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三人は殊更の警戒をしていたが、病院は予想外にゾンビの姿が少なかった。 おそらくは中にいる人間が全滅したか避難したかでゾンビがそれを追っていったためだろうと推測する。
「こんなにいないことなんてあるんだね」
「好都合だな」
「もっと、うじゃうじゃいるのかと思ってた・・・」
雰囲気は完全にラストダンジョンといった様相でありながら、三人の行動音以外全く聞こえない。 その静けさが逆に不気味だった。 それでも壁に身を潜め周囲を確認しながら進んでいく。
「全くいないというわけでもないと思うから、慎重に進んでいこう」
「あぁ」
一吉が先頭となり、少ないながらまだ僅かに残っているゾンビを撃破しつつ火事にならないよう進んだ。 研究所長の入院先の部屋を探そうと受付へ向かう。
「ごめん。 ちょっとトイレに行ってくる」
「分かった。 何かあったら叫んでくれ」
「あぁ。 見たところ大丈夫そうだし、時間もないから先に行って探しておいてくれ」
信晴は我慢できなくなったのか慌ててトイレへと駆けていった。
―――兄ちゃん、一人で大丈夫かな・・・?
正直ゾンビがいようがいまいが、暗く静かな病院というだけで三成は何となく怖かった。 入院していて勝手を知っている分だけ、その時とのギャップを感じられてしまう。
―――夢で見たのはナースステーションだ。
―――だから予知夢の光景はまだ先だから大丈夫。
一吉や三成も大丈夫だと思っていた。 しかし受付に着き中へ入って三成は顔を青くする。
「・・・あ、ここ・・・」
「どうしたの?」
「夢で見た場所だ」
「本当かい!? ナースステーションじゃなかったのか・・・」
二人の冷や汗が同時に流れ落ちる。 信晴をトイレに一人で行かせてしまったことに後悔した。
「信晴くんを追おう!」
慌てて近くのトイレを見にいったがいなかった。
「他の場所へ行ったのかな・・・? 受付からここへ来るまでの間、信晴くんとはすれ違わなかった」
「探しに行ってその時に受付に戻ってくることになったら、ゾンビになった兄ちゃんはどこかへ行ってしまうかもしれない」
「・・・そうだね。 受付から離れない方がいいか」
仕方ないが受付へ戻り調べものを再開することにした。 やはり信晴の姿は受付にもなかった。
「・・・あ、ここがそうかもしれない!」
そうして所長の入院先が分かったその時だった。
―――兄ちゃん・・・。
やってくるのが分かっていたため三成は周囲を警戒していた。 そこでゾンビになった兄の姿を見つけたのだ。
「ッ・・・!」
思わず目を疑った。 予知夢で見ていた時の姿より酷くはないがとても醜い姿だった。 皮膚はどす黒く変色し目が赤く血走っている。 口からは涎を垂らしていた。
だが服装は先程のままで怪我の跡もある。
「一吉お兄ちゃん・・・ッ! 兄ちゃんが・・・」
「予知の通りか・・・」
一吉も覚悟をしていたのか信晴の姿を見ても驚くことはなかった。 そしてやはり信晴はゆっくりと近寄ってくるばかりで襲いかかってくる気配はなかった。 何故かゾンビになった信晴は涙を流している。
「みつ・・・なり・・・」
「兄ちゃん・・・ッ!」
「・・・俺を、殺せ・・・」
意思を保てる時間はどのくらいなのかは分からない。 それでも三成は殺したくなかった。 必死に一吉の腕を握りしめる。
「お願い、一吉お兄ちゃん! 僕、父ちゃんも母ちゃんも殺されて、兄ちゃんもいなくなったら、もう・・・」
「そうは、言っても・・・。 いや・・・」
一吉は信晴に近付いていき彼の腕を手に取り傷口を見た。 信晴はそれでも何かしようとしたりはせず、されるがままだった。
「一吉お兄ちゃん、大丈夫なの・・・?」
あまりにも大胆な行動に少し心配になった。 だが見ている限り大丈夫そうだ。
「三成くんには言っていなかったけど、僕は人がゾンビになる瞬間を見たことがある」
「そう、なの・・・?」
「三成くんは見たことがあるかい?」
その言葉に首を横に振る。 ゾンビ状態の信晴も話に聞き入っている。
「その時でも既に人の状態で意志は残っていなかったし、肌はすぐに爛れていた。 ・・・だけど信晴くんはそうなっていない」
「え、じゃあどうして兄ちゃんはそんな姿に・・・?」
「おそらくは噛まれたんじゃなくて、引っかかれただけだったおかげで侵入した変異ウイルスが少なかったんだ」
「そうなの!? それじゃあ!」
信晴を殺さず助けてほしい、そう思ったが一吉は残念そうに首を横に振った。
「いや・・・。 ただウイルスが増殖しないという保証はない」
「・・・じゃあやっぱり、兄ちゃんは・・・」
もう助からないのかもしれない。 二人が信晴を前にして話していたその時だった。
「ちょ、ちょっと待った!」
「「え!?」」
突然信晴が普通に喋り出したことに二人は驚いていた。
「さっきまで頭がぼぉっとしていたけど、今はそれも治まった。 やはり俺はゾンビになってしまったんだな。 実は前々から、そんな予兆はあったんだ」
「そう、なの・・・?」
あまりにも普通に話す信晴を一吉は不思議そうに見ていた。 口から垂らしていた涎も今は止まっている。
「自分が自分ではなくなるような感覚だった。 少しずつ意識が侵食されているような、得体のしれない恐怖。 だけど今はそれがない。 そして、その理由も何となく分かった」
「え、症状はもう大丈夫なのかい?」
「あぁ。 さっき身体に変調をきたした時はもう駄目かと思った。 だけどもうこれ以上、おかしくなることはないような気がする」
三成からしてみれば信晴が大丈夫ならそれでよかった。 もし完全にゾンビになったとしても殺さないでほしいくらいなのだ。
「理由が分かったって言ったよね。 どうして分かったの?」
「頭の中から声がしたんだ。 ・・・いや、正確には二つの勢力のやり取りが聞こえたような気がした」
「二つの勢力のやり取り?」
「一つは朝暮島で流行した奇病。 もう一つは人をゾンビにしてしまうウィルス。 この二つは全くの別物として存在していたみたいだ」
「ッ、別のものだって!? いや、確かに形として二組の形状が存在するのは知っていたけど・・・。 全く別の二種だったということかい?」
「おそらく。 特効薬は奇病だと思われていた症状のみを発症させる菌を殺していたと思うんだ。 そして奇病は、ゾンビウィルスを殺す菌だった」
「なんてことだ・・・!」
三成には二人の話していることがあまりよく分からなかった。 ただ重要なのは信晴が今大丈夫かどうかということだけだ。
「兄ちゃんは、大丈夫なの・・・?」
「多分ね。 偶然上手い具合に二つのウィルスが拮抗したんだろう。 外見には異常が出てしまったけど、それももしかすれば自然と治るのかもしれない」
「それって、ゾンビになった人を元に戻せるということ?」
三成の言葉に一吉は答えた。
「可能性はある。 研究所に行きさえすれば」
「所長さんの部屋は分かったんだよな? なら急ごう」
三人は調べた所長の病室へと向かうことにした。 今度の先頭は信晴である。 もし何か異常が起こっても把握しやすいためだ。 信晴は振り返って言う。
「ゾンビになったからか、力が少し強くなったみたいだ」
言いながら萎れかけた観葉植物の大きな鉢を片手で持ち上げてみせたのだ。
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