 「俺、信晴って言います。 こんな姿になっていますが、意識は保っています」 「・・・そうなのか」 あまり納得はいっていない様子だったが本題に入らなければならない。 「所長はずっとここに?」 「あぁ。 病院内をゾンビが徘徊し始め、とてもではないが移動なんてできなかったんだ。 三人が来たのはもっと前から分かっていた。 ただ安全かどうかを観察するために声をかけられなかった。   すまんな」 「いえ、構いません。 隠れていて正解でしたよ。 外は大変なことになっていますから」 三人を見て所長は静かに言う。 「・・・で、ここへ来たのはマスターキーを探しにということだったな?」 「はい。 研究所へ行けば何とかできるかもしれません。 道すがら説明をしますので」 「分かった」 四人は研究所へと向かうことになった。 そこで能力のことやゾンビの真実などを伝える。 二種類のウィルスを殺すか数を拮抗させれば信晴のように意志を取り戻す可能性があるということを。 「気になっていたんですが、何故所長さんはゾンビになっていないんですか?」 自身がゾンビのようになってしまった信晴には、所長の姿が人間のまま変わりないことが気になっていた。 だがそれは次の所長の言葉で勘違いであったことを知る。 「あぁ、私はあの病気に罹って入院していたわけではないのだよ。 持病の糖尿が悪化してしまってな」 「・・・あ、そうなんですか」 「うむ。 緊急事態だからと思ってチョコバーを食べてしまったが、マズかったかな」 そう言って笑いながら頭をかいていた。 何故糖尿病患者の病室にチョコバーがあったのか気にはなったが、触れないことにした。 そんな他愛もない話をしてるうちに研究所に到着する。  病院から近いためか、ゾンビの数はやはり少ない。 研究所には奇病について調べた資料が山のようにある。 人に感染したときの二種類の形状のウィルスの比率ももちろんある。 だがゾンビになった状態だとウィルスの数がどうなっているのか分からないため、それを調べる必要があった。 「待った!」 研究所内にいたゾンビを発見し一吉が前に出る。 その見た目を見て一瞬躊躇うも炎を放つ。 「すまない・・・」 研究所内にいたゾンビの頭を炎で吹き飛ばし、動けなくなったのを見てサンプルを得た。 「・・・どうかしたのか?」 一吉の様子が気になり信晴が尋ねる。 「この部屋にいるということは、僕の同僚なんだ。 とても仲がよくてね」 「そうだったのか・・・」 「治せることなら、治してやりたかった・・・」 同僚ゾンビは下半身がぐちゃぐちゃに潰れていたためゾンビウィルスの効果がなくなれば恐らく死んでしまう。 気分を沈めている信晴を見て一吉は声を明るくして言った。 「気にするな。 彼のおかげで多くの人を助けられる。 時間が経てば経つ程、助けられる人間の数が減ってしまうんだ。 躊躇ってはいられないさ」 「・・・分かった」 研究室へと行きサンプルを使い調べる。 それは所長がやってくれた。 その間信晴と三成は暇だったが他所へ行くわけにもいかずジッとその様子を眺めていた。 「よし、できた・・・。 できたぞ!!」 一吉と所長はゾンビから救えるだろう新たな薬を作ることに成功した。 「これで本当に終わるんだね」 「あぁ。 でもまだ仕事は残っている。 島中のゾンビに薬を打ち込むのは大変だぞ」 「それで皆を助けられるならどうってことないさ!」 所長が研究所で薬を量産し、三成たち三人で薬を打って回る。 かなりの時間が必要だったが、やがて最後の一人まで薬を打つことができたのだ。  朝暮島の島民全てに薬を打ち込み数日が経った。 まだゾンビ化しておらず、奇病にかかった人もウイルスの数を調整することで何とかなった。 これで完全な解決の目途が立ったのだ。  「どうして二種類のウィルスに同時に感染することになったんでしょうか?」 「さぁな。 どこからやってきたウィルスかも分からないんだ。 あまり気にしても仕方のないことだろう」 一吉と所長が三成の家へとやってきていた。 ゾンビのために共に立ち向かったことを縁に少しばかり交流を続けている。 もちろん何の用もないのに訪問して談笑するといった程ではない。 「ウィルスにとって人間は生きていくのに必要な存在だった。 だからその人間を守るためというのは、流石に都合が良過ぎますかね?」 「信晴くんや君たちを見ていると、人を新しいステージに上げるためだったようにも思えるんだが」 二人のもとには温かく湯気が立つお茶がある。 そしてそのお茶を入れたのは三成の母親であった。 ゾンビになった人間全てを救うことはできなかったが、大半の人間は噛まれて感染しただけだったため身体は無事。  残念ながら父親はゾンビになる前に食い殺されてしまったが、母だけはゾンビの群れの中から救い出すことができたのだ。 「三人はずっとそのままなんですか?」 母親が言う三人とは一吉、三成、そして信晴のことだ。 「今日ここへやってきたのは、その報告も含めてなんです。 検査の結果、変質していた細胞が段々と元に戻っているようです。 いずれは力も失われることでしょう」 「そうですか。 ならよかったです」 安堵の表情を見せる母に反し、珍しく信晴が不満な表情を見せる。 「えぇ、マジかー! 便利だったのになぁ」 信晴は栓抜きも使わずコーラ瓶の蓋を開けて飲んでいる。 どす黒かった肌も血走った眼も既に収まっているが、何故か怪力だけは残っていた。 「僕は予知夢なんてもう見たくないよ。 便利だけど、怖いもん。 変えようとして失敗して、酷い目に遭ったこともたくさんあるし・・・」 「はははッ」 朝暮島が完全に以前の姿を取り戻す日はもう来ないのかもしれない。 だがそれでも人は前も向いて進んでいく。  過去を取り戻すことができなくても新たな形として未来を切り開いていく力が人にはあるのだ。                               -END-
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